4-5. 武蔵小金井潤一郎は未だ何も分からない・3
袖の近くに何かが見える。だがこの角度からではそれが何であるか、影なのか、それとも何か別のものなのか判断がつかない。
「この角度違いのはあるか?この袖の部分が拡大したい」
「あったと思います。えーと、じゃあこれ……じゃなくて……」
「これでもないな……」
「あと他には何処に……ああ、報告書作る時見すぎて逆に混乱してきた……」
顎に手をあててうーんうーんと唸る安芸。
「落ち着け、……あ、これだ」
二人で悪戦苦闘する中、潤一郎が一つのファイルを見つけた。
それは赤坂の右腕が映る角度であった。それを再生していくと、赤坂の腕の元へ爆弾の破片が飛んでくるのが見えた。そしてその腕の袖が千切れ、そこに描かれている絵が薄っすらと見えた。
「これは……!?」
潤一郎はそれを見ながら、手元のスマホを操作して何かを開く。
それは昨日、千夏から送られてきた、轢き逃げ事件の被害者の写真であった。
「似ている……」
潤一郎は息を呑みながら言った。
「何がですか」
「これを見てくれ」
「腕……あ、昨日の魔法陣……ああ……!?」
安芸はスマホの画面とパソコンの画面を交互に見て、そして驚愕の顔を浮かべた。
「同じ柄……いや細部が違う……?」
「赤坂らしき女性の方が複雑になっている気はするな」
「ですが確かに似ています。それに、横顔も、赤坂のそれに似ているように見えます」
「ああ。……彼女が赤坂だと仮定した上で、更に仮定を重ねることになるが……。もしかするとだが、既に犠牲になった人が出ているという事から考えて、赤坂が狙われるのはこれが原因なのか?この模様に何かの意味があって、それで狙われる、或いは殺されそうになっている?」
「そうだとすると、あの、轢き逃げ事件ですか、そちらも赤坂が狙われた事件と関係している、という事になりますね。……轢き逃げ、銃撃の両方、先輩が対応している事件全部が、一つの目的で繋がっているという可能性もある……?」
頭を抱えながら、潤一郎は苦々しい表情を浮かべた。
「残念ながら、その可能性は高くなったと思う。いや、だが、しかし……」
潤一郎はその模様をまじまじと見つめた。
結局これはなんだ?
何の意味があってこんなものが腕に描かれているのか?
何故この紋様、魔法陣が描かれた者が襲われているのか?
「それ以上に、分からないことが増えたな……」
頭を抱える他無い。
だが、それでも手掛かりではある。
「こうなると栃木の事件も進めないといかん。悪いが、一旦俺は戻る。爆破事件の方は任せてもいいか」
「はい。代わりというのもなんですが、何か分かれば共有をお願いします。こちらも被疑者死亡で手掛かりが乏しい状況ですので」
「勿論だ。そっちの情報も頼む。彼女が狙われたことに理由が見え始めている以上、一連の事件や被疑者にも何らかの接点があるかもしれない。……死んでしまった以上、取り調べが出来ないのが辛いところではあるが」
「そうですね。勿論情報は共有します。――先輩」
荷物をまとめ始めた潤一郎に、安芸は声を掛けた。
「ん」
「気をつけて下さい。二人、被疑者が出て、同じように死んでいきました。赤坂さんを殺そうとしているグループなのか、拉致しようとしているグループなのか、それとも同一なのか。その当たりは全くわかりませんが、警察にも何らかの手が伸びているのは明らかです。勿論捜査を続けるべきではない等と言うつもりはありません。ですが、捜査を続ければ先輩の身に危険が及ぶ可能性もあります」
深刻そうな顔で言う安芸に、潤一郎は笑みを浮かべた。
「勿論だ。だが、そんな危険がどうこうで捜査の手は緩めない。それじゃ彼女はずっと逃げ続けないといけなくなるしな」
「そこも、注意した方が良いと思います」
「ん?」
「彼女が全くのシロかどうかは決まっていません。勿論被害者であることは明白、ですが彼女に一切の原因が無いと確定したわけでもありません。あくまで我々は、中立の立場から捜査を進めるべき、……差し出がましいようではありますし、先輩には改めて言う事でも無いとは思いますが、僕はそう思います」
「……そうだな」
確かに、言われて気づく。潤一郎はハナから赤坂唯を容疑者リストから外していた。しかし、それは本来すべきではない行為であった。彼は自分自身を戒めた。
「そこも気をつける。ありがとう。流石警視殿だ」
「やめてくださいよ。……では、お気をつけて。外は酷い天候ですから」
多忙で部屋を離れることは出来ないが、それでも安芸は深々と礼をして、潤一郎を見送った。彼は急いで署の裏口から出て、タクシーで新幹線の通っている東京中央駅へ向かう。




