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1-7. 幽谷鳴斗は振り返りたくない・3

『上野原、上野原です。お出口は左側――』


「ハッ」


 アナウンスを聞いて鳴斗は飛び起きた。そして、アナウンスと電光表示板が自分の目的地である事に気付くと、手元のゴミも含めた荷物を急いで掻き集め、新幹線の出口から飛び降りた。


 ピー、ガシュン、ゴトゴトゴト。


 降りた瞬間に扉が閉まり、新幹線が東京目指して進行を開始した。


 実に危ない所だった。彼は額の汗を拭って、それから荷物を確認する。駅弁のゴミ良し、スマートフォン良し、カバン良し、財布良し、切符良し。欠けている物が無いことを確認して、彼は改めて安堵した。


 嫌な夢だった。夢。いや、夢では無い。嫌な事を思い出した、という表現が正しい。


 先程見たのは紛れもなく彼が体験した出来事であった。



 彼、幽谷鳴斗は異世界から転生してきた魔法使いである。


 かつて此処とは違う異世界、ジュオ・ラスタと呼ばれる世界に生きていた。


 そこで彼は魔王アヴラ・マジェスタと呼ばれていた。先程彼が夢の中で見ていた光景は、彼が魔王として勇者ラン・ユグドラシアと対峙した時の記憶である。


 ただ、彼が記憶しているのは此処だけであった。


 彼の知識では転生というのは同じ世界で起きるものであり、全く異なる、物理法則すら一致しない世界へと転生するという話は聞いた事が無かった。その影響故か、彼はある程度の元世界における知識は有していたものの、自身の記憶・体験に関してはあやふやな部分が多かった。その中で彼が唯一はっきりと思い出せるのが先程の夢の光景であり、その光景の中で彼はアヴラ・マジェスタと呼ばれる側の視点に居た。故に彼は自分がかつて魔王であったと思っている。


 だからといって彼としてはこの世界においても魔王として君臨しようという気は全く無かった。むしろこの転生した世界でのんびりと生活を営んで行きたいと考えていた。


 明確な風景こそ浮かばないが、ぼんやりと苦労に苦労を重ねていたような、精神的な負担が多量にのしかかっていたような、そんなかすかな記憶が浮かんでくる。もうあのような立場は懲り懲りであった。


 彼には幸いというべきだろう、彼は転生時失わなかったものがある。それが魔法である。


 彼が使える魔法は元の世界、ジュオ・ラスタで使われているもの全てである。暫定元魔王という肩書は伊達では無かった。火・水・土・風といった基本属性の魔法から、空間や時間といった概念要素の操作すら可能であり、この世界の”金”を生成する事すら容易である。


 今朝の銃撃事件で腕の切り離しを行ったのも彼の魔法によるものである。彼は空間魔法により、銃撃してきた相手の肩と腕の間の空間を無限に引き伸ばしたのだ。防犯カメラの映像を操作したのも、彼の魔法によるものである。加えるならば、彼が弁当や新幹線の切符を購入する資金も、彼の魔法で生み出した金を文字通り換金した結果である。


 彼は転生時の魔法を活用する事で、この現代世界において平穏な旅を続けていた。



「はぁ」


 だが時折、過去の夢を見る。


 あの時の、魔王として勇者に立ちはだかった時の記憶が、今も鮮明に残っている。それが彼の平穏を脅かす唯一のものであった。


 転生してから二十三年、彼が前世の記憶を思い出したのが十代の頃とはいえ、今なおその記憶は色褪せない。


「いい加減忘れたいんだけどなあ」


 他の自由席等に座っていた乗客が皆エスカレーターを上って改札へと向かい、誰も居なくなった新幹線のホームで、彼は一人ぼやいた。


 そして気を取り直し、他の乗客に続くように、上野原特有の長いエスカレーターに乗って改札へと向かった。少し上野原で気分転換をしよう、そんな事を思いながら。

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