3-4. 武蔵小金井潤一郎は相変わらず困り果てる・1
[2019/6/5 12:30 東京都砺波区 城場臨海警察署]
大きな会議室に通された武蔵小金井潤一郎は、肩を持ち上げて背筋をピンと伸ばし立っていた。入ってくる幹部を待ち受けるために直立不動で。
栃木から呼ばれて数時間。新幹線を使って急いで駆けつけたため、着ているスーツはヨレヨレで、頭もボサボサのままであった。
多少、睡眠時間を確保出来た事は良かっただろうか。精神的には寝る間も惜しまず資料に目を通したかったが、新幹線に乗った事で気が緩んだのか、気付けば東京中央駅であった。そこから運行ダイヤが乱れに乱れたミヤコドリを経由して本庁に辿り着いたのは十分程前。食事をする間も惜しんで駆けつけた。「まだ表沙汰に出来ないから」という理由があるとはいえ、栃木から東京まで駆けつけたのは、呼び出しの相手が知り合いだったからに他ならない。
「お待たせしました、わざわざ呼び出したりしてすみません」
そう言って入ってきた相手はスーツを着た男性。署内持ち歩き用のパソコンを小脇に抱えていた。若い顔付きではあるが、スーツはしっかりと着込まれて、着られているという感覚は無い。むしろ凛々しく輝いているようにさえ見える。潤一郎は深々と頭を下げる。
「お疲れ様です」
「そういうのはいいですよ。……お久しぶりです、潤先輩」
彼はそう潤一郎に挨拶をした。
彼は警視庁捜査一課の刑事、松田安芸警視。潤一郎とは面識があった。
「いえ、立場はしっかりしないと」
彼は安芸の先輩という立ち位置だったが、階級では安芸の方が上である。潤一郎はそうした上下社会の礼儀を重んじるタイプであった。
「そういう堅苦しいのはいいんですよ。ともあれ、座って下さい」
安芸がそう言うと、「失礼します」と言って潤一郎は椅子に腰掛けた。
「相変わらず堅いですね。――ここからはもう少し楽にして下さい。ここには二人しか居ないので、咎める人は居ませんから。……でないと僕も話し辛いです」
「は……。では失礼して……」
そう言うと潤一郎は肩を下ろしてふぅと息を吐いた。
「久しぶり。君のメンターをやった時以来か。しかし早いな。もう警視正、スッと抜かれちまった」
「キャリア組の特権ってやつです。僕はどうかと思いますけれど。現場の指揮もまだ全然なのに出世だけは早い」
「冗談はよせよ。二十四の若さで出世出来ているのは君の活躍あってこそだ。伊都宮に居ても聞こえてくるぞ」
「まあまあ。その件は置いておきましょう。話は聞きました。こういう言い方、失礼かもしれませんが、栃木にしては随分と大きな事件ですね」
「ああ。で、ここの事件でその被害者を見たと聞いて飛んできたんだが、実際どういう状況なんだ?ここの事件っていうのが機密と聞いたが」
潤一郎が尋ねると、安芸は手元のパソコンを広げた。
「まだマスコミには伏せていますが、ミヤコドリで大量催眠事件が発生しました。来る時ダイヤが乱れていたのはそのせいです」
「さいみん?」
「はい、と言っていいのか……。ともかく、そうとしか表現出来ないのです。その列車に乗っていた全員が眠りについていました。一人だけちょっと特殊な状況ではありましたが……。それは追々。で、こちらがその時押収した車内の監視カメラの映像です」
安芸は一箇所指差す。
「この女性、内々に手配されていた写真のそれと一致しました」
潤一郎が覗き込む。赤い服――勿論昨日と柄は違うが――の女性の姿や顔は、確かにそれは赤坂唯のそれに見えた。
「彼女は」
安芸は首を横に振る。
「忽然と消えました。そうとしか言いようがありません。密室だったはずの列車から、瞬時に姿を消した。まるで……そう、魔法みたいに」




