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第027話 逃げるのは得意……


 私達は引っ越し先を決め、目標の500万円のために、週末にユニコーン狩りマラソンを行うことになった。


 そして、金曜日になった。


 本日はキミドリちゃんが探索者に復帰する日である。

 具体的に言うと、キミドリちゃんの実技試験日なのだが、あの試験で落ちる者はいない。

 ましてや、キミドリちゃんは元Aランク2位だった現吸血鬼だ。

 ヘマはしないだろう。


「ねえねえ、キミドリちゃん、本当にその格好で向かうの?」


 私は朝ご飯の食パンを食べながら着替え終わったキミドリちゃんに聞く。


 キミドリちゃんはこの前の天使と戦った時と同じ剣道少女姿だ。

 長い黒髪をポニーテールにし、上は白の道着で、下は紺の袴を穿いている。


 背の高さも相まって、本当にきれいに見える。

 趣味ではないけど……


「私はお金がないので、ギルドの更衣室も使えない状況なんです」


 ギルドには更衣室がある。

 更衣室自体は無料なのだが、ロッカーは有料だ。

 実にケチであるが、これを導入したのがここにいる強欲のキミドリちゃんであるらしい。

 そして、そのせいで自分が使えない。


 哀れだ。


「キミドリちゃんって、現役の時もその恰好だったの?」

「ですねー。私、中学、高校と剣道部だったんですよ」


 剣道部……

 臭そうだな。

 言ったら怒られそうだから言わないけど……


「当時は美人剣道女子とか言われてたらしいぞ。探索者になっても、すぐに人気が出た。今でもネットに写真がいっぱいあったな」

 

 やっぱりウィズは調べたらしい。

 目の前にいるんだから本人に聞けばいいのに……

 これだからオタクは…………


「ふーん、暑くない?」

「暑いです…………」


 でしょうねー。

 これは早く魔力で服を作る魔法を教えてあげたほうが良さそうだ。


 今日はキミドリちゃんの実技試験に私とウィズもついていく。

 試験自体には参加しないが、実技試験が終わった後でキミドリちゃんに魔法を教えておこうと思ったのである。


 私はそこまで暑いとは思わないのだが、ウィズとキミドリちゃんはエアコンのない私の部屋に大変に不満を持っている。

 聞くと、2人は確実に、この土日で500万を稼ぎたいらしい。


 だから、今日は少しでも早く稼ぐために、キミドリちゃんに魔法を教えつつ、ユニコーン狩りの前哨戦を行うことになったのだ。


「武器は剣? 日本刀じゃないの?」


 キミドリちゃんは私の首を刎ねた時も天使を斬った時も両刃の西洋剣を使っていた。

 この姿なら刀の方が合ってると思う。


「いや、すぐダメになりますからねー。それに堅い敵も出ますから重くて丈夫な西洋剣の方がいいんですよ」


 そういえば、武器屋のお爺さんもロビンソンもそんなことを言っていたような気がする。


「使い分ければいいのに…………アイテムボックスの魔法も使えるでしょ」

「いやー、容量が小さいんですよ。私、あまり魔法が得意じゃなくて」


 まあ、脳筋のバーサーカーだもんね。


「でも、キミドリちゃん、最初に会った時に、影にいたウィズに気付いてたでしょ。しかも、嘘をつけなくなる魔法も使ってたし。あれって、かなり高度な魔法だよ?」


 私が探索者の試験を受けた時の試験官はキミドリちゃんだった。

 その時にキミドリちゃんは大変に有能そうに見えたことを覚えている。

 今は…………まあ、いい子だとは思う。

 …………うん、多分。


「あー…………そんなこともありましたね。私は探知能力というか、感覚が鋭いんですよ。だから、何かいるなーというか、なんというか…………説明しづらいですね」


 要領を得ないが、第6感というやつだろうか?


 よくわかんないけど、キミドリちゃんは感じやすい……っと。

 …………実にいらん情報だな。


「魔法は?」

「あれはそういうアイテムがあるんですよ。全ギルドに配布されてます」


 なるほど。

 上から支給された魔道具を使ってたのか……


「まあ、吸血鬼になったし、魔法も使えるようになると思うよ」


 私はキミドリちゃんの今後の成長を祈りつつ、パンを食べる。

 もぐもぐ。


「ですかねー。というか、まだ食べてるんですか?」


 キミドリちゃんが呆れたように言う。


「本当にトロいのう……」


 続いて、ウィズも呆れたように言った。


 トロくない!

 ゆっくりなの!


