2-1. 幽谷鳴斗はまた巻き込まれる・1
[2019/6/5 8:00 東京都砺波区 JTR新米駅]
ズルズルと音を立てて細長い炭水化物の塊が、彼、幽谷鳴斗の喉の奥へと入り込んでいく。彼の手元には温かなそば、そしてその上には溶いた卵と天ぷらが乗って、そばの風味を引き立てている。
ここは立ち食いそば屋。改札の外にある其処で、彼は出勤途中のサラリーマンに混じって、ある種芸術的とも言える程に超短時間で作り出される天ぷら月見そばを啜っていた。
美味い。
そりゃ名店で食べる味と比べれば天と地程の差はあるのだろうが、超短時間かつ比較的安価で生成される濃いめの味付けのそれは、朝忙しいサラリーマンの胃袋を満たすには十分なのだろうし、そこまで舌が超えているわけではない自分にも丁度ぴったり来る。彼はそんな事を考えながら、回転率の高い店内で早めに席を空けるべく黙々とそばを啜り続ける。
彼は新米駅付近に泊まった時は、いつも此処や近くのうどん屋等、サラリーマンが通うような所で食事をする事にしていた。魔法で儲けている彼は定職に就いていない。食べようとすれば豪勢な朝食も取れるのだが、少しくらいはサラリーマンの気持ちというのも味わってみたかった。
味わって思うのは、忙しないという事である。一刻一秒を争うように人が常に動き続ける駅とその周辺は、見ていて飽きは来ないが、それ以上に窮屈に見えた。ただでさえ狭い土地にあれもこれもと詰め込んでいるこの東京都、そしてこの砺波区という場所は、高いビルと多い人に囲まれ、圧迫感とでも言うべきものに常に包まれていた。
「全く……そんなに急いで何処に行こうというのか」
周りのサラリーマンの死んだような顔を見ながら、彼は口に出さないように気をつけつつ、心の中で囁いた。
汁だけになった器を返却口に置き、店を出て、背伸びをしながら次の行動を考える。さてどうすべきか。
昨日は上野原で博物館等を見てからここ新米駅まで来たのだが、彼の脳裏には、未だあの銃撃事件と夢の光景が消えないでいた。
少し海でも見て癒やされようと決めると、彼はここ新米駅から出ている電車のようなバスのような不思議な列車「ミヤコドリ」に乗る事にした。
JTRの駅に近い入口からエスカレーターに乗ってホームへ向かい、列車に乗ると、ちょうど発車時間を迎えた静かにそれは動き出した。
目指すは埋め立てによって出来た副都心。観光スポットや大規模な商業施設のある地区である。そこで少しぶらついた後にショッピングでも楽しもうと思っていた。
が、彼は一つ忘れていた。そこは商業施設だけではなく、ビジネス街でもあるという事を。
この朝の時間帯、ミヤコドリ車内は極めて混雑していた。
勿論乗る前からその混雑具合は分かってはいたが、駅を通るにつれ人は増える一方。次が副都心の入り口である大橋臨海公園というタイミングに至ると、ぎゅうぎゅうで身動きが取れない程の状態になっていた。
鳴斗の口から「ぐええ……」という悲鳴が漏れそうになる。だがそんなものを出せば乗客からギョロリと睨みつけられるだろう。彼はそれを飲み込んで淡々と窓の外を見る事にした。しかし他人の背中に邪魔をされて見えない。失敗した、と彼は心の中で地団駄を踏んだ。
と、背中に急に圧迫感が増した。「押すなよ、まだ駅にはついてないぞ」と思ってそちらをチラと見ると、後ろに居た女性が何やら前に進もうと自分を押し込んでいるのが分かった。「無理です、動けないです」そう言おうとした瞬間、女性の顔が目に入った。
「あっ……」
先に反応したのは女性の方であった。
「君は……」
鳴斗も気付いた。互いに面識がある事に。
といっても彼の交友関係は極めて狭い。知り合い等殆ど居ない。それでも面識があると分かったのは、その目立つ赤い服――柄は違うが――と、何よりつい最近、強烈な出会い方をしたばかりだったからだ。
「昨日あの駅で……」
そこに居たのは、昨日安留賀駅で撃たれていた女性であった。
そこで丁度カーブに差し掛かる。
パァン!!
遠心力で体がくねる瞬間、鳴斗が女性の顔に気付いたのと同時に、唐突に炸裂音が耳を襲った。そして、自分の隣の男の頭から血が吹き出した。
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