第078話 十人十色
ベリアルにマンションまで送ってもらった私はベリアルにお礼を言い、家に帰った。
家に帰ると、先に帰っていた3人はご飯をつまみながらお酒を飲んでいた。
「ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
「おかえりなさーい。ハルカさんも飲みます?」
こいつらは幸せそうだなー。
特にキミドリちゃんがヤバい。
キミドリちゃんの周りには空き缶が散乱しているのだ。
「飲むわ。でも、キミドリちゃん、飲みすぎじゃない?」
ペース早くね?
明日もダンジョンに行くんでしょ。
「今日は前祝いですよ! 私の借金もおさらばでーす! わはは!」
キミドリちゃんは上機嫌に缶ビールを一気飲みする。
私は呆れながらも冷蔵庫からビールを取り出し、座った。
キミドリちゃんのこの明るさがアンジュにほんの少しでもあれば、あんなに苦しむこともないのにねー。
「それでアンジュはどうじゃった?」
ウィズは天使のことが気になるらしく、聞いてくる。
「予想通りのクズさ加減だったわ。まあ、かなり追い詰められて精神が狂いかけてたね」
私は先ほどの会話を説明した。
「ひえー。サクラさんを生き人形ですかー。あのメンヘラ、こわー。どこが清廉なんですかねー」
キミドリちゃんが引いている。
まあ、まったくもってその通りだと思う。
「うーむ、まあ、天使らしいと言えば、天使らしいのう……」
「あなた方が天使を嫌う理由がよくわかりましたよ。確かに関わりたくない種族ですねー」
キミドリちゃんもようやくわかったらしい。
「じゃろう? 天使はあんなのばっかじゃからな。まあ、アンジュはちょっと特殊じゃが……」
「そうなんです?」
「天使は人間を下に見ておるから普通はそこまで執着せん。死ねば、次の人間を探せばいいだけじゃし」
「アンジュさんがハーフだからですかね? 両親の影響ですかね? それとも当人の性格?」
「全部じゃな。一言で言えば、おぬしらが言うメンヘラじゃ。自分という存在を認めてほしいだけじゃろ」
両親を失い、200年近くも孤独だった天使がようやく見つけた人なんだろうね。
趣味でも持てば話は違うんだろうけど、あいつはそれもなさそう。
「アンジュは私達のように趣味や生きがいがあるわけでもないし、パリティみたいに人を貶めて楽しむこともないんでしょ」
長命種はそういう楽しみがないと生きられない。
多分、アンジュは母親の契約がなければ、とっくの昔に死んでるんだろうな。
契約があるから無駄に生きすぎたんだ。
「はえー。生きがいですかー。私は大丈夫かなー?」
「キミドリちゃんは絶対に大丈夫」
私よりも長生きしそうだわ……
「アンジュさんをどうしますか?」
お菓子を食べていたサマンサが聞いてくる。
「とりあえずは様子見かな。まあ、パリティがついてるし、大丈夫だとは思うけど、たまに様子を見に行くわ。アンジュは無駄に力があるから面倒だし」
あんなヤツ、どうでもいいんだけど、面倒を見るって言っちゃったし、仕方がない。
「ハルカさんは面倒見がいいですねー。そのうち変なのを拾ってこないでくださいね」
「もうあんたを拾ったわよ……」
いいから飲め。
飲んで寝て、明日も酒気帯び運転でダンジョンに行こう。
「いえーい! 借金を返して、車買うぞー!」
さすがはキミドリちゃん……
足を失っても車を優先するバカ……
こいつは悩むことなんてないんだろうなー。
◆◇◆
私はパパからよく怒られた。
私は頭が悪く、勉強も出来なければ、礼儀作法も嫌いだった。
そんな私をパパは叱った。
でも、パパはいつも私を抱きしめてくれて、こっそりお菓子をくれた。
ママは私に魔法や戦いを教えてくれた。
正直、毎回、毎回、ボコボコにされるのは嫌だったが、ママは私に優しかった。
いつも一緒に寝てくれたし、手を繋いでくれた。
私は幸せだった。
両親の笑顔を忘れることはない。
私の誇りであり、唯一無二の存在なのだ。
ああなりたいと……いつか、ああなりたいと願った。
両親を亡くした後もそう思っていた。
だが、私はそうならなかった。
いつからだろう?
いつから忘れてしまったのだろう?
初めて人を殺した時?
魔族を殺した時?
同胞を殺した時?
アズラーを名乗った時?
