第073話 実はメンヘラの定義をよく知らない
朝早くから起きた私達は気合が入りまくっているキミドリちゃんに圧倒されながらも朝ご飯を食べ、いつものギルドに向かうことにした。
今日は一日ダンジョンに籠る予定のため、ギルドに向かう途中でコンビニに立ち寄り、各々が昼食用の食べ物を購入する。
そして、朝の9時にはギルドに到着した。
こんなに早い時間からダンジョン探索をするのは初めてのことである。
ギルドに入ると、いつも来る昼間よりも多くの探索者たちがソファーに座って談笑したり、相談したりしていた。
しかし、目が合うことはないが、私達をチラチラ見たり、小声で何かを話しているのがわかる。
おそらく、というか、絶対にあの動画を見たのだろう。
私は嫌な気分になったが、キミドリちゃんはまったく気にしていないらしく、いつものように順番を無視し、受付に向かう。
私は有象無象の愚図共を威圧しようかと思ったが、どうせ笑われるだけだと思い、大人しくウィズを抱え、サマンサと共にソファーに座って待つことにした。
私とサマンサが話をしながら待っていると、知っている男がギルドに入ってきた。
その男はいつものガンマンスタイルのロビンソンである。
「ん? お前ら、何してんの?」
ロビンソンは私とサマンサに気付くと、まっすぐこちらにやってきて、声をかけてきた。
「何してんのって…………ギルドにいるならダンジョン探索に決まってるじゃない」
ピクニックにでも見える?
「こんな朝から? キミドリちゃんはともかく、お前さんを朝から見るのは初めてだなーと思ってさ」
「私だって、普段なら寝てる時間よ。キミドリちゃんがうるさいから仕方なく朝から来てんの。あんたは? 一人だけど…………」
ロビンソンは一人でギルドにやってきている。
今日はソロなんだろうか?
というか、ロビンソンの仲間を見たことがない。
もしかして、ロビンソンの仲間というのはロビンソンの妄想なのかもしれない。
仲間というのは孤独なロビンソンが作り出した淡い幻影…………って、んなわけないか。
「今日はちょっとなー…………」
ロビンソンは言葉を濁す。
「え? 何、何!? 隠し事? 教えてよー!」
もしかして、ランデブー?
ダンジョンでこっそり愛人と会うのかな?
よっしゃ! 奥さんにチクったろ!
「お前、嬉しそうだな…………いや、別に隠しているわけじゃないし、やましいことをする気でもない」
「じゃあ、言いなさいよ。大丈夫! あんたの裏の顔がどんなにゲスくても、私は見捨てないわ! そういうのはあそこにいる人で慣れてるから」
私は受付でニヤニヤと受付嬢と相談している強欲ミドリを指差す。
というか、受付嬢も黒い笑みを浮かべている。
このギルド、大丈夫か?
「…………何、あれ? あくどい金貸しか、政治献金の場面にしか見えないんだけど」
キミドリちゃんと受付嬢の悪そうな談合を見たロビンソンが若干、引きながら聞いてくる。
「わるーい大人の悪だくみでしょ。善良な私には関係ないわ。さあ、悪い大人3号! 言え! あんたは何しに一人でダンジョンに行くの? 浮気? 強盗?」
「その発想が善良じゃねーわ。いや、俺もよくわかんないんだけど、頼まれごと」
「頼まれごと? また依頼か何か?」
また、サクラちゃんの彼氏への贈り物か?
いや、そういえば、破局したんだった。
「正式に依頼を受けたわけじゃないんだよ。ウチのでっかい方の娘から頼まれたんだ」
でっかい方の娘…………アンジュか。
アンジュがロビンソンに何を頼むんだ?
ダンジョンなら自分で行けばいいのに…………
あいつ、≪死神≫のアズラーじゃん。
「あのメンヘラクズ?」
「まあ、それ…………」
ロビンソンもメンヘラクズって思ってんだ…………
「あいつ、家でもメンヘラってるの?」
「最近は特に…………なんか、やたらサクラにかまってちゃんアピールをしたりしてるし、キャラというか、情緒が不安定なんだよな」
うぜ……
しかも、めんど……
「ふーん、まあ、可哀想な子だから優しく見守ってあげなさい」
早く素晴らしき百合の世界においで。
2人で百合って、パリティに寝取られなさい。
笑ってあげるから。
「うーん、どうにかしたいんだよなー。情緒の不安定さがヤバいんだよ。まあ、放っておくしかないけど」
サクラちゃん、大丈夫かな?
あの天使姉弟って、絶対に良い影響を与えないと思うんだけどな。
…………まあ、いっか!
