第039話 はじめてじゃないけど、おつかい
夕方になると、キミドリちゃんとサマンサがギルドから帰ってきた。
「おかえりー」
私はベッドの上でポテチを食べながらリビングに来た2人を迎える。
「ただいまです」
「ただいま戻りました」
「どうだったー?」
私はサマンサの試験結果を聞いてみた。
「おかげさまで合格しました。あとは金曜の実技試験です」
まあ、サマンサなら余裕かな。
「いやー、サマンサさんも目立ちましたよー」
キミドリちゃんは冷蔵庫からビールを取り出しながら言う。
「そうなの?」
キャラ作った?
「お前は子供ばっかり引き連れて、保育士にでもなったのかって、ムッキーさんに言われました」
あー……サマンサも小さいしなー。
まあ、実際に見た目は10歳だし。
「キミドリちゃん、やったね! 憧れのロリっ子ハーレムだよ」
私が望んだ世界をキミドリちゃんは手に入れてしまった。
もっとも、その中には私も含まれているが。
「憧れませんねー。というか、皆、私よりもはるかに年上だし」
それはしゃーない。
「あ、はるるん様、ご飯を買ってきましたので、食べましょう」
サマンサはアイテムボックスの中からコンビニ袋を取り出すと、テーブルの上に買ってきたであろう総菜とお酒を並べる。
もちろん、自分用であろうスイーツもある。
「偏った食生活ですねー。お肌が荒れますよー」
キミドリちゃんはビールを飲みながらテーブルの上の食材を見て、呆れる。
「キミドリちゃんが言うな。というか、吸血鬼の肌が荒れるわけないじゃん」
「え? そうなんですか?」
「私ら不死だよ? なーんも食べなくても死なないし、病気もしない。太りもしないし、背も伸びない。成長もしないし、肌も荒れない」
何かのアニソンみたい。
「チートじゃないですかー!」
まあ、チートと言えば、チートだけど、何か違くない?
「うん、まあ。だから食生活なんて気にしなくていいよ」
成長もしないし、病気にもならないから栄養バランスを考える必要はない。
食事も飲み物もただの娯楽であり、楽しむものだ。
「それでハルカさんは駄菓子ばっかなんですねー。サマンサさんも甘いものばっかだし」
「キミドリちゃんも好きな物を食べなよー。そんな不味そうな健康ジュースを飲む必要ないよ」
私はテーブルの上にあるキミドリちゃんがいつも買っている紙のジュースを指差す。
「私がスタイル維持のためにどれだけ頑張ったと思ってるんですか!」
あんた、今もがぶがぶとお酒を飲んでんじゃん。
嘘つくんじゃないよ。
「まあ、これからは好きに飲み食いしなよ。長命種族の最大の敵はストレスだよ」
長命種族は退屈になったら終わりだ。
何をしても楽しくない、何をしても心が満たされなくなった時が死に時になる。
「そうしまーす。じゃあ、もう一杯、飲もー」
キミドリちゃんは冷蔵庫に行き、もう一缶を取り出すと、テーブルの前に座り、再び、ビールを飲み始めた。
私も冷蔵庫に行き、自分用のビールとサマンサが好きそうな甘い果実酒を取り出した。
そして、テーブルの前に座ると、果実酒をサマンサに渡し、自分用の缶ビールのタブを開ける。
私達はお酒を片手に各自、好きなものを食べ始めた。
「あれ? ウィズ様は?」
サマンサがベッドから動かないウィズを見て、聞いてくる。
「生配信を見るってさ。ご飯はあとでだってー」
「何ですか、それ?」
当たり前だが、サマンサは知らないようだ。
「探索者が戦っている姿を映像にして、世界中の人々に見せてる」
「ん? はい?」
ダメだ…………
私の説明力が低い。
「ウィズに見せてもらってきなよ。見たほうが早い」
「うーん、ちょっと見てきます」
サマンサはチョコのクッキーとお酒を持って、私のベッドに行った。
「配信ですかー。懐かしいですねー」
キミドリちゃんは早くも3杯目のビールを飲みながら懐かしんでいる。
「キミドリちゃんのも見たよ」
「え? 引退した時に消したはずですけど」
「ウィズが探してきた。一度、ネットに流れたらもう無理だよ」
「あー、そうですねー。いやー、恥ずかしいですねー」
恥ずかしいのか…………
厚顔無恥のくせに。
「キミドリちゃんって、すっごく、きれいだよねー」
私はニコッと笑いながらキミドリちゃんを褒める。
「脱ぎませんよ? 撮りませんよ? 配信しませんよ?」
もうバレたし……
「何で分かったの?」
「私が借金をしているという情報が流れたようで、正直、そういう申し込みが来てますから…………」
うーん、深くは聞いてあげないでおこう。
「地道に返していこうね!」
キミドリちゃん、そっちの世界でデビューしないでね!
