第082話 人には聞いてはいけないことがある
服を着終えた私とサマンサはテーブルに座った。
ウィズも映画を見終えたらしく、満足そうな表情でこちらにやってきた。
「どうだった?」
私はウィズに映画の感想を聞く。
「まあまあじゃな」
尻尾を振りながら、ほーとか、いけーとか、ぶっ殺せーって盛り上がってたくせにまあまあらしい。
「2とかもあったと思うけどな」
シリーズものだったと思う。
「ほう! 借りてくるのじゃ!!」
う、うん。
勢い……
「映画ですかー。いいですねー。私も学生時代はよく見たなー」
キミドリちゃんはビールを飲みながら懐かしんでいる。
というか、よく見ると、2本目だ。
いつのまに……
「タクシーのやつでしょ」
キミドリちゃんは絶対にそう!
「別に車ものに限りませんよ、他のも見ます」
「ゾンビ映画ならいっぱいあるよ」
「B級はいいです」
だよねー。
「見るところ、換金はスムーズに終わったようじゃな」
ウィズがキミドリちゃんに聞く。
「ええ。特にトラブルもなく、スムーズにいきました。まあ、落札後、すぐに契約に移行しましたし、まだ世間も魔導書の熱は冷めてません」
魔導書はテレビやネットでも話題になっている。
簡単に魔法を覚えることが出来る魔導書は魔法が身近にない人達には輝いて見えるようである。
特にヒールの人気はすごい。
攻撃魔法は使い道があまりないが、ヒールはケガや疲労にも効くので、需要がかなり高いみたいだ。
「ギルドは大変そうだねー」
「ですねー。19階層に人が殺到したせいで、トラブルも多いみたいです」
「でしょうねー」
いくら平和な北千住ギルドでも200万円のドロップ品と考えれば、トラブルも起きるだろう。
「また行く? まだ高いでしょ?」
借金は返したが、車を買いたいらしいからなー。
「いえ、これ以上は止めときます」
おや?
強欲な車バカにしては珍しい。
「もういいの?」
「いち早く儲けましたしね。これ以上は批判されます。なにせ、オークションでは出品者の名前も出ますし、私が本を集めていたことは皆、知ってますから」
なるほど。
キミドリちゃんはこういうことが本当に上手だ。
だから、皆大好きキミドリちゃんなんだろうなー。
「引き際かー」
「ですね。今日はアンジュさんと2人で換金に行ったんですけど、アンジュさんの情緒がやばかったですね」
あいつ、まともな時がないのか?
「どんなん?」
「カチコチに固まっていたんですが、明細を見て、震えだし、19階層に行こうとし始めましたね。アンジュさん達はEランクなので、当然ダメでしたけど……最後は私にすがってきたんで、説教しときました」
さすがはアンジュ。
迷惑をかけることに関しては右に出る者はいないな。
「大人しく帰った?」
「パリティさんが迎えに来ましたよ。さすがのパリティさんも呆れてました」
パリティが笑うんじゃなくて、呆れるって相当だぞ。
あんなんに付きまとわれているサクラちゃんがマジで可哀想だわ。
「それで借金は返し終わったんですよね?」
一心不乱にクレープを食べていたサマンサも話に入ってきた。
「ですねー。あ、皆で集めたのに、私の借金を優先して、すみません」
キミドリちゃんが頭を下げる。
「別にいいよ。キミドリちゃんもさっさと借金を返した方がいいでしょ」
「はい。正直、1人でダンジョンはもう嫌です。あんな薄暗い所で一人はきついです。ソロの人を尊敬しますよ」
私も嫌だ。
身の危険とかそういうのじゃなくて、単純に嫌だ。
「ホントねー」
「それで、これが残りの明細です」
キミドリちゃんがそう言って、紙を渡してくる。
明細にはオークションで売却した額からキミドリちゃんの借金を差し引いた額が書いてある。
その額は約1100万円だった。
「結構あるねー」
「ですねー。あ、温泉に行きましょうよー」
「そうだねー。さっき、サマンサと見てたわ。サマンサ的には個室に露天風呂が付いているやつがいいらしい」
私がそう言うと、サマンサがうんうんと頷く。
「まあ、そっちの方がいいとは思いますけど、なんでです?」
「アトレイアには公衆浴場がないから混浴の文化が理解できないっぽい。ましてや、サマンサはお姫様だからねー」
「えー、恥ずかしいんですかー? ヤンデレの皮を被ったド変態ロリのくせにー」
「それ止めてもらえます? 悪口の要素しかないじゃないですか?」
まあ、あんたを評価する際、かわいいと頭が良い以外は悪口しか思いつかないからね。
「うーん、まあ、温泉に理解できない外国人もいるらしいからなー」
「皆さんとなら良いんですけどね。赤の他人は嫌です」
「まあ、私はサマンサさんの裸を見慣れてますからね。さっきも見たし……」
よかったね!