「で? そのアンジュに何を頼まれたの?」
「あー…………お前さん、19階層に出てくるマミーのレアドロップの話を知ってる?」
まさか…………
「知ってるも何も今日の私達の目的はそれよ。本を集めるの」
「そっかー…………実はアンジュに本を取ってきてって頼まれたんだよ。数はいらないからたくさんの種類が欲しいんだってさ」
アンジュもお金儲けする気か?
いや、もし、そうだったら数はいらないはおかしい。
「…………多分、サクラさんに貢ぎたいのでしょう」
私がアンジュの思惑を考えていると、サマンサが耳打ちしてきた。
なるほどね。
サクラちゃんはまだ探索者になったばかりだし、魔法は使えないだろう。
確かにそう考えると、魔導書を一番有効的に使えるのはサクラちゃんだ。
アンジュはサクラちゃんを強くしたいのだろうな。
まあ、そうやってサクラちゃんの評価を上げたいのが本音だろうけど。
「あんた、そんな頼みをよく受けたわね」
暇人か?
「まあ、娘みたいなもんだしなー。それにあの子の頼みって断りにくいんだよ。ちょっとでも後ろ向きな答えを言おうとすると、ものすごいショックを受けたような顔をするし、受けたら受けたで、すぐに主とやらに祈りだすし」
メンヘラってんなー。
「あんたに良いことを教えてあげる。あいつの二つ名は≪清廉≫よ」
もはや≪清廉≫のかけらもないけど。
「パリティもそんなことを言ってたなー。マジでどの辺が? というか、あいつも二つ名持ちのルーキーなの?」
「まあ、あだ名みたいなもんよ。でも、アンジュが自分で取りに行けばいいのに」
サクラちゃんの評価を上げるのにロビンソンを使ったら上がるのはパパの評価じゃないのかな?
「いや、あいつらはまだDランクだし、19階層には行けないんだよ。まあ、普通はランクの問題じゃなくて、実力的にって話なんだがな…………あの姉弟、言動がヤバいんだよなー。ポイズンスライムを雑魚って言ってたし、ドラゴンも倒せそうな感じだった」
そりゃあ伯爵級と大公級の天使だもん。
ポイズンスライムどころかドラゴンだって一撃だろう。
「まあ、強いのは多分事実だから安心してサクラちゃんを任せなさいよ。ダンジョンで死ぬことはまずないし、アンジュが死んでも守るから」
アンジュはサクラちゃんのためなら平気で命を投げ出すだろう。
パリティ?
あいつは笑ってるだけだと思う。
「最近、理解不能なことが増えたなー。お前さんとキミドリちゃんの料理とか…………」
こいつも見たのか……
「あれはフィクションよ」
「そうか? サクラ達と見てたが、とてもフィクションには見えなかったぞ」
チッ!
サクラちゃんはともかく、よりにもよって、あの性悪姉弟も見たのか。
パリティとかがめっちゃ煽ってきそうでムカつく。
「ちゃんと台本があるのよ。ねー?」
私は隣に座っているサマンサに振る。
「…………そうですね」
私が話しかけるといつも笑顔のサマンサが無表情だ。
やっぱり、あのカレーを食べさせようとしたことがマズかったみたいだ。
「あれー、ロビンソンさんじゃないですか? 御一人とは珍しいですね」
私達が話をしていると、キミドリちゃんがわるーい談合から帰ってきた。
「よう、キミドリちゃん。今日はちょっと頼まれごとなんだ」
ロビンソンはキミドリちゃんに気付くと、手を挙げる。
「頼まれごと?」
「アンジュからだってさ。目的は私達と一緒」
「は? あのメンヘラ、私の借金返済計画を邪魔する気か?」
キミドリちゃんがメンヘラみたいだよ。
「違う、違う。サクラちゃん用っぽい。サクラちゃんに貢ぐメンヘラだよ。そもそも、あいつにそんな商才はないでしょ」
そんなもんがあったらホームレスになってないだろうし、もっと上手く生きてるだろう。
とにかく、生き方が不器用だわ。
「なるほど。さすがは生き恥を晒してもなお、サクラさんに執着するメンヘラ…………」
キミドリちゃんも言うね……
「そそ。そんでもって、ロビンソンにはこれから19階層に連れていってもらう名誉を与えようと思ってるの」
私達は19階層に行ったことがないので、ワープを使えない。
当初はキミドリちゃんが行ける20階層から逆走しようかと思っていたが、ここに便利な男が現れたので利用するべきだろう。
「なるほど。ハルカさん、賢い。ロビンソンさんにそんな名誉を与えるとは…………高貴ですねー」
「でしょー。高貴だから! 私、高貴だから!」
「いや、連れていくのは良いんだけど、高貴って何?」
知らない。
辞書に聞いて。