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第093話 哀れだ……


 私達はベリアルとアンジュを先頭に階段を降りていく。


 階段を降りていくと、コンクリートで作られたであろう階段が徐々に石造りに変わっていった。

 そして、階段を降りきると、目の前には大きな扉があった。


「この先?」

「そうだ。準備はいいな?」


 ベリアルが確認をすると、全員が頷く。


 ベリアルはゆっくりと扉を開け、中に入ったため、私達も続く。

 扉の先はキミドリちゃんが言うようにだだっ広い空間であり、明かりがないのに明るかった。

 確かに、ここはほら穴ではなく、ダンジョンだ。


「誰もいなくね?」


 アンジュが剣を担ぎながらキョロキョロと見渡す。


「お姉ちゃん、あそこだよ」


 パリティが奥を指差した。

 そこにはうっすらだが、ゆらゆらと揺れる光のようなものが見える。


「うーん、見にくい」


 アンジュが目を細めて光を見ていると、光は徐々に大きくなってきた。

 というか、近づいてきている。


 ぼんやりとした光が私達の前までくると、光が徐々に収まり、人型の男に変わっていく。


 男はひげを伸ばしており、ぼさぼさの髪にはあちこちに白髪が見える。

 風貌から察するに初老の男性のようだが、顔は見覚えがあった。


 間違いなく、あの時の勇者君である。


「アイリ……か?」


 勇者君はアイリちゃんを見て、つぶやく。


「そうです。お久しぶりです」


 アイリちゃんは勇者君の言葉に敬語で返した。


「…………そうか。今はあの時なのか……もうそんなに経つのか」


 ダンジョンが現れて50年近く経っていると聞いた。

 つまり、この勇者君は50年以上はこの世界にいるということだ。


「君が勇者シンゴでいいかな?」


 ベリアルが勇者君に確認する。


「ああ、勇者だ。俺が勇者だ」


 ふむ、自我がありそうでなさそうな…………よくわからんな。


「そうか。君はここで何をしている?」

「勇者は世界を救わなければならない。世界を救うんだ。魔物を世界から消す。天使も魔族も吸血鬼も消す。人間以外のすべてを消す」


 うーむ、未練が残ったゴーストかな……

 地縛霊とか悪霊とかのたぐいだろう。

 極楽に送ってあげねば!


「消す…………どうやって消すんだ?」

「違う世界に送り込めばいい。そのための魔法はある」


 あ、わかった。

 この勇者君が救おうとしているのはアトレイアなんだ。

 だから、アトレイアから人間以外の種族をこっちの世界に送るんだ……って、ダメだろ!


「あんた、こっちの世界の人間のくせに、何をしてんのよ。こっちの世界が滅びちゃうじゃん」


 バカかい。


「…………聞いたことのある声だ。どこだっただろうか…………そうだ、お前は、お前は!! ≪少女喰らい≫!! お前のせいだ! お前のせいで!!」


 いやいや、なんで私が恨まれてんだよ!!

 悪霊、こえーよ!


