第064話 この時は知る由もなかった……まさかあんなことになっているなんて……
16階層に到着した私達は狙いを18階層のマンドラゴラに決めた。
というわけで、ここに特別ゲストをお呼びしました。
≪早打ち≫のロビンソンさんでーす。
「お前、俺を何回呼ぶんだよ」
私の電話一本でやってきたロビンソンさんは不満を通り越し、呆れている。
「呼ぶって言ったじゃーん…………実は私、あんたのことが好きなの」
私は上目遣いで媚びたように告白した。
「俺って、お前の好みから真逆じゃん。絶対に違うだろ」
ロビンソンは完全に信じていないようだ。
「あんたねー。私がうぶな子だったら大ダメージよ」
「お前はうぶの心なんて欠片もないから大丈夫」
失礼なヤツだなー。
私にだって、うぶな心くらいはある。
多分ね!
「じゃあ、18階層に行きたいから連れていってよ」
「まあ、ウチの娘が世話になってるからいいけどよ。あのさ、実際、ウチの娘はどうだ?」
素直に来たなと思っていたが、ロビンソンは娘のサクラちゃんが気になるようだ。
「素直ないい子だと思うよ。探索者としては…………キミドリちゃん、どんな感じ?」
よく考えたらサクラちゃんが探索者として活動をしているところをあんま見てない。
「普通に優秀ですし、いい探索者になると思います。でも、あの依頼は高額すぎでは? 私は嬉しいんですけどね」
キミドリちゃんは借金を早く返せるし、貰えるものは貰っていくだろうが、さすがにあの破格すぎる依頼には思うところがあるようだ。
「あー、あれな。本当はもう少し安くても良かったんだが、確実な仕事をしてほしいんだよ。それだけ心配なんだ。一人娘だし」
そういえば、聞いてなかったが、サクラちゃんには兄弟姉妹がいないのか。
「もう一人できたじゃん。でっかいのが」
「あー、アンジュか? まあ、嫁さんもサクラも喜んでるし、家にいるのはいいんだが、あれ、大丈夫かね? 常識がまったくないんだが」
常識がない?
家ではキミドリちゃんみたいな感じなんかな?
「アンジュさんって、ハルカさんみたいな感じなんですか? 内気な子だと思ってたんですが?」
キミドリちゃんめ!
常識がない=私と思ったな!
最低だよ!
「いや、そういう意味じゃない。サクラに聞いたんだが、あの子、お風呂の入り方も知らなかったらしい」
あー……アトレイアは汚れを取る魔法があるから、お風呂は水浴び程度だからなー。
お風呂に入るのなんて、王侯貴族か、綺麗好きで屋敷に引きこもる吸血鬼くらいだ。
下手をすると、地域によっては王侯貴族でも入らない。
「アンジュはかわいそうな子なの…………優しくしてあげて」
私は涙を拭うジェスチャーをする。
「まあ、嫁さんとサクラはそうしているみたいだな。俺はあんま立ち入ったらマズそうだから2人に任せきりだけど」
確かに、おっさんのロビンソンはマズいだろうね。
アンジュも嫌だろうし。
「あいつ、このままあんたの家に居候するつもりなのかな?」
「いや、サクラは高校を卒業したら部屋借りて、アンジュとルームシェアするってさ」
サクラちゃん、行動力すごいな。
「アンジュは何て?」
「泣きながら神に祈ってたな…………」
目に浮かぶようだ。
「まあ、良かったんじゃない? アンジュは人畜無害で有名だし、あんたもサクラちゃんに変な虫がつかなくて安心でしょ?」
高校を卒業して、一人暮らしなんて、はっちゃけるに決まっている。
合コン、彼氏、うえーいだ。
会社の同僚や大学の同級生がそう言ってたから間違いない。
私だって、自部屋に少女を連れ込んでたし。
「まあなー。というか、泣きながら神に祈る子の手前、反対しにくいわ。嫁さんも涙ぐみながら良かったねーとか言ってたし」
そら、反対できんわ。
反対したら、ロビンソンは最低な人間になってしまう。
「アンジュさんはまともな人ですからサクラさんを支えてくれると思いますよ」
キミドリちゃんと違ってね!
