5-16. 赤坂唯は幽谷鳴斗を見つめて……・2
「スローシャ」
やがて彼は懐の妖精の名前を呼んだ。
「解読はどうだ?」
「はい、スローシャめの解読ですが、少し進みました!!先程の鳴斗様の話を元に漸く少し読めました!!」
「いいぞ、じゃあ教えてくれ」
「はい!!えーと、『世界』『繋ぐ』『門』『鍵』『解放』『十』『贄』、そんな感じの単語が刻まれていました!!」
「……世界?」
その単語を聞いて、鳴斗の顔はみるみるうちに青くなっていった。
「どうしました鳴斗様?」
「ご気分でも悪いのでしょうか?」
片膝をついてラシーヌが彼の顔を覗き込む。
「……まさか、そんな事を?」
「もったいぶらないで下さい、教えて下さいよ」
唯が不平の混じった声で言うと、鳴斗はラシーヌに「大丈夫」と手を翳しながら立ち上がった。
「……話半分で聞いて欲しい」
深刻そうな顔でそういう鳴斗に、唯とラシーヌ、そしてスローシャは頷く。
「ここに残留している魔力は、魔法陣が刻まれた人間が死ぬ事で発動したものと考えられる。唯に刻まれている魔法陣の『贄』の単語から考えて、その可能性は高いと思う」
鳴斗は頭を抱える。
「発動した魔力は、何かを繋ぐような魔法。問題は何を繋ぐかという話であるが……。さっきのスローシャの『世界』という単語で思い当たる節がある」
そう言うと鳴斗はスローシャとラシーヌに目を向けた。
「二人がこの世界に来たのは何時だ?」
世界、という単語を聞いて、唯にも嫌な考えがよぎった。
「スローシャめは一昨日です」
「……某は本日です」
「どちらも、唯が狙われ始めてからだな」
「……そう、ですけれど」
唯は鳴斗に向けて掌を翳した。
「わたしも大体察する事が出来たのですが、本気でそんな事を?」
「あくまで可能性だが。だが高い気がする」
「え?なんです?スローシャめにはよく話が呑み込めないのですけれど」
スローシャは二人の顔をキョロキョロと見る。暗い顔、沈んだ顔が浮かんでいる。
「……まさか、繋ごうとしているものは、この世界?某らの住んでいたジュラ・オスタとこの世界を繋ごうという事なのですか?」
「まだ確証は無いぞ。無いけれど。……そんな気が、する」
鳴斗は両手で頭を掻きむしった。
「なんでそんなアホな事をする!?大体そんな事出来るのか!?『十』っていうのは生贄の数か!?それだけの命を犠牲にして、なんでそんな事をする!?大体、私の記憶にも、そんな術式覚えが――」
彼は何かを言いかけて止まった。
「どうしました?」
唯が尋ねる。だが彼は止まったまま。目は虚ろで、何処か遠くを見つめている。
「……本、読んだ」
鳴斗はか細い声で言った。
「そうだ、次元に関する研究……魔王の城にあった本……読んだ……本当に?」
誰に尋ねているのか、彼は疑問形で話し続ける。
「……内容は思い出せない。読んだはずなのに、いや、読んだのか?私が?」
唯とスローシャ、ラシーヌは目を合わせて、そして鳴斗の呟きに口を挟む事も出来ず、頭を抱えながら唸る彼を見る事しか出来ない。
「何故忘れている?欠落している……過去のことが思い出せない……。魔法以外……自分で使う魔法以外……いや、待て……」
ふと鳴斗は何かに気付いたように、深刻そうな声で言った。
「そもそも私は、空間転移なんて魔法を使っていたか?」
「……鳴斗さん?」
唯が意を決して声を掛ける。だが反応は無い。
「……城から出た事があるか?いや?無い?そもそもその記憶が無い?」
「鳴斗様?」
スローシャが心配そうに声を掛けるが、やはり反応が無い。
「……何故僕は空間転移なんて魔法を覚えている?空を飛ぶ魔法も?透明になる必要があったか?」
「……鳴斗殿?」
ラシーヌも不安気に彼の方を見るが、しかし反応は無い。
彼の視界にはどうやら唯もスローシャもラシーヌも映っていない。
「光の魔法も覚えている。だが何故覚えている?魔王が光属性の魔法を使う事は……あったか?はっきり覚えている魔法の幾つをちゃんと使った?」
「すみません、大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声がして振り向く。そこには、先程記憶を消したはずの警官の姿があった。
まずい。唯は思った。彼はあくまで心配してきてくれているのは分かるが、このままでは――。
「!!」
どうしようかと考えていると、ラシーヌが驚いた表情を浮かべた。
「唯殿、顔が」
静かに、だが焦った声色で彼女が呟いた。咄嗟に鏡で自分の顔を見る。
「……あ」
顔が元に戻っていた。
思わず鳴斗の方を見る。
「……わからない、わからないわからないわからない……。なんだこの記憶は、何故この記憶が無いんだ?何故魔法だけ覚えている?……違う、違う、この記憶の中の姿は誰だ……?????????」
「混乱しているせいで、魔力が暴走しかけております。先程掛けた魔法も、魔力の放出で解けかけているのです」
「どどどどうしよう!?」
「え、甲冑?それにあなたの顔……赤坂唯?」
さっきの警官が声を荒げる。バレた。
「めめめめめ鳴斗さん!!」
記憶をまた消して、そう言おうとしたが、それは別の声に遮られた。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
鳴斗の困惑した声が路地に響き、そして、唯の視界は真っ白になった。




