第070話 パリティの目的
ぐずぐずと泣き、主とやらに祈りを続けていたアンジュはサクラちゃんとパリティと共に5階層に向かっていった。
私達の依頼的には指導をしないといけないのだが、もういいそうだ。
アンジュ達はこれから5階層でキャタピラーを狩りつつ、サクラちゃんに色々と説明するらしい。
「何だったんですかね?」
キミドリちゃんが誰もが思っていることを聞く。
「ただのメンヘラじゃない? ああいうのには関わったらダメ」
「…………ですねー」
キミドリちゃんはチラッとサマンサを見た後に同意した。
「私をあんなのと一緒にしないでもらえます?」
サマンサがムッとして、キミドリちゃんを睨む。
「いやー、白昼堂々とキスして、『ピー』しながら吸血してた人も大概ですよ」
「私は友人なんか不要です…………はるるん様がいればいいのです」
サマンサが薄く笑う。
すると、徐々に魔力が上昇し始めた。
『キミドリちゃん、これ以上はやめて! サマンサの≪狂恋≫が発動するから!』
『怖いロリだなー』
キミドリちゃんは呆れているようだ。
でも、良い人の皮をかぶったクズはキミドリちゃんも一緒じゃん。
「ハルカさんがいて、よかったですね」
「です」
サマンサが小さく頷くと、徐々に魔力が落ち着き始めた。
「どうします? 帰ります?」
キミドリちゃんが聞いてくる。
「うん。依頼料を貰って帰ろ。あー、ベリアルにも報告しないとなー」
「ですねー。ついでにお礼を言うんですよー」
「だねー…………」
ベリアルは上手くやったんだろうか?
私は少し心配だったが、ベリアルを信じることにした。
そして、ギルドに戻ると、キミドリちゃんが依頼完了の報告をし、依頼料である一人当たり100万円の残っている60万円を受け取ると、家に帰った。
その日は宣言通り“ハルカさん捕まらなかった記念”パーティーを行い、いっぱいお酒を飲み、いっぱい血を飲まれた。
私が2人の吸血鬼に血を吸われ、干からび寸前な頃になると、ベリアルから電話がかかってきた。
ベリアルの話では警察の方は上手く対処をしたらしい。
よくわからないけど、権力やらなんやらを使ったんだと思う。
私の方もアンジュやパリティのこと、そして、ゾロネが死んだことを報告した。
「とりあえずは理解した。しかし、あのアンジュがアズラーとはな…………魔力が思ったより高かったから怪しいとは思っていたが、予想以上の大物だったのか」
「あんた、アンジュを怪しんでたの?」
意外だ。
アンジュなんて雑魚なのに。
「証言と魔力が一致していなかったからな。アンジュは戦ったことがないと言っていたが、それなのに男爵級を名乗り、魔力もそこそこあった。どう考えても怪しい。どんな才能があろうとロクに魔力吸収をしていない天使が階級持ちになることは出来ん。君ら吸血鬼と違って、魔族も天使も相手を殺すことでしか魔力吸収は出来んからな」
なるほど。
確かに言われてみればおかしい。
私やサマンサ、ついでにキミドリちゃんは相手を殺さなくても血を吸えば強くなれる。
戦闘経験のないサマンサが公爵級なのは私の血を吸いまくっているからだ。
だが、天使にそんな能力はない。
「まあ、どちらにせよ、雑魚だったわよ。アンジュだし」
しかも、魔法を使うのを躊躇してた。
「うーん、雑魚ではないと思うが、君は王級だからなー…………まあいい。同じ探索者だし、一応、気にかけてやってくれ」
「えー…………サクラちゃんはともかく、あいつらとこれ以上は関わり合いたくないんだけど」
性悪姉弟だし。
「気持ちはすごくわかる。だが、放っておくわけにもいかんだろう。たまにでいいから様子を見てくれ」
まあ、ベリアルには捕まるところを救ってもらったし、断りづらいか…………
「わかったー。ホントにたまにだけどねー」
「頼む」
ベリアルはそう言って、電話を切った。
