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1-2. 武蔵小金井潤一郎は難事件に遭遇する・1

[2019/6/4 8:45 栃木県安留賀町 JTR安留賀駅付近の事故現場]


 関東北部の栃木県、安留賀町警察署に、安留賀駅付近で何やら揉め事が起きたという匿名の通報が入ったのは八時四十五分。そろそろ署の玄関が開き、通常の窓口勤務が始まるだろう頃であった。


 そして所轄から栃木県県警へと連絡が行き、


「え、私が担当ですか?」


 安留賀駅近くの交通事故の捜査に向かおうとしていた武蔵小金井(むさしこがねい・)潤一郎(じゅんいちろう)警部へと連絡が届いた。


 交通事故にわざわざ警部が行く事になったのは、その事故の内容が『大型のトラックが何人かの歩行者を轢き、そのまま近くの民家にぶつかる」という凄惨たるものだったからである。負傷者十人、死者四人。普段からそこまで大きな事件が無い安留賀町だからという点を差し引いたとしても、県警・所轄全体を巻き込んだ大事件であった。


「ああ。交通事故の方は出勤途中の者に任せた。君は駅の方に行ってくれ」


 そう答えたのは潤一郎の上司である国立藤助(くにたち・とうすけ)であった。途中欠伸が挟まった。彼は朝が苦手なのを潤一郎は知っていた。


「朝っぱらからデカい事件が立て続けだ。人員は足りない事は承知しているが、それでも初動だけでも分散させないといかん。おまけに駅員皆殺しとあっては十分な調査せにゃならん。君はその辺適任だろう。家も近いし」


「はあ」


 前半は兎も角、後半は嫌な理由だと彼は思った。勿論、事件の捜査は大切だ。だが「家が近い」というのは、これは恐らく暗に残業を押し付けても大丈夫だろう?という意味合いであり、もっといえば――。


 いや考えても仕方がない。彼は考え直した。事件の捜査は必要だ、ウダウダ文句を言うべきでは無い。何より、自分の地元の、職場への最寄り駅で起きた事件。自分の手で捜査し解決したいという気持ちが無いわけでは無かった。


「わかりました。向かいます」


 彼はそう言うと、パトカーのサイレンを鳴らしながら駅へと向かった。



 駅に着くと既に近くの警官がやってきていた。


「ご苦労さまです」


 警官の案内する中、血塗れの駅構内を歩いてホームへ上がる階段へと向かう。


「どういう状況だ?これ」


 潤一郎は思わず口にした。


 被害者は事切れている二人の男女、どちらも駅員で、一人は改札、一人は売店が殺されている。死因はどちらも鑑識に聞くまでも無く銃殺であろう事は明らかであった。頭を一発で撃ち抜かれていて、見たところそれ以外の外傷は無い。毒でも検出されない限りは確定であろうと思われた。


 問題はその先の、階段付近の光景であった。


 階段下には腕が切られた男と拳銃を持ったままの腕、そして階上には女性が一人。


 男の肩から先はすっぱりと綺麗に切られており、切断面の血管やら神経やらがはっきりと見える程である。男の近くに転がっている、男のそれと思われる腕には拳銃が握られている。ここは詳しく調べなければならないが、弾丸の装填数が減っている事から、恐らくは被害者はこの銃で撃たれたように思えた。だが、その銃とそれを握る腕が転がっていて、今も血が吹き出す事無く綺麗なままでいるというのは、一体どういう事なのだろうか。


 不可思議なのは女性の方も同様である。女性の近くには血の痕跡があるものの、すっかり乾いてしまっている。通報が入って到着まで数分しか経っていない。まだ春先のこの時期に、ここまで高速に乾く事はあるのだろうか。


 見ただけでは全く状況は掴めない。彼はまず女性に尋ねる事にした。――男にも尋ねようとしたが、「腕がぁ、腕がぁ」と嘆くばかりで、取り乱している様子だったのだ。


「通報を受けて来ました。武蔵小金井と言います」


 彼は警察手帳を取り出し、女性に見せると、すぐに仕舞った。


「いくつか教えて頂きたい事があります」


「あ、えー、と、その」


 おいおいこっちもか、彼は心の中で毒づいた。が、それは態度に出さないように気をつけねばならぬ、彼は自分に戒めた。ここで信頼を得られねば事件解明が遠のく。


「大変だったかと思います。ゆっくりで結構ですので。まず、お名前を伺っても?」


「は、はい、赤坂唯(あかさか・ゆい)と言います」


「唯さん。通報されたのは貴方ですか?」


「い、いえ、その、私では無いです。多分男の人、階段下の人の……」


 そこで唯は言葉に詰まった。潤一郎は訝しみ尋ねた。


「どうされました?」


「……いえ、その、多分通報したのは、階段下の人でも無くて、別の人だと思います」


 潤一郎にはどうも状況が掴めないで居た。彼女が混乱しているからなのか、それともそれだけ事態が混み合っているのか。だが、事態を一番把握しているのは、階下の男とこの女性であるようにも思えた。


「此処で何があったか聞かせて頂けますか」


 彼がそう言うと女は考え込み、


「――信じて頂けますか?」


 切実そうな目で尋ねてきたので、彼は「勿論です」と即答した。


「では……」


 そう言うと彼女は語りだした。

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