第087話 パリティは死すべき
正義の勇者君は闇堕ちし、ルブルムドラゴンに倒されたが、悪霊となり、世界を滅ぼすつもりらしい。
「なんで天使なんか呼んだのかな?」
「確実に世界を滅ぼしたいからだと思います。いくら魔族やドラゴンといった強者を呼んでも、この世界の兵器に敵うかどうかはわかりません」
ミサイル、銃、爆弾…………
私には一切、効かないが、他の種族はどうだろう?
「それで天使?」
「はい。天使は戦いを好まずに権力者を操ろうとします。まずは天使に国を掌握させてから他の種族を、と考えたんだと思います」
「なるほどねー」
「ですが、それも上手くいきませんでした」
「天使の同士討ち?」
「そうです。暗躍を期待していた天使達は絶対的な指導者であるルシフェルを失い、好き勝手を始めたんです」
確か、同じことをパリティから聞いたな。
「ルシフェルは呼ばなかったの?」
「呼べなかったんです。王級の力は桁違いです。とても兄では呼べません」
「そもそも、どうやって呼んでるの?」
時渡りの秘術でも大変なのにどうやったんだろう?
「召喚術があるんですよ。何人もの人間を生贄にし、異世界から人を召喚する術が…………それが勇者召喚の正体です」
なるほど……
アイリちゃんや勇者君がどうやってアトレイアに来たのか疑問だったが、そういうのがあるらしい。
「生贄ねー。天使共を呼ぶのに何人くらい必要なの?」
「具体的にはわかりません…………ただ、数万人以上は必要かと」
無理じゃね?
それだけの人がいなくなれば、大ニュースにもほどがある。
「そんな数をどうやって用意するのよ」
「ダンジョンです…………人を呼ぶにはちょうどいいでしょう。なにせ、勝手に死にに来るんですから」
なるほど……
それでダンジョンの芽をばらまいたのか……
そうやって生贄を騒がれずに集めたのね。
「ふーん、なるほどねー」
筋は通ってるし、話としては矛盾はないと思う。
しかし、本当か?
私のことを騙そうとしてないか?
前にも似たようなことでパリティに騙されたことがある。
私は話を聞いて、うーんと悩んでいると、携帯が鳴った。
私はだいたい想像がついたので、うぜーっと思いながらも携帯を見る。
『その子の話は本当だよ。というか、僕達を呼んだのって勇者様だしw』
すげーイラつく。
『あんた、知らないって言ってなかった?』
私はもはや覗き見に関してはスルーし、パリティに返信する。
『うそぴょんw 僕の千里眼に見通せないものはないよーw』
アンジュ、こいつを殺せ。
『なんで、今まで言わなかったの?』
『そっちのほうが面白いじゃん?』
アンジュよりこいつを殺すべきだったか……
『ベリアルは知ってるの?』
『うん! というか、今、現在進行形で絞られてるよー。助けてー。僕の腕はそっちに曲がらないのにー』
そのまま殺されろ。
『死ね』
私は携帯をしまった。
「信じてもらえましたか?」
アイリちゃんはニコッと笑う。
「ハァ……めんど。あなたもなんで今頃、言ってくんのよ……」
もっと前に言えばいいじゃん。
「ごめんなさい。本当はもっと前に言うべきでした。でも、怖いんです。悪魔に吸血鬼……私にはとても……」
町から出ることが出来なかった人だもんね……
そら無理だわ。
ベリアルって、怖いし。
「それなのに、なんで急に来たのよ。あんた、わかってる? 今は3時過ぎで、ここ旅館よ」
どう考えても、こんな大事なことを言うタイミングじゃないでしょ。
「ごめんなさい…………事態が変わってきたんです」
「変わった?」
「これは兄にも予想外だったんですが、べリアルです」
あいつのせいじゃん。
私、関係ないじゃん。
ベリアルの所に行けよ。
どうして、皆、私の所に来る?
そんなに弱そうか?
そんなにバカそうか?
「あいつがどうかしたの?」
「ここ最近、海外に散った天使をベリアルが倒し始めたんです」
そういえば、パリティを使って、外国の天使を探すって言ってたな。
もう狩ってんのかい……
「仕事早いなー」
「天使達も上級天使なので、かなりの強者なんですが、相手は大悪魔の≪煉獄≫です。あっという間に討伐されていってます」
ベリアルさん、すげー!
さすがは負け知らずの乱暴者だった大公級悪魔。
「良いことじゃん」
「私達にとっては良いことです。ですが、兄にとっては…………」
せっかくの手駒が消えていってるわけね。
「ベリアルのことを知らなかったわけか」
「知るわけないですよ。まさか転移ではなく転生とは…………そんなことは聞いたことないです」
私もその転生でアトレイアに行ったんだけどね。
「ふーん、それでお兄さんは次にどうするつもりなの?」
「おそらく手段を選ばずにアトレイアの強者や魔物を呼ぶでしょう」
めんどくせー。
「その辺に魔物や悪魔がはびこるわけ?」
「そうなるかと…………」
地獄絵図だな。
それで世界が滅ぶかはわからないが、被害はとんでもないだろう。
「あなたはどうしたいの?」
「止めたいんです……元はといえば、私が勇者の役目を放棄したからこうなりました。兄もあんな人間になることはなかったでしょう。私のせいで……」
自責の念かねー。
多分、勇者君がそうなった原因の一因は私にもあると思うが、私はなんとも思わないんだよねー。
私のせいじゃないし、サマンサのせいでもない。
もちろん、この子のせいでもない。
「アイリちゃん、あなたが悪いわけではないよ。この国に生まれ育った高校生の女の子に剣を持って戦えって言われても無理に決まってるもん。あなたは悪くない。そして、多分、お兄さんも悪くないよ。あなた達は巻き込まれただけ」
「…………いえ、兄は悪いと思います」
う、うん。
妹にここまで言われるとは……
闇堕ち勇者君は結構えげつないことをしたようだな……
「大丈夫だから。きっとベリアルがなんとかしてくれるよ」
「ん?」
アイリちゃんが首を傾げる。
「ん?」
どうしたの?