私は用を終えた携帯をベッドに放り投げると、再び、宴会に加わり、朝になるまで飲み明かした。
◆◇◆
翌日、昼に起きた私はお腹が空いたので冷蔵庫を開けた。
しかし、冷蔵庫にはお酒ばっかりで食べられそうな食べ物はなかった。
なーんもないなー。
買いに行くか…………
私は出かけようと思い、ベッドを見る。
ベッドにはすやすやと眠るウィズとサマンサがおり、誘っても絶対に断られると思った。
キミドリちゃんは昨日の夜に翌日はダンジョンに行くと言っていたし、すでに出かけているだろう。
私は仕方がないなーと思いながらも服を着て、近くのコンビニへと出かける。
コンビニに着くと、適当にお菓子や猫缶、そして、自分が食べたい食材を購入した。
私は色々と買いこんだ袋を持ち、自宅に向けて歩いて帰っている。
そこで、ふと気が付いた。
周囲には誰もいないということに…………
私はそれに気付いた時に一瞬立ち止まったが、またバカにされると思ったので、気付いてたけど、気にしてないんだよ風を装い、そのまま無視して家に向かうことにした。
「いやいや、無理だよー。絶対に気付いてなかったよね? 無駄な抵抗だよー」
うっぜ……
「私は起きたばっかりなの…………」
「あはは。ねぼすけさんだなー」
マジでうっぜ……
「なんか用?」
「ゴメン、ゴメン。ちょっと話そうか……ほら、あそこにいつぞや一緒に座ったベンチがあるよ」
パリティがそう言って、指差した先には以前、パリティと話したベンチがあった。
私は無視したいが、そうすると、こいつはこのまま家までついてきそうだ。
私は無言でベンチまで歩き、座る。
「いやー、急にごめんねー。お姉さんに謝罪とお礼をしたくて」
「ふーん」
殊勝なことで……
「まずは変なことに巻き込んでごめんねー。アンジュのダメさ加減とクズさ加減には呆れたでしょ」
「まあねー。斜め下に行きすぎでしょ」
あんな醜態を晒してもなお、サクラちゃんと上手くやろうとする姿勢だけは褒めてもいい。
「本当はこっちで勝手にやりたかったんだけど、アンジュは絶対に僕を信用しないからねー。お姉さんを巻き込む必要があったんだよ。だから、謝罪」
「もういいわよ。ロビンソンから安くないお金ももらってるし、私は何もしてない」
基本的にロビンソンからの依頼はキミドリちゃんに任せきりだった。
それなのに私やサマンサまで依頼料を貰った。
というか、サマンサはまだアンジュに魔法を教えていたが、私に関しては本当に何もしてない。
「まあ、アンジュを止めてくれたじゃん」
「あいつ、私に勝てると思ってたの? 雑魚のくせに」
「いやー、アンジュは雑魚じゃないよ。まあ、サクラお姉ちゃんを気にして、魔法を使えなかったみたいだけど、戦闘タイプの大公級天使だからね。お姉さんが強すぎなだけ……不死なんかずるいよ。首を刎ねても死なないんでしょ?」
「吸血鬼はそんなもんよ。特に私は真祖だからねー」
実はちょー強いのだ。
「ふーん、全然強そうに見えないし、雑魚で有名なのにねー」
「まあ、戦いが好きじゃないし、ロクに戦い方も知らないからねー。そもそも争いごとにも天使にも魔族にも興味ない」
私は怠惰で淫靡に生きるのだ。
「お姉さんは楽しそうだけど、僕にとってはつまらない生き方だねー」
「そんなもんは人それぞれでしよ。私はあんたらの人を貶めたり、嫌がらせするのがつまらないわ」
「だよねー。相容れないってやつだよ」
天使と相容れる種族っているのかな?
「あんたさー、今回の企みって、全部、あんたの計算通りなの?」
「うーん、まあそうだねー。実はゾロネが透明になる魔法を使ってダンジョンに来たことも気付いてたし、お姉さんがちょうどいいタイミングでアンジュのもとに行くように調整してたねー」
もしかして、あのゲートが壊れてたってやつかな?
