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第054話 清廉のアンジュ


 武器屋のお爺さんによる指導はかなり長かったが、無事に終わった。


 しかし、サクラちゃんの槍講習はわかるのだが、天使のアンジュも杖の持ち方をお爺さんに教わっていた。

 杖の持ち方なんてどうでもいいような気がするが、お爺さんが言うには一応、杖にも持ち方があるらしい。


 アンジュはお爺さんの指導を熱心に聞いており、時おりメモまでしていた。


 こいつは本当に天使なのだろうか?

 ちょっと自信がなくなってきた。


 そのまま待っていると、お爺さんの指導を終えたので、私達はダンジョンに向かう。

 向かう階層はゴブリンが出る2階層だ。


 1階層のスライムは昨日、無難に倒していたらしいので、今日はゴブリンを相手にするらしい。


「えーっとですね。ひとまず、私がサクラさんを連れて、槍の使い方を教えつつ、ゴブリンを倒しにいこうと思います。ハルカさんはアンジュさんに魔法を教えてあげてください」


 魔方陣で2階層にやってくると、キミドリちゃんが別れての指導を提案してきた。


 まあ、サクラちゃんが前衛でアンジュが後衛なのは間違いないだろう。

 別々に指導をするのはわかるし、理にかなっている。


 だが、この天使に何を教えるんだ?

 低級とはいえ、魔法は使えるだろうし、吸血鬼が天使を指導するって、かなりシュールなんだけどな…………


「アンジュ、大丈夫…………?」


 サクラちゃんは明らかに様子がおかしいアンジュを心配しているようだ。


「…………うん。大丈夫です。ちょっと緊張しているだけだから」


 アンジュは顔を引きつらせながらぎこちなく笑う。


「そう? 無理しちゃダメだよ。別に今日明日から稼ごうってわけじゃないんだから」

「いや、サクラさんはそうかもしれないけど、私は今日のお昼代もないから」

「アンジュ…………あんた、どんだけお金がないのよ…………ハルカさん、お願いします」


 サクラちゃんは貧乏らしいアンジュに呆れたように笑うと、私にお願いしてくる。


「まあ、天然ものらしいからあんま教えることはないかもだけど、依頼だから出来ることはやるよ」


 一応、お金は貰ってるし、やるか…………


「じゃあ、私とサクラさんはちょっくらゴブリンを狩ってきます」


 キミドリちゃんはそう言うと、サクラちゃんを連れて、奥へと向かった。


 この場に残されたのは王級吸血鬼の私、王級悪魔のウィズ、公爵級吸血鬼のサマンサだ。

 そして、もちろん雑魚天使も。


 さてと…………


 私はキミドリちゃん達に手を振っていたが、天使に尋問しようと思い、天使の方を見る。

 私が天使の方を見ると、天使は地に這いつくばり、土下座をしていた。


 何してんだ、こいつ…………?


「…………何で土下座してんの?」


 私は一応、土下座の意図を聞いてみる。


「見逃してください……!」


 天使のアンジュは土下座をしながら頼んでくる。


「見逃すって言われてもねー…………まあ、事情を聞きたいから立って」

「はい……」


 私が土下座をやめるように言うと、天使はゆっくりと立ち上がった。

 どうやら抵抗する気はないようだ。


「まず、確認なんだけど、あんたは天使で合ってる?」

「…………はい。男爵級天使のアンジュです」


 まさかの階級持ちだった…………

 とはいえ、男爵級は一番下の階級だ。


「あんた、階級持ちなんだ…………とてもそうは見えないけど、魔力を隠してるの?」

「はい。私は戦いがまったく出来ないので、いつも魔力を隠し、アトレイアにある小さな村で細々と治療師をしていました」


 治療師というのは魔法を使う医者みたいなものだ。

 この天使は元々、人間の村に住んでいたらしい。


「なるほどねー。戦闘が出来ないって言っても魔法は使えるでしょ?」

「一応は…………ただ、私は純粋な天使ではないので、そこまで得意というわけではないんです」


 ん?


