第055話 親近感が沸かないでもない
「死にたくないです! 燃えかすにはなりたくないです! 助けてください!!」
雑魚天使である≪清廉≫のアンジュは私に縋りつき、懇願している。
「それはベリアルに言いなよ。私はあんたを殺すつもりもないし、見逃してあげてもいい」
こんなヤツ、殺しにくいし。
「でも、さっき、すでにマークされてるって言いましたよね!? 私、そのうち捕まるんですか!? 燃えかすですか!?」
「ベリアルも魔族だし、見逃してくれるんじゃない? あんた、雑魚天使で有名なんでしょ? 大丈夫、大丈夫」
知らないけど……
「すっごい他人事!?」
いや、まごうことなき、他人じゃん。
「大丈夫だってー。きっと、多分、おそらく」
「お願いします。何でもしますからー」
アンジュはもう必死だ。
しかし、何でもすると言っても、こいつはまったく好みじゃないし、役に立つとも思えない。
「とりあえず、ベリアルに電話しろ。うるさくてかなわん」
ウィズもうざがっているようで、電話するように促す。
「仕方ないなー」
私は携帯を取り出す。
「私の事は良く言ってください! ベリアル様を尊敬していると言っておいてください!」
ちゃっかりしてんな、おい。
私はいまだに縋りついてくるアンジュをそのままにし、ベリアルに電話をかけた。
プルルッ――ガチャ
『もしもし』
速っ!
「もしもし、ベリアルー? 今、ちょっといい?」
『かまわんよ。私も君に話があってね』
ベリアルも用事があるようだ。
もしかして…………
「北千住の雑魚天使のこと?」
『雑魚? 雑魚かどうかはわからんが、そうだ。なんだ…………知ってたのか』
「ひえっ! 本当にバレてる!」
アンジュが震えだした。
「そうそう。その件で電話したの。というか、今、泣きながら私に縋りついている状況」
『意味が分からんのだが…………』
そらそうだ。
「簡単に言うとー、アンジュとかいう雑魚天使がお金を稼ごうとして探索者になったみたい。それで身分を証明するものがないから催眠魔法で誤魔化したんだってー」
「…………尊敬! 尊敬!」
アンジュはベリアルに聞こえないように小声で言う。
「あと、ベリアルのことを尊敬してるんだってー」
『尊敬はまったく信用できんが、大体わかった。こちらも探索者データベースに異常が見られたので警戒していたのだ。北千住ならば、君らがいるから天使が何かを企んでいるかと思ったのだよ。しかし、アンジュか…………雑魚天使…………≪清廉≫か?』
さすがは雑魚で有名なアンジュさん!
すぐに通じた。
「それそれ。ウィズから聞いたけど、有名らしいわね?」
『まあ、珍しい天使で有名だな。しかし、そんな雑魚天使までこの世界にいるのか…………てっきり上級天使だけだと思っていたのだが…………』
「一応、男爵級ではあるみたいよ」
自称だけど。
『ふーむ、まあ、私が知っているくらいだから、そこそこ長生きな天使だろうし、そのくらいにはなるかもしれんな』
「あんた、何歳?」
私は縋りついているアンジュに年齢を聞く。
「254歳です。あ、いや、255歳だったかな?」
どっちでもいいけど、確かに長生きだ。
というか、こいつ、私よりも年上なのか……
こんなんでよく254、5年間もアトレイアで生きてこれたな。
「だってさー。あんたも知ってるかもだけど、アンジュは天使に狙われているから何者かに呼び出された後、速攻で逃げたらしい。だから、情報はまったく持ってないっぽい」
『なるほどな…………こういうケースもまあ、あるか…………一度、そいつを連れてきてくれ。話を聞きたい』
「…………アンジュは無害だし、放っておいた方がいいって言ってください!」
アンジュがまたしても小声で言う。
「アンジュは無害だし、放っておいた方がいいよー」
一応、言ってあげよう。
『全部、聞こえているぞ』
だよねー。
「ひええぇー…………殺す気だ。燃えかすにする気だ」
アンジュの震えが大きくなった。
『殺すかどうかを判断するために会うんだ。このままでは殺す一択だぞ?』
「すみません! すみません! 会いますぅ…………パパ、ママ、もうすぐ会えるよ…………」
こいつ、誰と会うつもりだ?
「明日でもいい? 今からこいつに魔法を教えないとだから」
『かまわん。しかし、本当に探索者になるのか…………そうなると、身分証明をきちんとせんといかんな…………そいつは今どこに住んでいる?』
「ロビンソンの家だってー。ロビンソンの娘のサクラちゃんと組んでる」
『わかった。その辺は上手くやる。明日の昼に前と同じホテルの喫茶店に連れてきてくれ』
まあ、ベリアルも殺す気はないっぽいな。
「はーい。じゃあねー」
私は電話を切った。
「ほら、ベリアルも殺す気ないって」
「魔族は信用できません! あいつらはバラバラ死体製造機なんですよ!」
何だ、そのイメージ……
「あんた、魔族に会ったことあるの?」
「いえ、多分、ないですけど…………」
ないんかい!
