これはやめられません
誤字脱字報告、ありがとうございます!
ハルトが王太子の専属護衛騎士になり、
王女レティシアが去った今……
アミシュとハルトの間を妨げるものは何もなくなり
婚約者として堂々と振る舞えるようになったのだが、
アミシュは未だにこっそりとハルトウォッチングを
続けていた。
「こうやってこっそりと自然体のハルトを見るのも
また格別なのよね」
それに……
〈ハルトってばこの頃、顔を合わせる度にキスしてくるんだもの!〉
もはや結婚まで秒読みの二人。
キスくらい問題ないはずなのだが……
〈わたしが毎回ヘロヘロになって、ハルトのご尊顔をまともに拝する事が出来ないのよ!〉
顔が見たくて見つめると、
途端に唇を奪われてしまう。
〈まぁガン見ではなくチラチラ見したって、結局は
キスされてヘロヘロになっちゃうんだけどね〉
でも一日に一度はじっくりとハルトの顔を拝まねば
夜眠れない体質になってしまったアミシュは、
こうやって朝練などで見学の令嬢に紛れて
ハルトウォッチングをして、心の平穏と安眠を確保しているわけである。
〈今朝のハルトもスッキリ素敵だわ。
顔の浮腫みなんて無縁なのね、羨ましい〉
今朝も今朝とてローブのフードを目深に被り、
ムフムフと愛しの婚約者のオーラを浴びて
ご機嫌のアミシュである。
でもその時、隣で騎士たちを見学していた女性の
一人がアミシュにブーツの靴紐が解けていると教えてくれた。
「あ、本当だわ。ありがとうございます」
そう礼を告げ、アミシュは靴紐を結び直した。
「おい、また来てるぞ、あの不気味な魔術師……」
「ちょっ……マジで怖いんだけど……」
剣の素振りをしながら騎士たちが、
不気味な魔術師の方を見て慄いていた。
その声を聞き、ハルトが騎士たちが見ている方へ
視線を向ける。
「……………」
ハルトの視線を追って、同期のジランが思わず吹き出す。
「ブハッ!あの魔術師、また来てんのか。
いっつもフードを目深に被って、確かにちょっと
怖いよな。でもアレ、絶対にハルトお前のファン
だぜ。だって前からお前の方だけを熱心に見てるんだからよ。モテる男は辛いねぇ、まぁ婚約者に誤解されないように気をつけろよ?」
「……そうだな」
そう言うといきなりハルトはその魔術師の方へと
歩き出した。
「へ?ハルト?」
アミシュが靴紐を結び直して再び立ち上がると、
目の前に大きな壁があった。
その壁は騎士服を着ている。
ハルトが着ている騎士服と同じだ。
………まさか。
アミシュがギギギと軋んだ音が出そうな
ぎこちない動作で顔を上げる。
するとそこにはやはり、腕を組んでこちらを見ている愛しの婚約者様が立っていた。
「……アミシュ」
「だ、誰の事ですかな?」
アミシュが老人の声真似をして誤魔化すと、
ハルトにフードを取られてしまった。
「あ!」
アミシュの鮮やかな赤い髪がふんわりと広がる。
周りの令嬢や騎士たちが騒めく声が聞こえた。
「アミシュ、なぜそんな所でコソコソと盗み見
みたいな事をしてるんだ?」
「へ、へへへ……ちょっと朝練の見学を……」
「わざわざフードを被って顔を隠して?」
「これはもう、正体を隠して見るのが習い性みたいになっちゃって……」
「アミシュ」
「ごめんなさい」
「見るなら顔を隠さず堂々としてくれ。仲間が不気味だと怖がっている」
「うっ……ごめんなさい」
その時、驚きの声を上げながらジランが話しかけてきた。
「アレ!?キミってこの前、庭園で会った子だよね?
ぶつかって運命的な出会いをした……」
それを聞き、アミシュは首を傾げながら言った。
「運命的かどうかは疑問だけど、確かにぶつかりましたね」
「でしょ?って、え?なになに!?
