10-5. 幽谷鳴斗とラシーヌは別れる
キキキキキーッ。
突然ブレーキが踏まれ、
「ひぎゃあ」
ラシーヌの頭がまたすっ飛んだ。どうやら、デュラハン族に車は合わないようである。
「どうした?」
潤一郎に尋ねると、彼は静かに前を指差した。
赤い光。夜にも目立つそれは、鳴斗にも見覚えのあるものであった。
「……あれは検問か?」
「そうらしい。明かりを消してくれ。裏道に入る」
潤一郎の指示通りに鳴斗は瞬時に明かりを消し、彼らの車は夜の闇に紛れた。海の近くの、観光地とはいえ田舎に類する大嵐という土地の特性上、黒い車の姿は全く見えない。
向こうの視界に入る直前だったのか、気づかれてはいない。赤い光は依然として少々前の所で止まったまま、こちらに近寄りもしないが、かといって遠ざかるわけでもない。
「どうする」
潤一郎が鳴斗に尋ねる。選択肢は概ね二つ。振り切るように突っ込むか、降りて進むか。
「降りた方がいいだろうが、ラシーヌがちょっと目立つのが問題だな」
「む……確かに」
夜道に甲冑の音は酷く響く。それは廃ビルでよく分かっていた。
「……申し訳ありません」
「すまん、責めたいわけじゃない。だが実際、この夜中にあれは響く。何とか誤魔化すか、他の方法を探さねば」
「では某が囮となります。お二人で港へ向かわれるのはいかがでしょうか」
「……それはダメだ」
ラシーヌの申し出に、鳴斗は言葉を選んだ。それは避けたい。彼女を犠牲にするようなものだ。
「今は一刻を争います。しかし捕まるのも問題です。幸い、目的地はもうすぐ。であれば、身軽で見つかりにくいお二人で行動されるのが、即ち、某が注意を引くのが、最善の手かと存じます」
鳴斗はスマホをグッと握る。力が籠もる。
意を決したように、鳴斗は言う。
「……すまない」
「いいえ。代わりにと申しますと失礼ではありますが。……必ず儀式を止めて下さい。向こうの世界の連中は気が荒い。血に飢えています。儀式が行われては、この平和な、静かな闇は必ず奪われるでしょう。……どうか」
鳴斗は深く頷いた。
「分かってる」
その言葉に安堵したように、ラシーヌの鎧がどこか微笑んだような気がした。
「それでは……行って参ります!!」
そういうと彼女はパトカーから飛び出した。
「……行くぞ」
鳴斗が静かに告げてドアを開ける。
「……ああ」
潤一郎はそれに答え、パトカーを静かに降りると、二人は港に向けて静かに、静かに走り出した。
闇の静寂の中に響くのは甲冑のカシャンカシャンという音と、それに驚く警官達の声だけ。鳴斗と潤一郎の気配は消えたまま、闇の中へと消えていった。




