第028話 魔法を教えてあげよう
我は高貴である。
我は強い。
そして、我は賢い。
有象無象の人間どもなぞ、興味もない。
人間どもが生きようが、その辺でくたばろうが、路傍の石ころのようなものだ。
だから、我は気にしない。
我は泣かない。
我は孤独に生き、高貴に生きるのだ。
「あのー、ウィズさん、なんでハルカさんは泣いているんですか?」
泣いていない……
「あー……ドジがドジしただけじゃ」
ドジじゃないもん……
「いや、我は高貴だ。切り替えていこう! それが高貴!」
うじうじしてはならない。
500万円を貯めなければならないのだ。
「高貴って、便利ですねー」
「そもそも高貴ってなんじゃ?」
「さあ?」
うっさいなー……
「さて、キミドリちゃん、まずは合格おめでとう!」
私達は今、10階層にいる。
キミドリちゃんは無事に実技試験を合格し、探索者に復帰した。
そして、探索者カードを受け取り、私達と合流した。
その後、魔方陣で10階層までやってきたのだ。
「ありがとうございます。これで落ちたら伝説になりますよ」
元Aランク2位、実技試験で不合格!!
確かに、伝説だ……
でも、そうしてくれた方が良かったよ…………
私の失態が消えるから。
「よろしい。これからは先輩探索者である私がみっちり指導してあげよう。お姉さんと呼んでもいいよ」
「いや、キャリアは私の方が上ですけどね。それにお姉さんって…………ロリが何を言ってるんですか…………」
「200歳も上だから」
「私のことをよくババアって言ってますけど、あなたこそババアじゃないですか」
見た目が大事なの!
「さて、はるるんの魔法レッスン1から始めようと思う。でも、その前にキミドリちゃんって、どんな戦闘スタイルなの?」
「うーん、どんなって言われても…………近づいて、斬るです。この前の天使の時と一緒です」
完全に接近戦タイプの戦士だなー。
吸血鬼にはあんまりいないタイプだ。
吸血鬼は魔法タイプの後衛が多い。
吸血鬼は元々、貴族階級だった人間が多いため、あまり前線に出ることはないのだ。
「あれはなんじゃ? 剣を伸ばすやつ」
あー、あったね。
飛んで逃げる天使を斬ったやつ。
だっさい名前だったのは憶えてる。
「あー、はいはい。私のユニークスキルですね」
「キミドリちゃん、ユニークスキルを持ってるんだー」
ユニークスキルはその人専用のスキルだ。
私やウィズも持っているが、人間も習得することがある。
「いや、吸血鬼になって、覚えました。なんか頭に浮かんだんで……ですので、技名を剣伸ばしと言いましたが、仮名です。もうちょっといい名前を考え中ですね」
なんだ…………
覚えたばっかなのか。
それを実戦でいきなりやって、成功するのはすごい。
当人のセンスかな?
「でも、完全に剣で戦えって、言ってるようなスキルだね。吸血鬼は魔法タイプなんだけどなー」
珍しいタイプの吸血鬼かもしれない。
「まあ、キミドリは人間の時に剣士として育っておったからのう。もう方向性が決まってしまったのじゃろ」
やっぱロリが一番だね。
ロリには無限の可能性がある。
「えー……じゃあ、私は魔法は無理なんですか? ちょっと期待してたんですが……」
キミドリちゃんがガクッと落ち込む。
「まあ、時間をかければ、覚えられるよ。そもそも、すぐには魔力も上がんないし」
「じゃあ、血をください」
こいつ、味を占めたな。
「帰ったらね。とりあえず、簡単なやつを教えるよ」
「どんなのです?」
「まずは、吸血鬼が最初に覚えないといけない魔法。えーっと、名前がわかんないや。とにかく、服を作る魔法」
この魔法って、名前があったかな?
