表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

精霊使いの郷コルベール

オリオル王国の西方に位置する

精霊使いの(さと)コルベール。


太古の昔、

ヒトと精霊の間に生まれた者を祖とする、

大陸でも最も古い血脈を持つ二つのコルベール家が治める地だ。


ル=コルベール子爵家と

ジ=コルベール子爵家。


両家は精霊を扱う能力に長けた一族で、

代々多くの精霊使いが騎士や魔術師として王家に

仕え、国の安寧を支えてきた。


二つのコルベール家は領地を巡って熾烈な争いを

繰り返してきた……という事はなく、

貴重な血を受け継ぐ家柄同士として良好な関係を

築いてきたのだった。


血が交わり過ぎるのを避け、

両家の者が婚姻を結ぶのは二代ずつ空ける事と定めるほどに。


そうして丁度その代に生まれた二人。


この物語の主人公、

ル=コルベール家長女のアミシュと

ジ=コルベール家次男のハルト。


二人の婚約はアミシュの誕生と共に正式に

結ばれた。


アミシュは長女だが上に二人の兄を持つ末っ子だ。

ジ=コルベール家も二人兄弟、待望の女児誕生に

コルベール領内が歓喜に沸いた。


当代できちんと姻戚関係を結べる事に

両家の当主たちは安堵したという。


そうやってアミシュは生まれてすぐに婚約者を持ち

その婚約者とは兄妹のように成長を共にしてきた。


だけどちゃんとアミシュはハルトに恋をしていた。


もの心付いた瞬間に初恋に落ち、

以来ずっとハルトだけに想いを寄せてきたのだ。


ハルトもそんなアミシュを大切にし、

いずれ二人は良き夫婦となるだろうと誰もが

思っていた矢先、王宮から精霊使いの招集の命が下った。


王都近郊の街で魔物が発生する事案が増えているという。


それに対処するために各地から優秀な魔術師や剣士、そして精霊使いが集められているらしいのだ。


当然精霊使いの郷コルベールにも

下知が下ったわけだが、

後継ぎである両コルベール家の嫡男を魔物討伐などという危険な仕事をさせるわけにはいかない。


しかしル=コルベール家の次男は虚弱で精霊の扱いも不得手であった。

まだ15歳のアミシュも論外。


従ってジ=コルベール家のハルトが王都に赴く事となった。



精霊の力を剣に宿らせて戦う精霊騎士。


ハルトは歴代のコルベール家のどの人物よりも

精霊の扱いに長け、しかも高魔力保持者だ。


17歳と若輩ではあるものの、

コルベールを代表するに値するほどの実力者だった。


加えてその見目の良さたるや。


グレイベージュの髪色に漆黒の瞳。

端正な顔立ちに長身で均整の取れた引き締まった体躯。

老若男女問わず誰もが見惚れるほどの美貌の持ち主

であった。


両コルベール家がドヤ顔で送り出したのは

言うまでもない……。


コルベール領から王都までは馬車で

一週間は掛かる。


今まで毎日会っていたのに、

今後しばらく易々とは会えなくなる状況を

アミシュは大いに嘆いた。


次兄である虚弱の兄の枕カバーを

加齢臭漂う父の枕カバーと替えて嫌がらせをしてやるほどに嘆いていた。


寂しい。


すぐに会えない距離なんて耐えられない。


アミシュはハルトに縋りつき涙を流した。


ハルトはアミシュを優しく抱きしめ、

宥めながらこう告げる。


「王都で騎士爵を賜るくらい武勲を立て迎えに

行くよ。それまでいい子で待っててくれ」


そしてアミシュの額に口付けを落とした。


普段はどちらかというと塩系な性格で、

ドライな印象のハルトからの甘いキスに

アミシュは有頂天になり、頭がぽや~としている

うちにハルトは王都へと旅立ってしまった。


「しまったわ……!」


と思っても時既に遅し。


アミシュは会えない寂しさと募らせた思いの丈を

怒涛の如く手紙に(したた)めた。


ハルトからも沢山の手紙が届く。


離れていても二人、思いは通じ合っていると

信じていた。



ハルトが王都に発って2年の月日が流れ、

アミシュは17歳になっていた。


来年にはハルトと式を挙げる事になっている。


そんな時、ハルトから一通の手紙が届いた。


第二王女殿下付きの騎士に大抜擢され、

近衛騎士になったという。


普通、王族の専属騎士は伯爵位以上の子女と

決まっているが、ハルトはその実力から特例で

選ばれたらしいのだ。


〈凄い……!

