第023話 うざい天使VS悪霊バーサーカー
天使。
それは文字通り、神の使い。
神に仕え、神と人間を仲介し、人間の守護にあたることもある霊的存在。
これがこっちの世界の一般的な天使のイメージだろう。
だが、アトレイアでは違う。
アトレイアは優しくないのだ。
アトレイアには様々な種族がおり、その中の一つの種族が天使族だ。
こいつらは聞こえのいい言葉で人間を騙し、財を奪う。
そして、理由をつけて殺す。
人間の絶望する感情を好み、平和を嫌う最悪の種族。
ぶっちゃけ、皆、嫌っている。
争いを好まないエルフやドワーフも見つけたら殺すくらいには嫌っている。
温厚な竜族ですら蛇蝎のごとく嫌っている。
こいつらを崇めるのはバカな宗教家と騙されやすい金持ちだけ。
残虐で残酷な種族。
それが天使だ。
そんな天使が目の前にいる。
正直、会いたくない相手である。
「ねえねえー。あれ天使様なの? 天使様が私の車を壊したのー?」
うるさいなー。
というか、車よりも自分の足を斬られたことを気にしなよ。
『キミドリちゃん、ちょっと黙っててー。天使っていうのは性悪種族の代名詞だから』
私は天使に悟られないように念話でキミドリちゃんに伝える。
「え!? 頭にバカそうなロリ声が!?」
『念話だよー。あと、バカそうなはいらない』
『どうやるんですか?』
『そうやんの』
出来てんじゃん。
『おー、すごい』
『とりあえず、黙って、待ってて。これからベリアルが尋問するから』
私はキミドリちゃんを黙らせると、ベリアルにジェスチャーでどうぞどうぞする。
「君は天使かな?」
ベリアルが天使っぽい男に聞く。
「もちろんだよ。君は悪魔だね。とはいえ、この程度の魔力しか持たない雑魚悪魔がこんな所に来るとはねー。僕も舐められたもんだ」
大公級悪魔、≪煉獄≫のベリアルさんを雑魚悪魔呼ばわり。
きっと、すごい天使様なんだろうなー。
「天使が何故、この世界にいる?」
「それはこっちのセリフだね。なーんで悪魔がこの世界にいるんだ? ついでに吸血鬼も」
「質問しているのはこちらだ」
「ああん? 雑魚風情が僕に何ていう口を利くんだ! 貴様らは素直に僕の言うことに従っていればいいんだ!」
うっぜー……
『ハルカさん、ハルカさん。こいつ、ウザくないですか?』
『天使は傲慢で性悪なの。アトレイアの嫌われ者』
『でしょうねー』
見た目も喋り方も性格も何もかもウザい。
「君がどれくらいの存在かは知らないが、こっちの世界にたやすく来ることは出来ないだろう?」
「この悪魔、人の話を聞いてんのか!? いや、そうか…………僕の力がわからないと言ったね。なるほど、なるほど、そういうことか。では、教えてあげよう! 僕は伯爵級天使! ハワーだ!」
伯爵級……
ベリアルが言ってた通りか。
うーん、キミドリちゃんが勝てるかなー。
「伯爵級…………」
ベリアルがポツリとつぶやく。
「そうだよぅー! ビビった? ねえ、ビビった?」
多分、殴っても誰も文句は言わないと思う。
「二つ名は何かね?」
「あーん? 二つ名なんかいらねーよ。あれは目立つバカが得る称号みたいなもんだ」
二つ名なし!
よし! キミドリちゃんでも勝てそう!
