2-7. 幽谷鳴斗はコーヒーを奢る・1
[2019/6/5 8:30 東京都砺波区 城場臨海公園付近]
「さて、まずはコーヒーでも飲んで落ち着き給え」
助けた女性と、自らの魔法で空間転移した幽谷鳴斗が、城場臨海公園の近くのカフェでアイスコーヒーを差し出しながら言った。
「あれ、ここ……駅じゃない?」
状況が飲み込めない様子で椅子に腰掛けながら、赤坂唯が辺りを見回す。ミヤコドリの駅は道の向こうに見える。
「場所を変えると言ったろう。駅は恐らくこの後大変な混乱に……ああもうなってるな」
幽谷が話している最中、ファンファンとサイレンが鳴って、道向かいにパトカーが駆けつけてきた。それを聞きつけたのか、はたまた駅構内の状況を聞きつけたのか、野次馬が押し寄せている。
「あの調子でゴチャゴチャ巻き込まれては溜まったものではないし、外に出る事も出来ないだろうからね」
「いや、その、一瞬で駅から此処に来たような気がするんですけれど、一体どうやって?」
「そこは気にするな。魔法みたいなものだから」
実際に魔法なのだが、そこに関して彼は伏せた。話した所で理解されないだろうと思った。
「いや気にしますよ」
「それよりも、ほら、コーヒー。飲んだ方が落ち着くだろうよ」
彼が言うと、唯は確かにと頷き、
「ありがとうございます」
そういって唯はそれを受け取り、飲み干す。
「ふう。すみません。おかわり頂いてもいいですか?グランデサイズで」
そう言って彼女は幽谷に向けて空のカップを差し出した。
……混乱しているのだろう、幽谷は二杯目を購入して渡した。
「さて、行き掛かりとは言え二度も助けたんだ、興味本位ではあるが聞いておきたい。君は何故狙われているんだ。心当たりは?」
「ありません。昨日もそうだったのですけれど、全く心当たりはないです。ああもう、何がなんだか……」
グビッ、グビッと、まるでビールのように彼女はコーヒーを飲み干した。
「おかわり頂いても?」
「……まぁ。いいけど」
金に困ってはいない。別に奢った所で、彼にとっては些細な出費と言える。
言える――が、この飲みっぷりはなんだろう、混乱しているからなのか。若干疑問に思いながらも、彼は三杯目を購入して渡した。
「ありがとうございます」
彼女はそれを受け取るとまた飲み始めた。
「それで……心当たりが無いとは言うが、実際狙われているじゃないか」
「そうなんです。なんででしょう。警察の方にもそう言ったんですが」
「警察か。……逃げてきておいてなんだが、警察に保護して貰ったらどうなんだ」
「それはちょっと……。あの、信じてもらえないとは思うのですが」
「なんだね」
「昨日、警察署で取り調べを受けていたら、突然銃を持った警官が入ってきて、取り調べしていた方を撃ち殺したんです。それで、私に『私と一緒に来い』とかそんな事を言って、私に、銃を向けて……」
幽谷は絶句した。そんな事が?何故?
「その時は別の警官の方がちょうど入ってきて、それで逃げ出せました。もしかするとまた襲われるかもと思うと怖くて。それで……とりあえず職場に逃げ込もうかと思ってここに、城場臨海公園に向かっていたんですが、……はぁ」
唯が溜息を吐いた。無理もない、と鳴斗は思った。にわかには信じられないが、どうも嘘は吐いていない。それははっきりと分かった。今の話に嘘がないとなれば、仮に鳴斗が経験したとしても同じように信頼していなかったろう。
「……災難だったね」
「はい、正直言って気持ちが悪いです。理由も全く分からないですし……」
そう言うと彼女は三杯目をグイグイと一気に飲み干すと、プハー、というまるでビールか何かを飲み干した時のような声を上げた。
「次はチョコチップアイスカフェオレでお願いします」
「………………まぁ、いいけど」
幽谷は確信に至った。動揺しているからかと思っていたが、このおかわり要求は違う。単にこの女が図々しいだけだ。
が、ここで無碍にするのも気が引けた。ケチと思われるのも何とも歯がゆいものを感じていた彼は、渋々要求のものを買って渡した。最大サイズは七百円。金に困ってはいないとはいえ、朝ワンコイン程度の立ち食いそばで済ませた身としては、なんとも大きな出費であるように感じた。
「いやぁありがたいです。なかなか飲めるものではないですからね」
「……」
先程までの絶望に満ちた顔は何処へやら、そこには人の金で高いコーヒーを飲める喜びだけが浮かんでいた。