「アンジュ、アンジュ! ほら、出番だよ!!」


 私はアンジュの後ろに回り、背中を押す。


「押すなよ! 間合いってもんがあるんだよ!」

「いいから行け! 大公級天使の力を見せてやれ! えいっ!」


 私はアンジュの背中を押し、勇者君の前に立たせた。


「チッ! ビビりなメタ〇スライムめ」


 アンジュは私に対して、舌打ちをし、勇者君と対峙した。


「…………女? 人間か? 危険だよ。こっちに来るんだ」


 勇者君がアンジュに向かって手を伸ばす。


 直後、勇者君の伸ばした腕が地に落ちた。


「私に触んな! ゲスな心が丸見えだぞ。これだから男は嫌なんだ」


 どうやらアンジュが勇者君の腕を切り落としたらしい。


「ふむ、アンジュのくせにやるな……!」

「おぬし、見えておらんじゃろ」


 当たり前じゃん。


「ぐぬぬ。メンヘラのくせに……!」


 同じ剣士のキミドリちゃんが悔しがっている。

 それほどに速い一撃だったのだ。


「人間ではない……魔族? いや、天使か」


 勇者君は腕を落とされたのに何とも思っていないようで、冷静にアンジュを見ている。


「はっ! 人間の分際で大公級天使のアズラー様に手を出そうなんて1000年はえーよ!」

「天使…………何故、天使がここにいる。人間を騙し、蹂躙するように命じたはずだ」

「悪いが、私はそんな命を受けてねーし、この私が人間ごときの言うことを聞くわけねーだろ」


 サクラちゃんに尻尾を振るペットのくせに。


「やはり、天使は使えないのか…………もういい。人間と共に滅んでしまえ!!」


 勇者君から殺気を感じると、切られていた勇者君の腕から手が生える。

 そして、勇者君の手には剣が現れ、アンジュに斬りかかった。


「舐めんな!」


 アンジュはすぐに姿を消すと、勇者君の右側に現れ、勇者君を蹴飛ばす。

 勇者君はよろめいたが、すぐに体勢を立て直す。

 しかし、アンジュが畳みかけるように剣を振り下ろした。


 勇者君はなんとか剣で受けようとするが、アンジュの剣の方が速く、勇者君は真っ二つになる。


「見た見た!? 私、すごくない? 強くない?」


 アンジュがはしゃいでいると、なんかムカつくな。


「アンジュ、勇者様は血が出てないでしょ」


 パリティに言われて、私も気付いたが、本当だ。


「あれ? あ、アンデッドか」


 アンデッドは死なない。

 というか、すでに死んでいるのだ。

 魔石を持つアンデッド系モンスターは殺せば死ぬが、こういうアンデッドは聖なる力で祓うしかない。


「アンジュ、聖なる力よ! 聖水か神聖魔法で倒すの!」


 私はアンジュにアドバイスをする。


「聖水なんて持ってるわけないし、神聖魔法も使えないけど、どうすればいい?」


 うーん、知らない。


「アンジュ、頑張って!」


 サマンサー!

 頭の良いサマンサはどこ!?


「えー……使えねーアドバイス…………」


 そうこうしている間に勇者君が立ち上がり、再び、アンジュに襲いかかった。

 アンジュは勇者君を迎撃し、実力差から有利ではあるが、アンデッドである勇者君にはダメージがない。


「神聖魔法を使える人、手を挙げてー」


 私は他の5人に挙手を促す。


「魔族が使えるわけないな」

「じゃな」

「私はもちろん使えませんね」

「あははー、無理無理」

「私も…………」


 いや、敵がアンデッドって、わかってんのに対策なしかい!

 こいつらは強いから余裕があるんだろうなー。

 私?

 触れないで。


「うーん、このままではアンジュが死んじゃう…………いや、別にいいな」


 あいつが死んでも、聖人のサクラちゃん以外は悲しむヤツはいないと思う。


「あいつは死なんじゃろ。適当なところで逃げそうじゃ」


 確かに。

 逃げるのが得意なクズだからなー。


「むむむ、アイリちゃん、なんかいいスキルないの?」


 何のためのコピーかね?


「えーっと、アンデッド……アンデッド……」


 ダメだこりゃ。


「サマンサが神聖魔法を使えるんじゃないか? あやつは優秀なメイジじゃし」


 サマンサー!

 優秀なサマンサーはどこ!?

 誰だよ!? サマンサを置いてきたヤツは!


「アイリちゃん、サマンサの所に行って、コピーしてきて! えーっと、確かファミレスにいるって言ってた!」

「わかりました。あー…………あ、いました! ファミレスでデザートを食べてます!」


 でしょうね。


「急いで!」

「はい!」


 アイリちゃんは階段を走って上がっていった。


「アンジュー! あとちょっとだけ頑張りなさい!」

「あとちょっとってどんくらい?」


 知るか!


「10分!」

「適当だろ! 10分も戦うのかー! 私、体力ないんだけどなー」

「頑張れー」

「お姉ちゃん、頑張って!」


 パリティも応援する。


「ガキ共、うっぜ!」


 アンジュは勇者君の攻撃をさばきながらも頑張っている。


「あんたは手伝わないの?」


 私はさっきから何もしていないベリアルに聞く。


「アンジュに任せる」


 ベリアルって、内心、アンジュがこのまま死んでくれないかなーって思ってそうだな。


 私は時折り、アンジュに応援しながらアイリちゃんを待っていると、次第にアンジュの息が上がり始めた。


「はぁはぁ……なあ、もう10分経ってない?」


 私はそう言われて時計を見ると、あれから12分経っていた。


「まだ、えーっと、7分だよー。あと3分!」

「嘘くせ! こいつ、絶対に嘘ついてるし! ってか、誰も手伝ってくれないの!?」


 疑うのは良くないよ。


「お待たせしました! 遅くなってすみません」


 後ろから声が聞こえたと思ったらアイリちゃんが戻ってきた。


「コピーは?」

「できました。サマンサさんが覚えていらっしゃいました」


 さすがは私のサマンサ!

 優秀だ!


