第033話 憐れな勇者君と腹黒吸血鬼
「ただいまー」
私は部屋に入ると、ウィズとキミドリちゃんに帰宅の挨拶をする。
「遅かったのう」
「おかえりなさい。一応、コンビニでお弁当と駄菓子を買ったんですけど、食べます?」
2人は晩御飯を食べる前だったらしく、テーブルの上にはお酒と総菜が並んでいる。
「食べる、食べる。色々と話さないといけないことが多いんだけど、その前に…………いや、おいでよ」
私はサマンサが扉の陰に隠れていたので、引っ張り出した。
「こんばんはー……」
サマンサが小さな声で挨拶をする。
「うわっ! このペドロリ女、女の子をお持ち帰りしやがった!」
「ん!? サマンサ!?」
「さまんさ?」
キミドリちゃんは最初は驚いていたが、ウィズの反応を見て、ウィズと同様にはてなマークを浮かべている。
「お久しぶりです、シュテファーニア様。公爵級吸血鬼、≪狂恋≫のサマンサです」
サマンサはウィズにうやうやしく頭を下げる。
「うーむ。妾の名前を言えるとは…………サマンサで間違いないのう……」
どうせ、私は覚えてませんよー。
「え? 誰? 公爵級吸血鬼? マジで誰?」
キミドリちゃんはまったく状況についてきていない。
まあ、こいつはサマンサを知らんからな。
「キミドリちゃん、後で説明するよ。サマンサ、とりあえず、入って」
私はサマンサに部屋に入るように勧める。
「あ、はい。失礼します」
サマンサはそう言って、玄関に入ったのだが、玄関に並んでいる靴を見て、首を傾げる。
そして、キミドリちゃんの足元を確認すると、おずおずと靴を脱ぎ始めた。
「あ、この国は家では靴を脱ぐんだよ」
サマンサがいた国では家でも靴は脱がない。
というか、アトレイアでは靴を脱ぐ風習の国を聞いたことがない。
「あ、はい、わかります。そのような文化の国もあるとは聞いたことがありますので」
偉い子だねー。
サマンサは靴を脱ぎ、部屋に入ると、部屋を見渡しているだけで、一向に座る気配がない。
「サマンサ、ここに座って」
私はいつも私が座っている場所に座ると、サマンサに横に座るように促す。
「あ、はい。失礼します」
サマンサはそう言って、ちょこんと私の横に座った。
「まずはキミドリちゃん、この子を紹介するよ。アトレイアの住人で私の眷属のサマンサ」
私はキミドリちゃんにサマンサを紹介する。
「はじめまして。はるるん様の第一の眷属、公爵級吸血鬼のサマンサでございます」
サマンサはキミドリちゃんに頭を下げる。
そして、さりげなくマウントを取っている。
眷属に順番もなければ、序列なんかないのに。
「ハァ……? ど、どうも」
キミドリちゃんはまだ理解が追いつかないようだ。
「サマンサ、この人がこっちの世界で私が眷属にしたキミドリちゃん」
次に私はサマンサにキミドリちゃんを紹介した。
「ど、どうもはじめまして。青野キミドリです」
キミドリちゃんは戸惑いながらも頭を下げる。
「キミドリ様ですね。よろしくお願いいたします…………あのー」
サマンサはキミドリちゃんに頭を下げ返すと、私に耳打ちしてくる。
「なーに?」
「この人、眷属なんですか? はるるん様、趣味が変わったんですか?」
「いや、趣味は変わってないし、キミドリちゃんはそういうのじゃないから。憐れだったから拾ってあげたの」
痛々しかったからね。
「私は子犬ですか?」
キミドリちゃんが若干、不満そうだ。
「子犬なんて、かわいいものじゃないでしょ」
寄生虫だよ。
「ひどーい」
キミドリちゃんはそんなことを言っているが、へらへらと笑っている。
もう、だいぶ飲んでらっしゃるな…………
「……………………」
サマンサは私とキミドリちゃんのやり取りをじーっと見ている。
「どしたの?」
「いえ、上手くいっているようなら問題ありません。強そうですし、はるるん様の盾にはなれるでしょう」
まあ、サマンサは盾になれないもんね。
お姫様だから戦闘はからきしだし…………
「して、サマンサ、おぬし、何故、ここにおる? 時渡りの秘術を使ったのか?」
ウィズが本題に入った。
「そうそう。何でいるの? ビックリしたよ」
私もウィズに同調して聞くと、サマンサの表情が暗くなり、俯いた。
「…………いたらマズいですか?」
あ、サマンサの負のオーラが増した…………
「いや、いてくれるのは嬉しいよ。もう会えないかと思ってたし。でも、どうやって、こっちの世界に来たか気になるじゃん。サマンサが時渡りの秘術を使えるとは思えないし」
私はそう言いながらサマンサの手を引く。
ほらー、こっちにおいでー。
サマンサは私に体を預けると、腕を回し、抱きついてきた。
そして、震えている。
え?