服を作る魔法はいちいち、魔法名なんて言わないし、自然に使っているから、魔法名を知らない。
そもそも、魔法名があるのかも疑わしい。
「何ですか、それ? いります?」
「いや、吸血鬼は再生を前提に戦うから防具がいらないんだよ。でも、服は着ないといけない。キミドリちゃん、身体は再生しても服は再生しないんだよ? 裸で戦う?」
「嫌ですね。絶対に嫌です」
「だよねー。服は魔力で作るんだよ。今、私が着ている服がそう」
私はそう言って、ドレスの裾を上げる。
「あー、そうだったんですね。だから、いつも着てたんだ」
「そそ。じゃあ、やってみて」
「いや、やってみてと言われても…………」
うーん、私はエターナル・ゼロから魔法を引き継いだからなー。
教え方がわかんないや。
「じゃあ、やってみせるよ」
私はそう言って、魔法を解くと、私が着ているドレスが霧散した。
「いやいやいや! こんな所でいきなり全裸にならないでくださいよ!」
当たり前だが、魔法を解いたら全裸になる。
「別にいいじゃん。あんたに見られたところで何も思わないわよ」
「えー…………このロリっ子、やっぱり頭おかしいな…………うーん、ロリのくせに、思ったよりありますねー」
キミドリちゃんは私の胸をまじまじと見る。
「いや、見てもいいとは言ったけど、凝視はやめてよ」
じーっと、見られると、さすがに恥ずかしいので、私は両腕で胸を隠した。
「こうして見ると、同い年ですねー。年相応です」
「寸評すんな」
「でも、やっぱり生えてないんですね」
キミドリちゃんはしゃがんで私の下半身を見る。
「蹴っ飛ばすわよ?」
「いやー、髪の色が変わったって言ってたから、どうなのかなーと思いまして」
言われてみれば、どうなんだろう?
私はこっちの世界で人間として生きていた時は普通の日本人らしく黒髪黒目だった。
アトレイアに転生した時も見た目はそのままだった。
だが、エターナル・ゼロの力を引き継いだ時に金色の髪と赤い瞳も引き継いだのだ。
当初はわからなかったが、後から金髪に気づき、何これ!?と思ったことを覚えている。
私は今も昔も毛が細いし、薄い、というか、ほぼ生えていない。
だから下の毛に関わらず、髪や眉毛以外の毛がどうなったのかはわからない。
うーん…………どうでもいいな!
気にしないでおこう。
「まあいいわ。じゃあ、見ときなさい」
「はい」
私は魔力を込め、いつものドレスをイメージする。
すると、私の体に魔力が集まり、ドレスが吸い付くように現れた。
「こうよ!」
私は両腕を広げ、ポーズを取った。
「いや、こうと言われましたも…………」
キミドリちゃんはいまいちわからなかったようで、首を傾げる。
わかんないか……
「えーっと、魔力は込められるよね?」
「それは出来ます。以前は苦手でしたけど、吸血鬼になってからはスムーズになりました」
「じゃあ、出来るわ。ほとんど魔力を消費しない魔法だしね。イメージするだけ。んー、そうだ! キミドリちゃん、携帯、持ってる?」
私は画期的なアイデアを思いついた。
「持ってますけど」
「貸して、貸して」
「いいですけど」
キミドリちゃんはアイテムボックスから携帯を取り出すと、私に渡してくれた。
私はキミドリちゃんの携帯を受け取ると、携帯を操作し、カメラモードにする。
「キミドリちゃーん。笑ってー」
私は携帯をキミドリちゃんに向けた。
「はぁ?」
私がカメラを向けてもキミドリちゃんは笑ってくれなかったが、別に笑顔はどうでもいいので、そのままシャッターボタンを押す。
携帯からカシャっという音が鳴ると、携帯の画面には怪訝な顔をしたキミドリちゃんの全身像が写っていた。
「はいこれ」
私がキミドリちゃんに携帯を返すと、キミドリちゃんは画面をじーっと見る。
「うーん、写りが悪いなー」
「だから笑ってって、言ったじゃん…………いや、まあ、そんなことはどうでもいいの。その写真を見ながらの自分の服をイメージして、魔力を込めてよ。それなら簡単にできるでしょ」
アトレイアには写真がなかった。
でも、こっちの世界にはあるし、写真を見ながらならば、容易に想像ができるだろう。
文明の利器って、すごいよね。
「…………なるほど。やってみます」
キミドリちゃんは携帯の自分の画像をじーっと見て、頷いた。
「あ、2人共、向こうを向いてくださいよ」
キミドリちゃんは私達にそう言いながら、私の後ろを指差す。
「なんで?」
「なんでじゃ?」
私とウィズは同時に異を唱えた。
「いや、服を脱ぎますから」
キミドリちゃんは手を横に振る。
「いいじゃーん。枕でギルマスの地位を買ったナイスバディーを見せてよー」
「やってないって言ってんでしょ! 私は純粋にギルドを良くしようと思ったんです!」
「純粋に横領の間違いじゃろ」
私もそう思う。
1億も横領しておいて、何を言ってんの?
