第076話 色んなクズを見てきたけど、下には下がいるものだ
ファイアーボールの魔導書を使い、初めての攻撃魔法を覚えたキミドリちゃんはテンションがマックスになった。
しかし、小さな火の玉を飛ばす程度でしかないファイアーボールではマミーを倒すことは出来ない。
最初はファイアーボールを何発も使い、マミーを攻撃していたキミドリちゃんだったが、次第にファイアーボールを使わずに剣で倒すようになった。
私はその様子を見て、飽きたのかなと思ったが、どうやら違うっぽかった。
単純に魔力が切れたようだ。
キミドリちゃんはそのことを言わなかったが、私の隣にいるサマンサが耳打ちで教えてくれたので私も気付くことが出来た。
魔力が尽きたのなら私の血を吸えば、回復できる。
キミドリちゃんもそのことはわかっているだろうし、それでも言ってこないのはファイアーボールはあんまり有用でないということに気付いたのだろう。
なにせ、キミドリちゃんが切れば、マミーは自身の二つ名のように瞬殺できる。
ファイアーボールを何発も放つよりずっと楽なのだ。
魔法に憧れを持つのはわかる。
私だって、アトレイアに転生したばかりの頃は魔法を使いたくて努力した。
でも、キミドリちゃんはあんなにすごい剣技が使えるから初級魔法程度のファイアーボールはいらないのだ。
「アイスランスですね」
キミドリちゃんがドロップした魔導書をサマンサに見せると、サマンサが表紙に書いてる古代魔法文字とやらを翻訳した。
「んー…………アイスランスですか……」
キミドリちゃんは魔法名を聞いて、あんまり期待が持ててなさそうだ。
「はい。文字通り、氷の槍を飛ばす魔法です」
「私に要りますかね?」
キミドリちゃんが聞くと、サマンサは首を横に振った。
「はっきり言いますが、キミドリさんが初級魔法を覚えても意味はありません。筋肉マッチョの人がおもちゃの銃を使うようなものです」
言いたいことはわかるんだけど、マッチョって……
「うーん、嫌なたとえですねー。でもまあ、わかります。私がファイアーボールを何発撃ってもマミーは倒れませんしね」
「剣で斬れば瞬殺ですよ」
「ですよねー。サマンサさんがそう言うならそうします」
薄々、気付いてたけど、キミドリちゃんって、私よりサマンサを上に見てるな。
私の方が年上なのに……
「じゃあ、そのアイスランスは売っちゃう?」
私も会話の仲間に入れてよー。
「そうします。あとはお金のために集めることにしましょう。ではでは、行きますよー!」
キミドリちゃんは再び、テンションマックスになり、奥へと進んでいく。
私達もキミドリちゃんの後を追い、魔導書集めを再開した。
その後はマミー狩りを交代しながら一日かけて、魔導書を集めた。
成果としては、80匹程度のマミーを狩り、生活魔法が7冊、攻撃魔法が3冊、回復魔法が1冊の合計11冊を手入れることが出来た。
もちろん、残りは500円の包帯である。
レアドロップである魔導書のドロップ率は1割と聞いていたが、それ以上に拾えたと思う。
これが私達が運が良かったのか、検証した他のパーティーの運が悪かったのかはわからない。
しかし、成果としては十分だろう。
実際、キミドリちゃんはちょーご機嫌だ。
キミドリちゃんはギルドに戻り、いつもの受付嬢と楽しそうに成果の報告をしている。
「…………ドロップ率は1割より上かもしれません」
「…………そう。こっちは上手くいきそうだけど、長官をどうしようか」
「…………長官には私が説明しておきます。あと面倒そうな人は…………」
楽しそうだなー(棒)
このギルドって、キミドリちゃんがギルマスしてただけあって、平和で素敵なギルドなんだなー(棒)
キミドリちゃんと受付嬢は素敵な笑顔で話していたが、どうやら話は終わったようでキミドリちゃんが戻ってきた。
「いけそう?」
私は満面の笑みを浮かべているキミドリちゃんに聞く。
「ええ。すべては私の計画通りに進んでいます」
うーん…………
「なんか最後にどんでん返し的な――――」
「シャラーップ!! そういうフラグはボッキボキです!」
キミドリちゃんが私の両肩を掴み、すごい顔で迫ってきた。
「う、うん。まあ、上手くいくといいね」
「私はもう一人でダンジョンは嫌なんです。皆が家でぐーたらと酒を飲んでいるのに、私は朝から労働です。私が何をしたって言うんですか!?」
すっごいツッコミ待ちだなー。
あからさますぎて躊躇するレベルだ。
