第075話 はじめてのこうげきまほう
「おらー! 本を出さんかい!」
キミドリちゃんは最初はかっこよかった。
「チッ! また包帯か!」
正眼で構えた姿は凛としており、本当にきれいだった。
「次ー!」
長い髪をポニーテールにしているのも似合っていた。
「くたばれ!!」
顔立ちも整っているし、目元もきりっとしており、出来る女感もすごかった。
「よっしゃ! 魔導書です!! ささ、サマンサさん、これは何の魔法ですか!?」
キミドリちゃんはサマンサを捕まえると、本を差し出す。
「は、はい。えーっと…………生活魔法のウォーターです……」
サマンサは本を確認すると、言いづらそうに伝えた。
「生活魔法!? まさか飲み水を出すだけとか言わないですよね?」
「あのー、そのー、手も洗えます……よ……」
「チッ! アイテムボックスにペットボトルを入れたときゃいいじゃないですか! これも売りかなー。魔導書って思ってた以上にしょぼいですね」
ガラわるぅー。
キミドリちゃんの恩師が口だけでも丁寧にしろって指導した意味がよくわかるな。
「キミドリちゃんさー、もう少しおしとやかにしてよ。サマンサが引いてんじゃん」
私は一応、文句を言っておく。
「おーっと、すみません。つい興奮してしまって…………でも、魔導書の魔法ってショボくないですか? これまでに電灯代わりのライト、ライターみたいなファイア、そして、ペットボトルのウォーターです。全部、現代社会では役に立ちません」
それらはアトレイアでは役に立つんだけどねー。
「だから最初から言ってんじゃん。魔導書は初級魔法の補助道具だって」
「うーん、この程度をかき集めて売れるかなー。さすがに在庫が出来そうです…………」
キミドリちゃんは頭の中の電卓で計算をしてるっぽい。
「一応、この3つが生活魔法になりますので、全体的に見れば、ドロップの確率は低いと思いますよ」
サマンサが慰めるようにフォローする。
「私の日頃の行いが悪いから生活魔法に偏ってんのかなー」
うん!
そうだと思う!
「たまたまだよー」
「このロリ、嬉しそうな顔してるなー」
してない、してない。
「まだ始まったばかりだからこういうこともあるよ。次に行こう」
「うーん、ハルカさんもやってみてくださいよ」
「私、キミドリちゃん以上に日頃の行いが悪いんだけど…………」
何しろ、この間は捕まりかけたし。
「まあ、物は試しですよ。ささ、ハルカさんの豪運を見せてください」
「じゃあ、やってみようかなー」
なんかおみくじみたいになってきたな。
私はキミドリちゃんと交代するように前に出ると、マミーを探すために歩いていく。
しばらく歩いていると、後ろからキミドリちゃんがマミーの接近を教えてくれたので、立ち止まり、マミーの襲来に備えた。
「何の魔法がいいかなー」
「吸血鬼っぽいのがいいですね」
後ろからキミドリちゃんの要望が聞こえたので、それに乗ることにしよう。
少し待っていると、奥からマミーが姿を現す。
「地上に現れし、闇の住人よ…………我が世界に羽ばたく死の蝶を見せてやろう! 顕現せよ! ダークバタフライ!!」
私は詠唱を終えると、両腕を広げた。
すると、私の影から無数の黒い蝶が現れ、マミーを襲う。
黒い蝶がマミーに群がると、あちこちから血が噴き出てきた。
マミーは噴き出た血と蝶で真っ黒になり、一つの真っ黒な物体となる。
そして、マミーは煙となって消滅し、漆黒の蝶も姿を消した。
「吸血鬼っぽい?」
私はマミーを倒し終えたので、後ろを振り向く。
「うーん、名前は言いませんけど、ガチの方の吸血鬼っぽいですね………………アイアンメイデンみたいな魔法は作らないでくださいね」
実はそういう魔法もあったりする。
披露するのは止めたほうが良さそうだな。
「まあいっか。それよか、見て見て! 私も一発だよ! 日頃の行いが悪いけど!」
私はマミーがドロップした魔導書を拾い、見せびらかす。
「ほうほう。私と同じですね。日頃の行いが悪い方がドロップしやすいのかもしれません」
私、これまで一度もレアドロップを手に入れたことないんだけどね。
ついでに言うと、宝箱も見たことがなかったりする。
「サマンサー。これはなーに?」
古代魔法文字?
私が読めるわけないじゃん。
「えーっとですね………………」
サマンサは言いにくそうにチラチラとキミドリちゃんを見る。
「どったの?」
「…………ファイアーボールです」
サマンサはキミドリちゃんに聞こえないように非常に小さい声で教えてくれた。
「は?」
サマンサはほぼ私にしか聞こえない声量だったのだが、地獄耳のキミドリちゃんは聞こえたらしい。
「た、たまたまだよー」
「だ、だと思います」
ねー?
