第026話 部屋を見に行こう!
私はキミドリちゃんに吸血方法と血を吸う快感を教えてあげた。
キミドリちゃんに血を与えたあと、私とキミドリちゃんは歩いて、近所のドラッグストアに向かい、夕食の買い物に行った。
そして、各々の食べたいものやお酒を買って帰ると、早速、2人でビールを飲む。
「あー、日本の夏はこれよねー」
私はアトレイアでは考えられなかった感動を味わっている。
アトレイアにもお酒はあったが、あまり美味しくはなかった。
特に酒場の定番メニューであるエールはマジで不味かった記憶がある。
「ですねー。しかし、ハルカさんは普段はあんな格好なんですね。普通に可愛らしかったですよ」
一緒に買い物に出かけたのだが、私はドレスではなく、普通の私服だった。
「いや、あんな格好でドラッグストアに行ったら頭おかしいでしょ」
「というか、ダンジョンでドレスもだいぶヤバいですよ」
引くに引けなくなったのだから仕方がない。
こうなったら邪気眼系金髪ロリで通すしかないのだ。
というか、アトレイアではそれで通していたから慣れている。
しばらく、私とキミドリちゃんがビールを飲みながらお話をしていると、押し入れからカリカリカリという音が聞こえてくる。
私はその音を聞いて、押し入れを開けた。
すると、白い塊がぴょんっと出てくる。
「ふぁあーあ。ん? もう飲んでおるのか?」
ウィズである。
この子は昼間に暑いと言って、押し入れに入り、出てこなくなっていた。
どうやらそのまま寝ていたようだ。
「飲む?」
私は持っているビールの缶を上げる動作をした。
「もらう」
私はキッチンに行き、ウィズ専用のお皿を取り出すと、冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、皿に注いだ。
そして、部屋に戻ると、ウィズの前に置く。
ウィズは目の前にビール入りのお皿が置かれると、がっついて飲み始めた。
「あー、美味いのう。しかし、おぬしら、昼間に何をしとったんじゃ? うるさかったぞ」
ウィズはビールを飲みながら文句を言ってくる。
「キミドリちゃんが失礼なことを言うんだもん。ホント、図々しいし、デリカシーがないよね」
「いや、デリカシーに関しては、ハルカさんに言われたくないです」
「まあ、どっちでもいいがのう。しかし、暑いのう…………」
今は憎っくき太陽も沈んだ夜だ。
でも、暑い。
この時期は朝も昼も夜も暑いのだ。
例え、吸血鬼でも暑いものは暑い。
「ハルカさーん、この部屋、何でエアコンないんですか?」
この部屋は6畳の1DKの安アパートだ。
そして、エアコンがなかった。
「扇風機があるじゃない?」
私は窓際に置かれ、一生懸命、外の風を送り込んでくれている扇風機ちゃんを指差す。
「いやー、扇風機だけはきつくないです?」
「言わないでよ……暑く感じちゃうじゃない」
心頭滅却…………なんだっけ?
まあいいや。
「エアコンを買いましょうよー」
「引っ越しを考えてるのに、今さら、エアコン買う?」
私は探索者となり、ある程度、稼ぎの目途がたったため、この狭いアパートから豪華なマンションに引っ越す予定なのだ。
「じゃあ、早く引っ越しましょうよー」
こいつは一銭も出さないくせに、どうしてここまで図々しいのだろう?