「ですねー。まあ、配信が儲かるのは確かですよ」
「そうなんだ。実はウィズがやろうとしてるんだよねー。明日、カメラとパソコンを買ってこいって言われちゃった」
先ほど、カメラとパソコンのスペックが書かれた紙を渡された。
最低でもこれ以上のスペックの物を買えばいいらしい。
「それ、大丈夫です? ハルカさんの魔法って、ハッキリ言ってヤバいですよ?」
「生配信じゃなくて、編集してやるみたい」
パソコンで動画編集をする魔王様(猫)。
「なるほどー。だったら、いいんじゃないですか? ただ、変な人とか勧誘がすごくなると思います」
「そのためのキミドリちゃんでしょうが」
猫を抱えた金髪ロリと目が濁った黒髪ロリ。
悪いおじさんに持って帰られちゃうよ。
「まあ、北千住で活動する限りは大丈夫ですかねー。でも、やるなら最低でもCランクになってからがいいですよ」
「何でー?」
「まず見てもらえません。配信をしている探索者はいっぱいいますからね。やはり人気は高ランカーです。たまにネタに走って、バズる人もいますが、同じようなことを高ランカーに真似されたら太刀打ちが出来ないんです。高ランカーは知名度もありますし、深層の強いモンスターと戦っている動画の方が面白いですからねー」
なんとなくわかるなー。
私だって、スライムを相手にしている動画よりもウェアウルフと戦っている動画の方が見たい。
「キミドリちゃん、詳しいね」
「まあ、やってましたから。同じような動画を配信していましたが、ダンジョン奥の強いモンスターと浅い層の雑魚モンスターでは視聴数が雲泥の差ですよ」
それはあなたの動画がくっころ系だからだったということは関係ないよね?
「なるほどねー」
「浅い層で視聴数を稼いでいるのはアウトなことをしている人か、それこそセクシー系です。おすすめはしません」
しないし、したくないね。
「でも、そういうのがあるなんて知らなかったなー」
もうちょっと硬派な感じかと思っていたが、結構、エンターテイメント性が高い。
「ハルカさんはあまりネットを見ませんもんね。年末には大きなイベントもあるんですよ」
ん? 聞いたことあるな。
「ギルド対抗ってやつ?」
私は以前、ギルドでムッキーさんから聞いた話を思い出す。
そして、同時に嫌な思い出もよみがえり、ちょっとへこんだ。
「あれ? 知ってました?」
「ムッキーさんに聞いた」
私はどうして、あの時、ちゃんと番号を確認しなかったんだろう……
「そうでしたか。あれも配信と似たようなものなんですが、あれはテレビ中継なんですよ。売れない配信者は知名度を上げるチャンスです。探索者のお祭りの1つですねー」
「ふーん。年末はゴロゴロしたいなー」
コタツで猫と一緒にみかんを食べるのが日本の冬だろう。
「あなた、いつもゴロゴロしてるじゃないですか」
高貴なる者は怠惰なのだ!
だから仕方ないよねー。
◆◇◆
翌日、昼に起きた私は昼ご飯を食べ、サマンサを連れて、近くの電気屋に向かった。
電気屋に着くと、サマンサはキョロキョロと電化製品を見渡している。
「えーっと、買うのはテレビとパソコンとカメラでしたね。私はよくわかりませんので、はるるん様にお任せします」
お任せされちゃったけど、私もよくわかんないんだよね。
「とりあえず、指定されたパソコンとカメラを買うか…………」
私とサマンサはまず、パソコンコーナーにやってきた。
パソコンコーナーには、当たり前だが、多くのデスクトップパソコンやノートパソコンが並んでいる。
私はその中の一つのパソコンを見た!
スペックを読んだ!
わかんない…………
「えーっと…………」
私はウィズに指示された紙を見る。
まったくわからないので、紙に書かれたスペックと商品を見比べた。
うーん、私、吸血鬼だからわかんないや。
「サマンサ、適当に買ってもいいかな?」
バレなくない?
