第077話 強さには責任が伴うものである
アンジュと共にギルドを出た私は近くにあるファミレスに行き、軽食を注文した。
私はフライドポテトをつまみ、アンジュはチョコレートパフェを食べている。
アンジュはチョコレートパフェを一口食べた後、こう言った。
「美味しいけど、ベリアルに奢ってもらったパフェの方が美味しいなー」
さすがにイラッとした。
もちろん、高級ホテルにある喫茶店とファミレスでは味は違うだろう。
だが、奢ってもらっておいて、それを言うか?
ましてや、私はこれからあんたの相談を聞くんだぞ?
こいつがこれまで一人だった理由がよくわかる発言だった。
「で? 相談って? 大体予想がつくけど……」
私はポテトをつまみながら聞く。
「メールでも聞いたけど、女同士ってどう思う?」
「いいと思うわよ。私はそれ以外は嫌いね」
わかりきったことを聞くなよな。
私を誰だと思ってんだ。
「どうやったらサクラさんを落とせるかな?」
やっぱりそれか……
「その前に聞くわ……あんた、性欲ある? 男に抱かれたいとか、女を抱きたいとか」
「ない……考えたこともない……」
でしょうね。
天使は魔族と同様に長命種である。
ウィズがそうであるように性欲はほぼ皆無。
長い人生で発情期が何回あるかわからないレベルだ。
「それなのに、なんでサクラさんとそういう関係になりたいの?」
「それは…………」
アンジュが口ごもる。
「あんたはただ繋がりが欲しいだけでしょ。一人は嫌だから明確な繋がりが欲しいだけ」
こいつは本当に百合になりたいわけではないのだ。
「…………私、パパやママ、それにメイド達と別れてからこれまで、人にやさしくしてもらったことがないんです。異性には性欲を向けられ、同性にはことごとく嫌われました」
そんな性格じゃあねー。
「それでたまたま優しくしてもらったサクラちゃんに執着してるわけね」
「……はい」
「サクラちゃんという自分に優しい愛玩動物が欲しいわけね」
「……違います」
うそつけ。
「正直に言いなさい、性悪天使」
「………………そうです」
アンジュは私が問い詰めると、白状した。
「あんたが私に本当に頼みたいことは相談じゃなくて、サクラちゃんを吸血鬼化してほしいことでしょ」
「うっ………………そ、そうです」
「ハァ……」
どんなに頑張っても人間は100年ちょっとしか生きられない。
こいつはその寿命の壁を取り除き、永遠にサクラちゃんを飼いたいのだ。
「結論から言うと、無理」
「なんで!?」
「私の好みじゃないとか、色々あるけど、最大の理由はあの子が普通なこと。まず長命には耐えられない。50年持てばいい方よ。絶対に死を選ぶ」
50年経ち、まったく老けない自分。
親は当然ながら死に、友人も死にだす。
そうなると心が壊れてしまう。
それに耐えられるのは、そういうことに興味がないサマンサや頭のネジがぶっ飛んでいるキミドリちゃんみたいじゃないと無理なのだ。
「精神魔法で誤魔化せばいい」
こいつ、考え方がマジで天使だわ。
ハワーやアーチャー、パリティとまったく同じだ。
「生きた人形でも作る気? それがどんな残酷なことかわかってる? それでいいの?」
「失うよりはいい」
このメンヘラ、マジでサイコパスだ。
サクラちゃんの気持ちはガン無視し、自分の事しか頭にない。
さすがは≪死神≫のアズラー。
清廉さの欠片も残ってない。
「あんたのパパはそんなんだったんだ? 大公級天使のママの操り人形だったの?」
「違うっ!! パパとママを侮辱するな!! 殺すぞ!!」
私の言葉にキレたアンジュは立ち上がり、叫んだ。
目が怒りに染まり、魔力が漏れている。
ここでおっぱじめる気だろう。
「お、お客様、周りのお客様に迷惑ですので、お静かに……」
「ああん!?」
アンジュを咎めに来た店員をアンジュが威圧を込めて睨んだ。
「ひっ!」
店員が悲鳴をあげ、後ずさる。
「ごめんなさい…………アンジュ、座りなさい」
私は店員に謝ると、アンジュにのみ魔力を放出し、威圧する。
アンジュは私を睨んでいたが、大人しく座った。
それを見た店員はおずおずと下がっていく。
「あんた、人間を巻き込むんじゃないよ」
こいつはさっき魔法を使うつもりだった。
多分、この店にいる人間は死んだだろう。
「人間なんてすぐに生える」
天使らしい考えだわ。
「ベリアルにケンカを売る気? 人間を殺したらあいつも動くわよ」
「それがどうした? 私を誰だと思ってるんだ?」
二つ名持ちの大公級天使。
格だけで言えば、ベリアルと同格だろう。
まあ、こいつがベリアルに勝てるとは思えないけどね。
いくら同じ武闘派の大公級でもポンコツのこいつでは向かうところ敵なしだった≪煉獄≫には勝てないと思う。
しかし、あそこまでベリアルにビビっていたアンジュとは思えないな。
「じゃあ、私が真っ先にあんたを殺してあげるわ」
「お前が? この前、勝ったくらいで調子に乗んな! 雑魚のくせに!」
アンジュは精一杯の虚勢を張る。
「その雑魚にビビってるのは誰? さっきから私の魔力に当てられて震えているのは誰? 私は王級吸血鬼。貴様ら貴族階級の雑魚とは違う。王だ。その中でも我は王の中の王である真祖の吸血鬼だぞ? 本当に勝てると思ってるのか? 絶対の不死と無限魔力を持つ我に勝てると……本当にそんな幻想を持っているのか?」
