閑話 とある動画集(その2)
ハルカのおまけドジ動画を見終わった後、サクラが新しい動画を見つけた。
「ほら、これ。これもハルカさんの動画じゃない?」
サクラが言うように確かにあいつの『吸血鬼ちゃんねる』だ。
「あ、ホントだ」
「本当? 僕はそれは知らないなー」
「投稿日は1週間前か…………まあ、見てみるか」
俺はせっかくなので、3本目の動画を見ることにした。
『ポンコツキミドリちゃんのお料理ちゃんねるー』
えー……
そっちかー……
『さあ、始まりました、今回は高貴なる吸血鬼ちゃんねるの番外編です。相手もいないし、結婚する予定も皆無なポンコツキミドリさんがお料理に挑戦したいということで、その様子を配信しまーす』
キミドリちゃん、何してんだよ……
というか、このナレーション辛口だな。
『さあ、ハルカさん、やりますよ!』
『ホントにやるんだ…………失敗が確約されているのに何でやんのよ』
動画では、どこぞの高そうなキッチンにいるキミドリちゃんとハルカが映っている。
なお、2人共、ドレスや袴姿ではなく、私服だ。
別にいいけど、エプロンくらいすればいいのに…………
「キミドリさんって、料理できないのかな?」
パリティがサクラに聞く。
「うーん、昔から知ってる人だけど、出来るイメージがないね……」
俺も昔から知ってるけど、イメージはない。
「まあ、キミドリさんは出来ねーだろ」
アンジュも同意見らしい。
俺達は頷きあいながら動画を見続ける。
『で? キミドリちゃんは何を作るの?』
どうでもいいけど、いつもの高貴なバカキャラはどうした?
ハルカのヤツ、完全に素なんだけど…………
『その前にハルカさんの腕前を見せてもらいましょう。料理が出来るって豪語してましたよね?』
そうなのか?
キミドリちゃんより出来るイメージがないんだけど。
『言ってないよね!? 出来ないって言ったよね!?』
『卵焼き作れるって言ったじゃないですかー』
『あんなもんは焼くだけじゃん』
『おー! 皆さん、聞きましたか? 上級者の発言です!』
『うっぜー…………キミドリちゃんって、たまにうざくなるよね』
君ら、仲良さそうだね。
『では、ハルカさんの卵焼きを見てみましょう。ささ、どうぞ』
ハルカは不満たっぷりだったが、言われた通り作るらしく、冷蔵庫を開けた。
そして、卵を3つ手に持ち、冷蔵庫を閉める。
俺はその光景を見て、危ないなーと思った。
『あ』
ハルカの小さな手には卵3つは大きかったのだ。
ハルカは早速ドジって、卵を床に落としてしまった。
『何してんですか…………そういうあざといのはいらないですって』
キミドリちゃんが呆れている。
『うっさいわね。サービスよ、サービス! ドジっ子アピールよ』
嘘だな。
その証拠に顔が赤くなっている。
「嘘だ」
「絶対に嘘だ」
「わざとなわけがない」
皆、同意見のようだ。
『この卵はあとでスタッフが美味しく食べましたー』
ドジなハルカは雑巾で床を拭きながらアホなことを言っている。
いや、誰が雑巾で拭いた生卵を食うんだよ……
『ハルカさん、そういうのは良くないです。小っちゃい子が見たら落ちたものを食べていいって勘違いしますよ』
『なるほど…………キミドリちゃん、賢い! この卵は捨てまーす』
こいつらバカだわ。
『じゃあ、気を取り直して続けるわよ。まずは卵を割ります』
『あ、ハルカさん。あれやってくださいよ。片手で割るやつ』
キミドリちゃんが余計なことを言う。
『えー……やったことないし、無理だよー。私、実はあんま器用じゃないし』
クソ不器用だろ。
「実はじゃねーよ」
「ハルカさんに器用なイメージないよね」
「失敗するに1万円」
パリティ…………賭けになんねーよ。
『ものは試しです。どうぞ!』
キミドリちゃんが促すと、ハルカは片手で卵を持った。
『うん…………えいっ…………………………この卵は捨てまーす』
でしょうね。
『へたっぴー……』
『キミドリちゃんさー、邪魔しないでよ』
ハルカが手を洗いながらキミドリちゃんに文句を言う。
『すみません。では、続きをどうぞ』
キミドリちゃんに促されたハルカは卵を割っていくと、ボールに入れていった。
そして、卵を入れ終えると、菜箸を持ち、拙い手つきでかき混ぜていく。
『あのー、味付けは?』
『味? 卵焼きに味付けするの?』
『いや、つけませんかね?』
『うーん、どうだったかなー。何味が良いの?』
『卵焼きって甘くないですか? 砂糖ですよ』
『砂糖? どんくらい?』
雲行きが怪しくなってきた……
『いっぱい入れればいいんじゃないですかね? サマンサさん、甘いものが好きですし』
『なるほど』
『えー…………それ、私が食べるんですかー? 嫌だなぁ…………』
動画に映っていないナレーションの声の人が心底嫌そうな声をあげる。
というか、2人の目線から見て、カメラマンか…………
ハルカは砂糖を取り出すと、卵にじゃんじゃん砂糖を入れていく。
『入れすぎのような気がするなー』
間違いなく入れすぎだ。
料理をしない俺でもわかる。
『そうですか? もっと入れたほうがいいですよ』
キミドリちゃんは何を言っているんだろう?
