8-6. 武蔵小金井潤一郎は犯人ではない……が
彼は孝平をグッと押して体勢を崩させると、その隙を見計らって部屋の外へ飛び出した。
「あっ、ちょっと、逃げないで」
孝平が立ち上がって追おうとしたが、その前に、署長室前で話を立ち聞きしていた捜査員達が立ち塞がった。
「は?いやちょっと、どいてください、わたし管理官ですよ」
「ああなんか疲れたのでちょっと退くのは無理ですね」
捜査員の一人が言う。
「俺もちょっとむずかしいですね。自分で退かしてください」
孝平は力を込めるが、捜査員はビクともしない。
「ちょっと、何やってるんだ。馬鹿げた茶番をやったところで意味は無いぞ」
「馬鹿げた茶番をやっているのはアンタだろ署長」
「腐ってるとは思ってたがここまでとは思わなかった」
「愛想が尽きるとはこの事ですね」
捜査員達が口々に言う。
「先輩」
紛れ込んでいた大宮昴が潤一郎を呼び止め、その耳元で小声で言う。
「鳴斗さんとラシーヌさんは先に載せました」
そうして彼は鍵を差し出す。車の鍵だ。
どういう意味か、潤一郎には理解出来たが、しかし躊躇いもある。
こんな事に彼らを巻き込んで良いのか。
そんな迷いを、昴は瞬時に読み取って、
「こんな茶番よりはマシ、そう思いません?」
そう笑った。
潤一郎はそれを聞いて、少しの躊躇いを見せた後、グッと鍵をつかんだ。
「……ありがとう、みんな」
そう言うと潤一郎は、廊下を走って逃げ出した。
「あっ、ちょっ、逃げちゃいましたよ犯人が!!」
「追え!!これは署長命令だぞ!!」
「わかりました」
そう言って捜査員達はノロノロと潤一郎達を追う。疲れていて足も痛む潤一郎とはいえ、それより遥かに遅い速度の捜査員達。その差はどんどん広がっていく。
「お前らやる気あるのか!!」
自分で追おうともせず、藤助ががなり立てる。
「あります」
「真犯人を捕まえる覚悟はあります」
「勿論です」
「なら――」
「茶番には付き合いません」
そんなやり取りの間に、潤一郎は階段を降りて外へ向かう。
「犯人が逃げたぞ!!おい仙台、お前んとこの捜査員で追跡しろ!!」
「へ?へ、は、はい」
どうしたものかと戸惑っていた孝平は、藤助に気圧され、部下へと連絡しようとした。
「……あ、あ?」
呆けた声が孝平の口から漏れた。
「どうした」
「それが入り口に救急車が――」
言いかけた言葉を邪魔するように、ドンッとドアを開けて誰かが入ってきた。
「救急です。患者は」
「こちらです」
刑事達は冷静に、孝平と藤助の間を横切るようにして安芸の元へ救急隊員を案内していく。
「そんな奴はどうでもいい!!」
「良くはありません人の命です。何を仰っているのかよく分かりませんね」
救急隊員がムッとした様子で、冷静に、だが怒りも滲ませながら言葉を紡ぐ。
「いや君達に言ったのではなくだな……」
「すみませんが救護の邪魔です。止血はされていますね?輸血して病院へ移送します。タンカを」
タンカが入ってくる。その喧騒の隙間を縫うようにして、潤一郎は外へと出ていく。孝平の部下は何が起きているのか分からず、困惑したまま玄関で立ちすくんでいる。彼が横切った事にも気づかない。
「逃亡者か。全く……堕ちるところまで堕ちる感じだな」
そう言いながら潤一郎は、鳴斗が手を振って示す覆面のパトカーに乗ると、サイレンは止めたまま、ただ一台の車として走り出した。明るく光り輝き続ける救急車のパトライトの方が人目を引き、それに気付く者は居なかった。
そうして、潤一郎達は夜の街へと消えていった。