泣いてるし…………
私はどうしようかと思い、ウィズを見る。
『好きにさせてやれ。サマンサはおぬしに妄執しておったし』
ウィズは念話でそう言ってきた。
私は泣いているサマンサの背中をさする。
「大丈夫だから。ね?」
「はい…………」
「それでどうやって来たの?」
サマンサは顔を上げる。
でも、離れない。
別にいいし、嬉しいんだけど、しゃべりにくくないかな?
「時渡りの秘術を使いました」
マジで使ったのか…………
「時渡りの秘術を? おぬしが?…………うーん、おぬしは確かに、優れたメイジじゃったが、とても使えるとは思えんのじゃが…………」
ウィズは首を傾げる。
気持ちはわかる。
時渡りの秘術はそれだけ難しく、膨大な魔力を使う。
私とウィズが何年も、何十年もかけて作り上げた激ムズ魔法なのだ。
「それを説明する前に一つ確認したいのですが、はるるん様とシュテファーニア様は勇者シンゴと会いましたか?」
シンゴ?
あいつ、確か、そんな名前だったかなー?
「会ったよ。勇者がお城に急に来たからびっくりしたもん」
「じゃのう。いくら妾達でも勇者なんか相手に出来ん。おぬしには悪いが、時渡りの秘術でこの世界に逃げたのじゃ」
私とウィズが答えると、サマンサは私に抱きついたまま考え出す。
いい加減、離れてくれないかなー…………
そろそろ暑いんだけど…………
「なるほど…………わかりました。はるるん様達が転移した後の事を少し説明します。はるるん様達が転移した後、勇者シンゴはケルク王国に帰還し、国王にはるるん様を討伐したと報告しました」
いや、討伐されてないし。
「生きてるよ?」
「ええ。どうやら勇者は嘘の報告をしたようです。おそらく、こちらの世界に帰還したかったのでしょう」
そういえば、私を倒したら元の世界に帰れるって、国王と約束したんだっけ。
「守るわけないだろうに……」
ウィズがそうつぶやくが、私もそう思う。
あっちの世界は人や魔物との争いが熾烈であり、一国の王が勇者という最高戦力を手放すわけがない。
「その通りです。実際、ケルク王は約束を破り、次々と魔物討伐を命じました」
「そんなん受けなきゃいいのに」
「まあ、篭絡されてましたね。あそこのお姫様に」
男を操るには女か…………
「ふーん、それでどうなったの?」
「もう少し、続きます。勇者シンゴはこのままではマズいと考え、自ら、時渡りの秘術を使おうと考えたのです」
執念すごいな。
「人間が使える魔法でないというに」
ウィズが首を振る。
「それだけ必死だったのでしょう。本人に聞きましたが、はるるん様がこちらの世界を滅ぼし、妹であるアイリさんに手を出すと思っていたようです」
あー…………最後の言葉を鵜呑みにしたんだ。
「そんな気はまったくないんだけどね」
妹さん、高校生って言ってたし、微妙なお年頃だ。
「でしょうね。しかし、勇者シンゴは焦っていましたよ。そして、あの男は本当に時渡りの秘術を作ったのです」
マジか…………
じゃあ、あいつ、この世界に来るの?
