第089話 可哀想なサマンサ
楽しい温泉旅行も終わり、家に帰ると、いつものように怠惰な1日を送った。
借金を返し終えたキミドリちゃんはウィズと一緒にお酒を飲みながらこの前見た映画の続編を見ている。
私はサマンサと一緒に携帯ゲーム機でゲームをしていた。
その日もその翌日も似たような生活を送り、自堕落に生きていた。
そして、その翌日、この日はベリアルとパリティが海外から帰国する日であり、アイリちゃんを連れていく日だ。
私達は昼ご飯を食べ終えると、準備をし、キミドリちゃんの車でアイリちゃんとの待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所は車で15分程度のコンビニであり、アイリちゃんの家の近くのようだ。
キミドリちゃんが運転する車がコンビニの駐車場に到着すると、私は店内で立ち読みをしているアイリちゃんを見つけた。
私は声をかけようと思い、車を降り、店内に入ろうとすると、外の喫煙所でタバコを吸っている知り合いと目が合った。
そのでかい金髪性悪女は私を見つけると、タバコを消し、近づいてくる。
「こんにちは! とっても待ちました!」
アンジュはご機嫌に手を挙げ、挨拶をしてくる。
「…………あんた、なんでここにいるの?」
「へ? ここにいれば迎えが来るってパリティが…………」
もうね……
あのガキ、マジでうぜえ!
「あんた、今日、何があるかわかってる?」
「いいえ、知りません。パリティに聞いたんですけど、君はバカだから知らなくていいって言われました。なあなあ、何かあったの? 仲間外れは良くないぞ。私、そういうの嫌いなんだぞ」
めんどくせー……
こんなヤツ、呼ぶなよ……
「サクラちゃんは?」
「学校に行っちゃいました。私、暇だから歩いてきました」
いやいや!
このコンビニから家まで10キロ以上の距離があるぞ。
こいつの家、というか、ロビンソンの家から私の家までの距離の方が圧倒的に近いから私の家に来ればいいのに。
というか、こっちは車なんだから迎えに行くのに…………
めっちゃパリティに騙されてる…………
こいつ、性格や人間性が悪い以前に人として終わってないか?
バカというか、考える力が皆無だ……
ウィズが言うように甘やかされて育てられた弊害なのかもしれない。
「あ! その眼はやめろ! たまに皆がする眼だ!」
家でもこんな感じなのだろうな……
やることなすこと空回りって言ってたし、これで情緒も不安定なんだからロビンソンもサクラちゃんも心配するわけだわ…………
「あそこにキミドリちゃんの車があるから乗りなさい。あと、あんましゃべらない方がいいわよ。バカがバレる」
「バカじゃないです…………」
バカは図星をつかれて、しょぼーんとしながら車に向かっていった。
うん、あいつのことは放っておこう。
私は気持ちを切り替えて、店内に入ると、アイリちゃんが立ち読みしている雑誌コーナーに向かう。
「やっほー」
「あ、こんにちは」
「何を読んでるの?」
「冬物です」
どうやらアイリちゃんはファッション雑誌を読んでいたようだ。
「これからベリアルの所に向かうわ。キミドリちゃんが車を出してくれたから乗って」
「はい。ところで、そこにいた天使は知り合いだったんですか?」
「まあ、一応……」
気付いていたのか……
「もしかしなくても、一緒に行く人ですか?」
「う、うん。そうみたい。一応、大物の上級天使だから戦力にはなると思う……」
「とてもそうは見えませんでしたけど…………」
私もそう思う。
どう見ても、頭雑魚天使だもん。
「自称大公級天使らしい」
「…………もしかして、可哀想な人です?」
すごい!
合ってる!
「色んな意味でそう。絶対に優しくしちゃダメよ! 根がクズなうえに、執着してくるから」
「この前の子供の天使もですけど、アトレイアで聞いた通り、本当に天使ってひどいんですねー」
「その子供天使の従姉よ…………あれ」
私はキミドリちゃんの車を羨ましそうに眺めているアンジュを指差す。
なお、そんなアンジュに嬉しそうに車の説明をしているキミドリちゃんも見える。
あの2人、何してんだ……
「関わらないようにします」
「そうして」
これ以上、アンジュの面倒ごとはごめんだ。
私はアイリちゃんを連れて、キミドリちゃんの車に向かうと、目を輝かしてキミドリちゃんの説明を聞いているアンジュを助手席に放り込んだ。
そして、私とアイリちゃんは後部座席に乗り込み、出発する。
「ねえねえ、キミドリさん、どこ行くんですか? この前のホテルの喫茶店じゃないんですか?」
助手席に座っているアンジュがキミドリちゃんに聞く。
しかし、なんでこいつ、この期に及んで敬語なんだろう?
