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9-4. 幽谷鳴斗も逃げ続ける・2

「さて……改めて聞いておきたい。この事件の犯人は、その勇者とやらの転生体で間違いないのだろうか」

 トラウマを思い出させるのはまずいとでも思ったのか、潤一郎は話題を変えた。鳴斗は一旦思考を変える事にした。


「関係している事は間違いない。裏で手を引いている事は確実だ。だが、表立って動いているのが彼或いは彼女なのかという点については、私は判断しかねている」


「ふむ」


 潤一郎はハンドルを握ったまま考え込んだ。


「他に協力者が居ると?」


「可能性はある、というだけだ。何せこの事件は組織立った事件。犯人が特定の一名というわけではないからだ。だが少なくとも……あの署内に組織の人間が居るのは疑いようが無いところではあるな」


「……それは、そうだな」


 バックミラーに潤一郎の顔が映る。少し寂しげな顔をしていた。


「昴殿は多少信頼出来るかと」


 ラシーヌが言う。


「あの方はキマイラを見ても腰を抜かしていました。普通の反応です。勿論演技という可能性も捨てきれませんが、某から見て演技臭は御座いませんで。無論、潤一郎殿は疑う余地も御座いません」


「となると捜査員の中に居るか、分かりやすいところでは例の署長とか、その新しい管理官?とやらが繋がっているという可能性はある。或いは……」


 鳴斗はその先を言いかけて口を噤んだ。


「或いは?」


 言って良いのだろうか。迷うが、可能性の一つである以上、口にせざるを得ない。


「拉致されたという高崎千夏が、今一番動きやすい人間である事は間違いない。つまり、これは仮の話だが、実際は自分を動きやすくするために拉致されたと装った、という可能性も、無いわけでは無い」


「……」


 潤一郎のハンドルを握る力が強くなった。


「すまない。だが可能性として、言わせてもらった」


「……気にしないでくれ。これは怒りだ、仮にそうだった場合、千夏は様々なものを裏切った事になると思って。……それで行くと、可能性ではあるが……」


 潤一郎は躊躇いを見せた。顔には恐怖にも似た感情が浮かんでいる。


「……腕を撃たれた安芸の自作自演という可能性だってある、か」


「可能性を言い出せばキリが無い。魔法というファクターがある以上、どのような方法だって取れる。だから魔法の介入を排除せねばならない」


「そのためにも鳴斗殿の魔法を復活させ、対抗手段を用意する必要が御座いますね」


「……なるほど、改めて理解した。ならば急ごう。ドライバーを交代する時間も惜しい」


 潤一郎はそう言うと、ミラー越しに決意の籠もった目を見せた。


「ではこちらは少し……考えてみる。材料になる資料とかはないか」


 鳴斗が問うと、潤一郎は迷いなく手元のファイル群を渡した。


「捜査資料だ。さっき昴が渡してきた。破いたりしなければ見てくれて構わない」


 鳴斗は若干戸惑いながらも、それは信頼の証として受け取った。


「ありがとう。明かり付けるぞ」


 車内に灯を灯す。


「あと俺のスマホも渡す」


 片手で器用にスマホのロックを解除すると、それを鳴斗に渡す。


 手慣れた手付き。何度かやっていそうだが、そこについては一旦無視する事にした。


「捜査過程とかのメールが入ってる。裏切り者がいるのだとすれば、だが、何か役に立つかもしれない」


「……わかった」


 渡す潤一郎の手が震えていたのは、決して車の運転に集中していたからだけではないだろう。


 鳴斗はそれをしっかりと受け取ると、チラチラとメールや資料を読み始めた。揺れる車内で文字を追うのはなかなかに酔いやすいものではあるが、今そこにとやかく言う余裕などありはしなかった。胃の中から何かが込み上げてこようと知ったことではない。


「おえっ」


 と思っていたら、横のラシーヌが嗚咽の声を上げた。


「……横から覗くのは止めたほうがいい、マジで吐くぞ」


「はい、少し休ませて頂きます……」


 ラシーヌは自らの頭を取って太腿に乗せると、ガシャンとバイザーを下げた。


「……世の中知らない事ばかりだな」


 潤一郎がミラーでその姿を見ながら言った。


「同感だが、しかしこれは、デュラハン族の生態なんて、この世界に住んでいる間は別に知らなくて良かったと思う」


「……そうだな。本当に」


 ため息混じりに、潤一郎は鳴斗の言葉に同意した。

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