「いいから、あっちを向け! ペドロリバカ女! のじゃ猫ババア!」
私とウィズは変なあだ名に納得がいかなかったが、後ろを向くことにした。
私達はしばらく、そのまま後ろを向いているが、つまらない。
「途中で振り向いちゃおっか?」
私はウィズに悪戯を提案する。
「もうしばらく待て。まだ脱いでる途中だろう」
ふむふむ。
全裸になったであろうタイミングで振り向いてあげよう。
ふひひ。
「いや、聞こえてますから! 振り向いたら押し入れにある違法な本を捨てるからな!」
やめてー。
私の宝物ー。
私はキミドリちゃんに脅されたので大人しく待つことにした。
「うーん」
しばらく待っていると、後ろからキミドリちゃんの唸り声が聞こえてくる。
「出来たー?」
私は前を向いたまま聞く。
「うーん、もうちょっと待ってください…………アドバイスないですか?」
「その服を着ている自分をイメージするんだよ。そして、魔力で全身を覆う感じかなー」
「なるほど。やってみます」
簡単な魔法ではあるが、何事も最初というのは難しいものだろう。
「うーん…………こうかな?…………あ! 出来ました!」
キミドリちゃんは上手くいったようで、テンションの高い声が聞こえてきた。
成功したようなので、私とウィズは振り向く。
「うーん」
「ふーむ」
私とウィズはキミドリちゃんの姿を見て、首を傾げた。
「ど、どうしました? 何か間違ってます?」
私達のリアクションを見て、キミドリちゃんが不安になっている。
「いや、さっきと格好が同じだからなんて言ったらいいかわかんない」
「やっぱりマッパからじゃないと、感動が薄れるのう」
「いや、素直に褒めてくださいよ」
まあ、キミドリちゃんは魔法が苦手だったらしいし、素直に褒めておくか。
「すごいねー。こんなに早く習得するのはなかなか出来ないことだよ」
「良かったのう」
「ですです。ハルカさん、教えていただき、ありがとうございます」
キミドリちゃんは丁寧にお辞儀をした。
「前から思ってたけど、キミドリちゃんって、なんかめっちゃ丁寧だね。私達、同い年だし、敬語じゃなくていいんだよ? ハルカちゃんでいいんだよ?」
「おぬしは200歳じゃろ」
「おだまり、500歳」
キングオブババアは黙ってな。
「いやー、私はこのしゃべり方を変えられないんですよ」
キミドリちゃんは笑いながら言う。
「何で? キャラ? 敬語キャラ?」
「まあ、キャラと言えば、キャラです。高校の剣道部の恩師にお前は中身も口も悪いんだから、せめて、口だけは丁寧にしろと言われましてねー」
さすがは恩師。
キミドリちゃんの本質を見抜いている。
キミドリちゃん、吸血鬼になる時もめっちゃ悪態ついてたし。
「良いことだとは思うのう」
「ですです。おかげで人当たりが良くなりまして、探索者引退後にギルマスというやりがいのある職業にも就けたんです」
やりがい(横領)
「なるほどねー」
「ええ。ですので、しゃべり方は変えません。ぼろが出ますので」
もう遅いと思うよ。
図々しいし、人の事をペドロリバカ女とか言うし。
「ぼろも何も横領して、そんなハチマキをしている時点で遅いじゃろ」
ウィズって、正直だなー。
「ですよね…………ハァ……何でバレたんだろ? 上手くやってたのに」
べらべらと悪態をつきながらベリアル長官の前でしゃべったからだよ…………
というか、こいつ、まったく反省してないな。