仲間と思われてるよ!
「ウィズは?」
「風呂のう……あんま好きじゃないんだがなー」
やっぱ猫だな。
「まあ、ウィズはどっちみち公衆浴場は無理だと思うけど、温泉に入りながら見る空はきれいだよー」
私も見たことないけど、多分、きれいだろう。
「湯に浸かりながら酒でも飲むか……」
そういう楽しみもあると思うが、ウィズは本当に花を愛でることがないなー。
食べて、飲んで、ネットを荒らして、映画見てる。
こいつこそニートじゃん。
「どこ行きます? 遠くてもいいですよ。私の子の力を見せてあげますから!」
近い方が良さそうだな。
車を出してくれるのはありがたいが、速度オーバーで捕まる未来しか見えない。
そして、免停を食らい、泣き崩れるキミドリちゃんっと……
「近いとこでいいでしょ。 軽くドライブがてらに泊まろう」
「北海道の大地を駆ける気はないですか? 風になる気はないですか?」
「遠っ! ウィズがシートに漏らしちゃうよ」
「おぬし、たまに妾にキミドリの車を汚すように言うな…………言っておくが、妾は絶対にやらんからな」
「というか、やったら首を刎ねます!」
怖っ…………
キミドリちゃん、車のことになると、理性がなくなって冗談も通じなくなるなー。
「はるるん様、私、さっきの所がいいです」
サマンサが空気を読んで提案してくる。
「さっきの所? ああ……ハルカさんとサマンサさんがイチャイチャしながら見てたやつ」
イチャイチャはしてないんだけどね。
イチャイチャし終えた後のピロー的なやつだから。
「ここです」
サマンサがいつの間にか私の携帯をキミドリちゃんに見せていた。
「ふむふむ。おー、いいですねー。きれいそうですし、落ち着きそうです!」
「でしょう? もうここでいいですよね?」
サマンサはめんどくさくなったんだろうな。
風になりたくないんだろうな。
「言い方がすごく気になりますけど、温泉に行ったことのないサマンサさんはどこも新鮮で一緒でしょうしね。サマンサさんが言うならここにしますか…………うーん、車で1時間かな……よし、高速だ」
何がなんでも飛ばしたいのね。
「好きにしたらいいけど、本当に捕まらないでね。せっかくの旅行なのにテンションが下がっちゃうよ」
「大丈夫ですよ。私、無事故無違反のゴールドですから」
は?
「え? マジ? めっちゃ違反してるのに?」
「私はあなたとは違います! バレなきゃ犯罪ではないんですよ!」
横領その他もろもろがバレたくせに……
だから借金持ちだったくせに……
「あんなに飛ばすのに捕まってないのはすごいね」
「なんとなくわかりますからね。あ、この辺は警察が張ってそうだなーとか」
シックスセンスか?
便利すぎじゃね?
「ねえ、絶対にそれ、ユニークスキルでしょ。キミドリちゃんのユニークスキルって、例の剣伸ばしよりも絶対にシックスセンスだよ」
「剣伸ばし? ああ、あれか……」
こいつ、忘れてたな。
まあ、使っているところをあんま見てないしな。
「忘れないでよ」
「だって、ダンジョンでは使いにくいんですよね。広い所じゃないと、壁に当たりますもん。ハワー以降は使ってませんね」
確かにダンジョンでは使えないと思うけど、忘れ去られるとはかわいそうなユニークスキルだわ。
「まあ、いいや……運転はキミドリちゃんに任せるよ」
「任せておいてください。じゃあ、色々と詰めていきましょう! まずですが、どの車がいいですか?」
そこ!?
一番どうでもいいとこじゃん!
「キミドリちゃん以外は小さいし、車はなんでもいいと思うな…………」
どんな車でもこの4人なら乗れると思う。
「はは。ハルカさんにいつものキレがないですねー。面白くないジョークです」
ジョーク?
キレ?
キミドリちゃんが何を言っているかが理解できない。
「私、詳しくないからキミドリちゃんに任せるよ」
「希望とかないです?」
めんどくさいなー。
「じゃあ、一番かっこいいやつかな」
マジでなんでもいいわ。
「え? 一番……かっこいいやつ? …………………………ちょっと待ってください」
キミドリちゃんがビール缶をテーブルに置き、熟考し始めてしまった。
余計なことを言っちゃったな……
この日、キミドリちゃんが車を決めることはなかった……