ちゃんと言われたスペック通りに買ったって言い張れば、バレなくない?
「怒られることはないと思いますが、ウィズ様にバカにされると思います…………」
おぬしはおつかいの1つも出来んのか?
はぁ……見た目だけじゃなく、中身も子供か……
と言ってくる可能性が高い。
「そこまでは言わないかと…………」
サマンサは言いにくそうに否定しており、完全な否定はできないようだ。
「似たようなニュアンスで言ってくるわよ」
私は悩む。
このままではバカにされてしまう。
「よーし! こんな時のためのお助けキャラよ」
私は携帯を取り出し、ある番号に電話をする。
「あのー……店員に聞けばいいんじゃ……?」
耳元でプルルルル、という着信音が鳴っていると、サマンサが上目遣いをしながらぼそりとつぶやいた。
あ……
『もしもし、なんだよ。俺は今日はダンジョンにいねーぞ』
まあ、いっか☆
「あ、私、私!」
「いや、わかるから。というか、いつもの高貴はどこに行った?」
電話に出たのは私の優秀な下僕であるロビンソンである。
勝手なイメージだが、こういう電化製品は男の人の方が強いイメージがある。
ましてや、娘をかわいがっているロビンソンは絶対にカメラを持っていると踏んでいる。
「今、外なのよ。しかも、電気屋。こんな所であんなしゃべり方をしたら頭がおかしい人だと思われるじゃない」
服装も普通の私服だし。
「いや、十分に頭がおかしいよ…………で? 外にいんのに何の用だよ?」
「んー? 用がないと電話しちゃいけないの? ひどーい」
「うっぜー……切っていいか? 俺はオフなんだよ」
ほうほう…………オフか。
つまり、家にいるわけだね?
暇なわけだね?
「あんた、パソコンとか、カメラって、持ってる?」
「持ってるぞー。子供の成長とか撮るし」
うんうん。
予想通りだ。
今日の私は非常に冴えていると思う。
「詳しい?」
「まあ…………そこまで詳しいわけじゃないけど」
ふむふむ。
こういうことを言う男の人は大抵、詳しいものだ。
私の目に狂いはなかった。
「じゃあ、来なさい」
「どこに?」
「電気屋に決まってんじゃん」
「何しに?」
「いや、わかるでしょ」
「まあ、わかるけど」
ロビンソンはすごくめんどくさそうだ。
でも、関係ないね。
ロビンソンは良いヤツだから!
「じゃあ、来なさい。あんたの家から近いから」
「何で俺の家を知ってんの?」
「キミドリちゃんに聞いた」
「ダメじゃね?」
「キミドリちゃんがダメじゃないと思ってたんだ」
ありえないでしょ?
「…………まあ、いいか……電池、買いたいし」
そうそう。
素直が一番。
「5分で来なさい」
「いや、無理じゃね――――ピッ」
うるさいオヤジだね。
「助っ人が来るってー」
「はるるん様の人徳でしょう」
私もそう思う。
サマンサはわかってるね。
しばらく待っていると、いつものガンマンスタイルではない普通のおじさんスタイルのロビンソンがやってきた。
「10分も遅刻ね。まあ、私は寛大だから許してあげる」
「5分は無理に決まってんだろ」
ロビンソンは呆れたように言葉を返した。
謝罪もないとは……
これが人の親とは嘆かわしい。
「まあいいわ。サマンサ、この人が北千住のトップランカー(笑)の一人のロビンソンよ」
私は初対面であろうロビンソンをサマンサに紹介する。
「こんにちは。サマンサと言います。ロビンソン様ですね。ご高名はかねがね聞いております」
『そうなの?』
私はサマンサがロビンソンを知っているとは思わなかったので、念話で聞いてみた。
『いえ。知りませんが、有名そうな人はこれを言っておけばいいのです』
サマンサから帰ってきた答えは相変わらずのものだった。
さすがは他人に興味を持たない女。
「…………いや、マズくね?」
ロビンソンはサマンサをじーっと見た後に私を非難する目で見てくる。
「言っておくけど、サマンサは成人してるわよ」
ロビンソンの言いたいことはわかる。
私が少女をたぶらかしていると思っているのだろう。
「マジで? 最近の若い子は発達しているなーと思っていたんだが、勘違いだったか」
言いたいことはわかるが、おじさんが言うと、気持ちが悪いな。
「勘違いよ、スケベオヤジ。それを娘に言ってごらんなさい? 間違いなく、嫌われるから」
「気をつけよ」
この反応からして、もう遅そうだな。
娘にスカート短すぎない?とか言ってそう。
女の子はそういうのをすごく嫌がる生き物なのだ。
「気をつけなさい。じゃあ、これ」
私はパソコンとカメラのスペックが書いてある紙を渡す。
ロビンソンは紙を受け取ると、読み始めた。
そして、すぐに顔を上げ、私を見てくる。
「いや、ここまで書いてあるなら買えばよくね?」
「そういうのが人を傷つけるのよ」
知らないの?
