そして王女は……
私は美しいものが好き。
だって美しい私に相応しいから。
幼い頃はお人形、美しいスイーツ、
少し大きくなってからは宝石やドレス。
そしてその後は断然、美しい男たち。
美しい私を彩るに相応しいドレスや宝石と同じく、
側にいる男も美しくないと許せないもの。
だから私に忠誠を誓い、私を守る男たちは
選りすぐりの美形を選んだわ。
中でもハルト=ジ=コルベールは私が思い描いていた理想の容姿をしていたの。
子爵家の次男なんて、子どもの靴の踵くらい低い
身分でも、特別に取り立てて側に置きたくなるくらい素敵な男。
理想の結婚相手を求めている内に何故か全く来なくなった縁談も気にならなくなるくらいにね。
決めたの。
私はハルトと結婚するわ。
この国の王女を、私という国の至宝を手に入れられるのだもの。
きっとハルトは泣いて喜ぶわね。
そう思っていたのに……。
お兄様に専属騎士として奪われただけでなく、
ハルトは親が決めた婚約者に義理立てして
私との結婚を断ったのよ!
可哀想なハルト……。
彼も本心は私と結婚したいと思っている筈だわ。
義理立てする必要はないと、
王家の宝の“精霊の石”とかいう変な魔道具を
プレゼントして一緒に伝えてあげようと思っていたのに。
ちょっと落としただけで簡単に壊れるなんて。
欠陥品だったんじゃないの!?
そのせいであんな怖い目に遭って、
その後罰として暫く軟禁されるなんて。
でも私の侍女と専属騎士の二人、
ジュールとタイラーはとても優秀なの。
警備の隙をついて私を外に出してくれたわ。
ハルトに会って、
私を諦めなくても良いのだと教えてあげなくては。
急いで王太子宮にいるであろうハルトに会いに
行こうと思ったら、丁度ハルトの姿を見つけたわ!
……でも……。
な、なに?
何故そんな魔術師の女と抱き合っているの?
さてはあの女ね!
親同士が決めた婚約に胡座をかいて私のハルトを
縛り付けているのは!
可哀想なハルト……。
今すぐ私が助けてあげるわ……!
◇◇◇◇◇
せっかくハルトが衆人環視の元、
クールな塩味をかなぐり捨ててアミシュの誤解を
解いたというのに一難去ってまた一難。
諸悪の根源、第二王女レティシアがハルトの背中に
へばり付いて来た。
アミシュが驚いてハルトを見上げると、
当のハルトは絶対零度の眼差しを王女に向けていた。
〈なんて冷たくて怒りの篭った眼差しなの……
でもそんなハルトも良き……!〉
今すぐここに宮廷画家を連れてきて描いて貰いたいと、冗談抜きで思ってしまったアミシュであった。
そんなアミシュをより一層懐に抱え込み、
ハルトは背中の異物を取り除くべく大きく身を翻した。
「きゃっ……!」
いきなり動かれた事により、レティシアはバランスを失い尻もちをつく。
「レティシア殿下っ!」
「コルベール!貴様……!
一体どういうつもりだ!」
それを見ていたかつての仲間、
王女の専属騎士の二人がレティシアに駆け寄り様に睨んで来た。
それをものともせず
ハルトがその二人、ジュールとタイラーに言う。
「卿らこそこれはどういう事だ。
王女殿下はご処分が決まるまで謹慎中の御身であるはずだが、何故ここにおられるのだ?」
「それはっ……」
まさか無断で連れ出したとは言えず口ごもる二人の代わりに答えたのはレティシアだった。
「当然でしょう?なぜ王女である私が軟禁されなくてはならないの?彼らは忠実な臣下として当然の事をしただけだわ。それよりハルト、あなたを助けに来たのよ」
「……何をどう助けるのかお聞きしても?」
「当然、貴方を自由にしてあげる事よ。
その女なんでしょう?婚約者気取りで貴方に無理を強いている女は」
レティシアがアミシュを睨む。
アミシュはっきり言って怖くもなんとも無かったが、王女が未知のイキモノである事は知っていたので黙っておいた。
ハルトがキッパリと王女に告げる。
「気取りではなく彼女は歴とした婚約者です。
そしてもちろん、無理強いなどされていません」
「ハルト、我慢しなくてもいいのよ?
