第072話 車バカで有名な強欲なキミドリちゃん
今日、ダンジョンに行っていたキミドリちゃんが新情報を持ち帰ったらしい。
「マミーって、19階層に出現するモンスターですっけ?」
チョコケーキを食べていたサマンサが顔を上げ、キミドリちゃんに聞く。
「ですねー。通常のドロップ品が呪いの包帯という絶対にいらない500円のドロップ品です」
友達の私でもいらない。
「よくそんな不人気のモンスターのレアドロップ品が手に入ったわねー」
私が探索者になって、2ヶ月以上が経つが、いまだにレアドロップ品は手に入れたことがない。
私の運が悪いか、それだけレアアイテムをドロップする確率が低いかだろう。
「たまたまらしいですね。ただ、その後、検証したら結構な確率でドロップしたみたいです」
「どんぐらい?」
「体感でですが、10匹に1つの割合っぽいです」
それは結構高いね。
「ふーん。何をドロップすんの? どっちみちロクなもんじゃなさそう…………」
期待は出来そうにないなー。
「いやー、それがよくわからないんですけど、本です」
本?
「漫画? エロ本?」
マミーが持ってるエロ本はいらないなぁ。
この包帯がセクシーって言われてもねー。
「それがわかんないんです。実際、ギルド職員に実物を見せてもらいましたけど、全然読めない文字が書いてありましたね。調査中らしいですけど、今のところの買取価格は1万円です。多分、コレクターが買うと思うので」
1万かー。
まあ、高いんだろうけど、1割の確率だし、残り9割は500円である。
割に合わないな。
「いらねー……文字が読めないってどんな感じ?」
難しい漢字でも書いてあるの?
「何て言うんでしょうか? どの言語にも当てはまらないっぽいんですよね。ただ、その文字を指でなぞると文字が光ります」
ん?
「それ、魔導書じゃない?」
「はい?」
キミドリちゃんはよくわかってなさそうだ。
「サマンサ、どう思う?」
私は魔法に詳しいサマンサに話を振る。
「魔導書でしょうね。ドロップ品ですし、ただの観賞用の本じゃないでしょう。それに文字をなぞると光るのは魔導書で間違いないと思います」
サマンサも私と同意見のようだ。
「いや、魔導書ってなんですか?」
魔導書を知らないキミドリちゃんが聞いてくる。
「アトレイアは魔法が盛んなことは説明したよね?」
「聞きました。科学よりも魔法が発展したファンタジー世界ですよね?」
「まあ、そんな感じ。で、魔法が発達していて、才能のある人は魔法を覚えるんだけど、それの補助道具が魔導書なの。簡単に言えば、それを読むだけで魔法を覚えられる」
「はい? めっちゃすごいじゃないですか!」
まあ、すごいと言えばすごい。
「でも、初級魔法だけだよ。ヒールとかファイアーボールとかそんなの。才能がある人だったらすぐに覚えるし、ホント、時短のための補助アイテムだよ。赤ちゃんが歩くために使う歩行器みたいなもん」
魔法は学べば、魔力さえある人だったらすぐに覚える。
金持ちがさっさと次のステップに行くための本であり、そんなに需要があるものじゃない。
「へー。それって、私でも使えるんですか?」
「魔力があれば、誰でも使えるよ。使い方はすべての文字を指でなぞればいい。そうすれば、本は消えて、頭の中にその魔法が浮かぶらしいよ」
私は使ったことがないから詳しくは知らない。
「ですねー。私は使ったことがありますけど、不思議な感覚です。その本に書いてある魔法の使い方が頭に刻まれる感じですよ」
サマンサは使ったことがあるらしい。
まあ、魔法学校に通っていた王族なら使ってるか。
「魔力があれば誰でも使える…………ドロップ率は10%…………今は1万円…………」
キミドリちゃんが深く考えている。
何を考えているか大体の想像はつくなー。
「まあ、魔法が身近じゃないこの世界だったら高く売れると思うぞ」
ウィズが強欲なキミドリちゃんに助言する。
「ふっふっふ! 私の借金返済の道筋が見えた!!」
キミドリちゃんがかっこつけながら立ち上がった。
「地道に返すんじゃなかったっけ?」
「地道? 私は常にアクセルべた踏みなんですよ!」
それで事故って、ギルマスをクビになったことを忘れちゃったのかな?
「いくらぐらいになるかなー」
10万くらいはいくかな?
