閑話 とある動画集(その1)
『高貴なる吸血鬼ちゃんねるー』
何だ、これ?
『さあ、始まりました、高貴なる吸血鬼ちゃんねる。この動画は究極、そして、偉大なる吸血鬼であるハルカ・エターナル・ゼロ様の活躍を配信していく動画です』
俺の目にはキャッチーな文字で書かれた『高貴なる吸血鬼ちゃんねるー』という文字が見えている。
そして、動画の説明をしている声はどこかで聞いたことのある声だ。
「んー? お父さん、何を見てるの? アンジュもいるんだからえっちなのは止めてよ」
2階から飲み物を取りに降りてきたサクラがひどいことを言ってきた。
俺は今、家のリビングにあるテーブルに座り、ノートパソコンで動画を見始めている。
今日は休みのため、この前、旧知のムッキーさんに一度は見るべきと言われた動画を見ようと思ったのだ。
「ちげーよ。ムッキーさんに勧められた探索者の動画だよ。というか、ハルカだな…………あのガキんちょ、動画配信してんのか…………」
そういえば、以前、あいつのパソコンとカメラを選んでやったな。
これ用だったのか……
ってか、よく考えれば、さっきの声はその時に紹介されたいつもハルカの後ろにいる子供の声だわ。
あのサマンサとかいう子供はほとんどしゃべらないから気づかなかった。
「え? ハルカさん? 私も見たい! お父さん、ちょっと待ってて」
俺は娘にそう言われたので、動画を一度ストップする。
サクラはドタドタと音を立てて、2階に上がっていった。
そして、すぐに複数の足音を立てて、降りてきた。
「サクラさん、私、≪少女喰らい≫の動画なんかどうでもいいんですけど。それより一緒に映画でも見に行きませんか?」
最近、家に住みついたでっかい娘が文句を言いつつ、降りてきた。
この子は最近、何かが変わった気がする。
以前はオドオドしており、目すら合わせなかったのに、最近はよくしゃべるようになった。
でも、たまーに口が悪くなるというか、人格が変わっている気がする。
「お姉ちゃんさー、そういうところだよ? 自分が立てたプランを押し通すんじゃなくて、相手の意見をちゃんと聞きなよ。というか、お姉ちゃん、映画なんか興味ないでしょ。デートをしたことがない男子中学生みたいな発想だよ」
今度は見た目が小学生の男の子が降りてきた。
話を聞くと、アンジュの弟らしい。
しかも、こんな見た目で成人済みらしい。
ホントか?
「うるさい! てめーは黙ってろ。ってか、自分の巣に帰れ!」
この子は誰かな?
さっき、嬉しそうな笑顔でウチの娘を映画に誘っていた人とは別人のような気がするんですけど。
「アンジュ! ダメだよ! パリティ君が可哀想じゃん!」
娘がアンジュを窘める。
「う、うん。ごめんね? 怒った? 怒ってないですよね?」
アンジュが急にしおらしくなり、媚びた目でサクラを見た。
ペットの犬みたいだな……
「やーい、やーい、怒られてやんの」
「クソガキが…………!」
うーん、この3人は大丈夫かねー。
「もう仲良くしてよー。はい、動画見るよ」
サクラが両手をパンッと叩いて、仕切ると、アンジュとパリティの姉弟は大人しく、席に座った。
「というか、僕はこの動画を見たことあるんだけどねー」
「そうなの?」
「まあ、ネタバレは良くないから言わないけど、一度は見たほうがいい動画だね。特に北千住で活動してて、あの厨二ロリを知っているのならねー」
厨二ロリか…………言い得て妙だな。
まあ、ロリって言っても、確か、キミドリちゃんと同い年の24歳だったはずだ。
全然、見えねーけどなー。
どう見ても、アニメにハマった中学生、下手をすれば小学生だ。
「うーん、気になる。お父さん、再生して」
俺は娘に言われたので動画を再生した。
動画が始まると、画面の中には見覚えがすごくある金髪ロリがいつものドレス姿で映っている。
そして、そんなハルカを後ろから撮っているため、ハルカのざっくりと空いた背中が見えている。
というか、このカメラアングル、なんかエロくないか?