頑張りが認められて良かったわねハルト……!〉


アミシュは手紙を胸に掻き抱き喜んだ。



だけどその喜びは一瞬で奈落の底に落とされる事に

なる。


ハルトの生家、ジ=コルベール家から婚約期間の

延長の申し出が入ったのだ。


王女殿下の専属騎士は皆、

未婚の男子で固められているという。


王女が自分に忠誠を誓う騎士なのに

自分よりも大切な存在がいる男は嫌だと言って、

妻帯する騎士の護衛を拒んでいるというのだ。


いずれは結婚を理由に専属騎士を辞するとしても

せっかくの栄誉、せめて三年は近衛騎士として

勤め上げるべきだとハルトの父である

現ジ=コルベール当主が判断したという。


ハルトの今後の出世のためにも。


父であり、当主の言葉は絶対だ。


それはアミシュもハルトも充分に承知しているために、仕方なく婚約期間の延期を承諾した。


だとしてもさらに三年待たされるなんて……


いや待つけども。


大好きなハルトのためなら幾らでも待つけれども。


全く会えないまま三年……。


アミシュには耐えられそうになかった。


そんな時、王都からル=コルベール家にだけ王命が

下される。


ジ=コルベール宗家だけでなく、

ル=コルベール宗家の者もきちんと王都に出仕するようにと。


出仕させられる者はいません!

では通用しないのがこの世界だ。


嫡男は出せない、次男は虚弱、となれば今度こそ

アミシュの出番であった。


しかし父は難色を示す。

ただでさえ婚約期間が延長されているこの状況。

なのに嫁入り前のアミシュが魔物の討伐だなんて

ジ=コルベール家に良い印象を与えないのではないかと。


別にそこまでしてジ=コルベール家と姻戚にならなくてもよいのだが、こんなにもハルトが大好きなアミシュの気持ちを思うと、なんとしても嫁がせてやりたいと父は思っていた。


だからといってル=コルベール家には分家を併せてもアミシュほど精霊の扱いに長けた人材はいない。


他の者が身元を偽って討伐に参加して、もし万が一の事あらばそこから本当の戸籍が明らかになる。

そうなれば王家を欺いたと罰せられてしまうのだ。


やはりアミシュが行くしかない。


父と長兄次兄、母と家令、分家の叔父たちに

メイドや愛猫のマオまで全員で額を突き合わせ

考え抜いた結果、

ジ=コルベール家には内緒でアミシュを王都にやろうという事になった。


とりあえず短期間だけでも出仕して誠意を示し、

何らかの理由を付けて退職。

その後はのらりくらりと躱すしかないと……。


もちろんその間、王宮内でハルトに見つかってはいけないし、彼の立場を考えて、婚約者などと知られてはならない。


その事を踏まえた上で、一族一致団結でこの難局を

乗り切る事と相なった。


アミシュはハルトのように精霊騎士ではなく

精霊魔術師だ。


なので王宮魔術師団に入団する運びとなった。


こうしてアミシュはル=コルベール家を代表して、

王都にて魔物討伐の任に就く。


魔物の討伐はひと言で言うならばエグい。


ひと言以上で言うならば、

エグいキモい臭い汚いだ。


年頃の娘ならとても耐えられない仕事である。

しかし魔術師団には同期を含めた複数の女子がいたし、彼女たちも懸命に務めを果たしていたので自分も頑張るぞ!と奮い立たせる事が出来た。



だけどそれよりも何よりも、

その年頃のアミシュにとって辛かったのは

近くにいながら婚約者のハルトと話が出来ない事と

王宮内で真しやかに囁かれる、

王女と王女の騎士たちとの目眩(めくるめ)く愛憎劇の噂であった。


その中の登場人物にはもちろんハルトも含まれていて、王女とハルトが想い合っているのだとか、

騎士仲間の一人と王女を巡って対立しているだとか、

そんな噂が耳に入ってくる事だった。


アミシュにしてみればこの噂の方が

魔物の断末魔よりも聞くに耐えない事だったのだ……。


「エグい、エグいわ……」








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