第060話 伯爵級天使
高級ホテルの喫茶店で美味しいパフェを食べた私達はキミドリちゃんの車に乗り込み、アンジュをサクラちゃんの家に送っていった。
「ハルカさん、私、ハルカさんを送っていった後に、ダンジョンに行ってきます」
アンジュを家に送っていった後、我が家に帰る途中でキミドリちゃんが運転をしながら告げてきた。
私はそう言われたので、車内に備え付けらえた時計を見ると、時刻は昼の2時過ぎだった。
「今から行くの?」
「ええ。早めに借金を返したいので」
まあ、いい心がけだとは思う。
「わかった。じゃあ、近くのコンビニで降ろして。ウィズとサマンサのお昼ご飯を買って、そこから歩いて帰るわ」
買い物中に待たしても悪いし、太陽がうざいけど、少しぐらいなら歩こう。
「わかりました。じゃあ、晩御飯は私が買って帰りますよ」
「おねがーい」
キミドリちゃんは家の近くにあるコンビニに向かうと、私を降ろし、北千住のギルドに向かった。
車から降りた私はコンビニに入り、ウィズが好んでいる猫缶とサマンサ用のお菓子をかごに入れる。
そして、お酒や適当のつまみもかごに入れ、レジに並んだ。
私がぼけーっとレジで自分の番を待っていると、急に魔力を感知した。
んー?
こんな街中にモンスターがいるわけないし、天使かな?
私は魔力を感知したものの、自分の脅威にはなりそうにないし、後で、ベリアルに報告すればいいやと思い、無視することにした。
そして、自分の順番になったので、会計を済まし、コンビニを出た。
私はコンビニを出て、自宅に向かっているのだが、ずっと魔力は感知したままだ。
うーん、もしかして、私に用があるのかな?
アンジュが天使は経験値を求めて、元探索者を襲っているって言ったし、私を狙っているのかもしれない。
私は足を止め、周囲をキョロキョロと見渡す。
私は誰もいないなーと思っていると、ふと、あることに気が付いた。
誰もいない…………?
東京の昼間なのに?
周囲には人がまったくいなかったのだ。
明らかに異常である。
いつの間に?
私はさらにキョロキョロと周囲を見渡した。
「いや、君、鈍すぎじゃない? だいぶ前から結界を張ってたんだけど…………」
後ろから声が聞こえたので、振り向くと、そこには小学生くらいの男の子がいた。
男の子は金髪の普通の少年といった感じだが、魔力を帯びている。
そして、この血の匂いは間違いなく、天使のものだった。
「誰、あんた?」
私は明らかに天使であろう少年に聞いてみる。
「そうだね。まずは自己紹介だね。大事、大事」
天使というのはどうしていちいち、うざいしゃべり方なんだろうか?
「帰っていい?」
私はめんどくさくなったので、そう告げ、前を向く。
「あ、ごめん、ごめん。ちょっと待ってよー。話があるんだよー。ちょっとそこのベンチにかけてお話ししようよー」
少年は手を合わせ、ジェスチャーで謝ってくると、近くにあるベンチを指差した。
うーん、めんどいけど、天使の情報でも仕入れておくか。
こいつはそこまで魔力が高くないし、私の脅威にはならないだろう。
私は近くにあるベンチまで歩き、腰かけた。
すると、隣に少年も座る。
「急に話しかけて、ごめんね。でも、お姉さん、もう少し警戒したら? お姉さんがコンビニを出たところで結界を張ったんだけど、お姉さん、全然、気付かないんだもん。僕はどうしようかと悩んじゃったよ」
よーしゃべる天使だな。
あと、お姉さん、お姉さん、うるせーよ。
私は少女は好きだが、少年は嫌いだ。
「あんた、何者?」
「あ、ごめん。自己紹介が大事って言ったのに、名乗ってなかった。わかっていると思うけど、僕は天使だよ。伯爵級天使のパリティさ」
知らないなー。
あとでウィズにでも聞いてみるかな。
「二つ名は?」
「あー、ごめん。僕は伯爵級になったばかりで、そこまで有名じゃないし、強くもないんだよ。だから、二つ名はなし」
二つ名なしの伯爵級天使か。
ハワーと同格ぐらいかな?
