第088話 私が勇者じゃなくて良かった
私はアイリちゃんとお風呂に行き、2人で入った。
時刻は4時を回ったぐらいであり、まだ暗い。
2人っきりだった。
アイリちゃんが幼女だったら良かったのになー。
私は残念に思いながらもお風呂から上がると、2人で髪を乾かし、脱衣所を出る。
「アイリちゃんは友達と来たの?」
「そうです。ですので、もう部屋に戻りますよ」
最近の高校生は友達同士で温泉に来るのかー。
まあ、旅行どころか友達のいない私にはわからぬ世界だ。
「わかった。じゃあ、ベリアルを紹介するからまたね」
「はい。お手数をおかけしますが、お願いします。絶対についてきてくださいね」
ベリアルがそんなに怖いかねー。
私にしたらお菓子をくれて、いつも奢ってくれるおっさんだ。
いや、言葉にすると、すげーいかがわしいな。
「はいはい。じゃあねー」
「おやすみなさい」
アイリちゃんが自分の部屋に戻っていったので、私も自室に帰ることにした。
私が部屋に戻ると、まだ皆、寝ていた。
キミドリちゃんとウィズは私が出ていった時と同じ格好で寝ているが、サマンサは枕とは反対方向を向いて寝ていた。
私はサマンサの腕を引っ張り、寝相を直すと、一緒の布団で寝てあげることにした。
そして、目を閉じた。
翌朝、私はキミドリちゃんに揺すられ、目を覚ます。
「うーん……今、何時ー?」
「7時ですよー」
朝じゃん。
眠いよ。
「……出発前に起こしてー」
「いや、旅館の朝ご飯って美味しいよねって、昨日、話したじゃないですか」
あー、そういえば、そんなことも話したな……
せっかくだし、行くか……
「ふあーあ、サマンサは…………行かないか」
サマンサはお米が嫌いらしいし、和食は食べないだろう。
ウィズは連れていけないからお土産でも持って帰るか。
「ほら、せめて髪は整えてくださいよ」
キミドリちゃんが私の後ろに回り、髪を整えてくれる。
「うーん、百合っぽいなー」
キミドリお姉さまー。
「そういう漫画の読みすぎです。私はダメな子供を躾けている気分ですよ」
ダメ親とダメ子。
「そんなもんでいいよ。さあ、早く行こう」
私は立ち上がり、浴衣を直す。
キミドリちゃんも立ち上がったため、一緒に朝食会場であるなんちゃらの間に向かった。
朝食はバイキング形式であったため、私とキミドリちゃんは席を確保すると、自分が食べる分と部屋でまだ寝ている2人の分を取り、席に戻った。
そして、それぞれが食べ始める。
「もぐもぐ。昨日は寝れましたかー? やけに静かでしたけど」
「サマンサがすぐに寝ちゃったからね。疲れたんでしょ」
昨日は珍しくサマンサが大人しく寝ていた。
ただ、寝相が悪かったうえに、本能なのか、私の布団に侵入はしてきたが。
「さすがに旅館では勘弁してほしいので良かったですよ」
隣の部屋に聞こえたら確実に一人はキミドリちゃんだと思われるしね。
キミドリちゃん、ロリコン説が流れちゃうね。
「ハルカさん、おはようございます」
私とキミドリちゃんが朝ご飯を食べていると、お盆を持ったアイリちゃんが挨拶をしてきた。
「おはよう。あれから眠れた?」
「いえ、ちょっと興奮して眠れませんでした」
「うわー……」
まーた、キミドリちゃんが誤解しているよ……
「また連絡するから……お友達?」
アイリちゃんの後ろには3人の女子が見える。
なお、小さい子はいない。
「はい。では、後ほど……」
アイリちゃんはそう言って、友達の所に行くと、席につき、皆と朝ご飯をパシャパシャと写メを取りながらはしゃぎ始めた。
「誰です?」
「詳しくは後で話すけど、昨日話した勇者君の妹さん。ベリアル案件ねー」
「へー。いつの間に……アンジュさんといい、パリティさんといい、ハルカさんはよくそういうのを集めますよねー」
私だって、来てほしくないよ。
でも、あの臆病者共は私の所に来るんだよなー。
「人徳って嫌だねー。私はロリが来てほしいよ」
「私もお金が来てほしいです」
こいつと一緒か……
私とキミドリちゃんは朝食を食べ終えると、お土産を持って部屋に戻った。
そして、寝ている2人を起こし、朝食を与え、私はゴロゴロし始める。
「ゲームしたいなー」
テレビあるし、ゲーム機を持ってくれば良かったかなー。
「帰ってやればいいじゃないですか。それよりもさっきの人は? 勇者さんの妹さんですっけ?」
私と同じように布団でゴロゴロしているキミドリちゃんが聞いてくる。
「勇者の妹?」
「なんじゃそれ?」
サマンサとウィズも勇者の妹という言葉に反応した。
「実はねー、昨日というか、4時間くらい前のことなんだけど…………」
私はアイリちゃんとの会話を皆に説明した。
「ふーむ、あの勇者がのう……とてもそうは見えんかったのに。人は数十年で劇的に変わるなー」
私もそう思う。
いきなり襲ってきた敵だが、真面目そうな子だったのを覚えている。
私の嘘を素直に信じてたし、ちょっとバカだった。
「あの時、殺しておけばよかったですかね?」
サマンサが悩みながらも聞いてくる。
「やめといて正解だよ。勇者は危険だからね」
勇者は人間だが、どんな底力があるかわからない。
どんなに追い詰めても立ち上がり、逆転するのが勇者なのだ。
「悪霊って、ゾンビとかレイスです?」
「そんなもんじゃない? 詳しくはわからないけど……」
ってか、神の加護を受けた勇者がアンデッドに堕ちるのか?