私は死なない。
お前では私を殺すことは出来ない。
でも、私はお前を殺せる。
「くっ……」
「人間を巻き込むのはやめなさい。この世界はアトレイアとは違う。この世界の命は重いのよ。あんたがこの世界で生きていくというのなら武力でどうにかしようとする考えを捨てなさい」
「私にはこれしかない……自慢できるのは力しかない!」
戦闘タイプの天使って言ってたしね。
パリティのように口が上手いわけでもないし、器用でもない。
「その力でサクラちゃんを守れば?」
「そうしてる……でも、私はポンコツだから他に何もできない……お前の言う通り、感謝すらできない…………だって、クズだから。感謝の心を最初から持ち合わせていないんだ」
主には感謝できるけど、人には感謝できないのね。
自己中だから。
「いつか捨てられる。そう思ってるの?」
だからサクラちゃんを飼いたいんだね。
捨てられるのが怖いから。
「絶対にそうなる…………自分でもクズだと思うし、こんなヤツに近づこうとは思わない」
自覚はあんのか……
「じゃあ、考えを改めなさい。サクラちゃんをどうにかしようとするんじゃなくて、自分をどうにかしなさい」
「今さら?」
「今さら。あんたのママは優しかったんでしょ。パパと幸せそうだったんでしょ」
「ママは優しくて、バカな私でも怒らずにかわいがってくれた…………」
やっぱバカだったか。
「あんたのママは極悪で有名な性悪天使だったのよ。でも、変われた。あんたも変わりなさい」
まあ、優しかったのは家族にだけで、パリティは殴ってたみたいだけど……
「変われるかなぁ……」
「あなたはパパとママを尊敬してるんじゃないの? ああいう関係を作りたいんじゃないの? さっき、パパとママを侮辱するなって怒ってたけど、あんたが一番侮辱してるわよ」
サクラちゃんを生き人形にしようとしておいて、どの口が言ってんだと思ったわ。
「ど、どうすればいい!?」
アンジュもようやくわかってきたらしく、慌てて聞いてくる。
「まず、サクラちゃんに謝んなさい。そして、サクラちゃんをどうにかしようとするのをやめなさい」
こいつ、絶対にサクラちゃんに謝ってないだろ。
「サクラさんに謝るのはわかるんだけど、サクラさんは人間だからあと数十年しか一緒にいられない…………」
「だからその時間を大切にしなよ。あんたのママだって同じ気持ちだったのよ。あんたのママはなんでパパを吸血鬼化しなかったのか聞いてないの?」
アンジュのママには無理やり人に言うことを聞かせるユニークスキルがある。
それをその辺の吸血鬼に使えば、永遠にパパと一緒にいられたはずだ。
でも、そうしなかった。
「パパが人間として死にたいと言ったから…………ママはそれを尊重して一緒に死んだ…………ああ…………本当だ……私が一番、パパとママを侮辱……していた」
アンジュの目から涙が出てきた。
この前の嘘泣きとは違う本当の涙が出てきた。
「わかったなら残っている時間をどうするかを考えな」
「どうする……どうすればいい? 私はバカだし、何も浮かばない」
「それをそのままサクラちゃんに言いなさい。どうすればいいかわかりませんって」
「いい案が出るのかな……サクラさん、頭は良くなさそうだけど……」
まあ、それは同意する。
じゃなきゃ、こんなヤツを家に置かないし、ルームシェアをしようとは思わないだろう。
「いい案は絶対に出ないし、そんなもんはいらないわよ」
「それでいいのか?」
「どっちか一方が出した考えなんて意味ないわよ。2人で考えて、2人で答えを出しなさい。それが人間関係だから」
「そっか…………そうする……」
アンジュは完全に毒気が抜けたように放心している。
「アンジュ、後はあなた達が進んでいくことだけど、相手を尊重することを忘れないで。私達は人間じゃない。力がある。だから絶対に自分本位になったらダメ。その先に待ってるのは孤独による破滅だよ」
「うん。パリティが私にいつも言ってることだ。あいつが正しかったのか……」
あいつはアンジュがサクラちゃんに殉死することを望んでいる。
だから、パリティはアンジュとサクラちゃんの関係を応援している。
ホント、歪んだ関係だわ。
「悪い、帰るわ……サクラさんに謝ってくる…………話を聞いてくれて、ありがとう……」
アンジュはそう言うと、立ち上がり、家に帰っていった。
ありがとう、ねー……
アンジュが見えなくなり、私が残っているポテトを摘まんでいると、さっきまでアンジュが座っていた席に黒いスーツの男が座った。
「相席で、すまんね」
「別にいいわよ。あんた、なんでここにいんの?」
私はポテトを口に入れると、正面を見る。
そこに座っているのはベリアルであった。
「念のため、見張っていたのだよ」
「あんた、私達が来る前からこの店にいたでしょ」
「たまたまかな。ちょっと小腹が空いてね」
「あんた、ファミレスが似合わなすぎでしょ。冗談はいいから本当のことを言いなさい」
アンジュは気付いていなかったが、ベリアルは最初からここにいたし、アンジュが激高した時はアンジュを殺そうとしていた。
「ふむ……アンジュを殺すつもりだった」
「でしょうね。じゃなきゃ、あんたがここまで出張ってくるわけないもん。どうしてここがわかったの?」
「ヤツに携帯をプレゼントしたのは私だぞ?」
盗聴かな?