「実際、今回ので返せそうなの? この前は残り半分くらいって言ってたけど…………」
借金が1億で、その半分だから5000万くらいだろう。
ホント、すごい額だわ。
「バッチシです。私の商才を見せてあげますよ」
頼もしいような気がしないでもない。
大丈夫かな……
まあ、失敗しても損をするわけでもないからいいけど…………
私は若干、不安だったが、キミドリちゃんがこういうことに得意そうなのは確かだし、私自身もキミドリちゃんの借金は早くなくなってほしいとは思っている。
出来る限り、手伝ってあげようかな……
「明日も来るの?」
「ですです。ハルカさんも来ます?」
「まあ、キミドリちゃん、1人だと大変だろうし、手伝うよ」
アンデッドであるマミー相手に一人で戦うのは精神的にキツそうだしね。
「ありがとうございます」
キミドリちゃんがきれいに頭を下げた。
私はそろそろ帰ろうと思い、時間を確認するために携帯を取り出したのだが、メールを受信していることに気付いた。
『相談があるんだけど……』
メールに件名を見て、アンジュだろうなーと思い、メールを開く。
『暇? ちょっと相談があるんで会ってくんない? 奢るから』
貧乏で居候のアンジュが奢るっていうのはなかなか切羽詰まってそうだな。
めんどくさいけど、会ってやるか……
このままだとサクラちゃんにも迷惑をかけそうだ。
『今、ギルドにいるんだけど、あんた、ロビンソンの家?』
私はメールを送ると、顔を上げる。
「ごめんけど、先に帰ってて。アンジュのアホが相談があるみたい」
「相談? アンジュさんが? ロクなことじゃないような気がしますけど」
キミドリちゃんのアンジュ評価はなかなかに低い。
まあ、ごくまっとうな評価だけど。
「多分、サクラちゃんがらみ。あいつ、焦ってるっぽい」
「焦ることあります? 友達なんでしょ? というか、一緒に住んでるじゃないですか」
普通はねー。
でも、アンジュは普通じゃないからなー。
「あいつ、暴走しそう……」
あの性悪が私に相談って、絶対にロクなことを考えてないだろう。
「…………そこまでですか?」
「うーん、サクラちゃんに執着しすぎて、頭のネジが飛んでそうだわ。ちょっと話してくるよ。どう考えても、サクラちゃんに拒否されて暴走する結末しか見えない」
パリティが仲裁してくれそうな気もするが、あいつはあいつで何をするかがわからない。
「わかりました。では、私達は先に帰ってますね」
「うん。私は適当に帰るから」
キミドリちゃんと寝ているウィズを抱えているサマンサはギルドを出ていった。
私はソファーに座り、携帯に目を落とす。
『今からそちらに行くので待っててください』
敬語だ。
≪清廉≫になってるね。
よほど悩んでいるんだろうなー。
あいつ、ホント、人付き合いが出来ないんだなー。
私は了解とだけ返事をし、ギルドで待つことにした。
私がソファーで座って待っていると、ロビンソンが階段を上がってくのが見える。
どうやら、ロビンソンも本集めを終えたようだ。
ギルドに戻ってきたロビンソンは私と目が合うと、こちらにやってくる。
「よう。お前さんも終わったのか?」
ロビンソンは私の隣に座ると、話しかけてきた。
「まあね。結構集まったわ」
「そらよかったな。他の2人と1匹は?」
ウィズを匹で数えるんじゃないよ。
猫だから合ってるけども!
「先に帰ったわよ。私はこれから人と会うから待ってるの」
「待ち合わせか? 誰?」
「あんたの娘。でっかいほうね」
「アンジュか…………」
ロビンソンはすぐにわかったようで、ふむふむと頷く。
「そそ。あんたの家って、ここから近いし、すぐに来るわよ」
「そっかー。じゃあ、ついでに頼まれてた物を渡すかなー」
そういえば、ロビンソンはアンジュに頼まれて、本を集めてたんだった。
「あんたは集まった?」
「10冊くらいかなー。何に使うかは知らねーけど、こんなにいるかな?」
「結構、集まったわね」
「それ以上に包帯が集まったけどな。マジでいらねー。あ、ちょっと包帯を精算してくるわ」
ロビンソンはそう言うと、立ち上がり、受付に向かった。
私はその様子をぼけーっと眺めていると、肩をトントンと叩かれた。
「ハァ……ハァ……こ、こんにちは……」
アンジュである。
アンジュは肩で息をしており、疲れてるっぽい。
「早いわね。もしかして、走ってきた?」
「そうです。早い方がいいと思って……」
そこまでするか?