確か、勇者は吸血鬼にもならないし、呪われないはずだ。
「一応、ベリアルにはパリティ経由で伝えてはある。あいつらは今、海外で天使狩りしてるらしくて、帰るのは明後日になるってさ。帰ったらアイリちゃんを連れて作戦会議の予定」
「明後日ですかー。まあ、その勇者さん、危なそうだし、早いに越したことはないですね」
「というか、サマンサは危なくないか? 間違いなく、恨みを買ってる筆頭じゃろ」
「めんどくさい男です…………」
サマンサがため息をつく。
「アイリちゃんは身内の恥だからって濁してたけど、実際、勇者君はどんなのだったの?」
サマンサなら知ってそうだ。
「男を篭絡するには酒と女です。ケルク国王はそれを使っただけですよ。女をあてがい、宴会を催し、勇者を称賛する。それであの勇者は調子に乗っただけです」
「その生活を続ければいいのに……」
そのまま幸せに暮らせよ。
「妹さんのことがありましたからね。このままではマズいと考えたのでしょうけど、快楽からは逃れられないといった感じです。だから、私が近づいて、目を覚ましてあげたんですよ。感謝はされても恨まれる覚えはないですね」
いや、時渡りの秘術を奪ったじゃん。
めっちゃ恨まれる覚えあるでしょ。
「人って簡単に落ちるんですねー。怖いです……」
キミドリちゃんがしんみりと真面目な顔で言っているが、ギャグか?
もしかして、ボケなのだろうか?
ツッコんだ方がいい?
「ウィズ、アイリちゃんは戦えずに勇者をやめて帰ってきた後に、新しい勇者が登場したって言ってたけど、そういうケースってあるの?」
「あると言えばある。勇者が登場し、すぐに死んだケースがあった。その時もすぐに新たなる勇者が登場したんじゃ。基本的に勇者はバランサーじゃからな。その役目を全うせねばならん。そういう意味では、あの勇者はその役目を全うしておらんからアトレイアでは別の勇者が誕生している可能性が高いな」
あの勇者君は私を倒したくらいで後は人間同士の争いだもんなー。
多少の魔物は討伐しているだろうが、他の強者たちと戦っているかは疑問だ。
じゃなきゃ、ルブルムドラゴンに挑もうという考えには至らないと思う。
「あいつ、もしかして、聖剣を失くした時点で勇者じゃないのかもね……」
「そうかもな。勇者がアンデッドになるのは聞いたことないし、おそらく、どこかのタイミングで神の加護を失ったのじゃろう」
聖剣を失った時か、人との戦争に駆り出された時か、それとも女や酒におぼれた時か…………
どちらにせよ、勇者の責務を全うできなかったのは妹だけじゃなく、あの勇者君もなのだろう。
とはいえ、別に妹の方も兄の方も悪くはない。
勝手に連れてきて、さあ、戦えと言われて従う義理はないし、自分の好きなように生きればいい。
逃げるも良し、女を抱くも良し、酒を飲むのも良し。
好きに生き、好きに死ねばいい。
だって、それって、まんま私のことだもん。
「まあ、この世界が滅ぶのは嫌だし、そこら中に魔物があふれてるのも嫌だわ。アトレイアみたいな修羅の世界はもうごめんよ。私は引きこもって自堕落に生きたいんだから」
そのために頑張っているのだ。
真面目にダンジョンで働いているのだ。
「妹の方は信用できそうか?」
「わかんない…………ただ眼は死んでたね。気丈に振舞ってはいたけど、心は空っぽだった」
彼女は1年もの間、アトレイアでどういう風に生きたのだろう?
町の外に出たことはないと言っていたが、それを国が許すわけがない。
どんな目に遭い、どんな攻防をしたのかはわからない。
その結果があの眼と心なのだろう。
ただ、唯一、心が動いたのは将来のことを語った時だった。
結婚して、子供を生みたい。
そう言った時だけ心が動いていた。
そこだけはアイリちゃんの本音であることは間違いない。
だから、そこだけを信じ、行動すればいいのだ。
裏切れば殺す。
裏切らなければ彼女の未来を祝福しよう。
私にはわからないが、女の幸福の1つに子供を生むということがあるのは間違いない。
私のスタンスは変わらない。
自分に害さえなければそれでいいのだ。
私には共に生きる家族があり、眷属がいる。
さて、邪魔者勇者君を処分するか。
………………ベリアルが。
よーし!
誠心誠意、ベリアルに頼むぞー!