第059話 ベリアルはいつも奢ってくれるからいいヤツ
私とキミドリちゃん、そして、アンジュは喫茶店に着くと、ベリアルがいる席に向かった。
私がベリアルに挨拶をすると、ベリアルは席につくように言ったので、私とアンジュがベリアルの対面に並んで座り、キミドリちゃんはベリアルの隣に座ることにした。
「まずは何か、頼みたまえ」
ベリアルは気を使ってか、アンジュにメニューを渡した。
「あ、はい…………」
アンジュはメニューを受け取ると、ベリアルをチラチラと見ながらも、メニューに視線を落とす。
そして、すぐに顔が青くなった。
「…………えーっと」
アンジュは非常に困ったような顔をしている。
アンジュはお金を持ってないから、この異様に高い値段では払えないからだろう。
「アンジュ、ベリアルが奢ってくれるから好きなものを頼みな」
私はアンジュに助け舟を出した。
「え…………でも……」
アンジュはベリアルをチラチラと見る。
「もちろん私が出すから好きなものを頼みたまえ。気にすることはない」
「あざーす」
ベリアルが寛容さを見せると、何故かキミドリちゃんが感謝の気持ちがまったくこもっていない口調でお礼を言った。
ベリアルは苦笑するだけで何もとがめない。
「じゃ、じゃあ………………この、果物が乗ったやつで」
アンジュはフルーツパフェにするらしい。
「あ、私とキミドリちゃんはチョコレートパフェね」
「わかった」
ベリアルはそう言うと、手を挙げて店員を呼ぶ。
そして、人数分のコーヒーとパフェを頼んだ。
しばらくすると、注文したコーヒーとパフェが届いた。
「まあ、せっかくだし、食べてくれ。話は食べながらでいい」
ベリアルはアンジュに食べるように勧める。
なお、キミドリちゃんはすでにバクバクと食べていた。
車の中で言っていたが、今日は2つも食べる予定らしい。
さすがはキミドリちゃんだぜ!
「ほら、アンジュ、食べな。キミドリちゃんを見習おう」
私はアンジュに食べるように勧める。
そして、私も自分のチョコレートパフェを食べだした。
アンジュは私やキミドリちゃんを見た後に、おずおずと食べだす。
「あ、美味しい……」
アンジュは一口食べると、笑顔になり、パクパクと食べだした。
「そのままでいいから話を聞きたい。まず、君は天使でいいかな? ≪清廉≫のアンジュで合っているかな?」
ベリアルはコーヒーを飲みながら本題に入った。
「はい。男爵級天使のアンジュです。ベリアル様を尊敬しているか弱い天使です」
まだ言うか、こいつ…………
「心にも思っていないような世辞はいい。君も何者かに召喚されて、この世界にやってきた、でいいのか?」
ベリアルはアンジュの必殺技であるおべっかをスルーした。
「多分…………私は家で本を読んでいたのですが、急に足元に魔方陣が現れたんです。そして、意識を失ったんです。気が付いたら周りは天使だらけだったので、慌てて逃げました」
魔方陣…………
時渡りの秘術かな?
「そうか…………その天使の中に知っている者はいたか?」
「えーっと、何人かは…………有名どころで言えば、大公級天使であるアズラー様がいました。あとは…………あー、侯爵級天使のアーチャー様もいましたね」
アーチャーか…………
サマンサに殺されたヤツだ。
「アズラー…………≪死神≫のアズラーか? アーチャーは≪奈落≫だな」
大公級天使のアズラーは私も聞いたことがある。
出会ったら死ぬと言われる物騒な天使だ。
「ですね。アズラー様を見て、怖くなって逃げたんです。あとは、えーっと、誰がいたかな?」
「なるほど。思い出したらでいいので、後で確認できた天使を教えてくれ」
「はい。でも、なんか仲間を売ってるような感覚です」
アンジュがちょっと落ち込んだ。
「いや、君は天使から命を狙われているのだろう? そういうのは仲間とは呼ばない。君の仲間は他にちゃんといるだろう」
アンジュの仲間…………
サクラちゃんか。
「…………はい」
「君も知っての通り、天使は人間に害をなす。君の仲間を守るためにも情報は必要なんだ」
「…………わかりました。知っていることはすべてお話しします」
アンジュは完全降伏したようだ。
「天使がこっちの世界に来たとして、何をすると思う?」
ベリアルは尋問を続ける。
「皆さんが思っている通りだと思います。天使は人間の悪意や絶望を好み、暗躍します。おそらく、すでに取り込まれた人間も多くいるでしょう」
「だろうな。実は引退した探索者が襲われるという事件が多く発生している。実際、ここにいる青野君も伯爵級天使のハワーに襲撃された」
「え……ハワー……? …………誰?」
どうやらアンジュはハワーを知らないようだ。
まあ、伯爵級天使とはいえ、二つ名なしなら仕方がないか…………
「そいつがキミドリちゃんを襲って、足を切断したんだよ」
私はハワーとキミドリちゃんの事件について説明する。