「ぐぬぬ! 私の何が悪いんだろうか?」
物欲センサーだと思う。
間違いなく、そう。
「き、キミドリちゃんにあげるよ。私はいらないし」
ファイアーボールは覚えてないけど、覚えてもまず使わない。
「え? いいんですか?」
「うん。覚えたきゃ使ってもいいし、オークションで売ってもいいよ。今のところはお金に困ってないし」
私はキミドリちゃんに魔法を教えることが出来ないし、ファイアーボールの魔導書くらいはプレゼントしよう。
「おー! ハルカさんが天使に見えてきました!」
いや、多分、キミドリちゃんが言う天使はこっちの世界の良い意味の天使なのだろうけど、天使扱いはやめてほしいな。
悪口になってんじゃん。
「うんうん。でも、天使はやめてね。吸血鬼だからね」
「あ、それもそうですね。すみません」
「言いたいことはわかるからいいけどね。そんなことより、早速、使ったら?」
私はキミドリちゃんに魔導書を渡す。
「ですねー。えーっと、文字を指でなぞればいいんですっけ?」
「だねー」
「うーん、多くないですか?」
キミドリちゃんは魔導書をパラパラとめくる。。
魔導書は厚さが5センチ程度の本だ。
文字はそこそこ大きいが、ページ数が多いため、すべての文字をなぞるにはそこそこの時間がかかる。
「まあ、それだけで魔法を覚えられると思えば、楽な方でしょ」
「ですね。じゃあ、ちょっとなぞっていきます。あ、適当に遊んでてください」
ダンジョンで何をして遊ぶんだろ?
私はキミドリちゃんが文字を指でなぞり始めたのを見て、サマンサの方を見た。
サマンサはウィズを抱えながらキミドリちゃんを見ている。
そして、私はサマンサの腕の中にいるウィズを見て、呆れてしまった。
こいつ、やけに静かだなと思ったら寝てるし…………
妾は寝なくても大丈夫とか言ってなかったっけ?
私はサマンサにイタズラをしようと思ったのだが、ウィズを起こすのも悪いので、携帯を取り出し、時間を潰すことにした。
私が携帯でニュースを見ていると、見覚えのないアドレスからメールを受信した。
メール? 迷惑メールかな?
私は無視しようと思ったが、メールの件名を見て、何となく察してしまった。
『サクラさんとうまくいく方法について』
間違いなく、差出人はアンジュだろう。
こんなことを気にするヤツは一人しかいない。
私はメールを開き、本文を見る。
『なあ、なあ、女同士ってどう思う? その道のプロに聞きたいんだけど……』
アンジュ…………
思ったより早く、その結論を出したか……
『それ以外のカップリングは不要でしょ』
私はそれだけを返し、携帯をアイテムボックスにしまった。
正直、お前ではサクラちゃんを落とすのは無理だ、と返したかったが、そこまで面倒を見る気はない。
好きに生きて、好きにフラれろ。
ただ、パリティの笑みが脳裏に浮かぶのが非常にうざいけどね。
「よーし、終わりましたー! って、本が消えたし!」
どうやらキミドリちゃんは魔導書の文字をなぞり終えたらしい。
「どんな感じ?」
私は魔導書を使ったことがないのでどんな感じか気になる。
「うーん、すごいですねー。魔法の使い方なんてわからないはずなのに、頭に浮かびます。ヒールの魔法を覚えた時はなんとなくだったのに、ファイアーボールは細かくわかりますね」
何を言っているのかさっぱりわからん。
「どういうこと?」
「説明しづらいですね。どうすればファイアーボールが撃てるか、どうすれば威力を調整できるかが、わかるようになりました。それと同時に自分の魔力の低さも理解できました。こりゃあ、スライムAですね…………」
キミドリちゃんがへこんだ。
「一度、魔導書を使うと、そういうのがわかりやすくなるんです。だから補助道具として使われているんですよ」
サマンサが補足説明をする。
「なるほど。そういう謳い文句で売るか…………」
キミドリちゃんが悪い顔で何かを考えている。
「それよか、せっかくだし、使ってみたら?」
「やってみますか……………………うーん、かっこいい詠唱が浮かばない」
「初級魔法に詠唱なんかないでしょ。普通にやりなよ」
というか、人の個性をパクるんじゃないよ。
「じゃあ、そうします。いきますよー…………ファイアーボール!」
キミドリちゃんが誰もいない方向に向かって手を掲げると、キミドリちゃんの手から小さな火の玉が現れ、通路の奥に向かって発射された。
「おー! 初めての攻撃魔法です! しょぼいですが、すごいです」
うん、しょぼいね。
まあ、初級魔法だしなー。
「やったね、キミドリちゃん!」
「よーし! この魔法でマミーを倒していくぞー」
それは無理なような気がするなー。
でも、言いにくいなー。
「頑張ってー」
「さあ、じゃんじゃん集めましょー」
「おー」
キミドリちゃんの借金を返して、温泉に行こー。
「ふあーあ。魔導書は見つかったか?」
おはよう、猫さん。
あんたがいつから寝てたのかがわかったわ……