「あー、そういえば、ウィズと物件を見に行こうって話してたわねー」
だったのに、キミドリちゃんがめっちゃ邪魔した。
まあ、キミドリちゃんの足がなくなったと聞いたので、それどころではなかったのだ。
「じゃったのう…………確か、2物件に絞っておったじゃろう? これから見に行くか?」
ウィズが内見の提案をする。
「おー! さっすが、ウィズさん、話がわかるー!」
キミドリちゃんがウィズの背中を撫でる。
「触んな。妾も暑いんじゃ……」
「あ、ごめんなさい。ほらー、ウィズさんもこう言ってますよ」
あんたの手が暑いのよ。
「じゃあ、行ってみるかー」
日に日にウィズの機嫌が悪くなっているし、早い方が良さそうだ。
なにせ、ウィズさんは暑そうな毛皮を纏ってらっしゃるし……
「いいですけど、これから不動産屋に行くんです? もう閉まってますよ」
時刻は夜の9時を回っている。
さすがに営業時間外だろう。
「勝手に入るに決まってんじゃん」
「どうやって?」
「魔法で霧になるのよ」
「へー、吸血鬼って、そんなこともできるんですねー」
あー、吸血鬼専用の魔法であるブラッドマジックも教えないとかー。
服の魔法に血を操る魔法…………
教えることが多いなー。
「まあ、後で教えてあげるわ。ウィズ、おいで」
私がウィズにそう言うと、ウィズは私の腕の中に飛び込む。
「あっついのう…………」
この猫、文句ばっかりだな……
「我慢して。キミドリちゃん、私に触って」
「はい」
私は触るように言ったのに、何故か、キミドリちゃんが抱きついてきた。
「いや、触るだけでいいんだけど…………」
「なんとなく…………ハルカさん、小さいから」
「あっついのう…………」
まあいいか。
「行くわよー。とこしえの――」
「いいから、早くせい」
「早くしてください」
しゅん…………
◆◇◆
霧の魔法で外に出た私達は一気に上空まで飛び、目的のマンションを目指す。
「わあー、涼しいですー」
「気持ちがいいのうー」
2人は気持ち良さそうだ。
まあ、霧になっているし、上空はまだ涼しいから快適なのだろう。
もっとも、これが冬になると、地獄になると思うが…………
私は冬の移動方法を考えないとなーっと思いつつ、飛んでいると、目的のマンションの一つが見えてきた。
10階建てのマンションであり、外観は綺麗っぽい。
私は空いている最上階の部屋のベランダに降りると、窓のちょっとした隙間から侵入する。
霧の状態なので、空気が通っていれば、いくらでも侵入できるのだ。
「着いたよー……って、あっつ!」
私は部屋の中に入り、霧の魔法を解いたのだが、部屋の暑さに思わず声が出た。
「あっついのう…………」
「ひえー。閉め切っているからですかね? クーラー、クーラーって、つくわけないか…………窓、開けまーす」
ウィズは俯き、文句を言い、キミドリちゃんはエアコンを付けようとしたが、すぐにやめ、窓を開け始める。
そうか…………
人が住んでないから電気が通ってないんだ。
「暗いのう…………ライト!」
ウィズが魔法を使うと、部屋がまるで電気が付いたかのように明るくなった。
「うわっ! 明るい!! ウィズさん、すごーい! さすが、魔王様」
「ふふん」
キミドリちゃんが褒めると、ウィズは上機嫌になる。
たかが、ライトの魔法で自慢気になるなよ…………
基礎中の基礎の魔法なのに…………
「それにしても結構、広いわね」
私はリビングを見渡す。
リビングは対面式キッチンであり、かなり広い。
しかも、窓が多く、10階とはいえ、景色もすごい。
「ふむ、悪くないのう」
ウィズは満足のようだ。
「うーん、広すぎません? この部屋の他に3部屋ありますし…………」
キミドリちゃんは微妙そうだ。
「このリビングにベッドも何もかも置くからねー。こんなもんじゃない?」
「寝室を作らないんですか?」
「いや、動きたくないし」
めんどい。
「怠惰ですねー。他の3部屋はどうするんです?」
「1部屋あげるから自分の部屋にしたら? 私が女の子を連れてくる時に引きこもっておいてね」
猫であるウィズはともかく、キミドリちゃんは邪魔だ。
邪魔すぎる。