誰もいないのに急にブザーが鳴ったのはゾロネが姿を消していたからか……
「そこまでして、アンジュに嫌がらせをしたかったの?」
「ううん。アンジュに本性をさらけ出してほしかったんだ。そして、それを乗り越えて真の友情を掴んでほしかったんだよー」
嘘くせー。
これほど信用のない言葉もないだろう。
「帰っていい?」
「うーん、本当なんだけどなー。まあ、補足すると、アンジュを誰かに依存させたかったんだよ」
依存……
サクラちゃんか?
最初からほぼ依存していたような気もするが、確かに醜態を晒したのに受け入れてくれたんだからさらに依存しそうではある。
「何でそんなことするのよ……」
暇なんか?
「アンジュに死んでほしいからだね」
急に物騒な事を言い出したな、おい!
「意味わかんないんだけど……殺したいの? やっぱり無理矢理契約を結ばれて、何年もお守りをさせられたことを憎んでるの?」
「そこは別に気にしてないよ。アンジュの人生はけっして順風満帆ではなかったからね。あいつの泣き顔を見るだけで爆笑もんさ」
ホンマ、性格悪いなー。
「じゃあ、何で死んでほしいの?」
「実はアンジュのユニークスキルが欲しいんだよー」
「≪絶対の約定≫?」
「そうそう。あれって珍しいユニークスキルでアンジュの母親がアンジュに継承させたように、誰かに譲れるユニークスキルなんだよねー」
そういえば、スキルを継承するってあんま聞いたことないな。
私の場合はエターナル・ゼロと融合したが近いし。
「あれが欲しいのか……まあ、強力って言ってたもんね。でも、アンジュを殺せるの? 強いって言ってたじゃん」
あんたは伯爵級じゃん。
大公級に勝てるわけない。
「別に殺す必要はないよ。というか、契約してるから攻撃できないよ。そんなことをしなくても、アンジュってさー、そのうち死ぬんだよね」
え!?
「何? 病気かなんか?」
「違う、違う。あいつってさ、パパとママが大好きなんだよ。尊敬を通り越して、絶対にまでなっている」
そういえば、前に父と母は誇りって言ってたな。
「確かにそんな感じはするね。ずっと両親とメイドだけと暮らしていたらしいし」
「そそ。だからね、あいつは将来、絶対に≪絶対の約定≫を使って誰かに殉死する。誇りに思っている母親と同じ道を行く」
あー……そんな気はするなー。
「でも、普通に長生きな天使と…………そうか、無理なのか」
私は同族の天使と一緒になればいいと思ったが、アンジュは天使連中から嫌われているんだった。
「わかった? あいつは人間と一緒になるしかない。当然だけど、魔族も無理だし、他の種族も天使ってだけでNGだからねー」
世界の嫌われ種族だもんなー。
「あんたはアンジュが人間と一緒になるように仕向けるつもりなんだ…………」
だから一緒に行動するんだな。
最低の恋のキューピッドじゃん。
「そそ。第一候補がサクラお姉ちゃんだね。まあ、同性だけど…………」
「同性でいいじゃん」
何か不満か?
殺すぞ。
「いやー、そこんところが僕はわかんないんだよねー。人を堕落させる定番は異性なんだけど、同性はどうかな? ましてや、アンジュもサクラお姉ちゃんもノーマルでしょ」
こいつは素敵な百合世界を知らないらしい。
シロウトめ!
「その辺はサクラちゃん次第かな。アンジュはもうサクラちゃんに求められたら簡単に股を開くよ。あいつがサクラちゃんを拒否することはない。嫌われるのを極端に恐れてるから」
200年以上も百合に生きたマイスターはるるんが言うんだから間違いない。
「股って…………品がないなー。うーん、サクラお姉ちゃんかー。昨日、帰ったら『私がしっかりしないと!』って、意気込んでたなー」
「…………それ、共依存じゃない?」
あまり良い関係とは言えないが、本人たちが納得してるのなら別にいいとは思うけど。
「うーん、ただれるのかなー? ぷぷっ」
性悪め…………
「楽しそうねー」
「まあねー。アンジュとサクラお姉ちゃんがどうなるかは知らない。もしかしたら、別の伴侶を見つけるかもしれない。どちらに転ぼうが、あいつは残り100年も生きられない。誰かといる幸せを見つけたアンジュは絶対に孤独に耐えられないからね」
うーん、悲観的だが、300年も生きれば十分に長生きだからなー。
「アンジュが子供を産んだらそっちに継承させるんじゃない?」
「その時はその子供の面倒を見る代わりにスキルを貰うよ」
「信じるかな?」
「あんなヤツ、簡単に騙せるよ。まあ、≪絶対の約定≫を結べばいいし、実際、面倒は見るからね」
嘘つけ。
「ふーん…………」
「あ、信じてないね。本当だよ。アンジュを何十年も見てて気づいたんだけど、身内の不幸ほど面白いものはないからね。せいぜい楽しむさ」
こいつ、今のうちに殺しておいたほうがいいんじゃないかな?