「あんた、ハワーって知ってる?」
「もちろん知ってるよ。そいつは僕のライバルさ。同じ伯爵級だしね」
なるほどね。
ハワー程度の天使なら私の脅威にはなりえない。
「ふーん、その天使が何の用? 私の首でも取りに来た?」
「いやー、無理無理。君、≪少女喰らい≫だろ? いくら何でも格が違いすぎるよ。僕は戦闘タイプの天使だけど、さすがに地力に差がありすぎ」
うーん、私の首を取りに来たわけではなさそうだな。
じゃあ、何の用だろう?
まさか、ナンパ?
「あっそ」
「つれないなー。まあ、ちょっと話がしたくてね」
「話ねー…………」
天使が私に何の話があるんだよ…………
「そそ。あのさ、さっきハワーの事を聞いてきたけど、もしかして、ハワーをやっちゃった?」
まあ、二つ名なしのハワーを知っている時点である程度は察せるだろう。
「私じゃなくて、私の眷属の子がね。ハワーが襲ってきたから撃退した」
「あちゃー! 相変わらず、バカなヤツだ。あいつは魔力は高いんだけど、相手の力を感知できないからそのうち死ぬだろうなーと思ってたよー…………しかも、よりにもよって、王級にケンカを売ったのか…………憐れなヤツ。眷属って、≪狂恋≫? それとも別の子?」
「こっちで眷属にした子…………サマンサはアーチャーをやったけど…………」
後ろから勇者の聖剣でブスッ!
ちなみに、あの聖剣はサマンサの部屋の隅に投げてある。
かわいそうな聖剣…………
「あー…………アーチャーの気配がなくなったから不思議に思ってたけど、≪狂恋≫にやられたのか…………≪狂恋≫の実力は知らないけど、いくらアーチャーでも公爵級吸血鬼には勝てなかったわけだね」
階級だけで言えば、侯爵級天使であるアーチャーよりも公爵級吸血鬼であるサマンサの方が上だ。
しかし、正直な話、ロクに戦いをしたことがないサマンサではアーチャーには勝てない。
とはいえ、二つ名持ちのサマンサは有名ではあるが、表に出ることが滅多にないため、実力を知る者はいないのだ。
「仇でも取る?」
その場合はここがこいつの墓場だ。
「まさか。アーチャーでも勝てないのに僕が勝てるわけないでしょ。むしろ、邪魔なヤツが消えて嬉しいよ」
おや?
同族意識の強い天使にしては珍しい。
「アーチャーのことが嫌いだったの?」
「別にそういうわけじゃないよ。まあ、ある意味では怖かったけど…………」
あ、そういえば、アーチャーはアッチの人だった。
「じゃあ、何で?」
「うーん、じゃあさ、情報交換といこうよ。僕が君の疑問に一つ答えたら僕の質問にも答えて」
うーん、無理やり聞き出すのは好きじゃないし、まあいいか。
「それでいいよ。私は争いごとが嫌いだから」
「だよねー。無駄に争っても意味ないし。じゃあ、君の質問に答えるよ。君はアーチャーやハワーと面識があるようだから知ってるかもだけど、僕達天使は急にこっちの世界に呼ばれたんだよね」
それは知ってる。
ハワー、アーチャー、アンジュの証言とも一致するな。
「それで?」
「そんでもって、まあ、僕も天使だし、人間を貶めて遊んでいるんだけど、最近はそうもいかなくなってきたんだよ」
やっぱり、こいつも天使らしく、人間の悪意や絶望を好むようだ。
「何かあったの?」
「まあ、簡単に言えば、天使同士での仲間割れというか、同族狩りが始まったんだよね」
「は? 天使が?」
仲間意識が強く、上下関係がはっきりしている天使が同族狩りをするとは思えない。
「そそ。ぶっちゃけ、ウチの種族ってさ、大天使のルシフェル様が絶対だからルシフェル様のいいなりなわけ。だから、同族殺しは基本的にはダメなんだ。でも、こっちの世界には、そのルシフェル様がいないから皆、好き勝手を始めちゃったんだよ」
