第046話 変態は上を目指す…………いや、下かな
「…………もう、止めてくださいよぅ……んっ」
「…………ダメだよ、サマンサ。キミドリちゃんに聞こえちゃうよ」
「…………で、でもぅ…………あっ! そこは!」
「…………声が大きいよ。キミドリちゃんに――――」
「うるせーーー!!」
キミドリちゃんが急に大きな声を出したので、私もサマンサもビクッとなった。
「き、キミドリちゃん、急にどうしたの?」
「そ、そうですよ。ささ、キミドリさんの番ですよ。ゴールは福岡です。キミドリさんは今、北海道ですから頑張ってください」
私は大阪周辺、サマンサは東京周辺にいる。
「3人でゲームしているのに、隣でイチャコラ、イチャコラしないでもらえます?」
私達は現在、昼間からお酒を飲みながらゲームをしている。
今やっているゲームは人数が多い方が楽しいので、キミドリちゃんを誘ったのだ。
なお、ウィズは寝ている。
昨日、というか、今日の朝までネットの掲示板で討論会という名の罵りあいをしていたらしい。
「い、イチャコラだなんて、そんな…………」
サマンサが恥ずかしそう頬を染めているが、実は一つも恥ずかしがっていない。
ただの羞恥プレイを楽しんでいるだけだ。
30年近くも付き合っていればわかる。
「いやいや! ぜーんぶ、聞こえてますから!! 『サイコロで3が出たらサマンサの熱いピーを触っちゃうよ?』じゃねーよ! サマンサさんも知らないふりしてスペシャルなカードを使うなや!! ゲームの趣旨が変わってんじゃん!!」
キミドリちゃんは口調が変わってしまうくらいにご立腹のようだ。
「ご、ごめんって…………ちゃんとやるから。ほら、サイコロ振ろう」
私はキミドリちゃんに謝り、ゲーム再開を促す。
私達を睨みつけていたキミドリちゃんはイライラしながらも、テレビの方を向き、ゲーム内のサイコロを振った。
『すごく怒ってますよね?』
サマンサが念話で話しかけてきた。
『多分、私とサマンサのラブさに嫉妬してるんだよ。キミドリちゃんは相手がいないから』
『もぅ……ラブだなんてぇ……恥ずかしい。あ、でも、キミドリさんはお相手がいないんですか? おきれいな方だと思うんですけど』
『車と結婚した人だから』
『あー、お好きですもんねー。毎日、掃除しているらしいですし』
6台だか7台もあるのに大変だなー。
ってか、本当に車が好きなんだな。
『すごいよねー。キミドリちゃん、車が好きすぎて、多分、サイドブレーキで処――――』
「全部、聞こえてるからな……!」
キミドリちゃんはテレビ画面を見たまま、低い声でボソッと言う。
「………………」
「………………」
キミドリちゃんが怖い…………
ちょっとした冗談なのに…………
「というか、何で聞こえるの?」
サマンサは私にだけ、念話をしていたはずだ。
「なんとなく、念話でくだらないことを話しているんだろうなーと思って、集中していたら聞こえました」
何それ!?
例のシックスセンス!?
「キミドリちゃんって、そういう野生じみたところがあるよね」
私がそう言うと、サマンサもうんうんと頷いた。
「野生は止めてもらえません? なんか野蛮人みたいなんで」
私の首を刎ね、天使相手には『殺す』を連呼していた悪霊バーサーカーが何だって?
「キミドリちゃんって、あんまモテないでしょ?」
顔はかわいいというか、美人だし、スタイルも良いからモテるんだろうが、多分、すぐに残念がられるタイプだろう。
「私に言い寄るのは大抵ヤリ目ですね」
「わかるわー。キミドリちゃんは絶対にそう」
車で散財する女だもん。
見た目はいいから寄ってくるけど、付き合いたいとは思わないだろう。
ましてや、結婚なんて最悪だ。
「男性なんて、そんなものでは……?」
サマンサがそう言うが、見た目10歳のロリが言うと、すごい違和感がある。
とはいえ、サマンサはガチ王族なので、こういう色恋はドライな考えを持っているのだ。
頭はおかしいけど……
「まあ、私はいいですよ。昼間からお酒飲んで、ゲームして、夜にも飲んで、潰れる。当面はこの人生を送りますよ」
キミドリちゃんも我が怠惰な人生に共感してくれるようだ。
「キミドリちゃんがもう少し小さかったらねー。そこに淫楽を加えてあげるのに」
「要りませんよ。まあ、血はもらいますけど…………」
キミドリちゃんは私の血を飲むことが日課になっている。
というか、お酒のチェイサーやおつまみ代わりにしている。
「よー飲むよね。夜な夜なこっそり人間の血を求めて、徘徊しないでね。吸血鬼あるあるなんだけど、そういうのは、すぐにバレて殺されるから」
吸血は食欲、性欲が同時に満たされ、しかも、強くなれる。
この快楽は何事にも代えがたいものだ。
そして、その快楽を求め、親の吸血鬼が止めているのに、無視し、町で吸血を繰り返すようになる。
そうなったら、人間の兵士や冒険者に捕まるのは時間の問題だ。
こっちの世界に兵士や冒険者はいないが、代わりに警察がいる。
しかも、吸血鬼もいない世界なので、見つかれば、ある意味、もっと問題になるだろう。
「しませんよー……というか、それをやっていたのはハルカさんじゃないですか…………しかも、婦女暴行のおまけ付き」
この前の女子高生かな?