さっきからたまに背中やお尻にズームアップする。
「はしたない格好だなー。さすがは変態種族だわ」
「別にあれくらい普通でしょ。お姉ちゃんは肌を出さなさすぎ。ダサいし、やぼったいし、暑くないの?」
「うるさい。私はこのエセとは違って本当に高貴なんだよ。パパは貴族だったんだぞ!」
「ホームレスのくせに…………」
アンジュって貴族なの?
そうしたら弟のパリティもじゃないの?
というか、貴族って何?
こいつら、外人っぽい名前だけど、本当に外人なの?
俺は色んな疑問が脳裏に浮かんでいるが、俺の勘が深くは聞くなと告げている。
この勘は非常に大事だ。
昔からこの勘に従っておけば、大抵のピンチはすり抜けることが出来た。
もしかしたら俺のユニークスキルかもしれん。
『愚かなる下等生物どもよ…………我に逆らったことを懺悔し、後悔するがいい…………エターナルフォースブリザード!!』
動画内の金髪ロリが厨二っぽい詠唱を唱えると、氷魔法が放たれた。
エフェクトがかかっており、よく見えないが、尋常じゃない威力なのはわかる。
はっきり言って異常だ。
魔法がロクに使えない俺だって、何年も探索者をやってきているのだから、これくらいはわかる。
人間が出せる火力じゃない。
人間じゃない…………吸血鬼ちゃんねる…………
俺の勘がやべーから深く考えるなって言ってるよ…………
「ハルカさん、すごいねー」
娘のサクラは無邪気に称賛している。
「さすがは≪少女喰らい≫だけど、ポイズンスライム程度の雑魚にあれほどの出力いるか? すげー無駄じゃね?」
「だねー。あんなのはドラゴンでも氷漬けだよ。詠唱も意味のないやつだね。かっこつけてるだけ。まあ、そういうのが好きなんでしょ。ハルカお姉さん、バカだし」
この姉弟もヤバくない?
ポイズンスライムって、雑魚じゃないよ?
少なくとも、Cランク以上はないと死んじゃう危ないモンスターだよ?
ハルカもだけど、君ら、ルーキーだよね?
その後も動画を見続けるが、何匹のポイズンスライムを同じように強力な魔法で倒すと、動画は終わった。
確かにすげーわ。
一度、キャタピラーを一緒に狩った時にあいつの魔法は見てるが、その時よりも桁違いの威力だ。
こいつはバケモノだな。
ムッキーさんが一度は見るべきって言っていた意味がわかった。
「すげーなー。ハルカのヤツ、キミドリちゃんに寄生してるって噂もあったが、これはやべーわ」
キミドリちゃんと同程度か…………いや、キミドリちゃんよりも上だろう。
「すごかったねー」
サクラは嬉しそうに笑っている。
サクラは俺が探索者をやっていることも影響してか、子供の頃から探索者が好きだったのだ。
まさか、当人も探索者になるとは思ってなかったけど…………
「いや、まだ終わってないよ。というか、この動画もそこそこ人気だけど、本番はこっちのおまけ動画だよ」
パリティはそう言って、画面の隣に出ている関連動画を指差す。
なお、動画の下にあるコメントには、年頃の娘たちに見せるにはなかなかきついコメントが書いてあった。
俺はそのコメントを隠すようにおまけ動画をクリックした。
『高貴なる吸血鬼ちゃんねるー。おまけでーす』
ん?