それともメールを覗いていたのかな?
まあ、両方か……
「上手ねー。いくら警戒心の強いアンジュでも機械は詳しくないもんね」
私も詳しくない。
私の家、大丈夫か?
借りたのはベリアルじゃん。
「君のマンションには何もしかけていないから安心したまえ。王級が2人もいるのにケンカを売るほどバカじゃない」
「ルブルムドラゴンにケンカを売ったバカだと思ってるけど?」
「耳が痛いな……」
まあ、信じてやろう。
裏切ったら殺す。
ウィズが……
「アンジュは私が面倒を見るわ……」
「そうかね……? 好みには見えんが?」
「そういう意味ではないわよ」
私はアンジュがお礼を言わなければ殺すつもりだった。
あそこでまだ感謝を感じないのならあいつは無理だ。
サクラちゃんやロビンソン家族に迷惑をかける前に殺さなければならない。
そして、あの暴走癖のある天使は絶対に私達に迷惑をかけるだろう。
私は戦いが嫌いだし、殺すのも嫌いだ。
でも、自分達の平穏を守るためにはいくらでも殺してやる。
「恐ろしく冷たい顔をしているぞ。まさしく王級のバケモノだ。二面性を持っているのはアンジュでなく、君だったか……」
「あんたも覚えておきなさい……私を殺すことは誰にも出来ない。そして、私は誰でも殺せる」
勇者以外だけど…………
「まあ、わかった。アンジュは君に任せよう。だが、アンジュは今日、最初から君を攻撃するつもりだったぞ?」
「知ってる。私に無理やり≪絶対の約定≫を使って、サクラちゃんを手に入れるつもりだったんでしょ。いくら私がサクラちゃんを吸血鬼化しても、アンジュにとっては親である私が邪魔だからね」
パリティの話を聞いて思いついたのだろう。
性悪天使が考えそうなことだ。
「そこまでわかっていたか…………処分した方が確実ではないか?」
ベリアルは魔族だから天使をなるべく処分したいんだろうな。
「確実を取るならあんたも処分よ。サマンサをぶった切ったくせに」
「あれはどう考えても≪狂恋≫が悪かろう」
まあ、そう思う。
「関係ないわよ。サマンサは私の子、私の恋人、私の大切な子。殺すに決まってんじゃん。あんたも自分の子を攻撃されたら許さないでしょ」
「まあ、そうだな。八つ裂きにする」
「でしょー……まあ、サマンサはあれくらいじゃ死なないからいいんだけど…………とにかく、アンジュは私が面倒を見る。パリティは…………どうしようかな?」
「私は処分に一票だ」
あんたはそうだろうね。
私がどうしようかと悩んでいると、携帯にメールが届いた。
『お願いだから助けてー』
パリティだな。
千里眼で覗いていたか……
私は無言でそのメールをベリアルに見せる。
「便利なスキルだな…………だが、それ以上に脅威だ」
こちらの情報は筒抜けだもんね。
「殺すの?」
「それが一番確実だろう」
まあ、そうかも……
「うーん、でもなー。悩むなー」
「わかった。そいつにメールを送れ。私に協力するなら見逃してやる、と」
「いいの?」
「外国に行ったという上級天使が気になる。そいつに探させるのが一番だろう」
なるほど。
私がふむふむと思っていると、メールが届いた。
『いいよー。任せといて!』
こいつ、本当に軽いなー。
「了解だってさ」
「よし。アンジュは君に任せるが、先に言っておく。私はこの世界を守る。それの弊害になるなら君の意思に関係なくアンジュを殺す」
前にもそんなことを言ってたもんねー。
「どうぞ……その前に私がアンジュを殺してると思うけどね」
「それならそれで問題ない。私は帰るが、君はどうする?」
「私も帰るわ……あ、送っててー」
「了解した」
ベリアルはそう言うと、立ち上がり、伝票を取った。
どうやら奢ってくれるらしい。
さすがは紳士で有名なベリアルさんだぜ!