やばいじゃん。
「それはすごいのう。人間が扱える代物ではないのだが」
ウィズも素直に感嘆している。
それだけすごいことなのだ。
魔法のスペシャリストである上級悪魔でも作れない魔法を勇者とはいえ、人間が作った。
「執念でしょうね。しかし、勇者シンゴは失敗しました」
おや?
「転移できなかったの?」
「はい。私がその魔法を奪いましたので」
さっきまで泣いていた少女はクスクスと小さく笑う。
「はい?」
どういうこと?
「私ははるるん様を殺した勇者を殺すつもりで、あの男に近づきました。しかし、話を聞くと、はるるん様はこちらの世界に転移したと聞きました。そこで私は、勇者に時渡りの秘術を作らせ、それを奪い、私が転移しようと考えたのです」
「そ、そうなんだ」
この子、ちょっと怖い。
「一度、女に溺れた男を騙すのは楽でしたね。貞節を守り、優しい言葉をかければ、簡単に騙せましたよ」
サマンサは笑いながら言う。
怖い…………
サマンサは優しい子ではあるが、王族らしく、他者を蹴落とすことに躊躇はしない。
「ふむ、さすがはサマンサじゃな。それで、時渡りの秘術を使ったと?」
ウィズも魔王であるため、他者を蹴落とすことに躊躇はしない。
あっちの世界の住人はこんなんばっかだ。
怖いねー。
「そうなります。私は勇者シンゴの力になりたいと言い、魔法の作成に協力していました。そして、完成した魔法を使おうとした勇者シンゴを後ろから襲撃しました。勇者は脅威ですが、一度、懐に入ってしまえば、簡単でしたね」
武器を向けられれば怖い勇者だが、武器を向けられない関係を築いたのか……
「ふむふむ。それで、こっちの世界に来たのか…………」
ウィズはサマンサがこっちの世界にいる理由に納得したようである。
「でも、時渡りの秘術を作るなんてすごいね。あ、でも、もう一回、時渡りの秘術を作って、あの勇者君がこっちに来る可能性もあるのか」
「いえ、おそらく、無理でしょう。時渡りの秘術を作るのに世界樹の花を使いました。あれは100年に一度しか咲きませんから」
100年か……
人間である勇者君には無理だろうな。
それこそ吸血鬼になれば生き残れるだろうが、女神から祝福を得た勇者は吸血鬼になることは出来ない。
勇者君、悔しかっただろうなー。
せっかく作った魔法をサマンサに騙され、奪われたのだ。
まあ、私としては好都合なんだけどね。
「それで、いつ来たの? 昨日、ベリアルと戦ったって、聞いたけど…………」
「昨日です。転移して、はるるん様と合流しようかと思ったのですが、悪魔の魔力を察知しましたので、見に行ったのです。そしたらベリアルでした」
なるほど。
「おぬしが来たのは昨日の夜か?」
「具体的に何時かはわかりませんが、そうですね。もう暗かったですし」
「そうか…………」
ウィズが黙ってしまった。
「うーん、私達が宴会してた時には来てたのかな?」
「…………じゃろうな」
そして、ベリアルにリョナられた…………
なんか悪いことをしている気分になるな。
「私も聞きたいのですが、なぜ、ベリアルがこちらの世界に? この世界は人間しかいないと聞いていたのですが…………」
サマンサは説明が終えると、逆に説明を求めてきた。
あー、その辺の話をしないと。
「実はね…………」
私はこっちの世界に来てからこれまでの事を説明した。
「なるほど。天使が…………本当に天使はロクなことをしませんね」
「本当にのう…………」
「だよね…………」
これについてはウィズも私も完全に同意だ。
「状況はわかりました。ひとまず、天使の事は置いてくとしても、はるるん様達はお金を稼ぐために探索者になったんですね」
「そそ。それで今度、もっと良い家に引っ越すんだよ…………あ、そういえば、どうだった? 500万は集まった?」
