7-16. 武蔵小金井潤一郎達の調査・2
追加されたフロアの構造は単純なものであった。
机のないただの空間が二つ、牢屋とキマイラの飼育部屋。そして机や本棚が置かれている部屋が二つ。会議室ともう一つあった。
会議室にはホワイトボードが置かれているが、すべて白紙。証拠を残さないようにしたらしい。ここは一時的な拠点だったようだのだろうか。そのためにわざわざ突貫工事とはいえフロアを付け足す必要はあったのだろうか?
その答えはもう一つの部屋にあった。
「いかにも、って感じの部屋だな……」
本棚などが立ってはいるが、それ以上に目立つのが部屋の真ん中に描かれた魔法陣である。模様はどことなく今までの被害者や赤坂唯のそれに似ている。更に気になるのが、周りに散乱している衣服。書類も、何もかもバラバラと無造作に置かれている。そして一番気になるのが、
「臭い」
血の匂い。服にも赤い液体が飛び散っている。
「何かあったのか?ここで。資料がパラパラ残ってるし」
「そうかも知れませぬ。儀式が終わって、……儀式……」
ラシーヌはその単語を口にして考え込んだ。
「どうしました」
「……よもやとは思いますが。荷物が散乱しているのは、そこに居た者たちが儀式で居なくなった、とか?」
見ると靴が魔法陣の中に残っている。直立姿勢でいたかのように、踵がしっかり付けられている。
背筋が寒くなるのを感じた。
靴は十一個。服も――現場保全のため見た限りではあるが――十か十一人分くらいはある。ラシーヌの言が正しいとすれば、赤い液体、血の匂い、そういったものにも説明が付く。
「どんな儀式なんだ」
潤一郎は思わず口にした。
「何人もの命を犠牲にして、ここで何をやった?」
怒りと疑問が交互に込み上げる。なんなんだ、ここは?
「……せかい、とうごう」
その言葉は昴の横から聞こえてきた。
「鳴斗殿、大丈夫ですか」
ラシーヌが心配そうに駆け寄る。
「大丈夫ではないが……くっさいから目が覚めてしまった」
頭を抑えながら彼は言う。
「で、だ。世界統合、奴らは本気でそれをやろうとしている。それは間違いない。私は直接聞いた。とすれば、こんな場所でやる儀式なんて一つしかない。世界統合の始まりを告げる儀式だ。多分、6/4の深夜。二日前か、唯の腕に魔法陣が刻まれたあの日に此処で儀式が行われ、その結果として唯達が選ばれた」
馬鹿げた話だと一蹴したい。だがもうそんな事は出来ない。確定事項かどうかは別としても、真剣に取り合わなければいけない。
「……ここで」
昴がふらつく鳴斗を肩で支えながらジッと魔法陣を見つめる。顔には恐怖の色が濃く出ていた。
「そう。となると、ここが起点だ。唯達が選ばれた理由は、ここが起点だったから、という可能性が高い」
「どういう意味です?」
潤一郎が尋ねる。
「世界統合の儀式は、私が覚えている限りでは、大体こんな手順だ――
①新月の夜に儀式を行い、『封印の紋章』と『解放の紋章』を刻む。
②満月の夜までに『封印の紋章』が刻まれた贄を捧げる。
③『解放の紋章』を持った贄を使った別の儀式を行う。
細かい部分が全く思い出せんが……要は今は②の段階だという事。
そして、ここで①の儀式が行われた。
刻む魔法陣がそれだ。刻む対象がランダムという場合、こうした魔法陣による儀式だと、その対象は儀式の実行場所を起点として選ばれる事が多い。例えば、儀式の実行場所を中心に描く周囲数メートルの円の中にいる人間のうち一人がランダムで選ばれる、などな」
「……なるほど」
潤一郎は思わず息を呑んだ。元々分かっていた話ではある。が、改めてその二語を鳴斗の嘘交じりの無い冷静な口調で聞くと、本当にこれが連続殺人であり、そして更に殺人を続けようとしている事、何より、『世界の統合』などという荒唐無稽にしか聞こえない行為を実行しようとしているのを実感させられる。
「魔法陣を写真に撮っておいてくれ。そうすれば……グウ」
ガクリと鳴斗は首を落とす。
「腹……減った……。ともかく……魔法陣に選ばれる条件があるかもしれない……。写真は撮っておいた方がいい……。それを……ムグゥ……、もう……辛い……」
そう言って鳴斗は目を閉じた。衰弱が激しい。鳴斗はもう限界らしい。一旦戻るのが得策だろう。時間も近づいている。
「わかりました」
潤一郎は魔法陣の写真を何枚か撮り、
「一旦此処を出よう」
と提案する。その言葉に昴とラシーヌは頷き、三人はバタバタと外へ出る。合間に潤一郎は救急車を手配する。
後には静かな、血の匂いが漂う部屋だけが残された。