絶対的な指導者を失って、暴走し始めたのか…………
「なるほどねー。だから、あんたにとってはアーチャーが邪魔だったんだ」
「そういうこと。アーチャーに狙われたらたまったもんじゃないよ。僕は戦闘タイプの天使だから善戦は出来るだろうけど、さすがに≪奈落≫のアーチャーは無理だね。しかも、負けたら命と一緒に大事なものまで奪われちゃう」
パリティは笑いながらそう言って、腰を少し浮かし、お尻を両手で押さえた。
まあ、アーチャーはそうするかもしれない。
想像もしたくないな。
「サマンサに感謝しなさい」
「そうするよ。≪狂恋≫にも会いたくないから、そう伝えといて」
多分、サマンサに伝えても、微塵も興味を持たないだろうな。
「まあ、伝えとく」
「うんうん。じゃあ、次は僕が聞いてもいいかな? 君は何でこっちの世界にいるの?」
次はパリティの質問の番のようだ。
「時渡りの秘術を使った。勇者に襲われてね。それで逃げた」
「時渡りの秘術って、あの伝説の? さすがは王級だなー。あんなもんはおとぎ話の世界の魔法かと思ってた。しかし、勇者様に襲われるなんてついてないねー」
「ホントにね。ルブルムドラゴンの所に行けばいいのに…………」
そして、ブレスで焼かれて死ね。
「さすがにそれはかわいそうだよ。でも、なるほどね。だから≪少女喰らい≫がこっちの世界にいるのか…………しかし、君はこっちの世界になじんでるねー」
「そう?」
まあ、元々、こっちの世界の住人だし。
これを教えてあげる義理はないから言わないけど。
「だよー。僕もそういうのが得意な方なんだけど、君はすごいね。動画で見たよ」
動画って、ウィズが配信した動画のことかな?
「ダンジョンのやつ?」
「そそ。『高貴なる吸血鬼ちゃんねるー』ってやつ。一発で≪少女喰らい≫って、わかったよ。だから、君の事を知って、接触したんだよー」
なるほどねー。
というか、あの動画って、マズくないか?
「他の天使も見たかな?」
「いやー、それはないと思う。僕はこういうのが好きだから馴染めたけど、他の天使は無理だよ。だって、あいつら、前時代的だもん」
パリティはそう言って、スマホを取り出し、見せびらかしてきた。
「携帯まで持ってるんだ」
「情報は大事だからね。異世界に来たのなら、まずはその世界の事を知らなくちゃ。実際、なーんも調べなかっただろうハワーは死んでるし」
ふむふむ。
さっき、ベリアルも言っていたが、やはり大事なのは情報らしい。
「じゃあ、次は私が聞く。あんたらを呼んだ存在に心当たりはある?」
「ないねー。聞いたこともない声だったし、感知もできなかった。少なくとも、ルシフェル様と同等かそれ以上の存在だと思うね…………うーん、答えになってないね。代わりに、もう一個、聞いていいよ」
この天使はなかなか気前がいいな。
「じゃあ、元探索者が狙われている理由は?」
「そりゃ経験値だよ。さっき、天使同士で争っているって言ったろ? そうなると、他の天使にやられないためには強くなる必要がある。だから、人間にしては魔力が高い探索者を狙うんだよ。僕も狙おうかと思ったんだけど、他の天使との接触が怖くてねー。今は格下の子爵級や男爵級を狩って、魔力を貯めているところ」
こいつは結構、慎重なんだな。
「ふーん。強くなったの?」
「あんまり…………まあ、気長にやるよ。じゃあ、次に僕が聞くけどさ。君、アンジュって天使を知らない?」
私はその質問を聞かれ、何と答えればいいのか、悩んでしまった。