第091話 草葉の陰でお前のママも泣いてるよ……
今回の敵である勇者様は実は聖剣もなく、神の加護もないただのアンデッドという事実が判明した。
「ただのアンデッドとはいえ、元は勇者だし、強いことは変わりないんじゃない?」
20年以上も勇者をしているわけだし、多くの魔物や人間を倒しているだろう。
「まあな。ここは大公級天使に任せよう」
あ、アンジュで威力偵察するつもりだ。
「え? なんで私?」
アンジュがポカンとしたマヌケ面をしながら顔を上げる。
「ん? 大公級天使だろう? ただのアンデッドとはいえ、勇者だし、君が行けば確実だろうと思ってな」
「んー、そうかなー?」
騙される3秒前。
「君以外にいるか?」
アンジュはベリアルに言われて、周りを見渡す。
「私かー」
アンジュは嬉しそうに笑った。
こいつの思考回路がどうなったのかを見てみたいわ。
「あ、でも、杖がない」
アンジュが思い出しかのように言う。
「杖?」
「私の武器。ギルドのおじいさんに預けてる」
「杖……君の武器は杖か?」
「バフ、デバフ魔法が得意なんだ!」
この前、サマンサから教わったばかりなのに得意魔法なんか……
「お姉ちゃん、バフ、デバフ魔法しかさせてもらえないから…………」
パリティが可哀想な目でアンジュを見る。
まあ、こいつが出しゃばると、サクラちゃんは何もしなくていいからなー。
それはサクラちゃんのためにならないだろう。
パリティはちゃんと空気が読めるし、前にキミドリちゃんから聞いたが、援護をメインにしているらしい。
だが、アンジュは確実にそんな発想はしない。
サクラちゃんに良いところを見せようと頑張ったんだろう。
「君はアトレイアでも杖を武器にしてたのか?」
「いや、剣だったけど…………」
「それくらいは用意する」
武器はベリアルが用意してくれるらしい。
「私も刀がない」
「長官、私も剣がないです!」
「……銃がないです」
「そういえば、僕も剣がないな」
皆が便乗し始めた。
「青野君はともかく、貴様らはいらんだろ。どうせ使わない」
ひどい!
「ちょっと待って。この人らはそうだけど、僕のメインウェポンは本当に剣だよ!」
パリティが異を唱えた。
「ほう……貴様、戦うのか? 絶対に前に出ないと思っていたが……なんなら逃げると思っていたが?」
私もそう思う。
ピンチになったら、いの一番に逃げるだろう。
「もちろん! 僕は見学してるよ。お姉ちゃん、がんば!」
パリティは即座に手のひらを返し、お姉ちゃんに任せる。
「よーし! サクラさんはいないけど、後で武勇伝を語ってあげよう!」
絶対に信じないし、そんなもんを語られてもねー。
サクラちゃんも困ると思うな。
「ところで、勇者君はどこにいるの?」
よく考えたら居場所がわからない。
「品川のダンジョンです」
アイリちゃんは居場所まで把握しているらしい。
ってか、品川?
都内かい。
「品川って…………」
キミドリちゃんが微妙な表情でつぶやく。
「キミドリちゃん、何かあるの?」
「品川にあるダンジョンは1つです。世界で1つしか確認されてない1階層しかないダンジョンです」
「何それ? アトレイアでもそんなのあった?」
この中で唯一アトレイアのダンジョンに行ったことがあるウィズに聞く。
「いや、なかったと思うが…………少なくとも、見たこともないし、聞いたこともないのう」
アトレイアにもないのかな?
品川だけなのだろうか?
「1階層ってモンスターとか出るの?」
「いえ、普段は出ません。通路構造でもなく、ただ、でっかい部屋があるだけです」
「ん? それってただのほら穴じゃない?」
ダンジョンじゃなくない?
「それが年に1回だけモンスターが大量発生するんですよ。それを皆で狩ります」
ん-……
聞いたことがあるような、ないような……
「もしかして、年末の大規模レイド戦?」
「それです」
年末にあるお祭り事とかいうイベントがあると聞いている。
そのために私はBランクになるのだ…………
うっ! 嫌な思い出が!