「それは仕方がないよ」
「仕方がないって何ですか…………本当に私のスピード違反とどっちが先でしょうねー」
あー、前にそんな話をしたな。
「大丈夫だよ。私にはサマンサがいるから」
「私もはるるん様がいるので……」
サマンサがそう言いながら抱きついてくる。
「なんだろう? 見せつけられているのに、まったく羨ましくもないし、悔しくもない」
まあ、私とサマンサは見た目ロリで中身ババアの2人だし。
「キミドリちゃんも試しにサマンサの血を飲んでみたら?」
「えー…………」
私が提案すると、サマンサがものすごく嫌そうな顔をした。
「ん-、サマンサさんかー…………ハルカさんの血が一番美味しいんじゃなかったですっけ?」
「まあ、美味しいという自負はあるけど、人によるし」
好みなんて千差万別だろう。
「そうかもしれませんねー。ハルカさん、芋の味ですし」
それやめろ。
「サマンサはチョコの味がするよ」
「や、やめてください!」
私がそう言うと、サマンサは顔を真っ赤にした。
やっぱり自分の血の味の感想を言われるのは恥ずかしい。
しかも、食べ物に例えられると、もっと嫌だ。
「チョコかー。ちょっとコーヒーを淹れてきます」
キミドリちゃんはゲームを中断し、立ち上がると、キッチンの方へ向かう。
「いや、私ははるるん様にしか吸わせたくないんですけ、ど…………」
サマンサはキミドリちゃんの後ろ姿にそう言うが、声が小さいので無視されてしまった。
「えー…………」
無視されたサマンサはがっかりする。
「たまにはいいじゃん。サマンサの方がお姉さんだし、教えてあげないと」
「私はキミドリさんを妹には思えませんよ。どう見たって、向こうの方が上でしょう」
まあ、サマンサはロリだし、キミドリちゃんは一部女子からお姉さまと呼ばれそうだしね。
さぞ、剣道部時代はモテたことだろう。
私とサマンサがゲームを中断したまま、しばらく待っていると、キミドリちゃんがコーヒーを持って、戻ってきた。
しかも、3つも。
「キミドリちゃんが人数分を淹れてくるなんて、すごいね」
「成長ですね」
私とサマンサはキミドリちゃんからコーヒーを受け取りながら賛辞を送る。
「いや、御二人の中で、私はどんだけダメなヤツなんですか…………」
キミドリちゃんは呆れているが、私達はかなりダメなヤツだと思っています。
「ささ、サマンサさん、こっちにおいでー」
キミドリちゃんがサマンサを手招きで誘う。
「えー…………嫌だなぁー」
サマンサはめっちゃ嫌がっている。
いつもの演技でもなく、素で嫌がっている。
「ほら、サマンサ、何事も経験だから」
私は嫌がるサマンサを促した。
「そんなぁ…………」
私に促されたサマンサは嫌がりながらもキミドリちゃんに近づく。
「コーヒーを淹れてあげたじゃないですか?」
キミドリちゃんは嫌がるサマンサの手を掴み、笑顔で言う。
「コーヒー、一杯で買われちゃったぁ…………親に売春させられている子供の気持ちがわかりますね。この前、漫画を読みました」
サマンサは普段、何を読んでいるんだ…………
サマンサは座っているキミドリちゃんの正面に回り、抱っこの形でキミドリちゃんに抱き着いた。
「対面座位みたい」
「「やめてください!!」」
私が感想を言うと、サマンサとキミドリちゃんは同時に言葉をそろえた。
「じゃあ、まあ、親に甘える子供の図かな」
ちょっと親にしてはキミドリちゃんが若く見えるけど。
「嫌だなぁ…………」
「優しくしますから」
うーん、私も父親に売春させられている子供の図に見えてきた。
両方、女だけど。
「いただきまーす」
キミドリちゃんはいつもの嫌な掛け声を言うと、サマンサの首元に噛みついた。
「ひえっ…………」
サマンサが思わず、嫌悪の声を出す。
「あー、たひかに、あまい」
「や、やめてください! そんなことを言わないでください!」
うーん、もはや父親に売春させられている子供にしか見えんな。
キミドリちゃんはサマンサの身体をがしっと押さえ、どんどん血を吸っていっている。
サマンサは嫌がり、離れようともがいていたが、徐々に顔がとろけてきた。
「ああ…………気持ちいい……私、はるるん様以外の人に吸われて気持ちよくなってしまっている…………ダメなのに……ああ……ごめんなさい、はるるん様、ごめんなさい」
謝るなよ……
違う漫画になっちゃったじゃん…………
こいつ、レディコミあたりを読んでるな。
寝とられ系のやつ。
「もうやめて…………これ以上はやめてください…………ああ……はるるん様、見ないでぇ……」
絶対に読んでるわ。
というか、こいつ、背徳プレイしてるし。
ホント、ド変態だな……
「あとひょっほへすから」
まだやんのか…………
私はその後もコーヒーを飲みながら謎のプレイを見続けた。
そして、キミドリちゃんは満足したのか、サマンサから口を離す。
「ふう……サマンサさん、ありがとうございました」
「……………………」
キミドリちゃんがサマンサにお礼を言うと、サマンサは何も言わずに立ち上がり、フラフラと私のもとにやってきた。
「はるるん様ぁ…………」
サマンサはぐだぐだになりながら座っている私の膝の上に乗っかる。
そして、私の首元に噛みつき、血を吸ってきた。
「どうだった?」
私は一心不乱に私の血を飲んでいるサマンサを無視し、食後のコーヒーを飲んでいるキミドリちゃんに聞いてみる。
「確かに、チョコでしたね。コーヒーと合います。美味しかったは美味しかったんですけど、もういいです」
「そうなの?」
「耳元で嬌声がうるさいですし、結局、プレイのだしにされてますし…………」
キミドリちゃんはそう言いながらサマンサを見た。
サマンサは一心不乱に血を吸い、私の足に何かを擦りつけていた。




