第090話 世界を救う話し合いだが、実はこの場に善人はいない
車内はアンジュとサマンサがずーんと沈んでおり、重苦しいものになっていた。
「そろそろ着きますよー。いい加減に立ち直ってくださいよー」
キミドリちゃんが明るく声をかける。
「だって、王族からゴミクズ扱いですよ? 200年以上前に国を出たからもう貴族じゃないけど、へこみます」
「だって、ウチの国からこんな生き恥メンヘラが生まれたんですよ? 国を出て40年ですからもう王族じゃないですけど、へこみます」
それを言ったら私の国には横領車バカがいるぞ!
「気にすることないですよー。色んな人がいるんですから。あなた方の国だって、善人しかいないわけではないでしょう? 中にはクズもいますよー。十人十色です」
まあ、リンガ王国がどうだったかは知らないが、犯罪のない国はないし、すべてが善人はありえないだろう。
キミドリちゃんが良いことを言ったのでアンジュとサマンサは立ち直った。
しかし、サマンサはともかく、さっきの言葉で何故、アンジュが立ち直ったのかは謎である。
キミドリちゃんが運転する車はビルの地下に入っていく。
そのビルは見覚えがあり、ベリアルと初めて会ったビルである。
「着きましたよー。今日の会議室は最上階なので、エレベーターに乗りますよー」
キミドリちゃんがガイドさんみたいなしゃべり方で車を降り、エレベーターに向かった。
「ほら、行くよ」
私は表情の硬いアイリちゃんに声をかける。
「はい」
アイリちゃんは気丈に振舞ってはいるが、やはり硬い。
「ベリアルは人間に危害を加える人じゃないから安心して。どちらかというと、政府の人間だろうし」
「ふぅ……ありがとうございます。もう大丈夫です」
アイリちゃんは一息つくと、車から降りたので、私達はキミドリちゃんについていく。
キミドリちゃんはエレベーターを呼び出すと、今度はエレベーターガールのように操作パネルの前に張り付いた。
「12階に参りまーす」
キミドリちゃん、楽しんでるなー。
というか、緊張感ゼロだな。
いや、きっと、アイリちゃんの緊張を解こうとしているに違いない。
多分、そうだろう。
「本日は当ビルにお越しいただき、まことにありがとうございます」
いや、ふざけてるわ。
「キミドリちゃん、真面目にやりなよ」
「つまんなかったですか? 場を温めようと思ったんですが…………」
一応、緊張をほぐす気はあったのね……
「上で例の子供の天使が大爆笑してますね」
アイリちゃんが上を見ながら呆れている。
「パリティか……」
「あいつ、いっつも私を騙して笑うんだよな。この前もおじさまのタバコをパクった時に騙された。誰か殺せよ」
騙す方が悪いが、騙される方があっさり騙されすぎなんだよねー。
というか、パクるな。
「到着でーす。さあ、パフェ代をケチった長官のところに行きましょう」
キミドリちゃんはそう言って、エレベーターを降りると、奥の部屋に向かっていく。
「あの人が勇者に選ばれれば、すべては解決するんじゃないですかね?」
アイリちゃんがキミドリちゃんの後姿を見ながら苦笑した。
「キミドリちゃんは異世界で車作りに専念するからダメ」
魔物も倒すだろうが、車作って遊んでそうだもん。
「よし! もう大丈夫です! 行きます!」
アイリちゃんは姿勢を正し、キミドリちゃんについていったので、残された私達も後を追った。
先頭にいるキミドリちゃんは奥の扉の前に立ち止まると、ノックをする。
「長官! 青野であります!」
「入りたまえ」
いつぞや聞いたような気がするやり取りを見ていると、キミドリちゃんが扉を開けた。
「どうぞ」
そして、アイリちゃんを部屋に入るように誘導する。
「はい」
アイリちゃんはきれいな姿勢のままに部屋に入った。
「どうぞ」
キミドリちゃんは私達にも入るように手でジャスチャーをしながら誘導する。
私達はそれに従い、部屋に入った。
部屋はそこそこ広い応接室のようで対面式のテーブルと椅子が並んでいる。
ベリアルは立っていたが、パリティは机に両肘を乗せ、ニヤニヤしながら座っていた。
「初めまして。知っていると思うが、私がベリアルだ」
ベリアルはアイリちゃんの前まで来ると、手を差し出す。
「初めまして、私は長澤アイリといいます」
アイリちゃんはベリアルの手を取り、握手した。
「ふむ。君らもわざわざすまんね。パフェはないが、座ってくれ」
ベリアルがそう言った瞬間、アンジュがビクッとした。
それを見たパリティが口元を押さえる。
あいつがしゃべったんだろうな。
しかし、アンジュと同じようなことを言っていたキミドリちゃんは平然としたままだ。
さすがは生粋の嘘つき。
「長官、先日はありがとうございました。おかげで無事に借金を返すことができました」
キミドリちゃんはそう言って、頭を下げる。
「借金を返せたのなら良かったではないか。以降は真面目に探索者を行うように。けっして、変なことをするな。いいか、貴様がやることは大抵、黒寄りのグレーなんだ」
べリアルは優しいなー。
素直に真っ黒って、言ってやればいいのに。
「努力します!」
ほら、もうしませんとは絶対に言わない女だもん……
「…………もういいから座れ」
ベリアルは諦めたようにため息をついた。
私達はそう言われて、各自適当に席に着く。
「大抵の事はここにいるパリティ経由で聞いているが、まず確認だ。君は勇者であることは間違いないな?」