「純粋じゃないってどういう意味?」

「私は天使と人間のハーフです。母が天使ですが、父は人間です」


 珍しいな…………

 異種族間で子供を設けることは稀にだが、あるにはある。

 だが、寿命が異なる種族間は本当に珍しい。

 ましてや、他種族を見下す天使族では聞いたことがない。


「おぬし…………≪清廉≫のアンジュか?」


 私の腕の中にいるウィズが急にしゃべった。


「うえ!? 猫がしゃべった!?」


 アンジュはウィズがしゃべったことに驚いているが、そこはどうでもいい。


「≪清廉≫? ウィズ、知っているの?」


 というか、この天使って二つ名まであるのか…………


「うむ。こやつというか、こやつの母親が有名なんじゃ。王級天使ルシフェルに逆らい、人間の子を産んだ堕天使としてな。そのせいで≪清廉≫は天使から命を狙われるレベルでめちゃくちゃ嫌われておる」


 天使族は他の種族と違い、上下関係がきっちりとしている。

 王級天使であるルシフェルに逆らうことはすべての天使を敵に回すと同義だ。


「でも、それって、アンジュは関係なくない? 狙われるのは母親の方じゃないの?」

「母は死にました…………」


 アンジュが俯いて、答えた。


 やっべ…………

 もしかして、特大級の地雷だったかもしれない。


「あー…………それはお気の毒に」


 殺されたのかな?


「あ、いえ、別に殺されたとか、そういうわけじゃないです。父が寿命を迎えまして、亡くなったんです。それで母もあとを追っただけです」


 それはそれで重くない?


「えーっと、ご愁傷様です」

「いえ、父も母も幸せそうでしたので、大丈夫です。それに何十年も前の話ですし、寿命の異なる異種族間ではそれが習わしですので」


 当たり前だが、人間の寿命は100年程度だ。

 天使は殺されない限り、何百年、下手をすると、1000年は生きる。

 だから、ほぼ確実に人間が先に死ぬのだが、人間が死んだら天使の方も殉死するのか…………


 私には理解できない価値観だな。


「まあ、問題ないならいいわ。それで、そんなあんたが何でこの世界にいるの?」


 私は本題に入る。


「えーっと、すみません…………よくわからないのですが、気付いたらこの世界にいました。目が覚めたら、周りに天使達がいたんで、慌てて逃げてきたんです。ですので、まったくわかりません。ここはどこですか? アトレイアではない気がするんですが…………」


 そうか……

 アンジュは他の天使から命を狙われているから謎の存在から事情を聞く前に逃げたんだ。


「それはどのくらい前?」

「すみません…………わかりません。ずっと山の中に逃げていまして、そろそろお腹が限界だったので街にやってきた次第でして…………いつかと言われても、結構、前としか…………」


 こいつは雑魚そうだし、要領もよくなさそうだ。

 あんま情報は持ってなさそうだなー。


「街にやってきてからは何してたの?」

「…………残飯を漁りつつ、廃屋で寝泊まりしてました…………」


 要領が悪いのは確定だな。


「お金は?」

「レストランで銀貨を出したら怒られました…………当時はこの世界のことがまったくわからなかったので、すぐに逃げました。無銭飲食しちゃいました。でも、怖かったんです…………すみません」


 アトレイアで無銭飲食した女は悲惨な目に遭う。

 良くて、身体で払え、最悪はモザイクだらけで木につるされる。


 アンジュが逃げたのもわかる。


「まあ、無銭飲食なんてどうでもいいでしょ。ってか、あんたは天使なんだし、その辺は魔法で騙すなり、反撃すればいいじゃない」

「そ、それは良くないことです……! す、すみません…………無銭飲食も一緒ですよね…………お金が入ったら、謝りに行ってきます…………」


 こいつ、本当に天使か?