「よしよし! じゃあ、先生! アンジュごと浄化をお願いします」

「聞こえてんぞ!」


 うるさいなー。

 せっかくあんたの汚れた心を浄化してあげようと思ったのに。


「ターンアンデッドは生きてるヤツには効かないから大丈夫だよ」

「じゃあ、早くお願い! 私、体力が尽きそう……」


 タバコなんか吸ってるからだよ、まったく……


「抑えててください! 悪しき魂よ! 還りたまえ! ターンアンデッド!!」


 アイリちゃんが祈りながら詠唱を行うと、アンジュと勇者君の周りに五芒星の魔方陣が現れ、光り出した。

 そして、アンジュは何ともない表情をしているが、勇者君は胸を押さえ、苦しみ始める。


「ぐっ! アイリ、何をする!? 俺は、俺は…………!」


 勇者君は胸を押さえながら膝をつき、アイリちゃんに手を伸ばした。


「お兄ちゃん、ごめんなさい。私のせいでごめんなさい。でも、お兄ちゃんはやりすぎ」

「俺は……世界を救うために…………!」

「世界を救うために人を殺すの? 世界を救うために女の人を襲うの? 違うでしょ」


 アイリちゃんは兄を見下ろす。


「ぐぐ、違う! 俺は……ただ、帰りたかった…………お前のために……」

「嘘をつかないで……私の未来視はすべてを見ている。あなたは私を≪少女喰らい≫から守るために帰ろうとしたんじゃない。アトレイアに飽きたから帰ろうとしたの。サマンサさんは言わなかったけど、私はすべてを知っている。あなたはこっちの世界に戻って同じように好き勝手に生きたかっただけ」


 あれ?

 そうなの?


「ぐっ…………違う」

「…………お兄ちゃん、私の顔を覚えてなかったでしょ。30年ぶりだから仕方がないことだけど」

「はは………………アイリ、お前は頭がいいなー。俺はバカだから失敗ばかりだったよ。だから、最後も間違える。でも、これでいい…………」


 勇者君が俯きながら言葉を紡ぐ。


「お兄ちゃん…………?」


 アイリちゃんが勇者君に近づく。


 その瞬間、ベリアルと勇者君が同時に動いた。


「――――キャッ!!」


 アイリちゃんの悲鳴が聞こえた。


 勇者君がアイリちゃんに斬りかかったのだ。

 だが、アイリちゃんに剣が当たる前にベリアルがアイリちゃんを引っ張ったので空振りに終わった。


「ダメか…………」

「あんた、妹になにしてんのよ!」


 こいつ、本当にあの勇者君か?

 あんなに妹を心配していた勇者君か?


「妹…………? そいつは勇者だろう? 勇者なら人のために死ぬべきだ」


 何を言ってんだ、こいつ?


「じゃあ、まず、あんたが死ね」

「そうする…………本当はアイリを生贄に捧げたかったが、無理のようだ。だが、勇者はここにもいる」


 勇者君はそう言って、剣を自分の胸に刺した。


「え? マジで死ぬの?」

「今、ここに生贄を捧ぐ…………いでよ、そして、世界を滅ぼせ!!」


 勇者君は最後の力を振り絞り、魔法を唱えた。

 すると、天井に魔法陣が現れ、光りだす。


「召喚かのう……」

「だな。勇者自らを生贄に捧ぐことによって、強力な者を呼び出すんだろう」


 魔族は冷静だなー。


「私、もう無理……パリティ、逃げようぜ」

「もうちょっとしたらね。今、良いところだから」


 天使はクズだなー。


「何が出ると思います? 私、ドラゴンに100円かけます」


 キミドリちゃんは…………あ、明るいなー。


「すべて、滅んでしまえ!! さあ、天下の王級竜よ!! 姿を現せ!!」


 王級竜…………

 アトレイアにいる王級竜はたった1匹だ。


 黄金を愛し、暴風と炎で世界を焼き尽くした古代竜、≪支配者≫ルブルムドラゴンである。


 アトレイアでは間違いなく最強のバケモノだ!


 勇者君は最後の力を振り絞ったのであろう。

 そのまま崩れ落ち、徐々に体が崩壊し始めた。


 そして、天井の魔法陣からでっかいドラゴンが姿を現した。


 そのドラゴンは赤く強そうな見た目をしている。

 だが、羽は生えておらず、どうみても地竜であり、飛竜であるルブルムドラゴンには見えなかった。


「ば、ばかな…………何故!?」


 勇者君は崩れ落ち、消えていく中で自分が呼びだしたドラゴンを驚愕の表情で見る。


「ぷぷぷ。めっちゃウケる……」


 パリティが笑っている。


「な、何故…………だ……」

「君、もう勇者じゃないし。何もないアンデッドが何を捧げるんだよー! アハハー!! ひぃー、ウケる。笑いを堪えるのが大変だった、ププッ!」


 性悪パリティの笑い声が無慈悲に響き、勇者君は茫然としたまま消えていった。


 パリティ、これを見るためについてきたんだな……

 勇者君、成仏できないだろうなー……

 可哀想に……


 一切、同情できないけど……

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