「かねー。まあ、多少は心配だけど、サクラも大人になったってことか。パパは複雑だよ…………」
ロビンソンは子供の成長を喜ぶ半面、巣立つ悲しさも感じているようだ。
「いやー、ロビンソンさんはそう言いますが、離れて暮らしても、すぐに会えますよ。何だかんだ言って、子供だって親が恋しいもんですし。ね?」
キミドリちゃんはロビンソンを慰めようとしているようだが、よりにもよって、その話題で私に振ってきた。
というか、あんたは親より車を取ったでしょ。
説得力がまるでない。
「それ、私に聞く?」
親、いねーよ。
「あ、ごめんなさい…………」
「いや、いいけど…………」
うーん、気まずい……
別に私は一切、気にしていないのだが、キミドリちゃんを眷属にした手前、気まずい。
「いや、すまん。俺のせいで変な空気になってしまった。気にするな。別にサクラだって、この街から出るわけじゃないし」
私とキミドリちゃんはロビンソンがかわいそうなので、ロビンソンの悩みを聞いてあげることにしたのだが、逆に気を使わせてしまった。
「キミドリちゃん、どうやら、私達には人を慰めるスキルはないみたい」
「そのようですね。どうしてでしょう?」
わかんないねー。
「2人とも、デリカシーがないから……………………いや、何でもない! 18階層だったな! 連れていってやるよ」
ロビンソンはかわいそうな目で私達を見た後、取り繕うように言った。
それを聞いた私とキミドリちゃんは顔を見合わせる。
私はキミドリちゃんよりもデリカシーがあると思うなー。
私は内心、そう思っていたので、首を傾げたのだが、私が首を傾げたと同時にキミドリちゃんも首を傾げた。
私とキミドリちゃんはいまいち納得できなかったが、ロビンソンが元気になったようなのでとりあえずは納得しておくことにした。
そして、落ち着いたロビンソンと共にワープの魔方陣を使い、18階層にやってきた。
「お前さん、もう18階層かー。はえーなー。ムッキーさんがあの金髪吸血鬼は只者じゃないって笑ってたけど、本当にすごいんだなー」
ロビンソンは感心したように言うが、その只者はいい意味ではないだろう。
うっ! 嫌な記憶が…………
『ハルカさん、ハルカさん、吸血鬼なことがバレてますよ!』
キミドリちゃんが念話で話しかけてくる。
『どうせ、ウィズの動画でしょ? 気にしない、気にしない』
ムッキーさんも私の雄姿を見たのだろう。
しかし、いつぞやのことは忘れてほしいなー。
『ああ、例の…………ハルカさんがこけた……じゃない。魔法をぶっ放している動画ですか』
こけた?
私、こけてなかったと思うんだけどな……
普通に魔法を使って、ポイズンスライムを倒していた動画だったはずだ。
まあ、いいか。
「あんたはこれからどうすんの?」
私は18階層まで送ってもらい、もう用はないロビンソンに聞く。
「俺はギルドに戻って時間をつぶす。ウチのパーティーの集合は3時からだからなー」
ロビンソンがそう言うので、時計を見ると、今は2時だ。
確かに、一度、家に帰る時間でもないだろう。
「ふーん。まあいいわ。じゃあ、私達は行ってくる。ご苦労であったぞ。今度、褒美を取らせよう」
持っているだけで捕まるという特製のロッリロリのエロ本をあげよう。
そして、家族会議の開催を祈ろう。
「いや、いらねーからサクラの事を頼むわ。サクラも年の近いお前さん達の方がいいだろうし、仲良くしてやってくれ。じゃあな」
ロビンソンはそう言って、魔方陣に乗り、帰ってしまった。
「あいつ、本当にパパだねー」
「まあ、実際、パパですし」
私達はロビンソンが去った魔方陣を見ながらつぶやくと、18階層の探索を始めた。
◆◇◆
「さーて、マンドラゴラかー。抜いて悲鳴を聞くと、死ぬんだっけ?」
私はマンドラゴラというモンスターは聞いたことはあるが、実際に見たことないため、キミドリちゃんに聞く。
「まあ、マンドラゴラといえば、そのイメージですよね。でも、違います。悲鳴は上げますが、普通に歩いてきますよ」
歩く?
「えっと、植物だよね?」
「ですねー。実際に見た方がいいでしょう。あ、耳栓を持ってきたんですけど、使います? マンドラゴラの悲鳴はかなりうるさいんですよ」
「というか、聞いたら死ぬんじゃないの?」
「死にはしませんけど、なんかやる気が落ちるし、下手をすると、鼓膜が破れます」
結構なダメージだな。
「ウィズ、サイレンスの魔法は使える?」
サイレンスというのは、相手の言葉を封じる魔法だ。
使い道は暗殺の時に使うらしい。
あと、夜這い。
これを使えば、相手はうめき声も助けを呼ぶことも出来なくなってしまうからだ。
「サイレンスかー……昔は使えたような気がするが、どうやるんだっけ?」
おばあちゃん?
もう忘れちゃったの?
「私、使えますよ」
ダンジョンに来てから一言も言葉を発してこなかったサマンサが初めてしゃべった。
「使えるの?」
「魔法学校で習いましたので」
おー!
リンガイア王国の魔法学校って、すごいなー!