ベリアルは対面に座っているアイリちゃんに聞く。
「はい。特に証があるわけではありませんが、試しに呪いをかけてみますか? 勇者には一切効きませんので証明になるかと思います」
勇者は吸血鬼にならないので、私がアイリちゃんの血を吸い、吸血鬼化させてみる方法もある。
やんないけど。
「いや、結構。次にだが、この世界にダンジョンの芽をばらまき、天使共を呼んだのは君の兄である勇者長澤シンゴでいいのだな?」
「はい。間違いありません。これは証明することはできませんので、信じてもらうしかありません」
「パリティ」
ベリアルはアイリちゃんから視線を外さずにつぶやいた。
「間違いないよー。僕の千里眼に見通せないものはないからね。確実に勇者様だよ。まあ、もう面影は残ってないけどねー」
アンデッドになったのだからレイスかゾンビにでもなったのだろう。
「パリティもこう言ってるので信じよう。まあ、正直な話、こいつはまったく信用できないので、君を信じる形になる」
べリアルがそう言うと、私達は一斉に頷いた。
この場にいる全員がこいつのことを信用していないからだ。
「ひっで! あはは! ひどーい!」
パリティは何がそんなにおかしいのかはわからないが、笑っている。
「それで、君はお兄さんを止めたいと?」
ベリアルがパリティを無視し、話を続ける。
「はい。兄のやろうとしていることは危険です。そちらのパリティさんもおっしゃってましたが、もはや兄の意識が残っているかどうかも怪しいかと」
「ふむ……私はこの世界を守るために動いている。だから君の申し出は受けるし、有難いことでもある。だが、良いのか? 魔族である私が止めるということは殺すということだ。君の兄だろう?」
「構いません。兄はもう死んでいます」
「アンデッドになったのだったかな? 君の豊富なスキルで救えんのか? コピーという便利なスキルがあるんだろう?」
ベリアルがそう言うと、アイリちゃんは俯いた。
この反応からして、方法はあるんだろうな……
「いえ、兄は生前からすでに兄ではなくなっています」
「そうかね?」
「兄は……兄はたくさんの罪のない人を殺しました。それは許されることではありません!」
アイリちゃんが大きな声を出した。
「…………それだけ?」
アンジュが空気の読めないことをつぶやく。
「それだけって…………」
アイリちゃんは興味なさそうに髪をいじっているアンジュを見る。
「たかが人間が死んだだけじゃん」
「アンジュ、黙りなさい。皆が皆、あんたみたいなゴミじゃないのよ」
誰だよ、こいつを連れてきたのは!
「ゴミ言うなし。人間なんか、しょっちゅう、その辺で死んでんじゃん。いちいち気に病んでたらキリがないぞ」
正直な話、こいつの言いたいことはわかる。
アトレイアはそういう世界なのだ。
あらゆる種族が争い、同族同士でも争っている。
国同士での戦争もあれば、盗賊が村を襲い、滅ぼすこともある。
そういうのが頻繁に起こっている修羅の世界がアトレイアなのだ。
「勇者君はそういう人じゃなかったのよ」
「ふーん、まあ、どうせ盗賊まがいなことをしてたんだろ。そういう兵士崩れや冒険者崩れは多かったからなー。よく私の村にも来てたわ」
アンジュはそういうのを殺して、魔力を得ていたんだろうなー。
≪死神≫のアズラーらしいし。
「まあ、アトレイアではそういうのが多いのは事実だ。問題はそれをこの世界の平和な国の住人が許容できるかどうかだろう」
ベリアルがそう言い、アイリちゃんを見る。
「私もあの世界に1年だけとはいえ、住んでいましたので知っています。ですが、無理です。私には兄が鬼畜にしか見えません」
どうせ勇者君は女の人も襲ってたんでしょうね。
アイリちゃんは女の子だし、許容できないのだろう。
「わかった。長澤シンゴは処分する」
ベリアルが頷きながら告げる。
もっとも、ここでアイリちゃんが首を横に振っても殺す気だろうけどね。
「お願いします」
アイリちゃんが表情を変えずに頼んだ。
「さて、どう処分するか…………」
ベリアルが悩む。
「というか、勇者様を殺せるのか? 私、嫌だぞ。死にたくない」
「アンジュ、帰っていいよ」
こいつ、マジで邪魔だ。
「お姉ちゃんさー、たまにはいいところを見せてよ。お姉ちゃんのとりえって強いところだけじゃん。それ以外は生きる価値がないんだから頑張ってよ」
パリティは辛辣にお姉ちゃんを評価しているようだ。
まあ、生きる価値がないのは同意する。
「いやいや、いくら私でも聖剣で一撃だぞ?」
「聖剣は東京湾に沈んでるから大丈夫だよ」
「は? マジ?」
「マジ。この人ら、聖剣を海に捨てたんだよ」
パリティがキミドリちゃんとサマンサを指差す。
「うわー……罰当たりー。主も悲しんでおられるだろうなー」
アンジュが引いている。
「捨てたのはサマンサさんですよ」
「いや、海にポイしてきなさいって言ったのはキミドリさんじゃないですか」
キミドリちゃんとサマンサは不法投棄の罪を擦り付け合っている。
「とにかく、聖剣はないのだな?」
ベリアルが何故か私に聞いてくる。
「掃除の時に捨てたらしい」
「ふむ、聖剣がない勇者か……」
「というか、神の加護もないじゃろ。アンデッドじゃし」
「ふむ、聖剣もなく、神の加護もないアンデッドか…………」
雑魚じゃね?
ただのアンデッドじゃね?
「ん? …………ただのアンデッドか?」
でしょうねー。