第068話 大公級天使、≪死神≫のアズラー
私は警察の魔の手から間一髪で逃れた。
キミドリちゃんはあんま役には立たなかったが、サマンサの機転とベリアルの権力により、難を逃れたのだ。
そして、私達はサクラちゃん達と合流するためにダンジョンの3階層に来ていた。
「いやー、危なかったねー」
私はサクラちゃん達を探しながらキミドリちゃんとサマンサに声をかける。
「本当ですよ」
「ひとまずは無事良かったです」
うんうん。
「でもさー、やっぱ私は悪くないと思うんだ。愛に年齢は関係ないし」
愛は尊いものだ。
年齢も性別も関係ない。
「いや、年齢ではなく、暴行がマズいんですよ。簡単に言えばレイプですよ」
キミドリちゃんが正論で反論してくる。
「そういう言い方は好きじゃないなー。皆、心の奥底にある欲望に気付いてないんだよ。私はその心の扉を開いてあげてるだけ」
無理やりにでも、こじ開けるのだ。
「どう言い繕っても、あなたは警察に捕まりかけた。賭けは私の勝ちです」
賭けって、私とキミドリちゃんのどっちが先に捕まるかってやつか……
「まだ捕まってないもーん。キミドリちゃんの速度違反の方が早いと思うね……って、アンジュとサクラちゃん、はっけーん。ごめんね。遅くなって」
私とキミドリちゃんが話していると、通路の先にサクラちゃんとアンジュを発見した。
「やあ、≪少女喰らい≫」
アンジュが私に声をかけてくる。
だが、アンジュにはいつものおどおどしさがない。
むしろ、堂々としているし、醜悪な笑みを浮かべていた。
「んんー? アンジュ? 雰囲気違くない? 遅れてきた反抗期?」
こいつ、どうした?
本当にアンジュか?
というか、パリティは?
しかも、アンジュの足元にはなんか骸骨の死体があるし……
「反抗期じゃねーよ」
口調も変だ。
いつものへりくだったしゃべり方ではない。
「もしかして、遅れてきたことを怒ってる? ごめんって言ったじゃーん。いやー、実は税金泥棒が私を捕まえようとしてたんだよ。まあ、私の機転でどうにかなったけどね!」
私がそう言うと、アンジュは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「てめーは死んだ方がいいな。きっと主もそれをお望みだろう」
なーにを言ってんだ、こいつは?
「状況がわかんないんだけど? あんたの言いたいこともわかんないんだけど? パリティは? てか、それ誰?」
私はアンジュの足元にある骸骨の死体を指差す。
「あー……どいつもこいつも説明を求めてきやがるな。うっぜ…………えーっと、こいつな、こいつはゾロネだ」
アンジュは不機嫌そうにそう言うと、足で死体を蹴る。
「ゾロネ? あんたとパリティの敵だっけ? 倒したんだ……良かったじゃん。で、パリティは? あいつが倒したんじゃないの?」
アンジュが援護して、パリティが戦うんじゃなかったっけ?
でも、パリティはこの場にいない。
もしかして、死んだのかな?
「あのクソガキは逃げた…………つっかえねー」
あー……あのガキ、逃げたのか……
まあ、特に驚くことではない。
おそらく、サクラちゃん以外でパリティを信じている人はいないだろう。
「じゃあ、ゾロネはあんたが倒したんだ?」
「そうだなー。思ったより雑魚だったわ。パリティのヤツがあんだけ言うからどんなもんかと思ったが、所詮は伯爵級だったな」
所詮は伯爵級、か……
男爵級のセリフじゃない。
「あんた、別人みたいな性格と魔力になったわね。本当に雑魚天使のアンジュ?」
「雑魚天使言うなし。私はそこらの雑魚とは違う。戦闘タイプの大公級天使だぜ?」
そらすごい。
伯爵級を雑魚とも言えるだろう。
「で? あんたは何がしたいの? さっきから殺気を隠してないけど?」
「…………くだらねー。こいつ、やっぱバカだな……」
ん?
「ハルカさん、それはないですよー。つまんないギャグをかますところじゃないです」
アンジュだけでなく、キミドリちゃんまで私を批判してくる。
意味わかんない…………
『はるるん様が『さっきから殺気を』ってギャグを言ったと思ってるんですよ』
サマンサが念話でアンジュとキミドリちゃんが引いている理由を教えてくれる。
「い、いや! 違うから! そんなつもりないから!! 偶然だから! これから私がかっこよく振舞うところだから!!」
ふざけんな!