「おそらくですが、高いのは最初だけです。時間が経てば経つほど、流通するでしょうし、皆もたかが低級魔法と気付きます。その前に集めて、一気に売りさばくんですよ!」
こういうことをやらせると、キミドリちゃんの右に出る者はいないなー。
ホンマ、強欲な子ですわ……
「売れるかなー」
「売れます! 絶対に売れます! ソースは私!!」
そういえば、キミドリちゃんは強いけど、魔法が不得手で魔法を使いたがっていた。
もしかしたらそういう人は多いのかもしれない。
「じゃあ、ちょっと集めてみる? 何の魔導書をドロップするかは知らないけど、キミドリちゃんが使ってもいいし」
キミドリちゃんの実力的に魔導書で覚えられる程度の魔法が必要かどうかは微妙だが、本人が魔法を覚えたいなら使ってもいいだろう。
「そうしましょう! 御二人もいいですね!?」
キミドリちゃんはウィズとサマンサにも確認する。
断られることを微塵も考えてなさそうだ。
「まあ、妾はよいぞ。最近は涼しくなってきたし」
ウィズは本当に夏の間は家から出ることが少なかったな……
そんなにエアコンが好き?
「………………じゃあ、付き合います」
サマンサは嫌そうである。
でも、キミドリちゃんに絡まれるのが嫌で渋々、頷いた感じだ。
「よーし! 皆さんも行きたいっぽいですので、明日、行ってみましょー。では、かんぱーい!」
キミドリちゃんはそう言って、上機嫌に缶ビールを掲げる。
「「「かんぱーい…………」」」
乾杯も何も5缶以上はすでに飲んでるけどね。
◆◇◆
暑い夏は過ぎ去り、朝晩が少しひんやりし始めた9月中頃…………
私は朝の寒さを隣で寝ているサマンサと人肌でしのいでいる。
むにゃむにゃ…………
「起きてくださーい! 朝ですよー!!」
大きな声が耳に届くと同時に私とサマンサの上にかかっている毛布がなくなった。
「さみっ……!」
「…………チッ」
私とサマンサは急な寒さとうるささに不機嫌になる。
というか、サマンサが舌打ちしたよ……
「今日は朝からダンジョンに行くって言ったじゃないですかー」
キミドリちゃんがしゃがんで私とサマンサを激しく揺らしてきた。
「わかったから。毛布を返して。寒い……」
小さい子が寝てるんだよ?
「素っ裸で寝てるからでは? 起きてくださいよー」
「わかったから…………」
私は渋々、起き上がり、床に散らばっている服を着だす。
「ほら、サマンサも起きて。キミドリちゃんがうざいから」
私は服を着ながらベッドで丸まっているサマンサに声をかける。
「魔法なんかどうでもいいです。たかが低級魔法なのに…………」
サマンサはぶつくさと文句を言いながらも起き上がり、服を着だした。
「魔法が得意なサマンサさんには持たざる者の苦しみがわからないんですよ! 私はそういった方々に魔法を配るサンタクロースになるんです!」
なーにがサンタクロースよ。
お金を取るんでしょ?
「持たざる者って…………キミドリさんが言うと嫌味にしか聞こえませんね。外では言わない方がいいですよ。大抵の女性を敵に回すと思います」
まあ、キミドリちゃんはきれいだし、スタイルもいいからね。
中身はアレだけど。
「えー? そうですかぁ?」
キミドリちゃんはちょっと嬉しそうだ。
単純な人…………
「はぁ、めんど……ウィズ、起きな…………って、あれ?」
ベッドにウィズがいない。
「ウィズさんならそこにいますよ」
キミドリちゃんが指を差したので、指につられてそっちを見ると、パソコンの前に座っているウィズがいた。
しかも、昨日の夜、私とサマンサが寝た時と同じ体勢だ。
この猫、まさか…………
「ウィズ…………あんた、いつからそこにいたの?」
「昨日から…………」
この猫、徹夜してるし……
「え!? 徹夜!? 今日は朝からダンジョンに行くって言ったじゃないですかー!」
ウィズが寝ていないことに気付いたキミドリちゃんがウィズの所に行き、抗議した。
「すまん……つい」
「えー……ウィズさん、ひどーい!」
「いや、まあ、妾は別に寝なくても問題ないから普通に行くぞ。うん、大丈夫!」
ホントか?
すげー眠そうに見えるんだけど…………
「まあいいじゃん。それよか、さっさとご飯食べて行こうよ」
「そうしますか。早く借金を返して、新しい子をお迎えするんで…………」
まだ買うの!?
どんだけハーレムを築くつもりなんだろう……