「じゃあ、サマンサ、マンドラゴラが出てきたら使って」
「承知しました。あ、でしたら、キミドリさん、カメラをお願いします」
サマンサはうやうやしく、頭を下げると、持っているカメラをキミドリちゃんに渡す。
「はーい。じゃあ、私が撮りますんで」
「私は映さないでくださいね。見せものになるのは嫌いなので」
「わかってますよー」
サマンサとキミドリちゃんのやり取りを聞いているが、色々とツッコミどころがあるな…………
「ねえ、動画ってどんな感じなの?」
私はウィズに聞く。
「うん? まあ、そこそこって感じだな…………」
ウィズは言葉を濁した。
なんか誤魔化してない?
そこそこって言うけど、ムッキーさんも見て、笑ってたっぽいし、変なことになってない?
実を言えば、最近、ギルドに行くと、やたらと違和感を覚えている。
皆、私を見ると、笑顔になるのだ。
まあ、こんな格好であんな言動をしているから仕方がないことだろうとは思っていたが、皆、いい加減に慣れてきてもいい時期だろう。
なのに、笑顔が絶えない。
しかも、笑っているというよりも暖かいものを見る目だ。
おかしい……
わからないけど、何かがおかしい。
うーん、今度、ムッキーさんに会ったら聞いてみるか…………
でも、あんま、あの人とは話したくないんだけどなー。
気まずいし……
私は仕方がないかと自分を納得させ、奥へと進んでいった。
奥に進んでいくと、どうしても、後ろが気になる。
やはり後ろから妙な視線を感じるのだ。
うーん、気になる。
でも、気にしたらダメって言われてるし、平常心でいかないとなー。
こういう時になると、エターナル・ゼロさんのすごさがわかる。
あの厨二病吸血鬼はこういうのが大好きなのだ。
きっと、カメラ目線できっちりと決めるだろうな。
「ハルカさん、来ましたよ」
私が悩んでいると、後ろからキミドリちゃんが敵の接近を教えてくれる。
「サマンサ」
「はい。いつでもいけます」
私がサマンサに声をかけると、サマンサから準備完了の返事が返ってきた。
私はサマンサの返事を聞くと、その場で待ち構える。
すると、奥から体長が40センチ程度しかない大根が現れた。
その大根は手足があり、顔もある。
でも、大根だ。
正直、キモい。
「大根じゃん!」
「気持ちの悪い大根ですよねー」
ホントにね…………
大根ことマンドラゴラが現れたのだが、マンドラゴラはその場で立ち止まり、ラジオ体操みたいに体を動かし始めた。
「あれ、何してんの?」
私は謎の動きが気になり、キミドリちゃんに聞く。
「叫びたいんだと思いますよー」
「あ、ごめんなさい。見えた時にサイレンスをかけました」
キミドリちゃんがマンドラゴラの行動を教えてくれると、サマンサが謝ってきた。
仕事が早いなー。
でも、教えてくれてもいいのに。
なんで、この子は外にいると、しゃべらないんだろう?
「まあいいわ」
サマンサがサイレンスでマンドラゴラの叫びを封じたということは、この大根は何もできないということだ。
ふっふっふ。
闇に葬ってやろう!
「さあ! ひれ伏せ! 我に逆らう愚か者どもよ! そして、永遠の闇に消え去るがいい!! ブラッディ・ブラッド!!」
私は大根に手を向けながらいつものようにかっこいい詠唱で魔法を放つ。
すると、私の手から血が噴き出し、その血は大根に向かって勢いよく飛んでいった。
そして、私の血が大根を赤く染めあげた。
直後、大根はパタンと倒れ、ドロップ品であるマンドラゴラの根だけを残し、消えた。
「ん? 何が起きたんです?」
私が大根が落とした大根を拾っていると、キミドリちゃんがカメラを構えたまま、聞いてくる。
「血に呪いを込めたのよ。その血を受けた大根は私の呪いに耐えきれずに死んじゃったの」
「えー……動画向きじゃないんですけどー。というか、こんなもん流せませんよー」
いや、私は同じ魔法では飽きるかなと思って、頑張って脳内の記憶から魔法を引っ張り出しているのだ。
ちなみに、この魔法はエターナル・ゼロが魔法作成の方向性に悩んでいた時に作った失敗作の魔法だ。
何故、失敗作かというと、別に血を使わないでも呪いはかけられるし、わざわざ自分の体内から血を出す意味はない。
正直、ただ、血を失っただけである。
「じゃあ、どんな魔法がいいのよ?」
「普通です。流せるやつです」
うーん、私のかっこよさが半減するんだけどなー。
「じゃあ、得意のエターナルフォースブリザードでいくか……」
私は渋々、了承し、次の大根を探しに奥に向かった。
しかし、ここには4人もいるのに、何で私ばっか、戦っているのだろう?