「じゃあ、あんたのそのイメージは何?」
「ママから聞きました。魔族なんてヤバい種族は即刻、滅ぼすべきだって」
「って言ってるけど?」
私はウィズに話を振る。
「そいつの母親は武闘派だったからそうじゃろう。天使は魔族を嫌っておるし、そんなもんじゃ」
ママさん、武闘派だったのか…………
娘、全然似てないな。
「そんなことにはならないから大丈夫よ。というか、あんた、逃げ切れる気なの? 天使にも狙われているのに、ベリアルまでも敵に回す気?」
「…………ですよね。ベリアル様の情婦になる道しかないのかなー? 魔族は嫌だなぁ……」
こいつ、想像力が豊かだな。
「あいつ、既婚者だからそんなことにはならないわよ」
「というか、ハーフとはいえ、天使なんか死んでもお断りじゃろ。妾も天使だけは伴侶に選ばん。まだゴブリンの方がマシじゃ」
天使って、魔族からすげー嫌われてるんだなー。
まあ、お互い様だろうけど。
「ですかねー…………ゴブリン以下かぁ……それはそれで嫌だなー」
わがままなヤツだな。
私なんて、スライム以下だったのに。
「まあ、変な目には遭わないだろうし、ベリアルの陰に隠れた方がいいでしょ。あんた、天使と遭遇したらどうすんのよ」
「ですねー…………」
アンジュは観念したようだ。
「まあ、口添えくらいはしてあげるから」
「へー…………吸血鬼って良い種族なんですね。ママは引きこもり変態種族って呼んでましたけど」
お前のママを連れてこい!
私の快楽吸血で二度と旦那では満足できないようにしてやるよ!
「けっ! 性悪天使族め! まあいいわ。さっさとあんたに魔法を教えないとね……と言っても、あんたは魔法を使えるのよね? 吸血鬼のブラッドマジックを覚えたい?」
「いやー、無理では? 吸血鬼じゃなくて天使ですし。私、回復魔法と初歩的な攻撃魔法しか覚えてないんですけど…………」
それで十分じゃない?
「サマンサ、どう思う?」
私は魔法に詳しいサマンサに意見を求める。
「キミドリさんがおっしゃっていたように、アンジュさんは戦闘に向いているとは思えません。回復魔法は使えるようですし、バフやデバフ魔法を習得させて、サクラさんのバックアップをメインにやらせた方がいいと思います」
うーん、さすがは優秀なサマンサ。
とても、昨日の夜、髪を強く引っ張ってくださいと懇願し、喘いでいた女には見えない。
「アンジュ、それでいい?」
私はサマンサの意見に同意だが、一応、当人の意見も聞いておく。
「はい。私は自分でも戦いに向いているとは思えませんし、サクラさんの援護をします」
まあ、それがいいだろう。
しかし、そうなると私が教えられることはないな。
私はブラッドマジック以外は攻撃魔法がメインだし。
「サマンサ、教えてあげて」
「わかりました…………では、アンジュさんには、まずバフ魔法を教えましょう」
「お、お願いします!」
サマンサ先生の魔法レッスンが始まった。
私とウィズは邪魔をしちゃいけないので、離れて、その様子を見ることにした。
「あの天使、どう思う?」
私はアンジュとサマンサから距離を取り、ウィズに天使の事をどう思ったのかを聞いてみる。
「見たまんまだな。ちゃっかりはしているが、他の天使と違い、性悪でもない」
「だよねー。ホント、よく今まで生きてこれたわね……」
「≪清廉≫の母親が強かったからな。ルシフェルに逆らい、他の天使に狙われるようになったのに、それらをすべて返り討ちにしておったらしい」
「武闘派って言ってたもんね。階級持ち?」
「当然じゃ。大公級天使だった」
すげー!
大公級ってことはベリアルと同格じゃん!
でも、アンジュはその血を受け継がなかったのか…………
「父親に似たのかな?」
「いや、あれは甘やかされて育ったのだろう。天使と人間の禁断の恋の末に生まれてきた子じゃ。さぞかし、両親に愛されたんだろうよ。じゃなきゃ、あんな性格にはならん」
パパとかママとか言ってたし、そうかもしれない。
「じゃあ、鍛えたら強くなれるんじゃない?」
「無理じゃ。戦いに向いていない性格のヤツは何をしても無駄。おぬしがそれを証明しておる。膨大な魔力を持った王級吸血鬼なのに、スライム相手に『ぐえぇ……』じゃし」
うっさい!
あんただって、ペットフードコーナーに行ったら『うひょー!』じゃん。