私はサマンサの事があり、すっかり忘れていたが、ダンジョンでユニコーン狩りをしていた2人に成果を聞く。
「集まったぞ」
「換金はまだですから明日、換金しましょう。ハルカさんは長官に話を通してくれました?」
あ、そのことを言ってなかったな。
「うん。いつでもいいってさ」
「ほう…………これで引っ越せるな」
「エアコンがある生活に戻れます…………」
2人はあからさまにほっとしている。
そんなにこの部屋が嫌なのか……
「あ、サマンサも探索者になろうよー」
私は名案を思いついたので、サマンサに聞いてみる。
「私ですか? 足を引っ張りそうなんですが…………」
サマンサは自信がなさそうだ。
まあ、ベリアルにコテンパンにやられた後だし、自信も喪失するだろう。
「いやいや、サマンサは魔法もすごいし、頭もいいじゃん。一緒にやろうよー」
「はるるん様がそうおっしゃるのなら…………」
「いいと思うが、問題はどうやって、探索者になるかじゃな…………」
ウィズが話の腰を折ってきた。
「なんで? サマンサは頭もいいし、あんな試験に落ちないでしょ」
「いや、身分を証明するものがなかろう…………こっちの世界の住人ではないし、戸籍とやらがないだろう」
あ、本当だ。
試験の時には身分証明書がいるんだった。
当たり前だが、この世界で生まれ育っていないサマンサには身分を証明する物がない。
「どうしよう?」
私はそういうことに詳しそうな元ギルマスに聞く。
「長官に頼んでみては? あの人、権力者ですし…………」
それだ!
キミドリちゃん、頭いい!
「じゃあ、頼んでみるよ。サマンサの報告もしないといけないし、引っ越しの契約もしてもらわないとだしね」
「それがよかろう」
「お手数をおかけします」
うんうん。
「じゃあ、明日、換金したあと、ベリアルに頼んで部屋を借りてもらおう」
「わかりました。では、私はこの辺で失礼します」
サマンサはそう言って、私から離れる。
ん?
何を言っているんだろう?
「どうしたの?」
私はサマンサの謎の行動が理解できない。
「いえ、そろそろお暇しようかと…………」
サマンサはおずおずと上目遣いでつぶやく。
だが、頬は赤く染まっていた。
「いや、何で?」
「失礼ですが、ここに4人は狭いでしょう? 私は寝なくても問題ないので、町の探索でもして、朝まで時間を潰してきます」
この子は本当に何を言っているんだろう?
『ウィズ、キミドリちゃん、悪いけど、押し入れに入ってくれない?』
私は念話でウィズとキミドリちゃんにお願いをする。
『押し入れ!? 何故!?』
『キミドリ、いいから。行くぞ』
キミドリちゃんは不満を漏らしたが、ウィズと共にそそくさと押し入れに入っていった。
「あ、あの、本当に私は大丈夫ですから!」
サマンサは押し入れに入っていった2人を見て、慌てる。
「サマンサは今日、ここに泊まるんだよ?」
「あ、血を吸うのですか? それは構いませ――キャ!!」
私はとぼけるサマンサの手を引き、布団に押し倒した。
「サマンサは本当に上手だなー。会った時からずっと我慢してたくせに…………ねえ、サマンサ、どうして欲しい?」
私は呼吸を感じられる距離まで顔を近づける。
「あっ…………あの、その……………………血を……吸って、ほしいです」
サマンサは顔を真っ赤にし、横に背ける。
「それだけでいいの?」
「…………イジメないでください」
サマンサはそうして、いじらしくしていれば、かわいいのに。
「うーん、サマンサは誰のもの?」
「はるるん様のものです。お願いします。これ以上は…………」
「クスクス、いい子」
私はサマンサのローブをはだけさせ、サマンサの可愛い首元に噛みついた。
「あ…………」
フハハ、我こそが≪少女喰らい≫であーる!!