もしかしてハルトの婚約者ってキミだったの!?」
それを聞き、ハルトがジランに向かって言った。
「お前が庭園で魔術師に会ったと話してたあれか」
「そうそう。そういやあん時、お前ってば自分の婚約者の方が美人だって豪語してたよな、ふぅん…なるほどな」
ジランが意味ありげな目でジロジロとアミシュと
ハルトを見た。
「なんだ、あまり不躾に見るな」
「確かにお前がそう言うだけの事はあるなと思ってさ。あーぁちくしょう、あれ以来ずっと探してたのになぁ。やっと会えたと思ったら仲間の婚約者だったなんて、ついてないよ」
「ふ、すまんな」
「うわっ、なんかムカつく」
ハルトとジランのやり取りをアミシュは頭に「?」を浮かべながら見つめていた。
アミシュが不気味だと戦慄を走らせていた騎士達だが、実は近衛騎士ハルト=ジ=コルベールの婚約者で、しかもフードを取ればかなりの美人であった事を知って、更に慄いていた。
そして世の中不公平だ、だの
そりゃあの婚約者の為なら屋上から叫ぶだろ、だの
コルベール自爆しろ、だの色々と好き勝手に言っていた。
朝練での覗き見はバレてしまったが、
空いた隙間時間でのハルトウォッチングは
もはやアミシュの趣味になっていた。
ハルトが気付く時もあれば
気付かない時もある。
ハルトは半ば呆れていたが、
アミシュが楽しそうならそれでいいかと諦めて
覗き見される事を許容した。
そんな王宮での暮らしがしばらく続き
ようやく二人の公休が重なったある日、
アミシュとハルトは故郷のコルベール領へと
転移魔法で帰郷した。
王太子シルヴァンが、迷惑をかけた詫びだと言って
アミシュに転移魔法用の魔道具をプレゼントして
くれたのだ。
さすがは王太子、
プレゼントも格が違うと感心したアミシュである。
これがあれば王都からコルベール領まで馬車で一週間は掛かるところを一瞬で行ける。
本当に便利だ。
王太子よありがとう、この国に乾杯、と
アミシュはシルヴァンに心から感謝したのだった。
事前に手紙で二人揃って帰郷するとは伝えてあったので、
両家の家族が揃って待っていてくれた。
ジ=コルベール家の当主であるハルトの父はアミシュに、名誉の為に婚約を長引かせた事への謝罪が。
そしてル=コルベール家の当主であるアミシュの父はハルトに、内緒で王都に出仕させた事を謝罪した。
それぞれ両当主が我が子の為に選択した事だが、
やはりきちんと話し合った上で決めるべきだったと父たちは言っていた。
でも結局二人は互いを想い続け、
3年という年月を乗り越えた。
両家の家族はその事に安堵し、
本当に喜んでくれたのだ。
そして父たちの謝罪のついでにアミシュも
虚弱の兄の枕カバーに嫌がらせをした事を謝っておいた。
今回の帰郷は結婚式の事を話し合う為である。
アミシュもハルトも王宮での仕事があるし、
王都であれば王太子シルヴァンが式に参列してくれるとの事で、結婚式は王都の教会で今から3ヶ月後に挙げる事と決まった。
その後は両家でささやかな食事会をし、
これからも両コルベール家とコルベール領の安寧を互いに守ってゆこうと固く絆を結び直した。
その様子をハルトと並び、手を繋いで見つめる。
アミシュはとても幸せだった。
今夜はアミシュも久しぶりにワインを呑んだ。
楽しくて幸せで、ふわふわした気持ちになる。
ふいにハルトに手を引かれた。
酔い覚ましに庭へと連れ出される。
外に出ると満天の星が輝いていた。
田舎なので日が暮れると初夏でもひんやりとする。
その空気がまた心地良かった。
大好きな故郷で大好きな人と共に見上げる星空は
また格別だ。
王都でも星は見えるが、コルベール領の夜空とは
比べ物にならない。
アミシュは隣に立つハルトの肩に頭を寄せる。
今日はいい日だ。
お互いの大切な家族が祝福してくれて、
アミシュは本当に幸せだと感じた。
「アミシュ」
ハルトがアミシュに話しかける。
「今まで待っていてくれてありがとう。
白状するけど、正直焦ってたんだ。離れている間にアミシュが他の奴に取られたらどうしようと……。王宮にいた事は本当に驚いたけど、同時に側にいてくれたと知って嬉しかったんだ」
「…………」
アミシュは黙っていた。
「でももう絶対に離れない、離さない。
結婚式までまだ日はあるけど、もう寮を出て家を借りて、一緒に暮らさないか?」
「…………」
ハルトがアミシュの返事を待つ。
「アミシュ……?」
もしかして早々に二人で暮らすのは嫌なのだろうか?
ハルトが不安になってアミシュの方を見ると…………
「ぐぅ」
「………寝てんなよ……」
寝てる人間相手に想いを語っていた事に
居た堪れなさを感じたが、アミシュらしくて
思わず吹き出すハルトであった。
しかし立ったまま寝るとは器用な……
アミシュを抱き上げ、顔を見る。
無防備な寝顔がたまらなく愛おしい。
「おやすみ、アミシュ」
ハルトはアミシュの額に口付けを落とした。
次回、最終話です。