「え? キミドリさん、普通に足が生えてますけど…………もしかして、義足かなんかですか?」
「うんにゃ。私が眷属にしたから再生したんだよ」
「ん? ということは、キミドリさんって、吸血鬼なんですか? ん-…………吸血鬼っぽくないですね」
まあ、キミドリちゃんは明るいから…………
「キミドリちゃんはまだ吸血鬼になったばかりだからねー。あの場にいたサマンサも吸血鬼だし、ウィズもいたからサクラちゃん以外は全員が人外だったね」
「確かに…………今思うと、変な集まりでしたね」
人間、天使、悪魔、吸血鬼が同じ場所に集まるなんてほぼないだろう。
あったとしても、そこは戦場だ。
「そういえば、≪狂恋≫はともかく、シュテファーニアのヤツはどうした?」
ベリアルはこの場にウィズがいないことに気付いたようだ。
「ウィズだってば…………って、どしたの?」
私がベリアルに名前の訂正を求めていると、アンジュが震えているのがわかった。
「い、今、何て言いました?」
アンジュが顔を引きつらせながらベリアルに聞く。
「ん? シュテファーニアがいないと言ったが?」
「シュテファーニア…………魔族…………いや、ないない。魔王シュテファーニアは勇者様に討たれたし。うんうん、気のせいだ。絶対にそうだ!」
アンジュは震えながら自分を納得させるための言葉を紡いでいる。
「≪暴君≫のことだぞ?」
ベリアルはそんなアンジュにお構いなく、ウィズの正体を告げた。
「あはは。そんなバカなー。魔王シュテファーニアは死、ん……だ…………」
アンジュは笑っていたが、ベリアルを見て、何かに気付いた。
「あのー、魔族って、死なないんですか? ベリアル様も死んだはずでは?」
そういえば、その辺の説明をしてなかったな。
「まあ、説明がめんどくさいから簡潔に話すが、私はこちらの世界で生きているということだ。シュテファーニア…………ウィズだったか? あいつは知らん」
「う、うーん、よくわかりませんが、上級はすごいんですねー。あ、私、ウィズ様を尊敬してるって言っておいてください」
アンジュは馬鹿の一つ覚えみたいに、『尊敬している』を使っている。
それ、誰が信じるんだよ。
というか、私は尊敬しないんかい……
「あんたは長生きしそうねー…………まあ、ウィズもサマンサも寝てる。寝たのは朝方だし」
「そうか…………まあいい。それでアンジュ、天使が元探索者を狙う理由に心当たりはないか?」
「うーーん…………」
ベリアルが改めて聞くと、アンジュは悩みだした。
「まず予想できるのが、経験値ですかね? この世界では魔力を持ったものが極端に少ないです。それこそ探索者くらいでしょう。だから狙われた、とかでしょうか」
「ふーむ。何故、引退した者かわかるか? 普通の探索者を狙えばよかろう」
「天使は魔力は高いですが、直接的な戦闘が得意な者は少ないです。ですので、安全第一でいったのかもしれません。実際、アトレイアでも冒険者を狙う天使は少なかったです。そんな危険な真似をするよりも権力者を騙して、効率的に魔力を集める方が楽ですし、それが天使の定石ですので」
直接的な戦闘を好む魔族とは思考が逆だな。
そりゃあ、仲も悪いわ。
「なるほどな…………やはり天使の事は天使に聞くのがいいようだ。アンジュ、携帯は持っているか?」
「いえ、その、持ってないです」
まあ、持ってないだろうな。
この前まで身分証明のないホームレス天使だったのだから。
「だろうな。これをやる」
ベリアルはそう言って、ポケットからスマホを取り出し、アンジュの前に置く。
「え、こんな高級な物、受け取れませんよ」
スマホって、高級か?
まあ、高いと言えば、高いけど。
「いいから受け取れ。好きに使って構わんが、私が連絡したら絶対に出ろ。あと、あまり課金とかはするな」
アンジュはベリアルにそう言われ、目の前にある携帯を手に取った。
「使い方がわからないんですが…………」
「サクラだったか? 君の友人にでも聞け。こっちの世界で携帯を持っていないと不便どころか変人扱いだぞ」
携帯を持っていないくらいで変人扱いされるかな?
それを言ったら、うちのサマンサだって携帯を持っていない。
まあ、サマンサは変人(変態)だけど……
「わ、わかりました」
「うむ。それと、天使情報を掴んだらすぐに教えろ」
「は、はい! ベリアル様の言う通りにします!」
うーむ、悪魔に捕まった憐れな天使のようだ。
そのまんまだけど。
「君らも天使の情報はすぐにくれ。礼はする」
ベリアルは私やキミドリちゃんにも改めて、情報提供を頼んできた。
「まあ、そのつもりだよ」
「ですです…………あのー、長官、もう1個、頼んでも良いですか?」
普通、このタイミングで頼むか?
さ、さすがはキミドリちゃんだぜ!
「…………好きにしたまえ、君達も遠慮するな」
さすがにベリアルも元部下の図々しさには呆れているようだ。
その後、私とアンジュも別のメニューを頼み、それを食べたところで解散となった。