そんなに≪清廉≫になりたいのか?
「人が多いから会議室を取ったそうですよー。ですので、今は長官の職場に向かっています」
「えー……パフェ食べたかったのに……ちゃんとサクラさんとありがとうの練習もしてきたのに……」
ありがとうの練習ときたもんだ。
こいつ、マジでやべー……
「サクラさんと行かれては? アンジュさんも200万円儲かったんですよね?」
そういえば、そうだ。
こいつもヒールの魔導書で儲けてたな。
「あんた、あのお金はどうしたの? パリティが倍にするとか言ってたらしいけど…………」
「あー……馬に私のバフ、デバフ魔法をかけて競馬で儲ける作戦ね。いい考えだと思ったんですけど、サクラさんに怒られたからやめました」
パリティ…………
発想もだが、自分の手を汚さずにアンジュにやらそうとするあたりがひどい。
「絶対にやめなさい」
「というか、ガチで捕まりますよ……パチンコや競馬とかの博打で魔法を使うことは重罪なんですよ」
あー……やっぱりそういう対策はしっかりしてるんだな。
「マジですか!? やっべー……あやうく捕まるところだった。どっかのバカ2人と一緒の道を行くところだった…………清廉、私は清廉! って、いてっ!」
私はアンジュの髪を引っ張り、キミドリちゃんは裏拳でアンジュを殴った。
誰がバカだ!
ってか、捕まってねーわ!
「じゃあ、その200万はどうしたのよ?」
「昼間に見てたテレフォンショッピングでダイヤのネックレスを買おうと思ったらおばさまに没収された。これからは毎月1万円くれるってさ」
さすがは元貴族。
散財の素質がすごい。
おこづかい制にしたのは英断だと思う。
「あんた、この世界で生きていくならマジでちゃんとしなさいよね」
「やってるよー。この前、美容院にも行ったし、服も買った。最近はちゃんとお勉強もしてるから……」
お勉強って……
ガキか、こいつ。
「そういえば、野暮ったい髪がきれいになってるわね」
くすんで伸びっぱなしだった金髪がきれいに整えられている。
「その髪をさっき引っ張られたけどな…………私、染めようかなー」
アンジュがルームミラーをいじり、自分の髪を見る。
「なんで? 金髪いいじゃん」
似合ってると思うよ。
「だって、金髪ってロクなのいねーし。お前とパリティ。私、キミドリさんみたいな黒髪がいいなー」
最もロクなのじゃないヤツに言われるとマジでイラつく!
パリティと同列に語られるのもイラつく!
「黒髪の日本人は茶髪や金髪になりたがり、金髪は黒髪に憧れるんですかねー?」
キミドリちゃんはアンジュが動かしたルームミラーを動かし、自分の髪を見た。
もしかして、キミドリちゃんも染めたかったのかな?
というか、ルームミラーはそういうことに使うものじゃないからやめて。
危ないよ。
「えー! 絶対に黒い方がいいと思うなー。私がいた村は金髪ばっかで嫌だったもん」
アトレイアは金髪の比率が最も多い。
次点で黒か茶色である。
「うーん、ないものねだりですかねー」
かもねー。
「ほら、サマンサも黒髪だよ。憧れる?」
私は隣に座っているサマンサの髪を触る。
「うーん、≪狂恋≫って、リンガのお姫様じゃん。憧れるなんて恐れ多い…………」
ん?
「…………あんたって、どこの出身なの?」
「リンガ王国。私、アンジュ・オクレール。パパはオクレール伯爵なんだぞー」
マジ?
私はチラッとサマンサを見ると、サマンサが見たことがないほどに嫌そうな顔をしていた。
「うわー……最悪ー…………こんなのと同郷です。何人もの宰相を送り出した名門オクレール伯爵家にこんなゴミクズが生まれるとは……」
サマンサ……
かわいそうに……
「ひどいです……そこまで言わなくても」
アンジュがガチでへこんだ。