第092話 いざ、品川へ
「待たせたな」
アンジュが机に突っ伏して、唸っていると、ベリアルが剣を2本持って戻ってきた。
「青野君、護身用に持っていたまえ」
ベリアルは1本の剣をキミドリちゃんに渡す。
「あざます!」
キミドリちゃんが剣を受け取ると、ベリアルはアンジュを見る。
「こいつはどうした?」
アンジュはベリアルが戻ってきても、なお、机に突っ伏したままだ。
「ごめん。お姉ちゃんは心と頭の病気なんだよ。くだらないから無視していいよ」
「…………アンジュ、武器だ」
ベリアルが剣を差し出すと、アンジュは机に突っ伏したまま、剣を受け取り、アイテムボックスに収納した。
「…………お前ら、人の心配を一つもしないのな。サクラさんは心配してくれるのに」
アンジュは私達を非難するかのようなことを言い、立ちあがった。
「あんたを心配するヤツなんていねーよ。サクラちゃんだって、あんたのそういうかまってちゃんな性格を心配してるだけでしょ」
サクラちゃんは本当に大変だなー。
「そいつの病気はどうでもいいから行くぞ。青野君、悪いが、そいつらを品川まで送ってくれ。私はパリティと行く」
「えー……またおっさん悪魔とー……」
パリティが嫌な顔をする。
「あ、私もそっちに乗る。タバコ吸いたい」
アンジュはタバコを吸いたいらしい。
キミドリちゃんの車は禁煙なのだ。
「タバコ臭い2人とかー……さいあくー」
「いいから行くぞ。貴様は不満しか言わんのか」
ベリアルはそう言って部屋を出ていったため、私達も部屋を出て、駐車場に向かう。
言っていた通り、パリティとアンジュはベリアルの車に乗り込み、私とウィズとサマンサ、そして、アイリちゃんはキミドリちゃんの車に乗り込んだ。
全員が車に乗り込むと、ベリアルの車を先頭に品川のダンジョンに向けて発進した。
「長官、遅いなー……」
キミドリちゃんが法定速度を守りながら前を走っているベリアルの車に文句を言う。
「抜き去ったら?」
「後で怒られません?」
「しないほうがいいかもね。見捨てられたらマズくない? 悪いこといっぱいしてるんでしょ」
横領、隠蔽、職権乱用……
余罪はもっとあるらしいからなー。
「うーん、それもそうですねー。大人しくついていきますか」
キミドリちゃんは不満そうだが、安全運転でベリアルについていく。
私達が作戦会議をしていたビルから品川までは比較的近いため、10分足らずで到着した。
べリアルが駐車場に止めたのを見て、キミドリちゃんも同じ駐車場に入り、車を止める。
「めっちゃ都心じゃん」
人が多い。
こんな所でモンスターが現れたら大パニックだろうな。
「実際、年末のレイド戦の時は大規模な規制と共に自衛隊も出動します。世間や探索者はお祭り騒ぎにしてますが、結構、大ごとなんですよね」
「そらねー。どんなモンスターが出るの?」
「出てくるモンスター自体は弱いんですよ。5階層以下って感じです。だから危機感がないんですよ」
ゴブリン程度ならどんなに多くても、各地の探索者を集めれば余裕で対処できる。
それでギルド対抗戦になって、遊んでいるのか…………
気持ちはわかるが、これでもし、10階層以降のモンスターやもっと強力なモンスターが現れたら大混乱だろうな。
勇者君の目的はそれかもしれない。
「探索者や自衛隊を一気に集めて、そこに上級悪魔やドラゴンを召喚して一網打尽?」
「そうじゃろ。そして、その後にモンスターを放てば、対処する者がおらん」
なるほどねー。
何とかの計だ。
「ダンジョンの入口はここから近いです。行きましょう」
キミドリちゃんが車から降りたので私達も降り、ベリアル達の所に向かう。
私達がベリアル達に近づくと、アンジュがキョロキョロと不審な行動をしているのが見えた。
「あんた、何してんの? また、かまってちゃんアピール?」
「いや、見たことある街並みだなーって思って」
「この辺に来たことあるの?」
暇そうだし、散歩でもしてんのかな?