「うん、そっかー……じゃあ、まあ、適当に選んでやるよ」
持つべきものは有能な下僕だなー。
ロビンソンは紙と商品説明に書かれているスペックを見比べながらパソコンを見ていく。
「ネットは?」
パソコンを見ていたロビンソンは顔を上げ、こちらを見ながら聞いてきた。
「何か部屋についてるってー」
ウィズがそう言ってた。
「…………じゃあ、いらないか……」
私はここにいても役に立ちそうにないし、後のことはロビンソンに任せよう。
私はサマンサを連れて、比較的わかりそうなテレビコーナーに向かった。
テレビコーナーでは大小様々なテレビが置いてあり、他のお客さんもそこそこいる。
「サマンサー、どのテレビがいいかなー?」
私はテレビなら決め手は大きさくらいだろうと思い、サマンサに聞いてみることにした。
「部屋のサイズから考えて、これがよろしいのでは?」
サマンサが指差したのは75インチサイズの大型テレビだった。
75インチか…………
ウィズもそうだが、サマンサも迷ったら大きいのを買うところがある。
王族は皆、そうなのかね?
「じゃあ、これにしよっかー」
「はい」
私達はテレビを決めたので、ロビンソンがいるパソコンコーナーに戻る。
「決まったー?」
私はパソコンの前で悩んでいるロビンソンに声をかけた。
「カメラは決まった。というか、ご指定の物が一つしかなかった。パソコンは2つあるんだが、どっちがいいかなと思って」
「そんなのどっちでもいいわよ。ちゃんとスペックさえ満たしていれば、バカにされないんだから。高い方を買うわ」
ここで高い方を選ぶ私も金持ちになったもんだなー。
「じゃあ、こっちだな」
ロビンソンはちょっと大きめのデスクトップパソコンを指差す。
「ふむふむ。わかったわ。じゃあ、買うかな。あ、ご苦労であったぞ。この奉公にはいつか報いてやろう」
よきにはからえー。
「まあ、これくらいなら楽なもんだけどよー。あ、そういえば、お前さん、キミドリちゃんと組むのか?」
それ、ムッキーさんにも聞かれたな。
「まあ、そうね。それとサマンサもね」
「あー、もしかして、キミドリちゃんが保育士を始めたって、それかー」
本当に噂になってるし。
「どうでもいいけど、私もサマンサも見た目は幼いけど、さすがに保育園児は無理があるわよ?」
私は身長が145センチ程度はあるし、サマンサだって、140センチ程度はある。
確かに小さいが、保育園児と言われるほど、小さくはない。
「まあ、ノリじゃね?」
嫌なノリ…………
「まあいいわ。あまりちょっかいをかけないように言っておくことね、私は温厚だけど、サマンサは容赦しないから。お仲間を死なせたくはないでしょう?」
サマンサは格上のベリアルに特攻するくらいには攻撃的だ。
「その子、強いの?」
「あなたが一瞬で蒸発する程度にはねー」
ロビンソンはサマンサをまじまじと見た。
「…………………………」
サマンサはそんなロビンソンを表情を変えずに濁った目で見ている。
「うーん、よくわからないけど、君子危うきに近寄らずにしよう」
ロビンソンは賢い選択をしたようだ。
「あなたは慎重ねー」
「ダンジョンで生き残るコツだよ。変なものには近づかない。関わらない…………いや、忘れてくれ。もう遅かったわ」
変なもの…………私?
「私、変じゃないよね?」
私は人を見る目が確かなサマンサに聞いてみる。
「もちろんです。はるるん様ほどの御方はこの世におりません」
いい子。
めっちゃかわいい。
「もう1人いたか…………」
お前はさっさと帰れ!