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2-8. 幽谷鳴斗はコーヒーを奢る・2

「……うん、まぁ、それでいいなら、いいよ。それで、今後はどうするんだ」


 半ば呆れつつも鳴斗は尋ねた。


「此処も怖いですし、職場に行くよりとりあえず逃げるしか無いかなとは思っています。何せ狙われるの三回目ですからね。……三回目ですよ三回目」


 彼女は肩を震わせた。恐怖か怒りか、その両方のように鳴斗には感じ取れた。



「警察も信用出来ないですし、もう怖くて怖くて」


「気持ちは分かる。……事情は分かった。でもそこまで狙われる理由がよくわからんね」


「はい。だからこそ困ってしまって。お金とか宝石とかなら、……いやあまり渡したくはないですけれど、渡してもいいかなと思うところはないわけではないです」


 渡したくないんだな、というのは鳴斗にも分かった。どうやら彼女はなかなか金にがめついように見える。


「原因、ねぇ。そればっかりは私もわからん。襲ってきた連中は何か言ってなかったのか」


 鳴斗の言葉を聞いて、唯は考え込み、やがて顔を上げた。


「……そういえば昨日、警官の人が、なんか言ってた気がします。『この世界をより良くするために、君の命が必要なんだ』とか何とか」


「この世界を、より良くする、か」


 革命家のようなセリフに聞こえた。しかし、そのために彼女の命が必要というのはよくわからない。


「まるで生贄みたいな言葉だな」


「はい、それも怖いんです。意味がわからなくて」


「そらそうだ。ちなみに君は、例えば政治家とか、金持ちとか、何かそういう家系だったりするのかね」


「そんなわけないじゃないですか」


 その言葉にも嘘は無い。全くもって、彼女には思い当たる節が無いらしい。


「だよねえ」


 鳴斗としてはお手上げであった。


「しかし何時迄も逃げるのも、少なくとも個人じゃ無理だろうし、どうしようねえ」


 そう言いながら鳴斗は自分の分のコーヒーをズーズーと飲む。その減り具合に目を向けていると、なにやら熱い視線を感じた。


 顔を上げると、唯がジッと見つめていた。


「なんだい」


「あの、数日間でいいので、ボディガードお願い出来ませんか」


「……は?」


「とりあえず近くの警察に行こうと思うんですが、また襲われたらと思うと怖くて。なのでその、貴方にも来て欲しいんです。それで、とりあえず全部事が片付くまで、守ってほしいなって。貴方ならなんか変な指パッチンで助けてくれそうですし」


 軽い口調で言う唯。気ままな旅を続けたい鳴斗としては、何とも気軽に言ってくれると口を尖らせた。


「助けろと言われりゃ出来ない事は無いが、うーん」


「お願いします!!」


 そう言って唯は頭を下げた。


 鳴斗としては此処で見捨てるのも気分が悪いように思えた。前世が魔王とは思えないな、と心の中で自嘲しつつも、それでも偶然とは言え二度も出会って助けてしまったという行き掛かり上、此処で別れて死なれるというのは、今後食べる弁当の味が悪くなるだろう。


「仕方ない」


 そう言って彼は左手をテーブルの下に隠すようにしてから指を弾いた。すると彼のその左手に、防犯ブザーのような何かが現れた。彼はそれをテーブルの下から取り出すと、唯に差し出した。


「同行したら私の自由が失われる。だが君を無視するのも良心が咎める。そこでコレだ」


「これは……なんです?防犯ブザーみたいですけれど」


「うん、似たようなもんだ。何か命の危険が近付いた場合はこれを迷わず押せ。そしたら私が飛んでいく。何処に居てもすぐに」


 そう言うと唯はそれを手に取ったが、本当かなぁという表情で彼とブザーを交互に見つめた。


「……と言っても信用出来ないだろう。試してみよう」


 そう言うと彼は立ち上がり、二人で囲んでいたテーブルから50m程離れると、唯に向かって「押してみろ」というジェスチャーをした。


 唯は半信半疑のまま防犯ブザーらしきそれを押した。


 ピカッ、という音と共にブザーが突然輝いた。


「きゃっ」


 眩しすぎて思わず唯が目を瞑った。


「どうだ」


 輝いた次の瞬間、鳴斗の声が唯の隣から聞こえた。


「ん、ん、んんん!?」


 唯がパチパチと目を擦りながら声の方を見ると、50m程離れていたはずの鳴斗がすぐ隣に立っていた。息は上がっていない。疲れている様子も無い。


「仕組みに関しては信用出来ないだろうから内緒。だけどこれならある程度は安心出来るだろう」


 唯には話さなかったが、鳴斗はブザーに魔法を掛けた。ブザーを押した瞬間、時間が停止する。その後、鳴斗がブザーの近くに転移するという、空間転移と時間停止の魔法を組み合わせたものである。鳴斗がわざわざ時間停止を組み合わせたのは、彼のプライベートを守るためであった。用を済ませている途中で呼び出されようものなら、彼の社会的信頼が毀損されてしまうと彼は危惧していた。


「ま、まあ、確かにそうかもしれません」


「多用はしないでくれ。私にも用事があるんだから。ま、それを持った上で警察に言って保護を依頼するのがいいと思うよ」


 唯はうーんと唸りながら首を捻り、迷った。


「分かりました。行ってみます。……どうもありがとうございました。でも、何かあったら、その時はよろしくおねがいします」


「うん、いざという時は任せてくれ。とはいえ、無事を祈るよ」


「ありがとうございます。……最後に、一ついいですか?」


「ん?」


 しおらしい様子を見せながら唯が言った。そこまで鳴斗に下心は全く無かったが、何かそういう話だったらどうしようか、という二十一歳の若者としてのちょっとした期待感のようなものが持ち上がった。


「さっきのコーヒーあと一杯頂けますか、テイクアウトで」


 その言葉を聞いて、鳴斗は自分の考えが余りにも愚かであり、人間とは、否この赤坂唯という女性の欲望の深さを見誤っていたと思い知った。


「……………………好きにしなさいな」


 そう言って彼は、彼女の神経に敬意を表して、最後にまたコーヒーを奢った。


 ほんの少しだけ、彼の脳裏には「助けなければ良かったかな」という思いが、本当に欠片程度過った。

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