誰がこの場面でしょうもないギャグを言うんだよ!
「…………バカの相手は疲れるわー」
「…………ああ、ウチのハルカさんがバカにされてる…………いっつもですけど」
こいつら、うぜーな。
「けっ! 勝手に勘違いしてバカ呼ばわりかい。あんたらが普段、私の事をどう思ってんのかがわかったわ」
キミドリちゃんはわかるけど、アンジュも絶対にバカにしてるわ。
「だって、お前、バカじゃん。警察に捕まりそうになってるって、パリティが笑ってたぜ」
アンジュはそう言いながら落ちていた剣を拾う。
「あのガキはどこ?」
とっちめてやる!
「知らねー。私もぶっ殺してやりてーけど、≪絶対の約定≫があるからなー」
そういえば、パリティがアンジュやサクラさんに攻撃できないように、アンジュもパリティに攻撃できないんだ。
「ふーん。それで? 剣なんか持って何をしたいの?」
大体想像がつくけど、一応、聞いておこう。
「ゾロネじゃ足りねーんだわ」
「あっそ。サマンサ、下がってなさい」
「はい」
サマンサは素直に後ろに下がっていく。
「アンジュ!!」
サクラちゃんはこれから何が起きるのか想像がついているのだろう。
「悪いけど、サクラさんは下がってな」
明らかに別人になっているアンジュもサクラさんは大事らしく、下がらせようとする。
「アンジュ、やめて!!」
サクラさんは おそらく、事態はまったく飲み込めてないだろうが、アンジュを止めようとしている。
「キミドリちゃん、サクラちゃんをお願い」
私的にもサクラちゃんを巻き込むのはマズいだろうと思い、キミドリちゃんにお願いする。
「わかりました。出来たらアンジュさんを殺さないでほしいんですけど…………」
「私はそもそも人を殺す趣味はないわ」
ここでアンジュを殺したらサクラちゃんに悪いし、罪悪感がやべーわ。
「おー! 随分と余裕だなー。はは」
アンジュは私をあざ笑った。
「たかが大公級風情が粋がるな。我から見たら貴様もゴブリンも変わらんわ」
本当は大公級は怖いんだけど、アンジュなら大丈夫。
どうせ男爵級の雑魚だもん。
「よくぞ言ったな、王級吸血鬼!! このアズラー様の力を甘く見るな!!」
アンジュが啖呵を切ると、姿が消えた。
「ん?」
私がどこに行ったんだろうと思っていると、私の右腕が地面に落ちた。
「ハルカさん!!」
サクラちゃんが私の名前を叫ぶ。
直後、私の胸から剣が生えてきた。
「ゴフッ」
私の口から血が溢れ出る。
「この程度か、王級吸血鬼?」
後ろからアンジュの声が聞こえてきた。
どうやら腕を切られたあとに後ろから刺されたらしい。
「それは我のセリフだな……まったく効いておらんぞ」
これは本当。
腕を切られようが、心臓を突かれようが、私にはノーダメージだ。
「チッ!」
私が後ろを振り向こうとすると、アンジュの舌打ちが聞こえた。
すると、私の胸を突いていた剣が横に動く。
直後、私の身体から血が噴き出た。
アンジュはそのまま私の胴体を切ったのだ。
「これでも死なねーか…………」
いつの間にかアンジュは私から距離を取っている。
「我を誰だと思っているのだ? 我は真祖の吸血鬼ぞ? たとえ、みじん切りにされてもダメージなんぞないわ」
「チッ! 正真正銘のバケモノか!」
バケモノ呼ばわりはひどい。
「その程度か? 我を殺すのだろう? 魔法でも使ったらどうだ?」
どうせアンジュのしょぼい魔法なんか効かねーし。
自称大公級でしょ?