「あんた、天使のくせに体力ないわね」
「私、飛行魔法が得意なもんで、普段は飛んで移動してたんです……だから久しぶりに走って、息が…………」
まあ、こっちの世界で安易に飛ぶわけにもいかないか……
「何か飲む? そこに自販機あるけど?」
「いえ、お金がないので我慢します……!」
これから奢るって言ってんのに、奢られにくいことを言うなよ……
「座りなさい」
私は隣をポンポンと叩く。
「はい。あー、疲れた……死にそ。やっぱ自転車を買おうかなー」
「乗れんの?」
ちなみに、私は乗れる。
ホントだぞ!
「練習したから大丈夫」
「あんた、暇なのね……」
アンジュの息が整うのを待っていると、ロビンソンが戻ってきた。
「よう、アンジュ……って、どうした?」
ロビンソンはアンジュに手を上げて声をかけるが、ぐったりとしたアンジュを見て、手を下す。
「お、おじさま、ちょっと走ってきたもので……」
「そうなん? 何か飲む?」
「大丈夫です。このくらいのことを乗り越えないと主に顔向けできません」
何を言ってんだ?
「こいつ、お金がないんだってさ」
「こら、チクるな! 私が貧乏みたいじゃないか!」
貧乏じゃん。
「ハァ……」
ロビンソンはため息をつくと、自販機に向かいジュースを買った。
そして、それをアンジュに差し出す。
「ほれ、飲め」
「お、おじさま…………ああ……主よ、感謝します!」
アンジュは主に祈りだす。
ロビンソンはちょっと引いている。
「ねえ、アンジュ……」
「なんだよ」
アンジュはジュースを飲みながら私をチラッと見る。
「あんた、主に感謝するのはいいんだけど、その前に奢ってもらった相手にお礼を言いなさいよ。あんたって、いつも主にしか感謝しないでしょ」
「…………! ああ…………私は……ダメなヤツなんだなぁ……だから嫌われるんだなぁ……」
アンジュがウジウジしだした。
こいつ、情緒がヤバいわ……
「それでもなお、お礼を言わないところがすごいわ…………パリティがクズと言うだけのことはある」
「…………おじさま、あ、ありが、とう、ございます。この恩は身命を賭してお返しします」
そして、重い……
「いや、このくらいいいから! それよか、頼まれてた本を渡すわ」
ロビンソンはアイテムボックスから本を取り出し、ソファーに重ねていく。
「よくわからんが、10冊ある。これでいいか?」
アンジュは本を取ると、パラパラとめくり、戻す。
それを何冊も繰り返している。
「アンジュ……お礼を言いなさい」
さすがに呆れる。
こいつ、さっき、あれほど後悔してたのに、礼も言わずに見分してる。
「あ、ご、ごめんなさい。あ、あり、ありがとうございました……えーっと、お礼は……お礼は…………そのうち、身命を賭けて……」
憐れだ。
こいつ、本当に人付き合いが出来ないんだな。
そして、常識というか、人として終わっている。
「大丈夫だから! これくらい余裕だから!」
こんなヤツと暮らしているロビンソンも大変だなー。
「すみません……」
「とにかく、何に使うか知らんけど、渡したからな。俺は先に帰るけど、あんま遅くなるなよ」
「…………はい」
ロビンソンはしょぼーんとしているアンジュを見ていたが、私と目が合った。
『こいつを頼む』
ロビンソンの目は間違いなくそう言っている。
私はロビンソンの目を見たまま、頷いた。
ロビンソンも頷き返すと、ギルドを出ていき、帰宅していった。
「アンジュ……あんた、私と話す時は普通なのに、どうしてサクラちゃんやロビンソン相手にはポンコツになるの?」
「最初は普通でした……でも、最近、家の人の私を見る目が可哀想な人を見る目に変わっていっているんです…………何とかしようとしてるんですが、空回りしてます。サクラさんに至っては完全に私をペットの犬を見てるかのようです。私、天使のくせに人間の愛玩動物になっちゃいました…………逆なのに……人間の方が愛玩動物なのに……」
もう発言がクズい。
こいつ、人間を愛玩動物だと思っているらしい。
でも、自分はそれ以下だったと……
「わかったから……とりあえず、場所を変えるわよ。近くのファミレスでいい?」
「す、すみません。えーっと、そのー……」
お金がないのね……
こいつは何を奢るつもりだったんだ?
「私が出すから」
「すみません…………私って、引きこもり変態種族以下かぁ…………」
こいつを好きになるヤツって絶対にいないと思う。
そら、パリティも腹を抱えて笑うわ……