8-1. 武蔵小金井潤一郎は署に戻る・1
[2019/6/6 21:00 栃木県伊都宮市 伊都宮警察署前]
残りゼロ分。
伊都宮の街はほぼ眠りに就き始め、時折商店街の飲み屋から笑い声が届くくらいで、後は車の通る音だけが響く、静かとは言えないが、穏やかな暗い夜の風景が広がる中、街と同じように眠りに就いた幽谷鳴斗の体を背負って、現伊都宮警察署の前に立った武蔵小金井潤一郎は安堵していた。
何とか約束は守れた。やり遂げた。そんな充足感に満ち満ちていた
ラシーヌによると、彼は魔力を使い果たしているらしい。”普通であれば”食事をすれば魔法も使えるようになるとは思う、との事であった。だが彼女の言によると、どうも普通ではないらしい。彼が牢屋に居る間に何があったのかは分からない。が、彼を保護できた以上、そこについては彼に直接尋ねる事が出来るだろう。
旧警察署を出る時に手配したはずの救急車はまだ到着していない。旧警察署では危険があると考えここまで連れてきたが、そもそも救急自体が何かパニックに陥っているようで、すぐには派遣出来ないという話であった。食事で何とか回復してくれる事を祈るしかない。
しかし、始末書は覚悟せねばならないだろう。何せ容疑者であるラシーヌを連れて出ていったのだから。しかし彼女の協力が無ければ重要参考人である鳴斗を保護出来なかった。自分のしたことは決して間違っていない、彼は確信していた。
だから署に入る時も平然と、堂々と入って捜査本部の部屋へと戻った。
ちょっとした凱旋の気分であった。
凱旋した彼を待ち受けていたのは、そんな彼には目も暮れる余裕もなさそうな、捜査本部の面々の惨状であった。あちらこちらへ人々が行き交い、誰も彼もが電話を掛けたり忙しそうにしている。
「救急車は!!」
「あと五分で着くそうです!!」
「あいつは何処へ行った!!」
「まだ見つかりません!!全く足取りが……」
「松田警部、どうか落ち着いて、大丈夫ですか!!」
あいつって俺のことだろうか、と潤一郎は一気に不安になった。胴上げされている状態から一気に突き落とされた気分であった。
「あっ、武蔵小金井警部!!ご無事でしたか!!」
そう怒鳴っていた刑事が安心したように話しかけてきて、良かった自分のことじゃなかった、と彼は胸を撫で下ろしたが、他方先程の言葉がもっと気になり始めた。
「あ、ああ。重要参考人を保護したんだが……これはどうした?松田になにかあったのか?」
近くにいた刑事に問いかける。
「松田警部が撃たれました!!」
絶句した。
なんて言った?聞こえない。聞きたくない。
「幸い急所は外れているのですが、腕からの出血が酷く、現在救急車を手配中です」
「いったい何があった?」
その答えは良く聞き及んだ声で返ってきた。
「分かり、ません」
松田安芸であった。刑事の言う通り、腕が真っ赤に染まっている。なんとか止血しているようだが、それまでに相当の量の血が流れたのが、腕と同じく赤く染まった衣服から測り取れる。
「意識が戻った!!」
「動くな!!死ぬぞ!!」
周りの刑事達が声を掛けるが、安芸はその言葉を無視して振り絞るように言う。
「突然、誰かフードを被った人間が……、こう表現するのが正しいと思うので言うだけであって、僕の頭が触れたわけではないのですが……転移してきたと思ったら、千夏さんと唯さん、あとあの……スローシャさんを……眠らせました。それを止めようとしたら突然撃たれて。それで気づいたら何処かへ消えていました」