たかが男爵級風情が私に勝負を挑むとはちゃんちゃらおかしい。
「チッ!」
アンジュはまたしても舌打ちをすると、私に向かって手をかざしてくる。
しかし、アンジュは自分の背後にいるサクラちゃんをちらりと見ると、手を下した。
「どうした? 魔法を使うのではないのか?」
「このガキ、性格悪いな……こんなところで魔法なんか使えるか! サクラさんを巻き込むだろうが!!」
アンジュは本当にサクラちゃんのことが好きなんだな。
でも、あんた程度の魔法でサクラちゃんは巻き込まれないでしょ。
どんな大魔法を使うつもりだよ。
男爵級のくせに…………
「そうか…………では、我が偉大な魔法を見せてやろう。男爵級程度の貴様には一生拝めない究極の魔法だ」
「…………いや、私は大公級……」
まーだ、言ってらー。
これ以上は痛いだけだぞ。
「憐れなる天使よ……堕ちよ!! ブラッディ・ブラッド!!」
私はその辺りに散らばっている自分の血を操作し、アンジュに向けて飛ばした。
私の血は散弾銃の様にバラバラの状態のままアンジュを襲う。
アンジュはこの血を躱そうと腰を下ろしたのだが、すぐに何かに気付き、ハッとした。
そして、自分の背後を確認すると、ものすごい表情で私を睨んでくる。
「クソがっ!!」
いや、言いたいことはわかる。
アンジュが私の魔法を躱したらサクラちゃんに当たってしまうからだろう。
でも、私にはそんな意図はまったくないし、サクラちゃんに当たりそうになったら普通に魔法を解く。
ぶっちゃけていうと、そんな人質みたいな作戦は思いついてないし、実行する気もないのだ。
でも、アンジュはそう思わない。
アンジュはサクラさんが大事だし、唯一の友人だろう。
一緒にルームシェアを提案されて泣きながら祈るくらいだ。
だからアンジュは私の魔法を躱せなかった。
「うわっ! 汚ね!!」
私の血を受けたアンジュは心底嫌そうな顔をする。
「ぐっ!」
直後、アンジュの顔が歪む。
私の血を受けたアンジュは私の呪いを受けたのだ。
「クソ!! 気持ち悪い!! 吐き気がする!!」
嫌な言い方すんな。
私の血が汚れているみたいじゃないか。
毎日、キミドリちゃんとサマンサが美味しい、美味しい言いながら飲んでる血なんだぞ。
「ハァハァ……力が……抜けていく……クソ!!」
私の呪いは相手の生命力を奪い続ける。
このまま放っておいたらアンジュはそのうち死ぬだろう。
この前の大根のように。
「クソッ! このアズラー様がこんなバカに負けるとは…………屈辱的だ」
「バカはいらないね。この王の中の王が男爵級の雑魚の相手をしてやったんだ。光栄に思え」
「だから……私は大公級だって言ってんじゃん…………」
アンジュは最後まで大公級と言い張り、倒れた。
私はアンジュが気絶したことを確認すると、呪いを解き、血を回収する。
そして、身体のあちこちについた傷を修復した。
「アンジュ!!」
サクラちゃんはアンジュのもとに駆け寄る。
「サマンサ、回復してあげて」
私はサマンサに指示を出す。
「いいですけど、回復したら襲ってきませんかね?」
「あんな雑魚天使なんか、何度でも潰してあげるわ」
アンジュみたいな雑魚泣き虫に負けるはるるん様ではないのだ。
「わかりました」
サマンサがアンジュのもとに歩いて行ったので、私も後を追う。
アンジュは目を閉じ、気絶しているのだが、サクラちゃんがそんなアンジュを泣きながら激しく揺すっていた。
それをキミドリちゃんが慌てて、止めにいこうとしている。
うーん、サクラちゃんをどうしようかねー。
どう考えても現場を見られている。
少なくとも、私が人間でないことは気が付いただろう。
一番簡単なのはサクラちゃんに催眠魔法をかけて、記憶を消すことだ。
うーん、アンジュが起きてから考えるか…………
「どう?」
私はアンジュに回復魔法をかけているサマンサにアンジュの状態を聞く。
「生命力が落ちているだけで、傷はありません。すぐに目を覚ますでしょう」
まあ、アンジュは私を切りまくったが、私は呪いの魔法を放っただけだ。
「しかし、アンジュはどうしちゃったのかね?」
豹変しすぎでは?
「…………アンジュ」
サクラちゃんはアンジュの手を握り、悲しそうに俯いていた。
「いやー、おつかれ、おつかれ。大変だったねー」
奥から場の空気をぶち壊すような陽気な声が聞こえてきた。
そして、そいつは姿を現すと、こちらに歩いてくる。
もちろん、そいつは逃げ出していたパリティであった。