「今でこそ楽しんでいるが、見つけた当初は大混乱だったらしい。1階層というか、ただのほら穴にモンスターがどんどんと出現してきたからな。自衛隊まで出動した大騒動だったと聞いている」
ベリアルもダンジョン関連のお偉いさんだから詳しいみたいだ。
「モンスターハウスみたいなのかな?」
昔のゲームでそんなのがあった。
そろばんで殴るおじさんのやつ。
「その認識でいいと思います。それが年に1回ほど発生する感じです。普段は本当にただのほら穴でモンスターもいなければ、宝箱もありません。ギルドもなく、立入禁止にされています」
「そこにいるわけねー……そこでアトレイアの魔物を呼び出す気かしら?」
「場所的には良いところだと思います。人気もなく、目立ちませんし、そのうえ、ある程度の広さもあり、ダンジョンから出ればすぐに都心のど真ん中です…………うーん、自分で言ってて、思いましたが、モンスターを呼び出すにはめっちゃ都合のいい所ですねー」
確かに……
もうそこで確定だろう。
「ベリアル、間違いないと思うわ」
「私もそう思う。居場所さえ分かれば、始末は早い方がいいな。しばし待て、準備してくる」
ベリアルはそう言うと、立ち上がり、部屋を出ていってしまった。
「準備?」
私はキミドリちゃんを見る。
「立入禁止ですし、アンジュさんの武器がありますから」
なるほどね。
「アンジュ、サクラちゃんを呼んでこようか?」
あんたの雄姿とやらを見せるチャンスだよ。
「危ないからダメ。お前らは死んでもいいけど、サクラさんを巻き込んじゃうだろ」
「お姉ちゃん、魔法は使わないでね」
「また!? なんで!?」
「お姉ちゃんの魔法は強すぎるよ。お姉さん達やベリアルは大丈夫だろうけど、僕と勇者のお姉さんはマズいじゃん」
勇者のお姉さんも大丈夫じゃない?
勇者だし、すごいスキルを持ってそうじゃん。
いや、パリティはそんなことはどうでも良く、自分が助かりたいだけか……
「別にお前らが死んでも私は何も思わんが…………」
「お姉ちゃん、そういう選民思想をやめたほうがいいよ。サクラお姉ちゃんに嫌われるよ?」
「そうかなー?」
騙される1秒前。
「そうだよ」
「なるほどー」
ホントに騙されやすいんだな…………
というか、思考能力がゼロだ。
「お姉ちゃん、頑張ってね」
「よーし! この≪清廉≫のアンジュ様が極悪勇者を地獄に送ってやります!」
「……………………」
私は無言でアンジュのところに行き、頭を殴った。
「いてっ! 何すんだよ!」
こいつ、マジでゴミクズだわ。
ここにはその極悪勇者の妹のアイリちゃんがいるんだぞ!
少しは言葉を選べ!
私はアンジュを無言で睨みつける。
「うっ…………なあ、私、何かした?」
アンジュは本当にわからないようでパリティを頼る。
「アンジュさー、僕、君をかばうのに疲れてきたよ……自分の言動を思い出してみな。どこが清廉なんだよ…………」
アンジュはパリティにそう言われて、腕を組み、必死に思い出そうとしている。
「うーん…………自分で自分のことを様付けしたことかな…………いや………………あっ…………あのー、ごめんなさい、他意はないんですー…………」
アンジュはようやく理解したようで、おずおずとアイリちゃんに謝罪をし始めた。
「いや、極悪なのは事実ですし、構いません」
アイリちゃんは表情をまったく変えずに答える。
「…………やっぱ死のうかな。私、生きててもしょうがないし」
「どうせ、すぐに死にたくないって喚くんだからかまってちゃん発言もやめたほうがいいよ」
メンヘラってんなー。
「あー!」
アンジュは机に突っ伏し、髪をぐちゃぐちゃにし始めた。
「こいつ、サクラちゃん家でいっつもこんなんなの?」
「まだ大人しい方だよ。最悪な時は夜中に喚きだすから。マジでヤク中みたいだもん」
あわれなロビンソン一家だ。
早くダンボールに入れて、公園に捨てるべきだと思うわ。
「こんなヤツが大公級天使……?」
さすがのアイリちゃんも可哀想な目でアンジュを見始めた。
「…………アンジュさん、死ねば、サクラさんの心に永遠にいられますよ」
サマンサが小声でアンジュに耳打ちしている。
自国の恥を処分しようとするなよ……