第036話 デートかな? デートだよ!
喫茶店でベリアルに色々と頼み、逆に頼まれごとをされた私達は食事を終えた後、ベリアルと別れ、喫茶店を出た。
その後、キミドリちゃんの車に乗り込み、新居であるマンションを目指す。
マンションは今住んでいるアパートからそれほど離れていない。
いきなりとはいえ、すでに入居できる状態になっているらしいので、見に行こうという話になったのだ。
キミドリちゃんが速度違反なスピードでぶっ飛ばしたおかげで、来る時よりも早めに到着した。
「キミドリちゃん、地下に駐車場があるらしいからそこに止めて」
私はベリアルからもらった封筒の中にあった紙を見ながら言う。
「おー! 駐車場付きですかー!」
キミドリちゃんが嬉しそうでなにより。
「駐車場はキミドリちゃんが使っていいよ。私は乗らないし」
「免許、持ってますよね? 運転すればいい…………いえ、やっぱ何でもないです」
おい、こら!
「何で途中で言うのをやめたの?」
「ハルカさんは運転しない方がいいですよ…………怖いし」
おい、こら!
どんくさいって思っただろ!
「キミドリちゃんもウィズも私のことをどんくさいって言うけど、そこまでじゃないから」
私は運動神経もあんまり良くないし、体育の成績も悪かったが、どんくさいと言われるほど、鈍くはない。
「そうじゃのう」
「ですね」
優しい笑みがうざいね。
めっちゃうざいね。
「駐車場は2台しか止められないからねー」
ふんっだ。
「2台かー。どの子にしようかなー」
盗まれろ。
車上荒らしに遭え。
私はすさんだ心になっていたが、駐車場に車を止め、エレベーターで部屋の前のフロアに着くと、負の心が吹き飛んだ。
「すごいきれい」
「私達、場違いじゃないですかね?」
「妾に相応しかろう」
「きれいですね」
エレベーターもそうだったが、フロアは高級っぽいし、すごくきれいだ。
私達はテンションが上がりつつ、自分達の部屋に向かう。
部屋の前に着くと、ベリアルにもらった封筒から鍵を出し、扉を開けた。
「うん! 暑いね!」
めっちゃ暑い。
まあ、締め切った部屋なうえに、今は昼過ぎ。
一番気温が高い時間帯だろう。
「そらな」
「エアコンつけてきまーす」
キミドリちゃんはさっさと部屋に入り、エアコンをつけに行った。
私達もキミドリちゃんに続いて、中に入る。
「広い部屋ですねー」
リビングに来ると、サマンサが部屋を見渡す。
私も改めてリビングを見渡し、広いなーと思った。
「ここが決めていた新居。サマンサも住みなよ」
「私は………………じゃあ、せっかくですし」
サマンサはおずおずと一緒に住むことに同意してくれた。
「じゃあ、サマンサの部屋はどこにしようかなー。あ、キミドリちゃんはどこの部屋がいい?」
一応、聞いておこう。
「リビングから一番離れたところにしてください。邪魔になるんで」
キミドリちゃんの顔には変な声を聞きたくないと書いてある。
覗いていたくせに!
キミドリちゃんって、絶対にむっつりスケベだと思う。
感じやすいし!
私はキミドリちゃんを無視して、サマンサを連れてリビングを出た。
「サマンサはこの部屋ねー」
私はサマンサの部屋をリビングに近い部屋に決め、部屋の中に連れていく。
「ありがとうございます。しかし、何もないですね」
サマンサが言うように、この部屋は私のアパートの部屋よりもずっと広いが、何もない。
「まあ、新居だしね」
私とサマンサがリビングに戻ると、涼しい風がわずかに感じられる。
「エアコンさいこー」
「涼しいのう」
キミドリちゃんとウィズはエアコンの真下で涼んでいる。
エアコンがない家に居候させてごめんねぇ…………
「はるるん様の部屋はどちらですか?」
自分の部屋が決まったサマンサが聞いてくる。
「ここ。私、動かないし」
私の部屋はこのリビングである。
私はウィズのお城に住んでいた時からそうだったが、一つの部屋にベッドも何もかも置き、基本的にそこから動かない。
引きこもり体質なのだ。
「あー……そうでしたね。しかし、やっぱり何もないですね。あの家の物を持ってくる必要があります」
うーん、こんな広いリビングにあのせんべい布団を持ってくるの?