「ないと思うんだけどなー。占いも新宿でやってたし」
「都会なんてビル群だからどこも一緒に見えるんじゃない?」
「そうかな……」
「でしょ。ほら行くよ」
私達は首を傾げるアンジュを放っておき、ダンジョンを目指す。
人が多く、私達は目立つ集団だが、誰も気にかけてはこない。
「うーん、すげー見たことある気がするんだけどなー」
アンジュはまだ悩んでいる。
「来たことあるんじゃないの?」
「うーん…………」
アンジュはこの世界に転移した後は山に逃げ、その後、降りてきてホームレスって言ってたからこの辺でホームレスしてたんじゃないのかな。
私はアンジュと一緒にうーんと悩んでいると、ニヤニヤと笑うパリティと目が合った。
「あんた、何か知ってるの?」
「もちろん。ほら、アンジュ、あそこにファミレスがあるだろ? 見覚えない?」
アンジュはパリティが指差した方向を見る。
「あ、無銭飲食したレストランだ! 謝ってこなくちゃ!」
アンジュがレストランに向けて走り出す。
「待って! 後にしてよ」
私は慌ててアンジュを止める。
「え、でも、お金を返さないと……」
ゴミクズのくせに、急に真面目なことをするなよ。
「後にしなさい」
アンジュはチラチラとレストランを見ていたが、すぐにこちらに戻ってきた。
「そういえば、返すお金がなかった…………」
アンジュがしょぼーんと落ち込む。
「タバコなんか買うからでしょ」
「いや、これはおじさまに買ってもらった。タバコを吸ってるのはおばさまとサクラさんには内緒だよって言ってた。あ、サクラさんに言うなよ。吸うなって言われてるから」
ふーん、いいことを聞いたな。
バラしたろ。
私はうんうんと頷き、進んでいく。
私達がそのまま進んでいると、先頭にいるベリアルとキミドリちゃんが立ち止まった。
「どうしたの?」
2人がこちらを向いたので聞く。
「いや、ついた」
「ここです」
キミドリちゃんがすぐ目の前にある地下に降りる階段を指差す。
「いや、地下鉄じゃん」
「ここにダンジョンができたんです。簡単に降りられて便利でしょ」
まあ、そうだけど……
ダンジョン感がないな。
「普通に地下鉄に降りる階段にしか見えないなー」
私は階段の正面に回り、地下を覗き込むとすると、確かに階段には立入禁止の看板が立ててあった。
「やっぱ見覚えがあるなー」
アンジュはまだ言ってる。
「お姉ちゃん、もう少しだよ。さあ、記憶を掘り起こして」
パリティが笑いながらアンジュを促す。
「うーん、ヒントをくれ」
「ほら、お姉ちゃんはここから出なかった?」
「うーん…………あ! わかった! ここって、私らが召喚された場所じゃん!」
マジ?
「おー! お姉ちゃんのくせに、早めに気付けたね!」
「そういえば、そうだわー。慌てて逃げて、あそこの路地裏に隠れたんだった」
アンジュが建物と建物の間を指差す。
「おい、パリティ、聞いてないが?」
ベリアルがパリティを睨む。
「だって、聞かれてないもーん。聞かれなきゃ答えないよ。僕って、親切じゃないし」
まあ、こいつが親切と思ったことはないし、性悪な嘘つきだ。
「…………まあいい。確かに天使を呼ぶにはちょうどいい場所でもあるか……今後は魔族かドラゴンか……吸血鬼はないか」
こら、吸血鬼差別はやめなさい。
絶対に何もせずに引きこもると思うけど。
「多分、ドラゴンじゃろ。魔族は天使狩りに動くか、同族同士で争う」
「そうだろうな。ドラゴンか…………面倒な。やはり、ここで阻止するのが一番だな」
そこら中にドラゴンがいるのは嫌だな。
あいつら、寝てるか、火を吹くかだもん。
「よし、行くか」
ベリアルがそう言って、階段を降りようとする。
「あ、待って。サマンサ、あんたはここで待機してなさい。勇者君からめっちゃ恨まれてると思うし、あんたに特攻するかもしれない」
「うーん、確かに、そうかもしれませんね。戦うのは嫌だし、ゴミクズが無銭飲食したファミレスで待ってます」
サマンサはそう言って、スタスタと道を引き返していった。
「ゴミクズって…………」
アンジュがまたブルーになる。
「ほら、いちいちへこんでないで、あんたの唯一のとりえの出番なんだから行くわよ」
「私、お裁縫も得意なんだぞ」
どうでもいいわ!
サクラちゃんにマフラーでも編んでろ!