それとも最初から私はこうだったのかもしれない。
わからない。
200年の時は長すぎた。
私はサクラさんの家のベランダで外の風景を見ながら考えている。
「ふぅ……」
私の息から紫煙が吹き出る。
「お姉ちゃん、タバコは体に良くないよ」
上からパリティの声が聞こえた。
私が上を見上げると、パリティが宙に浮いているのが見える。
「何か用?」
私はタバコを吸い、パリティに吐き出す。
「やめてよー。タバコ臭くなっちゃうじゃん。ってか、それどうしたの?」
「おじさまのをくすねた。買う金ねーし」
所持金400円弱。
情けない。
「人の物を盗るのは良くないよ」
「知ってる」
「ほっぺたは大丈夫? サクラお姉ちゃんに叩かれてたけど……」
見てたのか……
「痛い……」
人間ごときの攻撃なんか効かない。
でも、痛い。
心が痛い。
「馬鹿正直にしゃべるからじゃん。黙ってればいいのに……」
「そうしろって言われた」
「吸血鬼のお姉さんね。アンジュさー。君、本当にバカだよね? 王級に勝てると思ったの?」
「だって、雑魚って……」
最弱の雑魚……
「王級が雑魚なわけないじゃん。もし、そうだとしたらとっくの前に討伐されてるでしょ。よりにもよって、王級にケンカを売りに行くとは思わなかったわー。おかげで僕も巻き添えを食うところだったし。お姉さんが優しかったから助かったけど、本当にやめてね。向こうにはまったく優しくないベリアルとシュテファーニアもいるんだよ?」
ああ……そこまで考えてなかった……
魔王シュテファーニアが出張ってたら私は死んでたな。
「悪い……私は本当にバカみたいだ……」
「知ってる。じゃなきゃ、こんなバカなことをしないもん。まったく…………」
パリティは呆れている。
「お前、逃げねーの?」
「どこに? こういうのは逃げたらダメ。懐に入るのが一番安全なんだよ」
こいつは私と違って、頭も要領も良いんだろうな。
「私はそういうことは出来ないな」
「だろうね。アンジュは頭が悪い以前に人として終わってるもん。前から言ってるよね? 主に祈るのをやめろって。サクラお姉ちゃんもおじさんもおばさんも気付いてるよ? 君がありがとうを言わないことをさ」
「…………お前だって、感謝の心なんかねーだろ」
性悪のくせに。
「ほら、そうやって、自分を正当化する。僕がそうだったからって何? 自分が悪くなくなるとでも思ってんの? というか、君と一緒にすんな。僕は感謝の心を持ってるし、お礼もちゃんと言うよ」
すげー正論……
ああ…………私はこいつ以下だったのか……
「なあ、お前、アトレイアで私を見てたんだろ? 私の何が悪かったのかな?」
「いっぱいあるよ」
「全部言え」
「バカなところ。清廉であろうとしたこと。感謝しないこと。男に色目を使って物をねだるくせに何もさせないこと。それが効かない同性には見向きもしないこと。すぐに閉じこもるところ。自分勝手なところ。相手の心を読めないんじゃなくて、読もうとしないこと。他者を悪者にして、自分を正当化しようとすること…………まだ続ける? 夜が明けちゃうけど」
いっぱいあるなー。
身に覚えもあるなー。
「もういい…………死のうかな……あー、でも、ダメだ。契約がある……」
ママとの契約……
私はパパとママが死ぬ時に一緒に死のうと思っていた。
でも、ママにその心を見破られ、契約をかけられた。
生きろと言われた。
私は拒否したが、ママに殴られた。
初めて殴られた。
痛くはなかったが、泣いているママを見て、胸が痛くなった。
「契約? そんなものはもうないよ。僕と契約したからもう消えてるよ」
「え…………」
そうなの?
「契約なんていつでも上書きできたのに……君はママの言いつけを守ることしか頭になかったんだろうね。ホント、バカ」
ずっと死にたかった……
パパとママに会いたかった……
「そうか……私は死ねるのか……」
やっとパパとママに会える……
「死ねば?」
「死………………いやだ……死にたくない…………サクラさん…………」
「でしょうね。泣くくらいなら死ぬなんて言わなきゃいいのに……」
うるさい!
「サクラさんは許してくれたけど、私、大丈夫かな? サクラさんが死んだらどうしよう?」
私の弱い心では耐えられそうにない……
「アンジュ…………そんな先のことはその時に考えなよ。殉死してもいいし、サクラお姉ちゃんの分も生きるんだって思ってもいい。それは今の君が判断することじゃなくて、将来の君が判断することだ。今、判断しても、意味がないことにいい加減、気付いてくれないかな?」
…………確かに。
「…………お前、頭いいな」
「君がバカなんだよ! こんなことは全員わかってることなんだよ!」
パリティが怒った。
「そうか……私だけか」
「ハルカお姉さんの方がまだ賢いよ」
私はそんなにバカだったのか……
バカで有名なアレよりバカだったのか……
「私はこれからどうすればいい?」
「まず常識を身につけな」
「常識……?」
「タバコを盗ったことを謝ってこい」
「また謝んの?」
おじさまにも殴られるの?
「君が謝るようなことしかしないからだろ」
そうなのか……
「お前は謝んないの?」
「何を!? 僕、何もしてなくね!?」
いや、存在してるだけで不快なんだが……
「まあいいや…………謝ってくる」
私は部屋に戻ろうとした。
「アンジュ、僕にお礼を言ってからにしろ」
「なんで? お前なんかに礼を言いたくない」
「その意識から改めろ。死にたくないんだろう?」
何を言ってんだろ?
んー、お礼ねー。
まあ、ハルカさんにも言われたしな……
「ありがとう……」
「アンジュ、その心を絶対に忘れるな! 僕も死にたくないんだ!」
なんで私の礼がお前の命に関係するんだよ。
「わかった……」
私はよくわからないけど、リビングにいたおじさまにタバコを盗ったことを謝った。
しかし、おじさまは家族にタバコを吸っていることを隠していたようで、同じリビングにいたおばさまに怒られていた。
おじさま、マジでごめんなさい……
でも、さすがに悪いのは、窓の外で腹を抱えて笑っているパリティだと思います。