「あー……それがありましたか…………まあ、いいですけど。他の2部屋は?」
「物置。使いたかったら使っていいよ。私はここから動かないから」
「妾もじゃな」
「じゃあ、まあ、ここでいいですよ。私には過ぎた部屋ですけど、家主に従います」
うん。
こいつ、やっぱり一銭も払う気ねーな。
「ここ、いくらだったっけ?」
ウィズに家賃を聞く。
「100万じゃ」
「まあ、予定通りの額か…………今の所持金が47万だから……………………初期費用って、どれくらいいるかな?」
「さあ? 妾はそこまでは知らん」
だよねー。
「私も詳しくはないですけど、家財を買うことも考えて、500万くらい用意しておいたらどうですか? というか、審査が通りますかね? 探索者は通りにくいですよ? 普通に死ぬんで」
探索者はダンジョンに行ってお金を稼ぐ。
収入はいいが、小さなミスで死んでしまうかもしれない。
そんないつ死ぬかもわからない職業の人間に部屋を貸したくないのはわかるな。
ましてや、高級マンションはその傾向が顕著だろう。
「まあ、こんな時のためのベリアルじゃろ。あやつの名義を借りよう」
ウィズ、かしこーい。
「じゃあ、そんな感じかなー。他の部屋も見ておこー」
私達はそのまま他の部屋も見ていく。
他の3部屋も十分に広く、綺麗だったし、お風呂もトイレも満足するものだった。
私達は他の部屋を見終えると、リビングに戻ってきた。
「妾はここでいいな」
ウィズは満足のようだ。
「私もここでいいや。キミドリちゃんは?」
「私もここでいいですよ。というか、もう一つの物件はどこです?」
キミドリちゃんもここで満足っぽいが、もう一つの候補の物件について聞いてきた。
「場所は港区だね」
「うーん、そこはやめましょう。北千住から遠いので」
キミドリちゃんは部屋を見ていないのに、場所だけでバッサリと切った。
「別に北千住のダンジョンじゃなくても良くない?」
以前はキミドリちゃんがギルマスをやっていたから北千住のギルドで貢献するつもりではあった。
だが、キミドリちゃんもギルマスをクビになったし、あそこに貢献する理由はもうないだろう。
今のアパートから近いから通っているだけで、引っ越せば、最寄りのダンジョンに行く方がいい。
「いえ、私はあそこで活動しながらお金を返さないといけないのです。じゃなきゃ、逮捕されます」
なるほど……
そういう条件で横領を見逃してもらったのか…………
多分、横領は逮捕されるレベルの罪だと思う。
それをベリアルの温情で、お金を返せば、黙っておいてもらっているんだろう。
「じゃあ、新居はここにするとして、あとはお金か……」
「ユニコーンを500匹か? めんどいのう…………しかも、それまでは扇風機だけか…………」
うーん、ウィズはだいぶウチの扇風機ちゃんに不満を持っているなー。
「私も今週の金曜には資格を取ります。ユニコーンなら土日だけで500匹いけますよ」
キミドリちゃんが自信満々に告げる。
「そうなの? 私も10階層には行ったけど、一日やっても50匹行くかなーって感じだったけど」
この前は35匹くらいだったかな?
「いえ、私とウィズさんとハルカさんで手分けをするんです。しかも、朝晩問わず。これならいけます」
ユニコーン狩りマラソンか……
「それって、いいの?」
「いえ、ギルド的に推奨はしていませんし、むしろ、止めます。だけど、やる人はいますね。急にお金が必要になったとかで…………まあ、そういう人は大抵、帰ってきませんけどねー」
まあ、人には色々と事情があるんだろう。
急にお金が必要になることもある。
「ウィズはどう思う?」
これまでのダンジョン探索では、ウィズはあまり手を出していなかった。
「妾は賛成じゃな。妾はダンジョン探索に手を出す気はなかったが、今回はやる。魔王の狩りを見せてやろう。なーに、一日で終わる」
何をするんだろう?
怖いな…………
「ウィズさんも賛成なら、そうしましょう。正直、エアコンなしはもう無理です」
「妾もじゃ」
うーん、そっかー。
じゃあ、頑張るかー。
「よーし! じゃあ、土曜は朝から頑張ろう!」
「おー! 起きろよ」
「おー! 起きてくださいね」
自信なーい。