『かなー? じゃあ、もっと入れるか…………』
『えー……』
ハルカが砂糖をどんどん入れると、またもや嫌そうな声が聞こえてきた。
『こんなものかなー。じゃあ、焼いていくねー』
ハルカはそう言うと、フライパンを温め始め、フライパンにかきまぜた卵を入れていく。
『あのー、私もよくわからないんですけど、油を先に入れるんじゃないですかね?』
キミドリちゃんがそう指摘すると、ハルカはハッとした表情になる。
そして、慌ててフライパンに油を入れるが、すでに遅い。
『うーん、まあいっかー』
いいんだ……
ハルカはそのままぐちゃぐちゃとフライパンの中の卵をかき混ぜていく。
卵焼き?
『あのー、私の知っている卵焼きじゃないんですけど…………』
『一緒よ一緒。卵を焼いているんだから卵焼き』
『ですかー…………』
ハルカはそのまま卵を混ぜながら焼くと、皿に移した。
『はい、完成』
ハルカはドヤ顔だ。
『私、これをスクランブルエッグって習った気がします』
『一緒だってば。問題なのは味! 味が良ければいいんだよ!』
『ですか…………味見は?』
『どれどれ』
ハルカは自分が作った卵焼き(スクランブルエッグ)を口に入れる。
『ペッ!!』
しかし、ハルカは口に卵焼きを入れた瞬間にシンクに吐き出した。
『サマンサー』
眉をひそめていたハルカは急に笑顔になり、カメラの方を向く。
直後、カメラが反転し、ドタドタという音が聞こえた。
『こらー! サマンサ、どこに行くのよ!!』
『嫌でーす。お腹いっぱいでーす』
どうやらサマンサはカメラを放り投げ、逃亡したようだ。
『こらー!! 開けなさーい!!』
ドンドンと扉を叩く音が聞こえている。
自室に逃げ込んだな…………
しばらくすると、音が止んだ。
『カメラマンがいなくなりましたねー』
『やっぱ入れ過ぎだったじゃない。カメラはそこに固定しましょう』
『ですねー』
カメラはどっかに置かれたようで、再びキッチンを映しだした。
『はい、失敗しました。ハルカさんはこの程度でしたね』
『ほぼ、あんたのせいだけどね』
『次は私の番です!!』
『まだやんのかい……で、何を作るの?』
『カレーです』
『まあ、カレーならルーと具を混ぜるだけだし…………』
失敗するだろうなー。
『では、いきます。ハルカさんは見ててください』
『勝手にしなさい』
ハルカはそう言うと、冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。
そして、ブルタブを開け、ごくごくと飲みだす。
24歳だからいいんだろうが、ものすごい違和感がある映像だ。
『いや、ハルカさん、私が頑張っている横で何を飲んでるんですか?』
『ビール。暇だし』
『いやいや、良い子が見てるんですよ。そんなロッリロリなくせにビールなんか飲んじゃダメです』
それ以前に動画配信で酒を飲むなよ。
『こんな動画、誰も見てねーよ! っていうか、あんたが飲みたいだけでしょ。飲めばいいじゃん』
『それもそうですね』
キミドリちゃんはすぐに手のひらを返し、冷蔵庫からビールを取り出した。
『かんぱーい』
『いえーい。ちびっ子たちー、平日の昼間から飲むビールは美味しいですよー』
キミドリちゃんって、ホント、ダメ人間なんだなー。
「こいつら、ひどくない?」
パリティが呆れている。
「好き勝手し始めたね…………」
サクラも呆れている。
「こいつら、よくもまあ、私のことをクズとか言えたな」
あ、やっぱりこの子もクズなんだ……
動画は2人が缶ビールをじゃんじゃん飲みながら進んでいった。
キミドリちゃんは野菜をおおざっぱに切っているのだが、皮を剥いていない。
キミドリちゃんは明らかに分量外の水を入れて煮込んでいる。
カレーのルーを丸ごと鍋に入れ、かき混ぜもせずにそのまま放置している。
そして…………
『あとちょっとですねー』
『ねえ? 水っぽくすぎない? あと、野菜が大きくない?』
『こんなもんですよー。さて、ここからは隠し味のコーナーでーす!』
『いえーい!』
ああ…………こいつら、酔ってる。
『何を入れるもんですかね?』
『チョコレート?』
『それだ! ロリのくせに冴えてやがる……おーっと、ここにちょうどサマンサさんが好きなチョコクッキーがあります』
チョコじゃねーじゃん。
それほぼクッキーだろ。
『入れるの? それ、サマンサのだよ?』
『いや、このカレーを食べてもらうんですから同じ事ですよ』
『それもそっかー……』
納得すんなよ。
かわいそうなサマンサ…………
『他には?』
『うーん、大抵のものはいけるんじゃない? カレーだし』
『じゃあ、コーヒーでも入れますか』
『聞いたことある! 私、知ってる!!』
バカは知ってるだけで嬉しそうな笑顔になった。
そういうところが本当にバカだ。
『いっきまーす』
『いったれ、キミドリちゃん!』
キミドリちゃんはインスタントコーヒーの瓶をわしづかみで掴んでいる。
「おい、まさか…………」
俺は思わず声が出た。
『いえーい!』
キミドリちゃんは瓶に入っている粉をまるごと鍋にぶち込んだ。
『きゃー、キミドリちゃん、すてきー!』
その光景を見たハルカは嬉しそうに悲鳴をあげた。
「こいつら、楽しそうだなー」
「完全に出来上がってるね。飲みすぎ」
「隠し味の意味わかってないね」
『他には?』
まーだ入れるのか…………
『ワインを入れるんじゃないっけ? 知ってる! 私、知ってる!!』
わかったから…………
知ってて、偉いね……
『ワイン? ウィズさんに怒られません?』
『うーん、じゃあ、これでいっかー』
ハルカはそう言うと、手に持っているビールを注いでいく。
『ハルカさんって、実は天才だったんですね!』
キミドリちゃんも手に持っているハイボールを鍋に注いでいく。
『こんなもんかなー?』
『ですね! 完成でしょう』
何を完成させたんでしょう?