 ある意味では、天使っぽいけど。


 あー……こんなんだから二つ名が≪清廉≫なんだな。


「あんた、よくアトレイアで生きてこれたわねー」

「私を狙うのは同族である天使だけですから…………村で治療師を狙う人はいませんし、天使は人がいない田舎の村には来ません」


 なるほど。

 意外と考えてたんだな。

 アンジュは妙齢の女だが、治療師に何かあれば、自分達が困ってしまうから村の人間も狙わない。

 人の悪意や絶望を好む天使は人が多い所にしかいない。


 雑魚なりの処世術だろう。

 私の引きこもりアンド靴舐めと一緒。


「≪清廉≫は魔族も狙わんからのう」

「またしゃべった! 幻聴じゃなかった!」


 ウィズがしゃべると、アンジュはまたもや驚いた。


「この子は猫じゃなくて、魔族なの」

「あ、なるほどー?」


 私が説明すると、アンジュは納得したような納得してないような微妙な反応をした。


「ウィズ、何でこの子を魔族は狙わないの?」


 私はいまだに首を傾げているアンジュを放っておき、ウィズに説明を求める。


「雑魚天使で有名だからじゃ。ベリアルがおぬしを見逃したように、魔族は雑魚を相手にせん。雑魚狩りは、魔族にとって恥じゃからな」

「…………雑魚」

「…………雑魚」


 ウィズの説明を聞いた私とアンジュはちょっと暗くなった。


「でも、私はめっちゃ狙われてたけど? 雑魚で有名なのに」

「おぬしは最強の王級吸血鬼じゃろ。まあ、逃げてばっかな雑魚でも有名だったが…………」


 雑魚で有名な最強吸血鬼ハルカ・エターナル・ゼロなり!


 だって、怖いんだもーん。

 というか、戦いをすること自体が好きじゃないし、平和な日本で生まれ育った私が戦えるわけないでしょ。

 私は狩る側だが、獲物は少女だけだ。


「まあいいわ。で、アンジュはお金がなくて探索者になったの?」

「はい。最近は街で占いをしていたんですが、あまり儲からず…………そこで実入りの良い探索者になろうと思ったんです。雑魚天使でも、さすがに階級持ちですので、ゴブリンやスライムには勝てます!」


 雑魚天使って言われたことを気にしてんなー。


「身分証明はどうしたのよ?」

「…………すみません。催眠魔法で誤魔化しました…………試験もです」


 アンジュは罪悪感からか、ずーんと沈んだ。


「なるほどねー。大体わかったわ。それで試験中にサクラちゃんに組もうって言われたのね?」

「はい。あの人、すごいですよね。周りの初対面の人にも話しかけまくってましたし、隣に座っただけの私と組んでくれて、しかも、昨日は家に泊まらせてくれました」


 そらすごい。

 普通、同性とはいえ、初対面の人間を家に招くか?


「サクラちゃん家って、ロビンソンの家?」

「ですね。お父さんは有名な方のようです。ご両親もいい人で、晩御飯も御馳走になりました。お父さんには娘をくれぐれもよろしく頼むとお願いされましたね」


 まあ、アンジュは人畜無害っぽいし、ロビンソンも安心したんだろう。


「サクラちゃんとやっていくの?」

「そのつもりです…………私、他に頼れる人がいないんです!」


 自慢気に言うな。


「どうしよっか?」


 私はウィズにこの天使の処遇を相談する。


「妾は何もせんぞ。≪清廉≫を殺すなど、妾の名が地に落ちるわ」

「うーん、私もやりたくないなー。そもそも、別に天使とかどうでもいいし」


 私を狙っているわけでもなければ、ハワーやアーチャーのような悪意があるわけでもない。

 無視でいい気がする。


「あのー、とりあえず、ベリアル様に報告すれば良いのでは?」


 私が悩んでいると、これまで無表情で一言も言葉を発していなかったサマンサが意見を言った。


「それもそうね」

「というか、職員に催眠魔法をかけた時点でマークされてないか? ベリアルは甘くないぞ」


 ありえる…………

 あいつは天使狩りに躍起になっているし。


「あ、あのー…………まさか、まさかですよ? べ、ベリアルって、≪煉獄≫のベリアルじゃないですよね? 煉獄の悪魔はもう死にましたよね?」


 ベリアルの名を聞いたアンジュが震えながら聞いてくる。


「そのベリアルで合ってるよ」

「ひえっ! やめてください!! 死んじゃいます!! すべてを焼き尽くす大公級悪魔じゃないですか!! いやだ! 私、死にたくない!!」


 アンジュが私に縋りつき、泣き出した。


 こいつにウィズが魔王なんちゃらって教えたら気絶するんじゃないかな?

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