『さあ、始まりました、高貴なる吸血鬼ちゃんねるのおまけ動画。この動画は究極、そして、偉大なる吸血鬼であるハルカ・エターナル・ゼロ様のNG集です』
「この声は≪狂恋≫か…………」
「カメラマンもでしょ。ハルカお姉さんをあんな視線で撮るのはあのイカれた≪狂恋≫しかいないし」
似てない姉弟が動画の声を聞いて、声の主を当てている。
やっぱりあのサマンサって子もイカれてんのか…………
最初に紹介されていた時も実技試験の時も変な子だなとは思っていた。
電気屋でハルカに紹介された時、サマンサはハルカと話している時はあんなに笑顔だったのに、実技試験の時は誰かに話しかけられても無表情のままで無視し、一言も言葉を発しなかった。
髪が伸びる人形みてーだなと思ったことを覚えている。
『ハルカさん、天井にポイズンスライムです』
動画が始まると、キミドリちゃんの声が聞こえてきた。
『天井……?』
ハルカはキミドリちゃんの助言を受けて、天井を見上げながら歩いていたが、足が止まった。
ハルカはポイズンスライムを見つけたらしく、天井に手を向けて、狙いをつける。
『我に逆らう愚か者よ……滅せよ! プロミネンス!!』
ハルカはまたも厨二詠唱をすると、火魔法を放った。
エフェクトでよく見れないが、まばゆいまでの炎は一瞬にしてポイズンスライムを焼きつくしたようだ。
ホント、やっべーな…………
俺が冷汗をかいていると、動画内のハルカが急に走り出した。
『あー! 15000円がー!!』
どうやら天井に現れたドロップ品が地面に落ちそうになっているようだ。
ハルカはそれをキャッチしようと、走りだしたのだ。
『あっ!』
しかし、ハルカはあと少しというところで足をくじいた。
どうやらヒールを履いていたので、上手く走れなかったようだ。
ハルカはそのまま無様にバランスを崩し、前のめりに転倒してしまった。
コツン。
直後、落下していた小瓶がハルカの頭に当たった。
『ぷっ、く、笑うな……! 私、笑うな…………運動音痴のハルカさんは頑張ったんだ…………! くっ、ぷぷ』
キミドリちゃんの無情の笑い声が聞こえてきた。
哀れだ。
「ハルカさん、痛そう……」
「ホント、ドジだねー」
「足おせー…………ってか、飛べよ」
子供たちは三者三様なリアクションだが、3人共、笑っている。
多分、俺も笑っていると思う。
それだけ面白い。
いつも偉そうにしている厨二ロリが無様にドジっている姿はとても面白い。
ハルカはゆっくりと立ち上がると、腕で目をぬぐった。
「次に行くわよ。ついてきなさい!」
ハルカは気丈に振舞っているが、キミドリちゃんの笑いを堪えている声がよりコミカルさを際立っている。
『キミドリちゃん、ハンカチ持ってない…………?』
ハルカの涙声でこの動画は終わった…………
「だっせー! 王級のくせにだっせー! 雑魚で有名な≪少女喰らい≫、だっせー!」
アンジュは上機嫌に笑っている。
「アンジュー。笑ったらダメだよー。ぷぷ」
パリティはまったく窘める気がないようで笑っている。
「ハルカさん、かわいそう…………」
サクラはそう言っているが、笑顔のままだ。
俺はコメントを見てみようと思い、スクロールした。
『だっせーw』
『こけんなw』
『頭に小瓶が落ちたのが秀逸でした。狙ってできることではありませんw』
『ロリっ娘かわいそう』
『最後泣いてた?』
『あ、ドジで有名な沢口先輩だ』
『いっつも偉そうにしてるのにドジっ子だったかー』
『あ、ギルドでよく携帯を落としたり、受付に財布を忘れていく人だ』
『あ、ギルドで順番を間違えて、真っ赤になってトイレに逃げた人だ』
ひっでー……
というか、あいつ、大丈夫か?
ドジすぎね?
「この動画はいつだったか話題になって、軽くバズったね」
パリティがうんうんと笑いながら頷いている。
「今度、からかってやろ」
「アンジュ、やめときなよ。本当に殺されるよ? ドジでバカなくせにプライドは高いんだから」
「あんなバカなのにいっちょまえにプライドあんの? マジクソウケるし」
この姉弟、薄々感づいてたけど、性格悪いな。
サクラは大丈夫かなー。
「あれ? お父さん、動画がまだあるよ」
サクラが関連動画を指差した。
まーだ、あんのか……