しかし、目立つ=強いってわかんないかねー。
アトレイアならなおさらだ。
「仲間はどこにいる?」
「仲間? はんっ! 僕は貴様らみたいには群れないんだよ! 強いからねー」
「ふん。もういい。話していると、イライラが止まらん。で? どうする? 君がやるかね?」
ベリアルも我慢していたようだ。
とはいえ、キミドリちゃんに譲るつもりはあるみたいだ。
「はい。やります!」
「そうか…………」
ベリアルはめっちゃ残念そうに下がっていく。
気持ちはわかるぞー。
ベリアルが下がると、代わりにキミドリちゃんが前に出た。
そして、アイテムボックスから剣を取り出し、構える。
「んー、そんなものを構えて、何のつもりかなー? まさか挑む気? 僕に挑む気ー? 吸血鬼になって、仲間を連れてくれば勝てると思ったー? 階級持ちを舐めたらダメだよー」
まーじでウザい。
声も甲高いし、耳障り。
「キミドリちゃんが1人でやるんだよ」
私は勘違いしている天使を正す。
「はぁー? こいつ、1人? 何を言ってんの? 君、このサルの主人だろ。見捨てんの?」
「まあ、そうかな」
「薄情な吸血鬼だな。これだから引きこもり連中は……」
さっき、強いから群れないとか言ってなかった?
やっぱりこいつは捨てられた口だな。
「ごちゃごちゃうるせーよ!! 私のスカイ君の仇を討ってやるわー!!」
キミドリちゃんが怒りに任せ、怒鳴った。
「まあ、どっちみち、君らは生きて帰さないから結果は一緒かな。というか、さっきから気になってたんだけど、スカイ君って誰? そんな人、いたかな?」
いませーん。
「スカイ君というのは、こやつの車じゃ。壊したんじゃろ?」
天使の疑問にウィズが答えた。
「車……? え、車!? そっち!? 足とかボコボコにされた方じゃないの!? 車なんてどうでも良くない?」
私もそう思う。
皆、そう思っている。
だが、キミドリちゃんはブチ切れた。
「うわ! 急に突っ込んできたし!! 何、こいつ!?」
キミドリちゃんは『車なんてどうでも良くない?』という発言でブチ切れて、突っ込んでいった。
「死ねえい!!」
急接近したキミドリちゃんは上段から剣を振り下ろす。
だが、天使は簡単に避けてしまった。
「この前よりは速いけど、サルなんて、所詮、この程度か…………死ね!」
キミドリちゃんの攻撃を躱し、距離を取った天使は手をキミドリちゃんに向けた。
すると、キミドリちゃんの腕が飛んだ。
「ほう、次元斬か」
ウィズがつぶやく。
「あれが噂の……」
私も乗るが、実はまったく知らない。
「珍しい魔法を使うな……」
ベリアルも知っているらしい。
「ホントよね……」
まったく知らない。
誰か教えてー。
私はウィズを見る。
「おぬしは何故、いつも知ったかぶりをするんじゃ?」
「だってぇー。バカだと思われるじゃーん」
「いや、そういうところが…………ううん、何でもない。次元斬は空間魔法の一種じゃ。空間を飛ばしている…………と見せかけた、ただの透明な剣じゃな」
ん?
「透明? どういうこと?」
「作っておいた透明な剣を投げてるだけ」
「どこが空間魔法なの!?」
「いや、透明な剣をアイテムボックスから出しておるから…………」
何だ、その詐欺みたいな技?
いや、そんなことより、キミドリちゃんに教えてあげよう。
『キミドリちゃん、キミドリちゃん!』
『何ですか!? 今、とっても忙しいんですけど!?』
キミドリちゃんを見ると、確かに苦戦している。
というか、腕が片方ないまま戦っている。
『相手の技がわかったよ! なんか透明な剣をアイテムボックスから取り出して、投げてるみたい』
『ほうほう。なるほど。わかりました! といっても、片腕じゃ厳しいですけど』
『あ、それと、腕くらいなら普通に再生するよ。腕に意識を集めて、再生するように念じればいいから』
『そういうことは早く言ってくれませんかねぇ…………』
まーた、バカにされちゃった…………
『頑張れー』
『そりゃあ、頑張りますよ。というか、ぶち殺します!!』
キミドリちゃんはバーサーカーに戻ったようだ。
「念話で伝えたか?」
ウィズが聞いてくる。
「うん。ついでに腕の再生方法を教えといた」
「ほうほう。お! ホントだ! 腕が生えた」
私も見ていたが、確かに、キミドリちゃんの腕は生えていた。
両腕に戻ったキミドリちゃんは相手の次元斬を剣で受けながら前進する。
「何で見えるのかな? 透明じゃないの?」
キミドリちゃんは透明で見えない剣をほとんど打ち払っていた。
「達人は目でなく、心で見るという…………」