『じゃあ、せーの…………かんせー』
『いえーい』
揃えないんかい!
「むちゃくちゃだねー」
「絶対に食べたくないねー」
「遊び過ぎだねー」
『じゃあ、実食ー! サマンサー!!』
やめてやれよ…………
『サマンサさんはお腹が痛いそうです』
『そうなの?』
『今、念話が届きました』
念話?
念話って何?
『じゃあ、仕方がない。2人で食べよっか!』
『ですねー…………あのー、ご飯は?』
『ん? 炊いてないの?』
『そもそも、この家には炊飯器がないです』
『え? キミドリちゃんって、バカ?』
『この世であなただけには言われたくないです!』
どっちもバカだよ…………
『うーん、あ、食パンがある。それで食べよ』
『そうしますか…………』
2人はパンを取り出すと、皿にカレーを装い、席に着いた。
『…………キミドリちゃん』
『…………何です?』
2人は皿に装ったカレーを見下ろしている。
『臭くない?』
『臭いです』
そらな。
『まずそうじゃね?』
『人の食べ物に見えませんね』
そらな。
『やっぱりアンジュを呼べばよかったね』
『ですねー』
2人は頷きあっている。
「何でだよ!? 私を何だと思ってんだよ!!」
動画を見ていたご指名のアンジュが怒る。
『いきますか…………』
『まあ、せっかく作りましたしね…………』
2人はパンをちぎり、カレーにつける。
そして、それを口に持っていき、食べた。
ガタッ!
ガタッガタッ!
直後、2人はものすごいスピードで席を立ち、シンクに向かった。
『『おえー』』
動画そこで真っ暗になり、文字が現れた。
『この度は大変不快な動画を生配信で流してしまい、申し訳ありません。食べ物を粗末にし、バカな2人がこのようなことをしでかしたのは許されることではありません。以後、この2人は料理をすることは二度とないです。この度は大変申し訳ありませんでした』
「これ、生配信のアーカイブだったのか…………」
マジかよ…………
「あいつらってさー、脳みそが小学生で止まってない?」
「うーん、否定できない!」
「私は危うく、あの現場で殺されるところだったのか…………」
そら、こんな動画を流せば有名になるわな…………
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『こいつら頭おかしい』
『まず食べ物を粗末にするな』
『酒飲むなw』
『サマンサちゃんがかわいそう』
『こいつら素でクズだな』
『どのへんが高貴なんだろう?』
『というか、高貴なハルカちゃん、普通にしゃべってたし』
『バカとバカのコラボやんw』
『この動画はカットされてるけど生の時はもっとヤバかったからなー』
『スパチャ次第でキミドリちゃんが脱ぐよって言ってケンカを始めてたねw』
『動画では大幅カットされてるけど、こいつら20缶以上飲んでるからな』
『野菜の皮を剥かなかったのは最悪いい。問題はジャガイモの芽を取らなかったこと』
『↑それ以前だろ』
『二度と料理すんな』
『あのロリ、酒飲んでたけど、何歳だよ。大丈夫か?』
『カレーに自分の血を入れようとしたサイコロリ』
『それを見ていいねーって言っていたサイコキミドリちゃん』
『北千住のサイココンビと呼ぼう』
ここまでが第3章となります。
これまでブックマークや評価をして頂き、ありがとうございます。
大変に励みになっております。
引き続き、明日から第4章を投稿していきますので、よろしくお願いいたします。
また、昨日、遅れて追記しましたが、本日より『評判最悪男、魔女になる』のおまけも投稿しております。
計9話を5/1(日)まで、本作と同じ時間に毎日投稿の予定です。
本作と共によろしくお願いいたします。