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10-2. 赤坂唯は監禁されていた

 鳴斗。その人物名が真っ先に浮かんだ事に少し驚いた。


 普段は誰も信用せず、ただ金だけを盲信していた自分が、助けを求めるに当たり他人の名前が真っ先に浮かぶとは。いつの間にか彼の事を完全に信頼していたようであった。あるいは――。


 頬が赤らむ。そういうんじゃない、多分。彼女は自分に言い聞かせる。吊り橋効果とかそんな言葉を聞いた気がする。それだ。違う。あんな飄々として掴みどころのないやつの事なんて別に。


 ――色々余計なことを考えているものだから、本来早く気付くべき問題にも後から気付く。


 鳴斗は行方不明なのだ。


「あー」


 今あの捜査がどうなっているかわからないが、まだ行方不明だとしたら。


 ――どうにもならない気がしてきた。このまま死を迎えるしか、自分には手が無いのだと。


「……でも確か……」



 この部屋に来る直前。スローシャが変な事を言い出す前に、取調室の松田安芸がスマホをいじって何か言っていた気がする。


「幽谷鳴斗氏の保護に成功したとの連絡がありました!!」


 だっただろうか。


「ふぅ」


 高崎千夏が安堵の息を吐いていたのも思い出した。



 保護に成功したという事は、無事という事だろう。


 無事だとして、彼は助けに来てくれるだろうか?


 ――信じるしか無い。


 段々と彼女の中のボルテージが上がっていった。きっとそう、助けてくれるはずだ。


 ならば今すべき事は何か。出来る限り足掻く事だ。このまま捕まっていると何時儀式に捧げられるかわかったものではない。とにかく今は逃げ出して命を繋ぐ、それしか無い。


「うおおおおおおおおおおお出せ出せ出せ出せ出せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 普段は理性が抑えている衝動を爆発させ、扉にタックルを仕掛ける。火事場の馬鹿力などという言葉があるが、今がまさにそれであった。


「そう、ここは火事場!!出ないと死ぬ!!わたしよ!!力を振り絞れ!!ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 自分に暗示を掛けるように叫ぶ。叫んで更にタックルを仕掛ける。


「あーくっそうるせぇなぁ!!」


 誰かがそう言いながらドアを開けた。――そのドアは、唯は気づいていなかったが、彼女にとって最高な事に、部屋の外へ開く形状であった。


 つまりその誰かが。


「ぬお」

「黙」


 ドアを自らの手前に引いて開けた瞬間。


「おおお」

「っ」


 唯の地味に豊満な肉体が。


「おおお」

「て」


 全身全霊の力を込めてその誰かに向けて突進する形となった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお」

「は?」


 開けた誰かは唖然としながら、唯のタックルを完全に無防備な状態で受けた。


 ――そこからはまるでスローのように唯には見えた。



「ぐぶ」


 開けたのは男であったが、全く身構えていない状態の彼に、唯の全体重×全身全霊の力の合算値がぶちこまれ、


「ぎゅげ」


 彼の頭も体もぐにゃりと曲がり、


「ぶげぇ」


 遠く遠くへ吹き飛ばされて、


「ふにゅ」


 床に盛大に頭を打ち付けて、


「…………」


 そして気を失った。



「殺った……!!」


 いや殺ってはいない。息はしている。だが男は眠りに就いている。そしてドアは開いた。


 チャンスだ。唯は男の懐を(まさぐ)り、スマホと財布を奪い取った。強盗のようだが仕方ない。これは正当防衛である。


 通報するためにスマホを弄るが、SIMカードが入っていないらしく、また特殊な機体のようで通信が出来ない。


「チッ」


 だが何かに使うかもしれない。唯はそれと財布をポケットにしまうと、ゆっくりと男の横を通り、廊下へと出た。


 広い廊下には誰もいない。監視カメラもない。


 スパイか何かの気分を味わいながら、ゆっくり、静かに、そろりそろりと廊下を歩き出した。命懸けの逃亡劇の始まりだ。何としても時間を稼ぐ。そう心に決めながら、


「信じてますよ、鳴斗さん」


 彼の名を呟いて、彼女はしっかりと前を見つめていた。

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