 私は2人に急かされたので、急いでご飯を食べ終え、出かける準備を開始した。


 そして、準備を終えると、キミドリちゃんと共にギルドに向かう。


 私達がギルドに着くと、皆が私達……というか、キミドリちゃんを見る。

 いつも注目を浴びていたのは私だったが、今日はキミドリちゃんが注目の的だ。


 こればっかりは仕方がない。

 この前まで受付で対応していた元ギルマス。

 かつて、Aランク2位まで上り詰めた≪瞬殺≫のイエローグリーン。


 その黒髪の美人が探索者に復帰するのだ。

 しかも、剣道少女のような格好をし、頭には『借金返済中』と書かれたハチマチまで巻いている。


 ギルドにいた皆は、かつての伝説の登場に沸いていたが、『借金返済中』の文字を見て、視線を逸らした。


 気持ちはわかる…………


 この『借金返済中』は横領した金を返すまでは必ず付けるように指示されたらしい。

 指示した人間はもちろんベリアルだ。


 そんなキミドリちゃんは実技試験を受けるために受付に行き、元同僚(部下)と話し、奥の部屋に行く。

 私は入口近くにある機械から366番の番号表を受け取り、自分の番号が呼ばれるまで、ソファーに座って待つことにした。


「なあ、高貴な嬢ちゃん」


 私がウィズを抱え、ソファーに座ると、後ろから私を呼ぶ声がした。

 後ろを振り向くと、そこには実技試験の時に私を笑ったくたくたの鎧を装備したひげ面のおっさんが座っていた。


「何だ、貴様か…………我に何か用か?」


 私はいつものように尊大なしゃべり方で対応する。


「≪瞬殺≫が復帰するっていうのは本当か?」


 ≪瞬殺≫とは、もちろんキミドリちゃんのことだ。

 素早い剣術で敵を一瞬にして倒すからついた二つ名らしい。


「そうだ。理由は額の文字だな」

「借金か…………何かしたのか?」


 うーん、横領については言わないでおくか。


「車の修理代や新車代でヤバいらしい」


 間違ってはいない。

 事実、天使に壊された車と新しく納車する車も借金に含まれているのだ。


「やっぱりそれか……キミドリちゃん、変わってねーな」


 昔からあんなんだったのか…………

 というか、前からに気になってたんだが、誰もキミドリちゃんのことをイエローグリーンって呼ばないなー。

 探索者ネームなのに…………


『ダサいし、言いづらいからじゃろ。ネットで見ても、誰もイエローグリーンとは呼んでないぞ。≪瞬殺≫かキミドリちゃんじゃ』


 うーん、やっぱりキミドリちゃんはキミドリちゃんなんだなー。


「あの厚顔無恥が何かをしたら我に言え」

「やっぱり組むのか?」

「組むというか、面倒を見ている。これも高貴なる者の務めだ」


 やれやれだぜ……


「そうか…………まあ、これで面白くなるな」


 おっさんは私の言葉を聞くと、ニヤリと笑った。


 ん?


「何がだ?」


 私はおっさんが笑った理由がわからなかったので聞いてみる。


「このギルドの一番の使い手は≪早打ち≫と俺だった。だが、ここに≪瞬殺≫が加われば、このギルドも上に行ける」


 ≪早打ち≫とはロビンソンのことだったはずだ。

 ロビンソンはBランクで結構な実力者だが、この人も強いのかな?

 もしかして、有名人?


 ウィズ、ウィズ!

 この人、だーれ?


『そいつはBランク7位の≪老獪≫のムッキーさんだ。火力は低いが、経験に基づかれた戦いはすべての探索者の教科書と言っても過言ではないという』


 相変わらず、探索者が好きだね…………


「上に行けると言ったな、ムッキーさん。それはどういう意味だ? 探索者にとって、ギルドのランクなどは関係ないだろう?」

「ほう……俺を知っていたか…………あんたは他の探索者に興味がないと思っていたんだが…………まあいい。毎年、年末にギルド対抗のレイド戦があるんだ。ウチは東京じゃあ、いっつも下位でな。20年以上ここで活動している俺としちゃあ、歯がゆいんだよ」


 へー。

 そんなんあるんだ…………


『毎年やっているお祭りみたいなイベントらしいぞ。詳しくはわからないが、妾的にも楽しみにしている』


 ふむふむ。

 それは確かに楽しそうだね。


「ふん…………いつも下位か……情けない」


 私は呆れるように鼻で笑った。


「どうしても優秀なヤツは渋谷や新宿のでっかい所にいくからな」


 まあ、そうだろう。

 私だって、こんな小さい所より、大きい所の方がいい。


「フフフ。優秀? 我の前には児戯だな。そのイベントとやらがどんなものかは知らんが、我がいる限り、1位以外はありえない」

「ほう…………ルーキーがほざくじゃねーか」

「くだらぬ。我の前にはすべてが等しい。そう、我は高貴だから…………高貴だから」


 うん…………高貴だから…………うん。


『ああ……語彙力のなさが……』


 ウィズの悲しみを纏った念話が聞こえてきた。


「年末まであんたがどこまで伸びるかは知らない。だが、せめて、Cランクになってもらわないと、出場メンバーには選ばれねーぜ」


 ウィズ、ウィズ!

 この人、何位だったっけ?


『Bランク7位じゃ』


 ふむふむ。


「そうか。では、その選ぶ日までにBランク6位にはなっておくとしよう」

「ほう…………」


 ムッキーさんは私の言葉を聞いて、目を細める。


 決まった!

 完全に決まった!

 私、めっちゃかっこいい!!

 ムッキーさん、今、絶対に『こいつ、ただものではない……』って思ったと思う!


 私は完全に決まったと思い、前を向くと、受付の上にある電光掲示板で365番の番号が表示された。


 私の番号だ。

 あとはこの辺りで綺麗に立ち去れば、完璧だろう。


「では、我は行く。せいぜい我に抜かれないように努力することだな」


 ふっふっふ!


 私はソファーから立ち上がると、背中に皆の視線を感じながらも、優雅なふるまいで受付に行き、職員に番号表を渡す。


 職員の女の人は私の番号表を見て、困ったような顔をした。


「あのー、次は365番なんですけど…………」


 私は職員にそう言われたので、番号表を返してもらい、番号を見る。


 そこに書かれているのは366番だった。


 そして、後ろを振り返ると、そこには365番の番号表を持ち、気まずそうな顔をしているムッキーさんが立っていた。



 私は恥ずかしくなって俯き、誰とも顔を合わせずにトイレに逃げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後のはるるんのやつって、よくある 「一個前の番号を覚えていたら、自分の番号をそれと勘違いしちゃう」 ってやつなのかな? それともただのドジかな?? それにしても、キミドリちゃんの格好想像…
[一言] オチよw
[良い点] >せいぜい我に抜かれないように努力することだな 365番さん抜かれそうになった!
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