7-5. 幽谷鳴斗は封印する
「狂ってるな」
「何とでも言い給え。君に言われたところで痛くも痒くもない。さて……君を生かしておいたのは何故か分かるかい?」
「愚痴と妄想を吐き出すためか?もう少しくらいなら聞いてやってもいいが、出来れば解放の上でお願いしたいものだ」
「はは、そんな事のために、私の大切な魔力を、魔法に対する知識を、奪い取った君を生かしておくわけないじゃあないか。最初、君が転生してこの世界に来ていると知った時は殺そうとしたくらいだ」
鳴斗はミヤコドリの中の銃撃事件を思い出した。そういえばあの時、銃口はこちらを向いていたような気がする。
「あの女はお前の差し金か」
「ああ。君の魔法に対する習熟具合を知って、方針は変えたけれどね」
「……お前は、今はなんだ。一体どこまでお前は手を引いている」
「私の現世の姿?秘密だ。教えた上で億が一にも逃げられでもしたら計画がパーだからね。だが、何処まで手を引いているかは教えてあげよう。
全部さ。
だが全部君に邪魔され続けている。大変迷惑だ。
それに、君に魔力を取られたせいで、事を起こすのに二十年も費やした。これ以上長引かせないためにも、私を信じてくれる『新たなる運命』の皆の”希望”を実現するためにも……儀式を成功させてあげないとねえ」
フードの人物の浮かべるニヤケ面が、その”希望”の実現方法が決して良い方法で無いことを物語っていた。
「そのためには、君の魔力が邪魔だ。そして私には、魔法に対する”優秀な”知識が必要だ。となれば、一石二鳥の優秀なアイデアがある」
フードの人物は懐から何かを取り出した。
「これを用意するのにどれだけ苦労したか。だがこの短期間に準備出来た事は奇跡と言える。私の行動を誰かが祝福でもしているのだろう」
それは巻物。何かが書かれたスクロールであった。
まずい。
鳴斗の本能が叫んだ。彼は咄嗟に指を弾いた。
「さあ寄越せ!!その魔法の知識を!!私の物にしてあげようじゃないか!!発動せよスクロール!!知識吸収!!」
スクロールに描かれた魔法陣が発動し、鳴斗に向けて光の矢が飛ぶ。
グサッ。
鳴斗の頭に光の矢が突き刺さる。
「がっ……」
「安心したまえ、血は流れない。流れるのは知。君の記憶だ」
フードの人物はそう言うとスクロールに力を込めた。すると矢に繋がれていた鎖がスクロールの方へ引き戻されていく。
「よ……?」
フードの人物はその矢先のものを見て目を細くした。何も繋がっていない。
知識吸収の魔法では、欲する記憶に吸収の矢を刺し、刺さった記憶を自らの物にする魔法。だが何も刺さらないという事は、欲する記憶が存在しない、或いは。
「ああ……咄嗟に自らの知識を封印したのか。小賢しい真似をするね。クソが」
そう言うとフードの人物はスクロールを閉じた。
その予測は正解であった。
鳴斗は、自分に残された最後の魔力の欠片で、自らの魔法を封印した。
知識吸収は対象とした知識の内、表層にあるものだけを吸収する。封印の魔法で深層へと埋め込まれたものは吸収出来ない。
「まあ……仕方ない。そういう事ならば一旦は諦めるとしよう」
歯噛みしたフードの人物は、すぐにせせら笑った。
「自らの魔法を封印するという事は、封印解除の魔法をも封じるということ。つまり、君は魔法を使えない。魔法が使えなければ、いや、使えたとしても、空腹の君ではここから出る事は出来ない」
フードの人物はくるり身を翻すと、牢獄の出口へと向かう。
「せいぜい頑張って生きるがいい。魔力が枯渇し続ければ、何れ封印の魔法は解ける。その時に改めて貰い受ける事にしよう。それまでに私は……ハ、ハハハハ……」
勝ち誇ったような笑い声を上げて、フードの人物は牢獄を出た。
バタン。
石畳の部屋に扉が閉じる音が響く。
「……はぁ……」
鳴斗はただ檻に背を向け、だらりと床にへたり込んだ。力が入らない。
このままでは死ぬ。
だがどうすればいい?
そして……奴は誰だ。アルマなのは分かった。問題はこの世界で誰なのかという点だ。
少なくとも、警察との繋がりがある。そうでなければ、警察の護送中というタイミングで転送、……転送なのか、あるいは別の方法なのか、何れにせよこの牢獄へ移送することなど出来まい。
スローシャが魔法を使ったという可能性は……多分、無い。彼女はそこまでの魔法は使えなかった気がする。出来るとすればスクロールの生成や、部屋の幻覚を見せた事。あれは彼女がやった可能性が高いと思うが、出来てそれくらい。
だが何れにせよ、やはり唯は、ラシーヌは、危険な状況に置かれている。
助けなければ。
立ち上がろうとして、力が抜けて転ぶ。
自分の方も危ない。このままでは死ぬ。
だがどうすればいい?
思考がループする。
鳴斗はよろよろと手元の水を飲んで考えるが、今の彼の頭では、良い考えが浮かぶわけもなく、逆に脳を使用した事による疲労で、バタリと気絶してしまった。
静かな牢獄には、彼のふぅ、ふぅという荒い息だけが響くばかりであった。