せっかくだし、広いベッドでも買おうかな。
「サマンサの家具も買わないとだし、買い物に行かないとねー」
「今から買ってこい。妾はもうあの家には戻らんから」
ウィズ…………
そんなにエアコンがいいのか?
いいよね……
知ってる。
「じゃあ、買いに行こうかな。キミドリちゃんは?」
「私はもう少し涼んだら実家に帰って、家具や荷物を取ってきますよ」
何も持ってこないでウチに来たなーと思ったら実家に置いてあったのか。
「じゃあ、サマンサとお出かけしてくるよー」
「行ってこい。妾はこの家を守っておこう」
ウィズはエアコンの真下でべたーと伏したまま、そう告げた。
あんたが守っているのはエアコンの真下でしょ……
◆◇◆
マンションを出た私とサマンサは電車に乗り、まずアパートに戻った。
「もうウィズもキミドリちゃんもあのマンションから動く気なさそうだし、このアパートを引き払うわ」
私は部屋に戻り、サマンサにそう言うと、片づけを始める。
「はるるん様、片づけをしていたら時間が足りないと思います。とりあえず、すべての荷物をアイテムボックスにしまいましょう。選別は後で行えばいいと思います」
賢いサマンサは実に効率的なアイデアを口にした。
「なるほど。じゃあ、そうしよっか」
私とサマンサは手分けして、片っ端から物をアイテムボックスに収納していく。
基本的にアイテムボックスの容量は魔力に依存する。
無限魔力を持つ私はもちろんのこと、サマンサも魔力が高いため、アイテムボックスの容量を気にせずに、どんどんと物を収納していった。
2人でやったことと、そもそも荷物があまりないことが幸いし、1時間もかからなかった。
「よーし、終わり―! 何年も住んだアパートだけど、あのマンションを見ると、哀愁が吹き飛ぶわね」
まあ、最近は同居人も増えたし、そういった哀愁よりもこの部屋狭いなーという気持ちの方が強かったこともある。
「私にはよくわかりませんが、そんなものですか」
「そんなものなのよ。じゃあ、買い物に行こうかな。行くぞー!」
私は拳を上げた。
「…………おー」
サマンサはめっちゃ小さい声でおずおずと拳を上げる。
かわいい!
私はそんなサマンサの手を引っ張り、家具を買いに行くことにした。
再び、電車に乗り、歩いて、近くのショッピングモールに到着した私達は手を繋ぎながら、モール内を歩いている。
「まずはベッドかなー。サマンサはおっきいのがいいよね?」
お姫様だし。
「いえ、そこそこのもので構いません。あまり大きくても部屋が狭くなっちゃいますので」
それもそうだなー。
広いとはいえ、私やサマンサが住んでいたお城と比べると小さい。
まあ、比べるもんじゃないけども。
「タンスとかもいるよね」
「まあ、いずれは欲しいとは思いますが、後でかまいません。そもそも服も持ってませんし…………」
そういえば、サマンサはずっと魔法で作った黒いローブを着ている。
「ベッドを買ったら服も買おっか」
「いえ、後でいいですよ」
私が提案すると、サマンサは遠慮する。
「ダメー。サマンサはかわいいからちゃんと服も買わないと」
その黒ローブもシンプルで魔女っ娘みたいでかわいいけど、せっかくだし、おしゃれしないとー。
私はそのままサマンサを引っ張り、家具店のベッドコーナーに行く。
「色々あるねー」
私はベッドコーナーに着くと、いっぱい置いてあるベッドを見渡す。
「ですねー」
サマンサはいっぱいベッドがある中からとあるベッドに座り、手で柔らかさを確認する。
「本当にこっちの世界はすごいですね。素材がわかりませんが、すごく柔らかいのに、弾力もあります」
まあ、あっちの世界の私のせんべい布団以下の布団と比べたらねー。
安い宿屋に行くと、わらが敷いてあることもある。
あれはさすがにひどいと思った。
私達は色んなベッドを見たり触ったりしながら物色していく。
そして、すべてのベッドを見終え、悩む。
「どれにするー?」
私はどれも決め手に欠けていたので決められない。
「どれもレベルが高くて悩みますね」
ほんそれ。
「わかんないから好みの形かサイズで決めよっか」
「ですね。私はこのベッドにします」
サマンサは近くにあったベッドを指差す。
そのベッドはサマンサが最初に座って確認していたダブルサイズのベッドだ。
「これでいいの? ダブルだよ?」
お姫様だし、キングかクイーンじゃないの?