「えーっと、ハルカさんは……?」
「私は陰ながら応援してるよ。大丈夫! このことはちゃんとベリアルに伝えてあげるし、紹介もしてあげるから!」
というか、向こうにはパリティがいるし、ベリアルにも伝わっているだろう。
「えっと…………一緒に戦いません?」
「なんで?」
「世界の危機ですよ?」
「ベリアルがなんとかするでしょ」
「勇者ですよ?」
「大丈夫! ベリアル、強いから」
「一緒に来てほしいなー……」
めんどいんだけど……
というか、勇者なんかと戦いたくないんですけど。
「ベリアルにパリティ、今ならアンジュもつけてあげるから大丈夫よ」
パリティは強制参加。
アンジュはサクラさんがピンチだよって言えば、すっ飛んで行くだろう。
「あのー、私、悪魔も天使もちょっと…………」
「吸血鬼は一番嫌いなんでしょ」
「そんなことは言ってません!」
この子、すげー嘘をつくな。
「言ったじゃん」
「聞き間違いです! 一番嫌いじゃないって言ったんですよ!」
あれ?
そうだっけ?
「うーん、あれれ?」
「私もちょっと甘嚙みしたかもしれません」
なるほど……
そうだったような気がしてきた。
「ふむふむ。でもなー。勇者は怖いなー」
死んじゃうよ。
いくら不死の吸血鬼でも勇者相手は死んじゃうよ。
「聖剣がないので大丈夫ですよ!」
「そういや、あんたは聖剣を持ってないの?」
「私は持ってませんでした……私は特殊なユニークスキルですので、そちらがメインです」
特殊なユニークスキルねー。
見る系かな?
この子は色々と詳しすぎるし。
というか、2年前に帰還した人がなんで勇者君の末路を知ってるんだって話だし。
私は悩んでいたが、携帯を取り出し、パリティにメールをする。
『アイリちゃんのユニークスキルを知ってる?』
メールを送ると、すぐさま返信の着信が鳴った。
『その子のユニークスキルはコピーだよ。この世のどんなスキルでもコピーできる。その子が詳しいのは遠見の目というスキルと、未来視というスキルだね。ただし、致命的な弱点として、1回しか使えないことってのがある。同じスキルは2度と使えないんだ。だからその子は時渡りの秘術をもう一度使うことはできない。お兄さんを止めることができなかったんだよ』
へー……
「いや、あの天使、なんで知ってんのよ……」
アイリちゃんが頭を抱えた。
気持ちはすごくわかる。
おそらく、向こうでは頭を抱えるアイリちゃんを見ているパリティがニヤニヤしているだろう。
「遠見の目は一回しか使えないんじゃないの?」
どうやって、今も見てるんだろ。
「こういうスキルは永続系だからいつまでも使えるんですよ。一度切ったらもう使えませんけど」
コピーってすごいな……
「私のスキルも使えるの?」
「使えますよ……スキルを持っている人を見るだけでコピーできますから」
めっちゃチートじゃん!
この子、すげー!
でも、戦えない人なのね……
「その力でお金儲けできるじゃん」
「できますよ……」
キミドリちゃんが食いつきそうだな……
未来視ってことはギャンブルに強そうだし。
「すごいじゃん」
「そうでもないです……成功しかない人生は本当に空虚なんですよ……何をしても楽しくないんで」
そんなもんかねー。
まあ、強くてニューゲームは最初はワクワクするけど、すぐに飽きるもんなー。
「言われてみればそうかも……」
「です。なので、兄を始末したら私はすべてのスキルを捨てるつもりです。このままだと結婚もできそうにないです」
見なくていいものまで見てしまうからだろうな。
「結婚したいの? 相手がいるとか?」
彼氏でもいんのかな?
「相手はいませんけど、将来は結婚して子供が欲しいんです。私、子供が好きなので」
良いことじゃないかね。
気持ちはこれっぽちもわからんけど。
「ハァ……これからベリアルと合流して作戦会議かなー。めんど」
「すみません……」
「あんたは謝んなくていいよ。んー、もう4時かー。今から寝るのもあれだし、お風呂にでも行こうかなー」
「いいですね。こんな時間にお風呂に入ることなんてありませんよ」
言われてみれば、そうだ。
これはこれで風流かもしれない。
絶対に少女はいないと思うが。行くかね。
「じゃあ、行こっか」
「はい」
私とアイリちゃんは立ち上がると、大浴場に向かって歩いていく。
「…………パリティはまだ見てる?」
「いえ、視線を逸らしましたね。死にたくないって言ってます」
良い心がけだ。
もし、覗いてたらマジで殺すところだったわ。