本当は私と結ばれる事を望んでいるのでしょう?」
王女のその言葉を聞き、
野次馬として集まり、事の次第を具に見ていた王宮勤めの者たちが俄にざわつき始めた。
「王女殿下は何を言っておられるんだ?」
「抱きしめ合ってる二人を見て何も感じないのか?」
「ていうか求婚云々が侍女を使った王女の自作自演
という事だよな?」
つい今しがた感動的なプロポーズを見たばかりの彼らにとって、王女の乱入からの妄言が滑稽に見えて仕方なかったようだ。
「お美しく気高い王女だと思っていたのに」
「美男子を侍らかすのはどうかと思っていたけど」
「こんな珍妙な人間だったとは」
「なるほどそれで行き遅れて……」
などという囁き声が聞こえてくる。
ハルトは今一度、レティシアに向かってハッキリと
断言した。
「王女殿下、私が妻にと望んでいるのはこのアミシュだけです。幼い頃から私は彼女だけを想い続けた。そしてようやく今、彼女を得る事が出来たというのにこれ以上変な妄想を押し付けてくるのはやめて頂きとうございます」
「なっ……!?」
自分の考えが正しいと思い込んでたところに
変な妄想と言われ、レティシアは顔を真っ赤にしてワナワナと震え出した。
そして唐突に喚き出す。
「何を無礼なっ!お前なんて、私が取り立ててやらねば一介の騎士にしかすぎなかったというのに!」
「一介の騎士で結構。
それの何がいけないのです?お飾りの騎士でいるくらいなら、私は一生、辺境地の騎士でもいいくらいだ」
「こ、このっ……言わせておけばっ……!誰かっ、この無礼者を牢屋にぶち込んで!!」
レティシアのその言葉を聞き、
アミシュは顔を青くしてハルトを見た。
「っハルト……!」
しかしその時、王太子シルヴァンの静かな声が聞こえた。
「そこまでだ、レティシア」
屋上にいたシルヴァンが
いつのまにか下に降りて、近くに来ていたのである。
「お兄様!」
「レティシア、お前にはほとほと呆れ果てたよ。
謹慎を言い渡された身でありながら、その意味も
理解出来ずに勝手に出てくるとは……」
「わ、私は王女ですわよ、その私がなぜ謹慎など
せねばならないのですかっ?」
「今まで王族としての責任を一切果たさず、
子ども染みた言い分で王家の宝を壊し、
その上デマを流して人の人生を狂わしかけたからだ。それは充分に償わなければならない罪だよ」
「そんなっ……その程度の事、お父様はお許しになるに決まってますわっ!」
「父上はもう、匙を投げられた。
お前を甘やかし過ぎた事を悔やんでおられたよ。
従ってお前の今後の事は私に一任された」
「お兄様に!?わ、私をどうなさるおつもりですか?幽閉でもなさるのですか?」
レティシアが腹違いとはいえ妹にそんな事は
出来まいと見透かしたように言い放った。
「幽閉?謹慎も出来ないお前にそんなものは無理だろう。どうせあの手この手で外へ出て、勝手をするのはわかっている。私は無駄な行為は嫌いなんだ」
「ではっ、ど、どうするおつもりで?」
「喜べ妹よ、お前に最高の嫁ぎ先を用意した」
王太子のその発言に、周囲の誰もが驚いた。
それだけ色々やらかした王女を貰ってくれるとは
どんな殊勝な心掛けの人物だ?と。
それなのにレティシアはまだ自分が相手を選べる
立場だと思っているようだ。
「アラ!お相手はどのような殿方ですか?
不器量な方や、ましてや大した事ない家柄の者は嫌ですわよ」
「ふっ……ある意味、最も高みにおられる男性である事は確かだな……」
シルヴァンがそう告げると、
レティシアは嬉々として兄に尋ねた。
「まぁ!!一体どこの家門の方ですのっ!?
王族の方ですか!?」
「レティシアよ、お前の嫁ぎ先の家はドルマン領にあるセントアッペル修道院だ」
「セント……アッペル……?」
ドルマン領とはこの国の最北の地で、
そこにあるセントアッペル修道院といえば戒律の厳しい修道院で有名である。
「お前は神の花嫁になり、
修道女として一生を捧げる事になった」
「なっ!?……な、な、なんですって!?」
「最高に尊いお方に嫁げて幸せだろう?
残念ながらもはやお前にまともな嫁ぎ先は見つからん。しかしそれも全て自らの行いが招いた事だ。これからの人生はそれらと向き合い、真摯に生きていくんだ」
そうしなければ、この異母妹はいつかもっと酷い
過ちを犯すかもしれない。
降嫁させれば降嫁先で、他国に嫁がせればその国で、多大な迷惑をかける事になるのは目に見えている。
それならば王女の身分を剥奪し、
大陸で最も厳しい戒律と謳われる修道院で、極寒の自然の中で暮らせば、少なくとも人として道を踏み外すヒマはないだろう。
好きか嫌いかで言えば
どちらかというと嫌いな異母妹だが、
兄として、いずれこの国を担う者として、まともな人間になって欲しいと思うシルヴァンであった。
「……ヒル、バラント」
シルヴァンはレティシアの騎士である二人を呼んだ。
「「……はっ!」」
「レティシアを連れて行け。勝手に部屋から出した侍女を含めたお前たちの処分は追って沙汰を出す。それまでは自室にて謹慎していろ」
「「………はい」」
「嫌っ!!嫌よっ!!
私は修道女になんかなりたくないわっ!!
どうしてよっ!どうして私がこんな目に遭わなくてはならないのよっ!!私は悪くないっ!!悪くないったらっ!!」
タイラーとジュール、二人の騎士は力なく返事をして泣き喚くレティシアを抱えて戻って行った。
その様子を呆然と見送っていたアミシュと彼女を
抱き寄せたまま離さないハルトにシルヴァンは、
「せっかくのムードだったのに申し訳なかった、
皆もう退散するから思う存分続けてくれ」
と告げて、野次馬たちを解散させて去って行った。
〈続けろって言われても……出来ませんっ〉
本日のキャパが振り切れたアミシュは真っ赤な顔をしたままぶっ倒れた。
その後の動きは迅速であった。
この騒ぎから3日後には
レティシアは王女という身分を剥奪され、
セントアッペル修道院へと送られた。
心を入れ替えて真っ当な人間になれば、
もしかすれば、恩赦を受けられるかもしれない。
俗世に戻る事も可能かもしれないのだ。
しかしそれも全て、本人の考え次第である。
王女にとって、自分を見つめ直し新たにやり直す
機会になればいいと切に願う。
そしてレティシアに気に入られようと言いなりに
なっていた、ジュール=バラントとタイラー=ヒル
は正騎士の称号を一旦剥奪。
準騎士として一からやり直す事となった。
王女に金銭を渡され
デマの噂を流し、尚且つ謹慎中の王女を連れ出した罪を犯した侍女は鞭打ち一発の後、王宮から追放された。
こうして、王族として目に余る行為を繰り返していた王女…元王女レティシアの脅威は去ったのであった。
一方アミシュはというと……。
こそこそせずに会えるようになったにも関わらず、
未だにハルトウォッチングという覗き見を続けていた。