きっと、主とやらもそれをお望みだろう。
「クズだなー」
「クズじゃない天使はいないよ…………こうやってお姉さんに事情を話したのはね、まあ、僕は君らに敵対する意思はないってことを知ってほしかったからなんだ」
「そんな感じはするねー」
「でしょ。だから僕のことは放っておいてよ。別に大層な野心があるわけじゃない。ただ、身内をイジメて楽しんでる善良な天使なんだからさ。そうベリアルに伝えてくれる? あいつ、怖いわ。今も魔法で僕を狙っている」
ん?
そうなの?
「マジ? あいつ、どこいんの?」
私は周囲をきょろきょろと見回すが、パリティが結界を張っているため、周囲には誰もいない。
「この位置からじゃあ見えないよ。だいぶ先のビルの屋上だね。あれは透視の魔法かな」
「いや、あんたは何で見えるの? というか、ベリアルを知ってるの?」
私もアンジュもこいつにベリアルの事を言っていないはずだ。
「僕のユニークスキルだよ。≪千里眼≫という遠くを見通すスキルさ。これがあったからアンジュの母親に見張りを命じられたんだよね」
なるほどねー。
だからこいつはゾロネが透明になってゲートを通過したことも私が警察に捕まりそうなことも知っていたんだ。
「ベリアルの事も知ってたんだ?」
「もちろんだよ。お姉さんとアンジュがどっかのホテルの喫茶店で会っていたことも見てたし、アンジュが探索者になって君に土下座したところも見てたよ。もっと言えば、君らがハワーやアーチャーを殺した時も見てたよー」
こいつ、最初から全部知ってたんだな……
しかし、やってることはのぞきだ。
ん?
「えー…………あんた、最低…………」
私はパリティを軽蔑しきった目で非難する。
「言いたいことはわかるよ…………でも、君らの痴態なんか見てないよ。興味ないし、君の家には視界にも入れたくない存在がいるからね」
ウィズか…………
魔族嫌いな天使にとっては魔王は視界にも入れたくないらしい。
「覗いたら殺すから」
「だから興味ないって…………まあいいや。じゃあ、僕はそろそろ行くよ。これからサクラお姉ちゃんとアンジュの3人でアンジュの服を買いに行くんだ」
パリティはそう言うと、ベンチから立ち上がる。
「仲良くねー」
「まあ、当分は適当にすごすよ。あと、アンジュはイジメてもいいけど、サクラお姉ちゃんは気にかけてあげてよ。あの子は人間だからねー。すぐに死ぬ」
「あんたがやりなさいよ。仲間でしょ」
「いやー、僕は絶望が好きだからねー。僕がサクラお姉ちゃんを盗ったらアンジュがどんなリアクションをするんだろうって考えてる。笑いが止まらないけど、目的とズレちゃうねー」
嫌な三角関係だなー。
「もう勝手にしなさいよ…………」
「あはは。そうするー。じゃあねー。あ、最後に良いことを教えてあげよう。君さ、すごい話題になってるよ。ぷぷっ、家に帰ったら動画サイトで自分のことを調べてみるといい」
パリティは手を振ると、どこかに去っていった。
私はその後、すぐにベリアルに電話し、事情を説明すると、急いで家に帰る。
パリティの最後の言葉でようやく理解したのだ。
ウィズがやけに優しいこと、ギルドでの生暖かい視線、パリティの含み笑い、キミドリちゃんが口を滑らせた『ハルカさんがこけた』というセリフ。
そして、以前に見た私のかっこいい動画のおまけ動画…………
そのすべてが繋がった。
私は急いで家に戻り、ファミリーの首を絞めることに決めた。