「ホント?」
「知らん。ネットに書いてあった」
だよね。
キミドリちゃんは達人っぽくないし。
「念話で聞いたら怒るかな?」
「そらな」
じゃあ、止めておこう。
「チッ! 雑魚のくせにウザいんだよ!!」
次元斬を受けられていることに天使がキレた。
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」
なんかもう、『殺す!』がキミドリちゃんの口癖みたいになってるな。
「死ぬのは君だよ!!」
天使は叫ぶと両手を前に出した。
すると、またもや、キミドリちゃんの腕が落ちる。
「ありゃ?」
「あれはダブル次元斬!!」
「ほう…………」
悪魔2人は大げさなリアクションをしているが、透明な剣を両手で2本投げただけでしょ。
さすがに、私でもわかる。
キミドリちゃんはすぐに腕を再生させるが、すぐに片腕が落ちる。
しかし、キミドリちゃんは一歩、また一歩と進んでいく。
「耐久作戦かのう?」
「不死能力を利用した防御か……」
悪魔2人は解説することで、時間をつぶすことにしているようだ。
「うーん、あれを続けると、キミドリちゃんは死んじゃうねー」
「なんだと!?」
「どういうことかね?」
こいつらもウザいな…………
戦闘になると、テンションが上がるのが魔族の特性とはいえ、リアクションがわざとらしい。
「いや、吸血鬼はいくらでも復活できるけど、血は戻らないからねー。キミドリちゃんは血を流しすぎ」
私の様に血を操作できる魔法もあるのだが、キミドリちゃんはまだ習得していない。
このままだと、出血多量で死ぬ。
実際、キミドリちゃんの顔も血が足りなくて、苦しそうだ。
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」
そんなことはなかったね…………
般若だったわ。
とはいえ、かなり離れていたキミドリちゃんと天使の距離も徐々に近づきつつある。
「もう少しでキミドリの間合いじゃのう」
「だな。天使は遠距離攻撃一辺倒だし、接近戦が苦手なのだろう。さて、どう凌ぐ?」
いや、普通に飛んで逃げるんじゃない?
飛んで距離を置けばいいじゃん。
「くっ! これだから吸血鬼はウザいんだ…………昼間なら雑魚のくせに」
別にそんなことはないけどね……
太陽は嫌いだけど。
「殺してやるー。殺してやるー。殺してやるー」
もう悪霊だよ。
「ふん! 僕を舐めないでほしいね!!」
天使はキミドリちゃんが接近してきたため、飛んで上空に逃げようとする。
しかし…………
「それを待っていたわ!! 死ねぇい!! 秘剣! 燕返し!!」
キミドリちゃんが飛んでいく天使に向かって剣を振るった。
だが、とても届く距離ではない。
天使はそんなキミドリちゃんをあざ笑うように見ていたが、腰から下が地面に落ちた。
「へ?」
天使はマヌケな声をあげると、上半身も地に落ちていった。
「あ、あれは!? いったい!?」
「知らん」
「わからんな」
私が乗ったら急に冷静になるのやめろ。
イジメになってんじゃん。
「ふふふ。これが私のユニークスキル、剣伸ばしよ!」
キミドリちゃんが怖い顔で笑いながら言っているが、問題はネーミングセンスよ。
血だらけのキミドリちゃんは少しずつ、落ちて、動けない天使に近づく。
「ヒッ! 来るな! 来るなー!!」
天使はおびえ切っている。
気持ちはわかる。
血だらけでニターと笑うキミドリちゃんはホラーだもん。
「悪いが、そこまでにしてくれ」
いつのまにか近づいていたベリアルがキミドリちゃんを止める。
「長官、邪魔です!」
「君は血を流しすぎている。少し休みなさい」
私はそれを聞いて、慌てて、キミドリちゃんのもとに向かう。
「キミドリちゃん、ベリアルの言う通り、休んだ方がいいよ。キミドリちゃんは吸血鬼になったばかりだからこのままだと死ぬよ?」
「え? 不死じゃないんですか?」
「いや、血が少なくなったら普通に死ぬ」
「えー……」
キミドリちゃんは不満タラタラだが、死にたくはないようで、大人しくなった。
「さて、ハワーとか言ったな? 君に聞きたいことがある」
ベリアルは倒れている天使に言う。
「くそっ! 油断した! こんなはずではなかったのに! 何で僕がこんな雑魚たちに!!」
まーだ、言ってらー。
「雑魚か…………それは私に言ったのかね?」
ベリアルは隠していた魔力を放出した。
「ひえっ!」
「ひえっ!」
天使がビビるのはわかるが、何故にキミドリちゃんもビビっているんだろう?