「十分ですよ。私、小さいですし」
まあ、見た目10歳だしねー。
「私はこのおっきいのかなー」
私はキングサイズのベッドに決めた。
「いいと思います。リビングは広いですし、小さいとシュテファ……ウィズ様が文句を言うと思います」
だよね。
あの猫、無駄に豪勢なものが好きだし。
私達はそれぞれのベッドを決めると、店員さんを呼び、購入する。
いつもはたまーに子供に間違われる程度の私だったが、今回は私よりも小さいサマンサがいたせいで完全に小学生と間違えられた。
私は慣れたように免許証を出し、大人であることを告げると、店員さんにめっちゃ謝罪された。
これも含めて慣れたもんであるため、今さら何も思わない。
そんなこんなで購入したベッドをアイテムボックスにしまい、ベッド用の布団やその他の家具も買った後に服屋や小物ショップに行った。
そこでは、遠慮するサマンサにかわいい攻めをし、服や小物、アクセサリーを購入する。
サマンサもどことなく嬉しそうだった。
そして、色んなものを購入していると、時刻も夕方の5時を回った。
「いやー、買ったねー」
買い物を終え、ショッピングモールを出た私達は電車に乗っている。
「私、ショッピングをしたのは久しぶりですよ」
そういえば、私もだ。
「吸血鬼はあんましないもんね」
そもそも昼間に外に出ることがほとんどない。
「ですねー。でも、楽しかったです」
サマンサは嬉しそうに笑っている。
「うんうん」
「はるるん様…………はるるん様はこの世界で生きていくおつもりですか?」
笑っていたサマンサだったが、神妙な顔をして聞いてくる。
「だねー。元々はこの世界の住人だし、アトレイアと違って平和だしね。こっちで自堕落に生きるよ」
アトレイアにもいいところはあるが、こっちの世界の方が圧倒的に快適だ。
「そうですか…………」
サマンサが俯く。
「サマンサはアトレイアの方がいいの?」
やはり生まれ育った世界の方がいいのだろうか?
「いえ、私ははるるん様がいる世界がいいです。それにこっちの方が食事は快適です」
食事というか、甘いものだろうなー。
サマンサって、本当に甘いものが好きだったんだな。
アトレイアには甘味が少なかったので気付かなかった。
「…………メルとエリーゼは元気?」
私は置いてきてしまった眷属が気になっていたので、この際だから聞いてみることにした。
あの子達は上手くやれるだろうか……
「大丈夫です。メルは明るいですし、エリーゼは…………そのー、て、天真爛漫ですので前向きに生きていますよ」
サマンサはエリーゼのところで言いよどんだ。
気持ちはわかる。
天真爛漫と書いてバカと読むからだ。
「そっかー。元気なら良かった」
「大公級吸血鬼のセーラ様に庇護を頼みました。セーラ様はお優しいので大丈夫でしょう」
セーラに頼んだのか…………
セーラは白い髪をした幼女(150歳)なのだが、大公級なだけあって、恐ろしい力を持っている。
昔、かわいい子がいるーと思って、襲い掛かったらボコボコにされたことがある。
でも、セーラは同族意識の高い子だからあの子達を守ってくれるだろう。
私はめっちゃ嫌われてるけど…………
「じゃあ、大丈夫ね。サマンサはここにいるんだよね?」
いきなりこんなことを話し出したからちょっと不安になっている私。
「もちろんです。私ははるるん様がいればよいのです。それが私の唯一の望みですから」
濁った目で笑いかけられながらその言葉を言われると、ちょっと怖い。
でも、かわいいからオールオッケー!
「本当に…………ただ、それだけで……いいんです……」
サマンサは下を向き、ポツリ、ポツリとつぶやく。
やっぱ怖い…………
今日は一緒にいてあげないと爆発しそうだわ……




