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9-3. 幽谷鳴斗も逃げ続ける・1

[2019/6/6 22:00 栃木県芳賀郡刃賀町 国道123号線]


 夜道の車内に、ひっきりなしに無線が流れてくる。音楽では無く、警官同士のやり取りばかりで、鳴斗にとっては然程面白いものではなかった。かと言って「変えてくれ」とは言えない。そのやり取りは自分たちに関するものがほとんどだからである。


 未だ栃木県内ではあるが、既に他県にも自分達の逃亡劇は伝わっているらしい。そういう話がチラと入ってくる。しかし、今のところ見つかってはいないらしく、またナンバーも不透明のままらしい。自分達逃亡犯の扱いも、『「署内で銃撃事件を起こした」と伊都宮の署長が主張する』という枕詞が付いている。道中で聞いた署長やら新しい管理官やらの(しつ)の悪さを聞くに、現場の士気も指揮も悪いのだろうし、それは他県の警察にも届いているのだろうなと鳴斗は悟った。どこも頭が悪いと駄目になるというものである事は、朧げな前世の記憶でも、或いは現世でニュースなどを見ていても分かった。


「……ドライブの時間というのは落ち着くものだな」


 無線が止んだ時間。静かすぎる車内に耐えきれず、鳴斗が口を開いた。


「夜中となると静かでモーター音しか聞こえない。昼間より車の数も少ないしな。レンタルカーで昼間走った事があるが、車が多い時はクラクションが聞こえて鬱陶しくて敵わん」


「私――もういいか。俺は夜道の運転が怖くて仕方ない」


 敬語を崩し、普段の口調に戻しながら、潤一郎が答えた。


「あえて裏道を通るようにしているからというのもあるけどな、歩行者が居たらと思うとヒヤヒヤする」


「こんな時間に歩いている人なんているのですか?」


「たまにいるぞ。しかもたまに信号も無いところを横断したりする。流石に新四号みたいなデカい道路では見たことないが」


「その方は頑丈なのでしょうね」


「神経がな」


「はは、違いない」


 潤一郎は初めて笑みをこぼした。


「流石にここまで遅くなると人気は無いが、それでも用心はしないとな」


「そうだな。しかしそれでも、あれだ、昼間の移動時間よりはマシな時間じゃないかね。君の顔は鷹崎で見た事がある。それで次に大嵐。相当の移動量だったろう」


「アレは辛かった。小宮に着いたところで大嵐に行けと言われた時にはマジでキレそうだった」


「そりゃ酷い。鬼か」


 ラシーヌは全体的に二人の会話にピンと来ていないようで、あまり口を挟めていない。


「お陰で足が痛い。少し休みたいが、そうも言ってられないのが辛いところだ」


「運転変わろうか?免許はあるぞ」


 鳴斗はポケットから取り出して見せた。捕まった時にこの手の荷物を没収されなくて良かった。その辺り抜けていると思うが、相手は元より自分の記憶狙いなのだから当然かとも思う。


「少ししたら頼む」


「分かった」


「……めんきょ?武道の実力があればこの箱は動くのですか?」


 ラシーヌが全くわからないといった口調で言った。


「そういう免許じゃない」


 しばしの談笑。事件に追われ続けていた今日唯一のゆったりとした時間かもしれない。


「――静かですね」


 ラシーヌが窓の外を見ながら言った。


「未だピンと来ておりませんが……ここまで静かで平和な夜は初めてかもしれませぬ」


「そちらの世界というのはそんなに大変なのか」


 潤一郎が尋ねる。


「大変ですね。鳴斗殿が魔王として魔物達を指揮していた頃はまだマシとはいえ、それでも魔物同士の生き馬の目を抜くような生存競争が繰り広げられておりました」


「吠えるなと言っても何度もドラゴンが遠吠えしたり、他の連中を食ったり、そういうのを見た覚えはあるな」


 鳴斗が頭を抱えた。思い出したくない記憶のようであった。


「ええ。デュラハン族の戦闘能力は、某が言うのも適切かは分かりませぬが、高い方ではありましたので、比較的平穏に過ごす事はできましたが、人間達は苦労していたようです」


「それを何とかしたいだけだったのになんであんなに揉めるんだろうな……」


 鳴斗は遠い目で虚空を見つめた。掠れているであろう記憶を掘り起こそうとしていた。


「現世でも同じだろう。……事件を解決したいだけなのになんで追われるんだか」


「何処の世界も世知辛いものだな」


 鳴斗はしみじみと言った。

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