「私が聞いているのだが? ん? 誰が雑魚だって? 伯爵級天使ハワー」
「お、お前、何者だ!?」
「私か? そういえば、名乗ってなかったな。私はベリアルという雑魚悪魔さ」
天使はベリアルの名を聞いた瞬間、ガタガタと震えだした。
「べ、ベリアル……? ≪煉獄≫の!? あがが……大公級悪魔ぁ」
ビビりすぎ。
他人の事はまったく言えないけど……
「さて、君には2つの選択肢を与えよう。私に殺されるか、素直に質問に答えるかだ」
「こ、答えたら、見逃してくれるのか?」
「約束しよう。私はお前を殺さない。知っていると思うが、悪魔は約束を絶対に守るさ」
私は…………ね。
悪魔の常套手段だ。
「わ、わかった! 何でも言う!」
この天使、パニクってんのかな?
「では聞こう? この世界にダンジョンの芽をまいたのはお前か?」
「だ、ダンジョンの芽? 何のことだ!? 何を言っている!?」
ん?
「んー? まあいい。貴様はどうやって、この世界に来た」
「わ、わからないんだ…………気付いたらこっちの世界にいた。本当にわからないんだ。第一、僕に時渡りの秘術を使えるわけないだろう!! 気付いたら他の天使達が集まっている場にいたんだ」
天使達?
えー……他にも天使がいるのかー。
「ほう? 天使は何人ぐらいだ?」
「わ、わからない。でも、たくさんいたことは確かだ」
「ふむ。それでどうした?」
「奇妙な声が聞こえたんだ、この世界を天使のものにしようと……この世界は魔族も吸血鬼もドラゴンもいない。いるのは人間だけ。だから我々が支配しようと」
天使の親玉がボスっぽいね。
「それは王級天使、ルシフェルか?」
「ち、違う、ルシフェル様の声じゃなかった。聞いたことのない声だった」
王級天使ルシフェル。
こいつらの親玉で悪魔より悪魔らしい怪物だ。
「知らないヤツの命を聞いた、と」
「ほ、本当だ! 言われた通り、この世界は人間しかいなかったから楽しもうと思ったんだよ! アトレイアは強者が多いが、ここには弱者しかいない。格好の遊び場なんだ! なあ、あんたも悪魔ならわかるだろ?」
天使は命乞いに必死だ。
「まあ、わかるよ。最後に聞くが、他の天使はどこに?」
「し、知らない。俺は群れないから……」
「そうか。では、約束通りに解放しよう」
ベリアルがそう言うと、天使はほっとした表情を見せる。
だが、ベリアルはウィズに目くばせをした。
ウィズは頷くと、火の魔法を使う。
ウィズが出した業火の炎は天使を焼き尽くし始める。
「ぎゃー!! な、何だ、その猫は!? や、約束が……違う」
「約束は守ったよ。私は何もしていない」
ベリアルは冷たい目で天使を見下ろす。
「あ、あく、ま…………め」
天使は塵となり、消え失せた。
「ふむ。大体の情報は掴めたな」
「そうじゃのう」
魔族の2人は頷き合っている。
「ねえねえ、ハルカさん。あの2人って本当に悪魔なんですねー」
キミドリちゃんが私を揺らしながら聞いてくる。
「天使も変わんないよ。隙を見せた方が食い物にされる。それがアトレイアなの」
「私、その世界には絶対に行かないことにします」
いいと思う。
まあ、あんたはアトレイア向きだと思うけどね。




